サバイバル・オブ・ザ・モモンガ   作:まつもり

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第二十九話 混乱

ヌーヴァを出現させてから三日間、カッツェ平野の上に分厚い雨雲が居座り続けていた。

アンデッドであるモモンガにとって雨など問題にはならないが、生身の人間であるンフィーレアにとってこの天気の中で命がけの戦闘を行うのはリスクが高い。

 

今の所ヌーヴァに関しての情報も入って来ていないようで、モモンガ達は宿の一階にある食堂の椅子に座り、周囲の人間の会話に耳を澄ませながら情報を収集して時間を潰す事が多かった。

 

そして今日、遂にヌーヴァに関連しているかも知れない噂が町を駆け巡る。

 

曰く、この町に物資を補給する為に向かっていた帝国の騎士達が、百体近くのアンデッドに襲撃されて数人の犠牲者を出し、生き残りは馬車を放棄して命からがら町へと逃れてきたというのだ。

アンデッドの多発地帯であるカッツェ平野と言えども、百体近くの群れが出現する事はまずないと言っていい。

例外としては、死者の大魔法使い(エルダーリッチ)のような知恵ある強力なアンデッドが低位のアンデッドを引き連れ軍団を作る事が極稀にあるが、今回騎士達が遭遇した群れの中には統率者らしき存在はいなかったらしい。

 

それに更に興味深い話として、アンデッド達を倒した時、残骸を残さずに光の粒子となって消える光景を目撃したという。

 

自然発生したアンデッドは幽霊(ゴースト)等の実体を持たないアンデッドを除き、討伐された後は何らかの残骸を残す。

光の粒子となって消える、というのはこの世界では召喚したモンスターを討伐した際に見られる現象であるが、そのように多数のアンデッドを召喚する能力を持つ存在がカッツェ平野に出現した例は無い。

 

新種のアンデッドが現れたのではないか、邪悪な死霊術士(ネクロマンサー)の仕業ではないか、などと様々な憶測が飛び交うが、未だに誰も確たる情報は得られていなかった。

 

 

夜、干し藁が敷かれただけの粗末なベッドの上で横になりながら、モモンガは昼間得た情報について考えていた。

 

(恐らくヌーヴァと、今日出現したというアンデッドの群れは無関係ではないな……。 低位アンデッドの多数召喚能力……、か? 魔法では《アンデス・アーミー/不死の軍勢》がそんな効果を持っていたけど、ヌーヴァのレベルは十前半のはずだから、幾らネームドモンスターとは言え第七位階魔法が使える筈がないし……)

 

ただ召喚したアンデッドを統制する存在が居なかったという事は、召喚魔法やスキルの中でも、召喚モンスターを支配しないタイプのものである可能性が高い。

その場合はアンデッドである為に、低位のアンデッドにはこちら側から攻撃を加えない限り襲われないモモンガにとっては、そこまでの脅威とはなり得ない。

しかしンフィーレアとの共闘を考えると、まずい事態になったと言うしかないが、まだ討伐を諦めて逃げ出す段階ではない。

 

モモンガはそう判断していた。

 

その時、部屋の扉が開いて、雨に濡れた髪を布きれで拭きながらンフィーレアが入ってきた。

外は土砂降りという程ではないが、相変わらず冷たい雨が降り続いており、鍛錬日和とはとても言えない。

 

だがンフィーレアは早めに切り上げる事もせず、普段と同じだけの時間を鍛錬に費やしている。

モモンガも、ンフィーレアの努力には内心驚いていた。

 

「精が出るが……、無理しすぎじゃないか? 体を壊してはどうにもならないぞ」

 

「………良いんですよ。 疲れていない状態で寝ようとすると、余計な事を考えてしまいますから」

 

そして何度か躊躇うような素振りを見せた後、ンフィーレアが口を開き小さな声を出す。

 

「あの、モモンさんは……、どうして僕に協力しているんですか?」

 

「うん?」

 

「過去の事は詳しく聞きませんが、今まで聞いたこともないマジックアイテムを所持していたりと、そこまでお金を必要としているようには見えませんし……、何か他の目的があるのかなと思ったんです」

 

「目的……、か」

 

ンフィーレアが持つ、あらゆるマジックアイテムを使用できるタレントを知ってからは、それを利用する為に共に行動している面も大きい。

 

ただ初めに、どうしてンフィーレアに力を貸そうと思ったと言えば………。

 

「何となく興味を引かれたから、だな」

 

「え?」

 

怪訝な声を上げたンフィーレアに、モモンガは言葉が足りなかったか、と思い付け足す。

 

「私には今の所、生きる目的が何もないからな。 勿論、金を稼いだり強くなりたいとは思っているが、それは生きる目的ではなく、生きる為の手段だろう? だから他人の目的に力を貸してみるのも良いか、と思ったんだ」

 

「僕の目的……、失った人を取り戻す、なんてアンデッドのモモンさんからすれば愚かに思えませんか?」

 

恐らく祖母を生き返らせたところで、いずれは寿命による別れが来るだろう。

いつか消える儚い命に執着する姿は、寿命を持たないモモンにとって滑稽に見えているのではないか。

 

ンフィーレアの脳裏に時折、その考えが過っていた。

 

だがモモンガは黙って首を振る。

 

「そうでもないさ。 失うという事の……、痛みは知ってる。 ………好きなだけやってみればいい。 君が諦めない限りは力を貸そう」

 

それ以上の話を打ち切り、モモンガはベッドに横になって壁を向く。

雨が屋根を叩く音が、部屋の中に響いていた。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「だーかーらぁ、間違いなく俺達は討伐したんだよ。 でも消えちまったんだからしょうがねえだろ」

 

「いえ、その……、規則としましてはアンデッドの残骸の一部と引き換えに報酬を支払う事になっていまして。 勿論あなた方を疑う訳ではないのですが、やはり物証がありませんと手続き上……」

 

帝国騎士達が遭遇したというアンデッドについては、冒険者組合の方で事件が発生した日から調査が行われていたが、残念ながら雨で調査が思うように進まず、その正体は未だ分かっていない。

 

ただ、この三日間ずっと宿に滞在していたせいで懐が軽くなっている者達を確たる理由も無しに引き留める事も出来ず、大勢の人々が再びアンデッド討伐に町の外へと繰り出した。

 

だがその結果は、冒険者組合に余計な混乱を巻き起こす事になる。

帰還した者の話によると、今日は骸骨(スケルトン)動死体(ゾンビ)よりも厄介なアンデッドと多く遭遇し、しかも倒してみると光の粒子となって消えてしまったという。

そして同様の話を多くの者達が口を揃えて言うのだ。

 

更にカッツェ平野で活動をしている者達の中でも、実力の低い幾つかのチームが夜になっても帰還しない。

ただでさえ視界が効かないカッツェ平野で狩りを行うときは、日が暮れる前に安全な町へと避難することが鉄則であり、夜になっても帰還しないという事は多くの場合死を意味していた。

 

彼らは最下級のアンデッドを倒して糊口を凌ぐ、冒険者の基準では鉄級以下の実力しかない。

 

そんなチームがある日突然消えるなど、珍しい事でも何でもないが、それでもこの数が一日に未帰還となる事は異常だ。

これも普段より強力なアンデッドが多数出現している事による影響と考えられた。

 

 

この事態への対応に冒険者組合では話し合いが紛糾する。

何らかの要因でアンデッドが大量発生した場合、更なる強大な個体が出現する前にアンデッドを間引く必要がある。

 

しかし倒したアンデッドが消えてしまうとなると、アンデッド討伐による報酬制度が成り立たなくなり、今までの方法は使えない。

 

それに鉄級の冒険者では厳しい戦いになるような厄介なアンデッドの存在も多数確認されており、町にいる戦力だけで事態の収束を測るのは不可能だろう。

 

冒険者組合はアンデッド討伐の為の資金を王国、帝国の両国から提供されており、その用途にも大きな裁量権を得ている。

カッツェ平野内の町にある冒険者組合はカッツェ平野内に大量発生したアンデッド達の討伐、及びその要因の調査と事態の解決を図るために、他の都市の冒険者組合から最低でも銀級以上の優秀な冒険者を複数雇い入れる事に決定した。

 

だが現在の多少のアンデッドとの遭遇数の増加など、ヌーヴァが出現してたかが四日間の出来事。

 

その時すでに事態はカッツェ平野を越えて王国の領内にまで波及しつつあった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

地中深く突き刺した丸太で構成された壁に、それを囲む尖った杭が並ぶ空堀。

それが見張り塔や兵士たちの詰め所が並ぶ一辺が七十メートル程の四角形の領域を守っていた。

 

ここはリ・エスティーゼ王国におけるカッツェ平野から溢れ出すアンデッド対策の拠点、カーラ砦。

帝国が数年前からアンデッド対策の名目で作り始め、現在は殆ど完成と言っていい状態になっている巨大要塞に比べれば小規模ではあるが、カッツェ平野に最も近い都市、エ・ランテルや付近の農村の安全を確保するという重要な役割を担っていた。

 

そこに配備される兵士も実戦を幾度も経験し、多くの訓練を積んだ王国の中では精鋭に分類される者達であり、骸骨(スケルトン)動死体(ゾンビ)程度ならば一対一でも問題なく始末する事が出来る。

 

もし強力なアンデッドが現れても砦内には常に冒険者が詰めており、彼らが問題なく討伐してくれる筈だった。

 

見張り塔に立った兵士は引退した元冒険者であり、夜闇を見通す野伏(レンジャー)の技能を習得しており、それを買われて、いつも夜番として見張りに立っている。

 

僅か三百メートル先は、アンデッドが蠢く呪われた領域。

まるで線を引かれたように伸びる草原とカッツェ平野の境界線を見つめながら、その兵士は温かい紅茶を一口啜った。

 

(………丘?)

 

そう思える程に大きな物体が霧の向こうに見えた。

そして、それは少しずつ砦へと近づいてきている。

 

やがて巨大な何かがその禍々しい全容を露わにした時、兵士は弾かれたように鐘へと駆け寄り、力の限り砦中に警報を打ち鳴らした。

 

アンデッドの襲撃を意味する警報音を聞き、眠っていた兵士達がまだ眠気が抜けていない様子で目を擦りながら、しかし迅速に持ち場についていく。

 

そうしている間にも、見張りの兵士はあまりに巨大な屍で構成された巨人から目を離せない。

もしかしてこの砦に気が付いたのだろうか。

先ほどまでの鈍重な動きから、人間で言う早歩き程度の動きでこちらへと近づいてくる。

 

但し、その歩幅の大きさから考えると、巨人の移動速度は並みの人間の全力疾走に匹敵するだろう。

 

その光景を前にして兵士はただ必死に鐘を叩き、訳の分からない叫びを上げる事しか出来ない。

三十秒程後、砦の兵士の殆どと詰めている冒険者が事態を把握出来ていない中、骨の巨人が五メートルはある砦の防壁に両手をかける。

 

巨人はそのまま跨ぐようにして壁を乗り越えようとして、バランスを崩したのか砦内の地面に体を打ち付ける。

 

巨人が両腕を地面につき、体を起こした瞬間。

砦内に無数の絶叫が響き渡った。

 

ヌーヴァのレベルは十二、ユニークモンスターであるが故に通常の十二レベルのモンスターと比べると並外れた生命力を持つとはいえ、レベルだけ見ればこの砦に詰めている金級の冒険者でも歯が立たない存在ではないかもしれない。

 

しかしユグドラシルにはモンスターのステータスを決める際、体のサイズという重要な要素がある。

体が大きなモンスターは筋力や生命力に優れる分、敏捷性に劣る。

体が小さなモンスターは敏捷性に優れる分、筋力や生命力にマイナスの補正がかかる。

 

それはプレイヤーも同様であり種族を選択する時は、スキルや特殊能力の他に体のサイズも考慮に入れるのが常識だった。

 

十メートルという巨大な体躯を持つヌーヴァは敏捷性と引き換えに筋力と生命力に大きなプラスの補正を得ていて、ネームドモンスターという事もあり、筋力だけならばレベル二十後半の戦士にも匹敵するだろう。

だからこそユグドラシルで適正レベルでヌーヴァを倒す際には、魔法や投擲武器による遠距離からの攻撃で体力を削るのが定石であり、下手に接近戦を挑もうものなら召喚したモンスターに足止めされている隙にヌーヴァの巨大な体躯から繰り出される一撃を喰らい、あっさりと負けてしまうと言われていた。

 

つまりこの砦という狭い領域においては、ヌーヴァの圧倒的な巨体に容易く追い詰められてしまうという事。

 

スキルにより出現した多数のアンデッドにより兵士達は分断され、集団の利は瞬く間に失われる。

 

逃げようとする者も、立ち向かうしかないと悟り果敢に挑んでくる者も、みな等しくヌーヴァの巨拳が押しつぶす。

やがて砦から抜け出して、逃げ延びる事に成功した僅かな兵士達を除き、砦内の全ての人間の命が失われた。

 

ヌーヴァがこの砦を見つけたのは偶然によるもので、草原との境界付近を移動していた時に砦の篝火を遠目から見たことでそこに生命の気配を感じ、アンデッドが共通して持つ生者への憎しみという性質が刺激されただけだった。

 

砦の中の人間達を殺しつくした後、ヌーヴァは負の生命力を貪る為に再びカッツェ平野へと戻っていった。

 

 

 

 


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