サバイバル・オブ・ザ・モモンガ   作:まつもり

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第四話 新たな強さ

夜は深まったが、アンデッドとなったモモンガにとっては昼間と同様に明るく見える。

方針を決めた後のモモンガは、ある作業に取り組んでいた。

 

今、モモンガは草原を歩き回りながら、地面を這いずる小さな虫を見つけては森の近くで拾ってきた長さ一メートル程の木の棒で潰している。

バッタやムカデ、名も分からない甲虫等、もうかれこれ百匹以上は殺しただろうか。

 

これは趣味の悪い遊び等では勿論無く、生物を殺すことによるレベルアップの可能性を探っているところだ。

暫くしてモモンガは一旦手を止めて、習得していた第一位階の魔法を詠唱してみるが、新しい魔法が使えるようになってはいなかった。

 

(数の問題か、もしくは流石に弱すぎたのか? 最低限モンスターと判定される位の強さが無いと経験値が入らないということも有りうるな)

 

薄々こんな小さな虫をいくら殺した所でレベルアップなどしないかもしれない、と感じ始めていたモモンガは作業を中止する。

長時間、地面を凝視しながら周囲の警戒も同時に行っていた為に、精神的に疲れ地面に座り込んだ。

 

そして、ふと呟く。

 

「そういえば、魔力の回復はどうなっているのかな」

 

魔法が使える以上は、魔力も存在する筈。

そして、ユグドラシルと同じならばMPは時間経過により徐々に回復する。

 

リアル時間ではMP0から全快まで六時間かかるが、ユグドラシルではリアル時間の六時間をゲーム内での一日としている。

つまりリアル準拠で考えれば六時間、ユグドラシルに準拠すれば一日がMPの全快に要する時間となる。

 

果たして、こちらの世界ではどちらなのだろうか。

近いうちに確かめる必要があると、モモンガは考えた。

 

(まあ一日にしても六時間にしても、取り敢えず明日の夜明けまで待てばMPは全回復している筈だ。 それまでは強力な生物との戦闘は避けたほうが無難だな)

 

待つと決めたモモンガは下手に動かない方が、他の生物に発見される危険は少ないだろうと地面に腰を据えたまま、ふと空を見上げてみる。

そこには地球では見たことがない、そしてかつての地球にもあったのだろう満天の星々が瞬いていた。

 

あまりに美しい光景に吸い込まれそうになるモモンガだったが、夢中になりすぎると周囲の警戒が疎かになると慌てて頭を振る。

 

だが星達の輝きは、この世界に来てから緊張と不安の連続で凝り固まっていたモモンガの心を、少しではあるが安らがせた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

辺りが薄明かりに包まれだした明け方、モモンガは行動を開始した。

 

森の方へ歩いていくと昨日の夜に考えた計画通り、森と草原との境界線から何か手頃な獲物はいないかと探し始めた。

 

昨日は索敵能力が低いのにも関わらず、奇襲を受けやすい森の中へと入ってしまったからこそ、あんな危機に陥った。

モモンガはその反省を踏まえて決して森には踏み込まずに、遠目で獲物を探すことに決めていた。

 

森にそって五分程歩いただろうか。

森の中を十メートル程行った距離にある一本の木にモモンガの目は吸い寄せられた。

 

その木は周りの木と比べて特に太く、ごつごつとした樹皮の所々からは樹液が垂れている。

そして小さな虫たちに混じり、異様に大きく黒光りするモノが木の幹にしがみついていた。

 

(何か、見覚えが………)

 

リアルよりも幾らか鋭敏になったモモンガの視力は、その存在をはっきりと確認してしまう。

頭からは触覚が突き出し、茶色の薄い羽の下には、油を塗ったように黒く光る胴体がある。

 

そう、それは紛う事無き巨大なゴキブリだった。

 

「う………」

 

ユグドラシル内にもゴキブリ型のモンスターは居た。

るし★ふぁーが作った恐怖公は二足歩行のゴキブリの姿をしているし、下水道等のダンジョンには巨大なゴキブリ、ジャイアント・コックローチが多数生息していることもあった。

 

女性や虫が苦手な人の中にはゲーム内のモンスターと分かっていても忌避感を抱き、特定の狩場やダンジョンには近寄らない者もいたが、モモンガはそこまで苦手では無い。

不快感を与える見た目のモンスターであっても、所詮はゲーム内の存在。それを避けようとするあまり、有用なアイテムや効率の良い狩場を逃しては馬鹿らしいと、あまり気にしてはいなかった。

 

だが、現実化した大きさ一メートル近いゴキブリはゲームとは比べ物にならない圧迫感をモモンガに与える。

無意識の内に後ずさりしていたモモンガだったが、あれほど大きなゴキブリを倒せば、もしかしたら経験値が入るかも知れない、と気がつき何とか足を踏みとどまらせた。

 

(だけど近づく度胸は無いな……。 ここは召喚魔法で行くか)

 

《サモン・アンデッド・1st/第一位階死者召喚》で召喚出来るアンデッドは、最大でも二レベルまで。

更に、この手の召喚魔法では自分より強いモンスターは使役出来ないルールがあるから、今のモモンガが召喚出来る中ではグールが最も強い。

魔封じの水晶や特殊なスキルを使えば、この原則を覆すことも出来るのだが今のモモンガには縁の無い話だ。

 

モモンガはグールを召喚すると、巨大なゴキブリを倒すように命じる。

そしてグールはゴキブリを目指して、一直線に森の中へ走っていった。

 

グールの攻撃がゴキブリに当たった時の光景を見たくないと、モモンガはそちらから目を逸らす。

だが直後、モモンガの耳に何かが大きく振動するような音が聞こえてきて、再び視線を戻した。

 

「……っ! と、飛んッ」

 

ゴキブリはグールの気配を察知したのか、攻撃される前に空中へと羽ばたいていたのだ。

モモンガは一瞬逃げられたか……、と思うが、すぐにその方が遥かに良かったと思い知ることになる。

 

(なぜこちらに飛んでくるッ!?)

 

体長約一メートルのゴキブリがまっすぐにモモンガの方へと迫ってくる。

ゲーム内では冷静に対処出来ていたその状況であったが、今は現実。

ゴキブリを攻撃魔法で撃ち落とそうと指を向けたまでは良かったが、混乱したモモンガはゴキブリの意外に早い飛行を見て、指を動かし狙いを定めようとしてしまった。

 

精神沈静化が働き、魔法の矢が誘導すると気がついたのは既にゴキブリが相当モモンガに肉薄した時であり、ようやく放たれた魔法の矢がゴキブリに突き刺さると、砕かれた胴体から黄色の汁が大量に噴き出した。

 

「うわっ、汚なッ」

 

モモンガの骨の体には飛び散った汁がまともに掛かり、白い骨の所々が暗い黄色に染められた。

 

すぐに精神沈静化が働くが、このスキルはパニックを抑えてはくれても嫌悪感を消してくれる訳では無いらしい。

 

モモンガが必死で足元の草をむしり取り全ての汁をぬぐい去るまで、幾度となく沈静化が発動することになった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

昨日とは違い肉体的な損傷は無かったが、精神的には大きな疲れを今日の戦闘は残した。

 

しかしその甲斐はあったようで、暗記している第一位階の魔法を詠唱していくモモンガに今までとは違う手応えが伝わってきた。

 

「《スモッグ・オブ・ファティーグ/疲労の霧》」

 

モモンガが呪文を唱えた瞬間に、魔法を発動させた時の独特の感覚を覚える。

そして、モモンガの半径約二メートル以内に黒い霧が出現した。

 

この霧は呪文の対象者の周囲に負のエネルギーを含んだ霧を出現させ、この霧に触れた、対象者以外の者に疲労と継続的な負属性ダメージを与える効果を持つ。

 

(これは………、レベルアップ成功と見ていいか?)

 

モモンガは自分が強くなれるという事が確かになり、一先ず安心する。

 

そして今発動した魔法を利用し、あることを試みることにした。

 

「《サモン・アンデッド・1st/第一位階死者召喚》」

 

呪文により召喚されたグールを対象に、モモンガは先程の呪文をかける。

 

「《スモッグ・オブ・ファティーグ/疲労の霧》」

 

グールの周囲を覆った霧にモモンガが恐る恐る触れてみると、それに不快さはまるでなく、活力が自分の中に染み込んでくるような心地いい感覚を覚えた。

 

やはり負属性の攻撃はアンデッドにとって有害な物ではないと判断したモモンガは、全身をその霧の中に入れる。

そして右腕を見てみると、徐々にではあるが欠けてしまった部位が再生し始めていることが見て取れた。

 

やがて一分間という疲労の霧の効果時間が切れる頃、モモンガの右腕は完全に元の形を取り戻していた。

 

(回復手段の確保と、レベルアップの存在は確認出来た……。 何とか、この世界で生きていけるだけの強さを手に入れる目処が立ったな)

 

少なくとも、昨日今日とこの付近でモモンガが敵わないような猛獣の類は見ていない。

予断は禁物であるとは言え、下手に動くよりは少しでも見知ったこの周辺で最低限の強さを手に入れよう、とモモンガは決める。

ただレベルキャップの問題もあるから、いつまでここを狩場に出来るかは不明ではあるが。

 

ユグドラシルでは自分よりレベルが下の相手を倒した場合、そのレベル差によってレベルキャップがかかり経験値が減らされる。

 

具体的にはレベル差が0~2なら経験値は100%得られ、3~4で元の経験値の80%しか得られない。 そして獲得出来る経験値は、レベル差5~6で60%、7~8で40%、9~10で20%、レベル差が10レベルを超えていれば、獲得経験値は1になってしまう。

 

相手のレベルが自分より高すぎても経験値にペナルティがかかるのだが、そちらはパワーレベリングを行うプレイヤーくらいにしか関係の無い話だった。

 

このかなり重めのペナルティは一つのフィールドに長い間留まらずに、より多くの場所やダンジョンの探索を促そうという運営の意図だとも言われているが、自分より弱いモンスターを狩っても経験値が入りにくいという事は、レベルアップの為には常に命の危険を冒さなければならないということにもなる。

 

(まずはこの森に生息する生物のことをよく知ることか。 さっきのゴキブリはジャイアント・コックローチに似ていたが……)

 

モモンガは百科事典を取り出して、ジャイアント・コックローチの頁をめくってみる。

そのページに書き込まれた自分のメモによるとレベルは一以下、毒属性に若干の耐性有りと書かれてあった。

 

レベル一以下とはレベル一のモンスターよりステータスで劣るという意味であり、例えばレベル一以下のスケルトンは三体でグール一体に匹敵する強さと言われている。

 

当然倒した場合の経験値もレベル一のモンスターに劣るが、レベルキャップの計算の時はレベル一として計算されるシステムになっていた。

 

尚、昨日の蛇をジャイアント・スネークと仮定するとレベルは一となる。

 

(仮にレベル一の生物を倒していった場合、現実的な到達可能レベルは十一となる。 ユグドラシルのセオリーでは自分と3~4レベル差のモンスターを倒して行くのがレベル上げには最も効率が良いと言われていたが、可能な限り安全策を取る方が賢明だな。 レベルが十レベル以下とか、ごく低い内ならレベルキャップがかかっていてもそこそこレベルは上がりやすいだろう)

 

何はともあれ、確実に希望は見えつつあった。

レベルが上がった場合、増えた分のMP容量は時間経過を待たなければ回復されない。

 

今日は合計五回使ったので、残りMPは五ポイント。

モモンガはもう一度は狩りが出来そうだ……、と考えるが、もし何か不測の事態が起こった場合に備え最低限のMPは温存しておくべきだと考え直し、今日の狩りを終えることにした。

 

 

 


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