サバイバル・オブ・ザ・モモンガ   作:まつもり

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第六話 調査

「《サモン・アンデッド・1st/第一位階死者召喚》」

 

モモンガが魔法を詠唱すると、地面から湧き出た闇が三体のスケルトンを形作る。

 

この呪文は低位のアンデッドを呼び出す初歩的な召喚呪文だが、その呼び出すアンデッドは十種類程のリストから魔法習得時に三種類を選択することが出来る。

モモンガは、麻痺毒を持ち相手の動きを鈍らせることが出来る食屍鬼(グール)。 能力はリストにあるアンデッドの中で最も低いが、第一位階魔法でも同時に複数体を呼び出すことが可能な骸骨(スケルトン)。 火属性魔法に対する壁役として使えるアンデッドの三種類を選択していた。

 

スケルトン達は近くにある藪へと足を踏み入れ、すぐに一体のスケルトンが体勢を崩して地面へと倒れた。

 

「掛かったか。 そいつを藪の外へ引きずりだせ」

 

倒れたスケルトン以外の二体が地面に伏せたスケルトンを引きずると、スケルトンの足に絡まって何かが同時にモモンガの前に引きずり出された。

 

(またあの蛇か……。 この森はかなり蛇が多いらしいな)

 

モモンガが魔法の矢を放つと、それは蛇の胴体に吸い込まれ派手に血が噴き出した。

 

「とどめを刺せ」

 

しぶとくのたうつ蛇を命令を受けたスケルトン達が錆びたシミターで、何度も叩きつけるように切りつけ、ついに蛇はその動きを止めた。

 

それを確認したモモンガは、三十メートル程の距離にある森と草原との境界を目指して歩き出す。

 

レベル一の頃は奇襲に警戒して森の中へ入る事を躊躇っていたモモンガだったが、レベル二になってから初めて行う今回の狩りでは、既に最初に遭遇したものと同じ種類の蛇を二体、巨大ゴキブリを三体倒していた。

 

(しかし何もいないように見えても、意外と多くの生物が隠れているんだな。 まあ外敵から身を守る為には、隠れる能力は重要だろうが……)

 

レベルが上がって覚えた《ディテクト・ライフ/生命探知》の魔法により、モモンガの狩りの効率は大幅に上昇していた。

この魔法は自分から半径二十メートル以内の生命体の居場所を探知する魔法であり、今までは気が付くことさえ出来なかった生物の居場所を探知可能になったことで、獲物を見つける効率が大幅に上がったのである。

また、奇襲を受ける心配が減ったことで多少は森の中にも足を伸ばせるようになっていた。

 

この魔法は普通の植物や小さい虫などには反応しないようで、一定以上の強さを持つ生物のみを探知することが出来る。

 

 

ただ、探知魔法をたびたび使用しながらの狩りだった為に消耗は早く、モモンガのMPは既に五ポイントになってしまった。

 

(残り五ポイント……、今日はそろそろ辞めにするか。 急に戦闘になった場合も何とか戦えるだけのMPは残しておかないとな。 レベルが上がったかも知れないから、その確認だけは後でしておこう)

 

モモンガは森を出ようと急ぐ。

だが、草原へと戻る直前に、モモンガは素早く木の影に身を隠した。

自分から三百メートル程の距離に、草原の中を動く何かを発見したのだ。

 

(何だ? 恐らく複数、多分二足歩行しているから獣では無いと思うが……。 気づかれては………、いないか。 特に動きに乱れも無いし、進む方向がこちらとは違うな)

 

その後も、じっと木陰に身を隠すモモンガに気が付く素振りも見せず、影は森の中へと入っていく。

モモンガはそれを見届けた後、緊張の糸を少し緩めた。

 

(もしかして昨日、遠目で見たものに関係があるのか? 遠すぎてはっきりとは分からなかったが、二足歩行はしていたようだし知的な生命体かも知れないけど……)

 

後を追って正体を探るべきか、または今回は関わらずにいるべきか。

モモンガは少し迷った末に、もし今襲われでもしたら厄介だ……、と関わらないことに決めた。

 

何者かの目が光っているかも知れない草原を歩く気にはならず、モモンガは今日は多少の危険はあっても、この場所で休むことにして腰を下ろした。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

五人組の男達が、森の中を歩いていた。

ある者は革製の鎧を着て、背中に弓を背負い、刃渡り四十センチ程のショートソードを腰に付けた鞘に収納している。

またある者は茶色のローブを羽織り、ゴツゴツとした木の杖を支えに不安定な森の地面を歩いていた。

 

「注意。 そこの叢が不自然に動いた。 多分何かいるぞ」

 

金色の髪を短く切った痩身の男が、仲間達に注意を呼びかける。

その男の言葉を誰も疑う素振りは見せず、一行が緊張した面持ちになって各々の武器を構えた。

 

「無視しても良いが……、後ろから襲われると面倒だな」

 

一行のリーダーを勤めているらしい戦士風の男が呟くと、ローブ服の男が尋ねた。

 

「あぶりだして見るか? 火はまずいから、冷気系の範囲攻撃を使って」

 

「ああ、頼む」

 

リーダーの声に応え、ローブ服の男が魔法を詠唱する。

 

「《フロスト・ウェーブ/霜の波》」

 

魔法の発動と共に、男の杖先から冷気属性のエネルギーが波となって前方へと放たれた。

その波が草に命中すると一瞬でその表面に霜が降り、ぴんと瑞々しく立っていた葉を萎れさせる。

 

そして数秒後、いきなり襲いかかった冷気に驚いたように、叢から大きな蛇が這い出してくると、待ち構えていたリーダーが剣を振るい首を一撃で切り飛ばした。

 

「ふぅ……、森に入ってから六匹目か。 流石に蛇の巣窟、千蛇(せんじゃ)の森と呼ばれるだけはあるな」

 

リーダーの男のぼやきに、神官服を着ている男が相槌を打った。

 

「ええ、しかしモンスターの強さは大したことはありませんよ。 トブの大森林から離れていることもあって、どうやら亜人も住み着いていないようですし……、調査結果は現状維持でいいんじゃないでしょうか」

 

「ふむ。 まあ、危険度確認の依頼は十分に果たしたか……。 よし、もう撤収するぞ。 エ・ランテルに帰るまで油断するなよ」

 

その声を受けて、五人組は元来た道を戻り街へと帰るべく歩き始めた。

 

彼らはエ・ランテルの冒険者組合に所属する、ある金級冒険者パーティーだった。

この千蛇の森を始めとするエ・ランテル近郊の森にはこれからの季節、薬草採取の依頼が数多く出される。

 

冒険者ギルドでは、それに先駆けてそれぞれの森の危険度の調査を例年行うことにしていた。

 

今回の金級冒険者チームもギルドからの調査依頼を受けてこの森へ来ており、数時間の調査の結果、例年と危険度の変動無しとの判定を出した。

 

このチームには偵察能力に優れた盗賊が加入しており、もしモモンガが草原にいれば、三百メートル先からでも気が付くことが出来ただろう。

 

だがモモンガがこのチームの存在に気がついた時、モモンガは森の中に居たことが幸いし、盗賊が木陰に潜む彼を発見する事はなかった。

 

そして一行は街道に出て、エ・ランテルへと向った。

 

「この分なら、鉄級冒険者チームなら十分依頼をこなせるってとこかな」

 

「そうですね。 この森には季節になると薬草を採取する人が結構来るので、珍しい薬草はあまりありませんが」

 

「だけど、野生の薬草はそれだけで割高で売れるし、新人の貴重な収入源だ」

 

街道とはいえ危険が無い訳ではないが、完全にモンスターの領域である森よりは安全だ。

長い時間張り詰めていた緊張が解け、チームは歩きながらも世間話をし合う。

 

その時、パーティーの魔法使いがぽつりと漏らした。

 

「そろそろ帝国が怪しいって聞いた。 カッツェ平野でアンデッド討伐依頼をこなしてきた冒険者に聞いたんだけど、王国との国境近くに築かれた要塞に大量の物資が運びこまれているらしい」

 

魔法使いの言葉で、パーティー内の空気が張り詰める。

 

「だけどまさか……、作物の収穫もあるし今から戦争って時期でも無いだろう?」

 

「お前なぁ、他国の情報も仕入れておけ。 帝国の騎士達は専業兵士だから、作物の収穫なんて関係無く攻めて来るだろうよ」

 

「数年前に即位した帝国の皇帝の手腕は聞いているが……、国内が安定したから次は王国を狙おうってのか?」

 

「しかし本当に戦争なんて……。 今の王国も磐石とは言えないでしょうが、まだ戦うだけの体力はあるでしょう? いくら帝国でもまともに戦えば、かなりの被害を受けると思いますが」

 

「一応、情報は積極的に仕入れておこう。 一番厄介なのが、国が冒険者を戦争に関わらせようとしてきた場合だな」

 

「人間同士の戦争には、冒険者は関わらないのが今までの規則でしたが……」

 

「局地戦程度ならばな。 国家の存亡に関わるような大規模な戦争になれば、どうなるかは分からん」

 

金級冒険者チーム一行は、不安げに戦争の可能性について話し合いながら、エ・ランテルへと帰っていった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆◇◆

その頃モモンガは、自分の予想通りレベルが三に上がり、新しい魔法が使えるようになったことに機嫌を良くしていた。

 

(ふふ、初日はキツかったが流石に慣れ始めたな。 今日はすんなりレベルが上がった。 この分なら目標のレベル七も近いかもしれないな)

 

この周りが敵だらけの世界において、唯一の頼みと言っていい自分自身の力が大きくなることはモモンガに、少なからぬ喜びをもたらした。

だが、今のモモンガには喜んでばかりもいられない懸念事項もあった。

 

(問題は、今日の昼間に見かけた奴らだな。 もっと近寄って見ても良かったか……、いや、隠密系の魔法も無くそんなことをするのは危険すぎるな。 ただ奴らがどんな種族なのかは分からないが、もしよくこの森に来ているのならば、いずれ出くわすこともあるかも知れない)

 

別の場所に移動するという選択肢も浮かんだが、例え移動したところで、そこも奴らの生息地ではない保証は無い。 それにいずれは接触するつもりなのだから、逃げてばかりでもいられないだろう。

 

やり過ごすにしろ、戦うことになるにしろ、レベル上げを急がなければならない。

その為には、まだこの森から動かずにいることが最善に思えた。

 

対応が定まったモモンガは、次に今までに得た情報を整理していく。

 

まずMPの回復について、モモンガは昨日の内に確かめてみた。

多少危険ではあったがMPを一度ゼロにして、それが一ポイント回復するまでの時間を体感で測ったところ、一~二時間程度だった。

昨日のMPは二十ポイントあったので、六時間で全回復するのならMPが一ポイント回復するまで約二十分。

二十四時間で全回復するなら、一ポイント回復するのにかかるのは七十二分。

 

正確なことは時計が無いと分からないが、暫くは二十四時間で全回復と認識して不都合は無いだろう、とモモンガは判断していた。

 

次に現在習得している魔法だ。

 

確認しているのは、《マジック・アロー/魔法の矢》、《サモン・アンデッド・1st/第一位階死者召喚》、《メッセージ/伝言》、《スモッグ・オブ・ファティーグ/疲労の霧》、《ディテクト・ライフ/生命探知》、《リーンフォース・アーマー/鎧強化》、《スリープ/睡眠》の七つだ。

 

この内、対象とする者やアイテムが無く効果が発動しなかった魔法もあったが、魔法が失敗した場合には、習得していない魔法を詠唱した場合とは異なる独特の感覚があった。

それに魔法が失敗した場合でも、ユグドラシルと同じくMPは消費されるようだ。

 

三レベルで覚えた《スリープ/睡眠》以外の魔法は、MPの節約の為にまだ確かめていないが、明日には明らかになるだろう。

 

(しかし、絶対正義の証には依然としてポイントは貯まらない……。 やはり狩る相手が弱すぎるのか?)

 

仮に、この森によく居る蛇をジャイアント・スネーク。 巨大ゴキブリをジャイアント・コックローチと同じ強さとすると、レベルは前者がレベル一、後者がレベル一以下。

もっと強い獲物を探す為、森の奥地にでも行ってみようか、という考えが頭をよぎる。

 

しかしレベル上げが順調に行っている今、焦りすぎても無用なリスクが増すだけだとその考えを振り払った。

 

今日もまた、草原に夜の帳が降りていく。

 

 


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