サバイバル・オブ・ザ・モモンガ   作:まつもり

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第七話 難敵

その日は深夜から、雨が降っていた。

降りしきる雨に、土がむき出しになっている箇所も多い森の地面は泥濘んでいる。

 

その地面に座り込んでじっと時が経つのを待っていたモモンガは、東の空が仄明るくなる頃、体に着いていた泥や草を払って立ち上がった。

 

長時間同じ姿勢で居たにも関わらず特に身体の節々が痛むということは無いし、雨に不快な冷たさを感じることも無い。

アンデッドの身体で無ければこうはいかないだろう……、とモモンガは今の身体を有り難く思った。

 

(疲れたり寝たりしなくていいのは助かるけど、暇だけはどうにもならないな。 ポイントが入ったら本でも買ってみるか。 ユグドラシルの書店では、版権切れの昔の小説とかも結構あった筈だし……)

 

思えば魔力が切れればまともに戦うことが出来ない、という魔力系に特化した魔法詠唱者の悲哀を感じる数日間だった、とモモンガはしみじみ思う。

 

魔法詠唱者の中でも系統によって、レベルアップによる物理防御力や物理攻撃力の上がり方は異なる。

例えば信仰系魔法職の場合は、物理攻撃や物理防御は戦士職程では無いにしろそれなりには上がる為、例え魔力が切れても格下相手ならば十分に戦える。

 

反面、魔力系魔法職は肉体的には非常にひ弱であり、魔法無しでは圧倒的に格下の相手にもやられかねない。

 

ユグドラシルでは回復待ちの時間は、クリエイトツールを弄ったり戦闘系以外のクエストをこなしていれば時間は潰せたが、この世界でのモモンガは何もせずにひたすら待ち続けることしか出来なかった。

 

(早いところ街に入りたいものだな、本当に。 ……その為にもレベルを早く上げるか)

 

昨日の内に確認した所、レベル三で覚えた魔法は《スリープ/睡眠》、《オープンロック/鍵解除》、《クィック・マーチ/早足》の三種類だった。

モモンガの習得している魔法は、単純な攻撃魔法よりも、いかに様々な局面に対応するかが基準に選ばれている。

 

元々は、ユグドラシルの色々な場所を冒険してみたいという理由からだっただろうか。

仲間達と共に冒険するようになってからは、かつての友ウルベルトのように強力な火力で敵を圧倒することは出来なかったが、その分パーティーの補助という面ではそれなりに貢献出来ていたと思う。

 

援護してくれる味方も居ない今、下手に特化するよりは器用貧乏とも言える自分のビルドの方が都合が良かったのかも知れない、とモモンガは思っていた。

 

(しかし他のプレイヤーはどうなったのか……。 この世界に来たのが自分だけなのか、それとも他に居るのか。 それは知りたいな)

 

とは言え、例え他のプレイヤーが居たとしてもすぐに接触するつもりはない。

明らかに元の世界とは異なるこの世界では、プレイヤー同士が出逢えばどのような事態になるか想像がつかないからだ。

 

ワールドアイテムを奪われて放り出されたり、力で無理やり従えられるならばまだマシな方。

下手をすると、プレイヤーが死んだ場合どうなるのかの実験に利用されて、用済みになれば後のリスクを断つ為に殺されてもおかしくはない。

 

もしアインズ・ウール・ゴウンの仲間の内誰かであれば、自分も喜んで名乗り出るだろうが、最終日についに連絡が無かったことを考えると、可能性は低い……、と判断せざるを得なかった。

 

(可能性はゼロでは無い……が、少なくとも当分は何とか一人で生きなきゃいけないってことか。 でも、やるしかないな。 アンデッドの身体になっても、やっぱり命が惜しいことには変わりない訳だし……)

 

モモンガは獲物を見つける為に、森に沿って歩き始めた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

この世界に来てから数日経ち、モモンガの狩りもそれなりに手順が定まってきた。

 

まずは森の周囲を歩きながら、生物の隠れる場所が多そうな叢や木が密集して視界の悪い場所を探し出す。

見つけた後は、少し森に入ってから《ディテクト・ライフ/生命探知》を使用して、もし反応があればアンデッドを召喚して攻撃させる。

それで仕留めきれずに、獲物が逃げ出せば《マジック・アロー/魔法の矢》で始末する……、といった具合だ。

 

これまでに遭遇した獲物は大きな蛇に巨大ゴキブリ、名前は分からないが鋭い顎を持つ大きな昆虫に、尻尾を含めないで測っても一メートルはありそうな巨大ネズミ。

そしてまだ狩ってはいないが、この前に遭遇した狼だった。

 

確かに接近しすぎれば、初日のように不覚を取ることもあるだろうが、十分な距離を置いて先手を取れば殆ど手こずることもなく倒せる獲物ばかり。

狩りを開始してから二時間程度。 既に蛇と巨大昆虫を三匹倒しており、MPも十七ポイント残っていた。

 

そんな時だった。

 

(あれは、何だ? 前に来たときは無かったような……)

 

モモンガは獲物が潜んでいそうな場所を探している内に、変わった光景を目にした。

 

森の中に二十メートル程入った地点。 

まるで地面が掘り返されたように穴があいており、そこに雨水が溜まって小さな水溜まりを作っている。

それが一つでは無く、幾つも存在しているのだ。

 

これまでに見なかった光景に興味を引かれたモモンガは、森の中のその場所へと歩き出す。

 

距離が近づくにつれて、詳しい様子が分かってきた。

 

(多分だけれど昔から開いていた穴に水が溜まったというよりは、雨で泥濘んだ泥を掘り起こしたという感じだな。 それに何か細長いものが這いずったような跡もある)

 

跡を見たところ、そこを通った何かの太さはこの森によく居る蛇よりもやや大きいくらいか。

勿論、同じ種類の蛇と言っても大きさはそれぞれ異なるので、平均と比べての話ではあるが。

 

そして、その何かが通った跡は、一つの穴から別の穴へと続いていた。

 

「もしかして……、《ディテクト・ライフ/生命探知》 っ!」

 

モモンガの魔法に反応した生物は一体。 

その反応は十メートル程離れた地点の、地面よりも低い位置から返って来ていた。

 

ただモモンガの接近に気がついているのかいないのかは分からないが、動いている様子はない。

 

地中に潜行している敵の存在に気がついた時点でモモンガはその場で足を止めた。

逃げようか、戦おうか迷った末の行動ではない。

 

ユグドラシルでは地中で行動するタイプの敵は、振動で地上の敵の位置を把握している場合が多く、下手な行動をとるよりも、その場を動かない方が位置が掴まれにくいという知識があったからだった。

 

(どうする? ユグドラシル基準で考えるなら……、長虫(ワーム)系の敵か? 地中行動可能で細長いモンスターというとまず思いつくが……、でも長虫系の場合振動を感知すれば、地中を移動して奇襲を仕掛けて来る筈。 振動を感知しても行動しないという事は、地中潜伏能力はあっても行動能力は低い待ち伏せ型のモンスター、か?)

 

そこまではモモンガの知識で推測出来るが、それはあくまでもユグドラシル基準の知識でしかない。

 

未知の敵に対して数日前のモモンガならば逃げを選択していたかも知れない。

しかし現在は幾らかの戦闘経験を積み重ね、危険を乗り越えてきたことにより、メリットとリスクを天秤に掛ける感覚に慣れ始めていた。

 

(やってみるか。 未知の存在への不安もあるけど、絶対正義の証にポイントが貯まる相手かも知れないし、新しい生物の情報も欲しいしな)

 

そう決断したモモンガは、今までの定石通りに召喚魔法を使った。

 

「《サモン・アンデッド・1st/第一位階死者召喚》」

 

地面から染み出した暗黒が、三体のスケルトンを形作る。

そして一体はモモンガの盾として残り、二体は地中に潜伏しているものを引きずり出しに向かった。

 

(さて、何が出るか……)

 

モモンガは若干の緊張を持って、じっとスケルトン達を見つめる。

 

二体のスケルトンの内一体が指定された地点に差し掛かった時、変化は突如として訪れた。

いきなりスケルトンの足元の土が吹き上がったかと思うと長い影が翻り、一瞬の内にスケルトンを地面へと押し倒す。

 

まだモモンガが何が起こったのか把握しきっていない内に、スケルトンは地中に潜んでいた何かに巻き付かれ、小枝を踏み折るような乾いた音が周囲に響いた。

 

モモンガの元に召喚モンスターが消える感覚が届いた時、初めてモモンガはそれの正体をはっきりと視認する。

 

(肌色の胴体に、独特の目が無い頭部。 そしてこの大きさ……、もしかしてモールスネークか!?)

 

モールスネークとはユグドラシルにおいては、低レベルのモンスターだった筈だ。

草原、あるいは森の地中に潜伏して居ることがあり、獲物が傍を通ると持ち前の瞬発力で奇襲を仕掛ける。

 

しかしモモンガが覚えているのはここまでで、詳しい情報までは記憶していなかったし、この生物が本当にモールスネークである確証は無い。

 

だがスケルトンを僅か数秒で倒した強さを見る限り、少なくとも今まで戦ってきた生物の内、最も強いことは確かだろう。

 

僅かな思考の間に、もう一体のスケルトンも地面に組み敷かれており、こちらもあと数秒でやられてしまうことは想像に難くない。

 

モモンガはスケルトンが消えるまでに生じる僅かな隙に魔法を打ち込もうと蛇へと指を向けるが、その時蛇の首がモモンガの方を向いた。

 

「《マジック・ア―――》」

 

詠唱の途中で空気が弾けるような音が響いたかと思うと、次の瞬間にはモモンガの盾として配置していたスケルトンは骨の欠片となって宙を舞っており、モモンガの全身に衝撃と共に鋭い痛みが響いた。

 

モモンガはその直前、蛇の口から何かが吐き出された光景を見ており、身体の痛みの原因を理解する。

 

(石の散弾かっ! 一部のモンスターが使う殴打属性の遠距離攻撃……、盾役のスケルトンがいなければモロに喰らっていた!)

 

モモンガが地面に倒れるのとほぼ同時に、蛇に巻き付かれていたスケルトンも完全に骨を砕かれ、手勢は全て失われたことが感覚としてモモンガに伝わる。

 

(スケルトンでは完全に散弾を防ぎきれずに、無視できないダメージを負ってしまった。 何とか逃げ……)

 

モモンガは地面から起き上がり、少しでも蛇から距離を取ろうとする。

 

だが、その時何故かは分からないがかつての仲間、ぷにっと萌えの言葉が脳裏に蘇った。

 

『一番狩りやすいのは、咄嗟の事態に対応しきれず必死で逃げる人ですよ。 そういう人は逃げることしか考えていないので、反撃を受ける心配も無く背中を撃ち抜けますし、罠にだって簡単に嵌ってくれるんです』

 

(いや何故今、そんな言葉を思い出す……)

 

モモンガはそう思うが、しかし逃げることしか考えていなかった頭に少しの余裕が生まれたことは事実だった。

 

そして蛇の方をもう一度見た時、モモンガはある事に気が付く。

 

蛇は周囲を伺うように頭を振っており、まるで自分の事に気がついていないようだと。

 

(そうか、あの蛇は目が退化しているから視覚が無いのか。 だとすれば外敵の探知には何を使っている? 思いつくのは振動感知、温度知覚、聴覚、嗅覚あたりだが……)

 

もし蛇が自分を仕留め損なったことをまだ理解していないなら、逃げることは却って蛇に自分の居場所を教えてしまうことになりかねない。

 

モモンガはその場に踏みとどまり、戦う決意を固めた。

 

恐らく自分の魔法では数発当てなければあの蛇は倒せないだろう。

その間に石の散弾の盾となるアンデッドを召喚しなければならないが、《サモン・アンデッド・1st/第一位階死者召喚》を再び使うには、あと十数秒程度の再詠唱時間を待たなくてはならない。

 

半身だけを地面から起こした姿勢のまま、身動ぎもせずにその時間を待ち続ける。

蛇の動きが嫌にゆっくりと見え、自分の身体が呼吸をしなくてもいいことに感謝した。

 

やがて蛇の頭がモモンガの方角を向き、そのまま動かなくなってしまう。

 

(見つかった? あの散弾をまともに喰らえばまずい……、いや、大丈夫だ。 もう少し待て……待て……、良し!)

 

「《サモン・アンデッド・1st/第一位階死者召喚》」

 

再詠唱時間が経過したとほぼ同時に唱えられたモモンガの呪文により、狩りでは初めて召喚するあるアンデッドが出現した。

 

外見的には人間種の動死体(ゾンビ)だが、その皮膚はまるで水死体のように膨れ上がり、青白い手からは茶色く汚れた長い爪が伸びている。

 

このアンデッドの名前は、膨れた皮(スウェル・スキン)

レベル二のアンデッドであり、動きが鈍重で攻撃要員としては使いづらいが、炎属性と殴打属性に耐性を持ちHPも比較的高い為に、今のモモンガにとっては優秀な壁役となる。

 

詠唱の声に反応した蛇が、すかさず石の散弾を放つ。

複数の石礫が肉を叩く音が膨れた皮(スウェル・スキン)から響いたが、殴打属性に耐性を持つ膨れた皮(スウェル・スキン)にとって大きな痛手とはならない。

 

「《スモッグ・オブ・ファティーグ/疲労の霧》」

 

モモンガは自分を中心に負属性の持続ダメージと疲労を与える魔法を展開し、膨れた皮を回復していく。

 

その後も何度か打ち出された散弾を凌ぎきった後、蛇は地面を這ってモモンガの方へ接近してきた。

 

モモンガは膨れた皮にそれを抑えさせつつ、《マジック・アロー/魔法の矢》と《スモッグ・オブ・ファティーグ/疲労の霧》で蛇の体力を削っていく。

やがて、森の一角に響いていた戦いの音が止んだ。

モモンガにとっては何十分にも感じる戦いだったが、実際は一、二分程度なのかもしれない。

 

MPを残り約三割まで消耗させたモモンガが、血と泥に塗れた蛇に向かい魔法の矢を放つ。

それを胴体に受けた蛇は、数秒だけ大きくのたうち回った後、ついにその動きを止めた。

 

 

 


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