サバイバル・オブ・ザ・モモンガ   作:まつもり

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第八話 追跡

今日で蛇との戦いから三日が経過したが、モモンガは現在かなり難しい状況に立たされていた。

木の根元に蹲りながら、モモンガはここ数日間に起こったことに思いを馳せる。

 

三日前の戦いの直後、モモンガは暫くその場に留まって蛇の死骸と百科事典に記載されているモールスネークの絵を見比べてみた。

地中に潜伏することは兎も角、石の散弾を吐く蛇などが昔の地球にいたという話は聞いたことがない。

 

これまでに戦った大型の生物はユグドラシルのモンスターにかなり似通っていたが、その生物達には非現実的な存在だと確信するまでの異常性は無かった。

しかし今回の事により、モモンガはこの世界に生息している生物はユグドラシルに由来するものなのではないか、との疑念を強めていた。

 

そして調べた結果、戦った蛇とモールスネークとの間に異なる点は見当たらない、ということが明らかになる。

特徴的な頭の形から鱗の形状、体色の一致に加え、記されてあったモモンガ自身のメモには、回数制限はあるが石礫を吐き出すことが記載されていた。

 

ユグドラシル由来と思われる生物がモールスネークのみとは考え難く、他のモモンガが狩ってきた生物も同様である可能性は極めて高いだろう。

 

この情報を得たモモンガの心中は些か複雑なものだった。

確かに、この世界にユグドラシルと同じようなモンスターが存在するのであれば、今までモモンガが得てきた知識も通用するし、今後レベルを上げる為に更なる強いモンスターを狩ることが出来るかも知れない。

 

だが、それは同時に今のモモンガが置かれた状況の危うさを再認識させるものでもあった。

今のモモンガがユグドラシル基準ではゲームを初めて間もないような、初心者中の初心者程度の強さしか持たないとしても、この世界の生物がそれよりも弱いものばかりなら、モモンガも余裕を持って行動が出来ただろう。

 

しかし、ユグドラシルのモンスターがこの世界に存在するということは、他の更に強力なモンスターや亜人種、人間種が存在する可能性もあるということで、スキルや魔法を使える者がモモンガ以外に多数存在する可能性をも示唆している。

 

つまり今の自分は、弱者達の中の強者では無く、強者達の中の弱者である可能性が高いとモモンガは知ってしまったのである。

 

だが他にどのようなモンスターが居るのか、スキルや魔法を使う者がいるとしてレベルはどのくらいなのか、等の具体的な情報は未だに存在せず、モモンガは今の時点では行動方針を大きく変えるつもりはなかった。

 

そして、モールスネークを倒した翌日もモモンガは同じように森の中で狩りを行っていたのだが、その時に再び平原の中を森へと歩いてくる二足歩行の生物を見かけたのだ。

 

前回は危険度が大きすぎると接近を躊躇ったが、前日モールスネークやその他のモンスターを倒したことで一気に二レベルも上昇して、レベル五となったモモンガは《インヴィジビリティ/透明化》を含む幾つかの魔法を新しく習得していた。

 

透明化は魔法やスキル、マジックアイテムなど見破る方法は多数あり、この魔法を習得したからといって見つからない保証がある訳では無いのだが、そのようにあらゆる可能性を考慮していては幾らレベルが上がっても何も出来ない事になる。

 

そう考えたモモンガは、今回はその生物をはっきりと識別出来る距離まで接近することに決めた。

 

まず自分に《インヴィジビリティ/透明化》の呪文を使ったモモンガは、風下から少しずつ接近する。

木々や草を揺らさぬように、泥を踏んで足跡をつけないようにと、盗賊ほど洗練された動きでは無いものの、透明化を過信せずに慎重に距離を詰めていく。

 

そして遂に、その生物達を詳細に見ることが出来る距離にまで近づいた時、モモンガは驚愕というよりは安心した。

その生物達は、少なくとも外見上は人間にそっくりだったからだ。

 

とは言ってもモモンガが感じた安堵は人間への同族意識から来るものでは無く、自分にとっての懸念がひとつ解消されたからである。

 

モモンガがレベル五までレベルアップした時に習得した《ディスガイズ・セルフ/変装》という魔法は自分の姿を変化させることが出来る幻術であり、この魔法を街への潜入時に利用しようと考えていた。

 

しかしこの魔法では、自分と同程度の大きさの者にしか変身出来ないため、もしもあの街に住んでいる種族が巨人やゴブリンなど、大きすぎたり小さすぎる身体を持つ者達であれば潜入するにあたり大きな不都合を生じるところだった。

 

だがスケルトンメイジの骨格は人間種のものである為、この分ならば変装は難しく無いだろう、とモモンガは判断した。

 

可能であれば実際に接触して情報を引き出したいところだったが、今のモモンガは衣服などの装備を所持しておらず、体の形を変える効果しか持たない《ディスガイズ・セルフ/変装》の魔法を使っても全裸の人間にしか変身出来ない。

 

それに例え服を着ていても、危険地帯であるこの森で見ず知らずの人間と接触するというシチュエーションは相手をいたずらに警戒させるだけだろう。

 

ならばせめて、観察して出来るだけ多くの情報を得ようとモモンガはじっと目を凝らす。

 

(武装は、剣や弓などが中心で銃器の類は無さそうだな。 服装も革製の鎧や布のズボンなどで現代的では無いし……、文明レベルはそれ程高くは無いのか? いや、それを決めるのは早計か)

 

更に見ている内にジャイアント・スネークとの戦闘が発生するが、各自が上手く蛇の注意を分散させて、危なげなく蛇を仕留める。

 

魔法やスキルの使用は確認出来なかったが、戦闘中の動きを見る限りはそこまで高レベルとは思えなかった。

そもそも戦略など考慮する必要が無いくらいにレベルが開いていれば、立ち回りなどを気にするまもなくあっさりと蛇を始末出来るはずだ。

 

そして、時々地面に生えている植物を採取しつつ、二時間程森を歩き回って彼らは帰っていった。

 

ジャイアント・スネークのような弱いモンスターでは無く、モールスネークのように少しだけ強いモンスターとの戦いを見ることが出来れば、更なる情報を引き出せるかも知れないと期待していたのだが、あのモールスネークは頻繁に出現するようなモンスターでは無いようで、結局一体も現れることはない。

 

そしてその日を境にして森を訪れる人間の数は増えていき、昨日は数人のチームが三組、今日はまだ昼を回っていないくらいの時刻だと思われるが、既に二組のチームを見かけている。

 

モモンガとしてはもう少しこの森でレベルを上げてから別の場所に移りたかったのだが、こう人間が多く来ていては、隠れることに労力が割かれて狩りに集中出来ず、あの蛇との戦い以降レベルは上がっていない。

 

人間に見つかる前にこの森を離れて別の人気の無い狩場を見つけられれば良いのだが、いい狩場だと思って行った場所が強力なモンスターの住処であれば目も当てられない以上、無計画な行動は避けたかった。

 

故にモモンガは今、木の下に座り込みながら今後の作戦をじっと考えていた。

 

(やっぱり情報、だよなあ。 この三日間森に来る人間を見ていたけど、高レベルと思われる存在はいなかった。 もしかしたらこの世界の人間は全体的にレベルが低いのかも知れないが……、それを前提に行動するのは危険か。 というか弱いと言っても今の自分を殺せるくらいの実力はありそうだしな。 それに接触するにしても、まずは服を入手しないとな)

 

服の入手について、人間が集めていた植物を自分で採取しそれを物資と交換して貰う、という案も昨日少し考慮したが、人間と取引をする為には警戒心を抱かせない形で接触しなければならない以上、それは不可能だと気がつき却下した。

 

まっとうな取引により服を入手する方法が使えないならば、後に残されたのは真っ当ではない手段しかない。

 

つまり窃盗だ。

 

人間の頃であればモラルに縛られ絶対に選ばなかったであろう選択肢ではあるが、アンデッドの体になってから精神が変質していることをモモンガは自分でも感じており、この窃盗という手段について考えたときも忌避感は抱かなかった。

 

実は更に手っ取り早い方法として、森の中で狩りをする人間の中で弱そうなチームを見繕って、奇襲攻撃を仕掛け命と物資を奪うという案も浮かんだが、それは様々な意味で危険性が高いと考え思いとどまった。

 

もしそれをすると反撃を受けて返り討ちにあう危険は勿論だが、もし逃亡者を出してしまった場合自分の噂が人間の間で広まり警戒されてしまうという危険、それにモモンガの内面的な問題もあった。

 

モモンガは、今の自分は必要とあらば何の躊躇いも無く人間の命を奪えるだろう、と自覚している。

かと言って自分の精神の変化に対する忌避感は不思議と無いし、アンデッドへと変化したことへの悲しみも無く、むしろ今の状態がごく自然だと感じているくらいだった。

 

しかし一つだけ心配なのは、本能のブレーキが外れたことで安易に殺人を犯すようになってしまうと、人間社会への潜入において不都合を生じるかも知れないことだ。

 

例えば何か都合が悪いことが起こった場合に、選択肢として殺人が直ぐに出てしまうようになると、それだけ犯罪者となるリスクが高まる事になるし、恨みも買いやすくなる。

例えその時は上手く逃亡し変装の魔法で別人になりおおせたとしても、そんな幸運は長くは続かないだろうし、それまでに築いた人間関係も全てリセットする羽目にもなる。

 

人間が人を傷つけることに忌避感を感じるのは、集団生活をしていく上で必要とされる本能だとどこかで聞いた。

 

本能による行動のブレーキが効かないのならば、理性でそれを補わなくてはならない。

今の自分は集団の中に紛れ込まなければ生きてはいけない以上、必要に迫られない限りは殺人はしないほうがいい、とモモンガは判断していた。

 

(それに完全武装で周囲を警戒している人間は狙う獲物としては避けたい。 やはり油断しているところに透明化を使って近づいて、荷物を持ち逃げする。 これが一番良さそうだな……、森の近くの街道で良さそうな相手を見つけるか)

 

森を出たモモンガは透明化を使い、森の探索者達が通ってくる街道へ向けて歩き出した。

そこを通りかかる獲物を求めて。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

質素な幌馬車が夕暮れが迫りつつある街道を走っていた。

 

レザーベストを着た痩身の男が御者台に座って二頭の馬を操っており、馬車の周囲には木製の杖を持ち紺色のローブを羽織った男と、髭を生やしている手斧を腰に下げた筋骨逞しい男、そして白い神官服を着た男が随伴していた。

彼らは、足を休める為に交代で御者役を務めている。

 

そして荷台には荷物が入った袋と空の壺が幾つか、そして老婆と少年の二人が乗っていた。

 

荷台に乗っていた少年が、頻りに足を動かして姿勢を変えていた。

 

「ンフィーレア、尻が痛いのかい?」

 

「うん……。 ちょっと床が固くて」

 

ンフィーレアと呼ばれた少年の言葉を受けた老婆は、傍らに置いてあったバッグの中から一枚の布を取り出す。

 

「もう出発して五時間にはなるからね……、これを下に敷いてご覧、少しはマシになるだろうから」

 

「ありがとう、おばあちゃん」

 

ンフィーレアの祖母は、幌から顔を出して周囲を歩いていた髭面の男に尋ねる。

 

「今日はもう日が暮れそうだし野営をする必要があると思うけど、場所はどこにするんだい?」

 

「ああ、リィジー殿。 日が暮れる前には準備を終えてなきゃならないんで、もうそろそろ野営場所に到着します。 後十分程行った場所にある小川の近くにしようと思っています」

 

「そうかい。 じゃあ、準備はお願いするよ。 後明日の護衛もよろしく頼むよ。 私は自分の身はそれなりに守れるけどンフィーレアはそうも行かないからね。 まあカルネ村の周辺の森は、森の賢王のおかげでモンスターは殆ど出ないけれどね」

 

「はは、任せてくださいよ。 何が来ようが、お孫さんとリィジー殿には指一本触れさせませんぜ」

 

その答えに満足したリィジーは再び頭を幌の中に引っ込めると、隣に座っているンフィーレアを見て、ため息を吐き出した。

 

本当は大事な孫を比較的危険が少ないとは言え、れっきとしたモンスターの領域である街の外や森になど連れて行きたくはないという気持ちはある。

ただ若くして事故で亡くなってしまった娘夫婦が遺した忘れ形見、当時三歳だったンフィーレアを引き取って以来、この子には自分の持つ全てを受け継がせたいと考えてきた。

 

そしてリィジーが持つ最も価値のある物は金貨や家といった財産等ではなく、自分が生涯を掛けて磨き上げてきた薬師としての腕前。

それをンフィーレアに受け継がせることこそが今は亡き娘夫婦の遺志に報いることだと考えているリィジーは、危険であることは理解しながらも、今回の薬草の採取にンフィーレアを同行させることにしていた。

 

今回雇った冒険者は銀級の冒険者チームであり、戦士、盗賊、魔力系魔法詠唱者、神官からなる四人のチームだった。

近接戦闘、索敵、魔法攻撃、回復とバランスが取れている構成ではあるが魔法詠唱者は二人共、第一位階までにしか到達していないようだ。

 

第一位階の魔法詠唱者も決して弱い訳ではなく、十分に一人前の魔法詠唱者を名乗ることができる領域ではあるが、銀級冒険者の中にも第二位階に到達している者がいることを考えると、二人は銀級冒険者の中では実力が低い方なのかも知れない。

 

とは言えチームとして戦えばゴブリンやオーガの群れにも十分に勝つだけの力があり、依頼主とのトラブルの噂も無く、誠実なチームだと評判も良い。

 

今回は第三位階魔法を詠唱出来る自分もいる以上、リィジーはこのチームの実力に特に不安を抱くことは無かった。

 

やがて馬車が止まり、外から野営地に着いたことを知らせる声が聞こえてくる。

リィジーとンフィーレアは、馬車から降りて強ばった体をほぐすように伸びをした。

 

夕暮れが迫る川沿いで、冒険者達が野営の準備を手際よく進めていく。

 

 

 

 

 

 

 

その様子を二百メートル程離れた場所に透明化して伏せながら、モモンガはじっと見ていた。

 

 

 


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