具体的には、ハクメイが倒れたのは仰向けじゃなくてうつ伏せです。
「……おいシーナ。こいつらは誰だ。どこのどいつだ。さっさと調べろ」
「はい……」
「!」
大柄の男が呼び掛けた先、俺の後ろに立っていたのは、声からして少女だった。
今は地面に伏せているから姿はわからんが……、さっきこの男と一緒に居たアークスだ。
仮面の男との戦闘で気付かなかったが、もうここまで近付いてきてたのか。
しかし、一体何を頼りに……?
(あ、そうか。あの時打ち上げられたフォイエ)
信号弾というわけではないが、上空のあの爆発は遠くからでも見えた筈だ。
探知範囲内に入っていたこの二人なら、尚更。
それで異常を察知したと。
「……?」
スクリーンを呼び出してアークス内の情報を探っているらしかった、シーナと呼ばれた少女から首を傾げたような気配。
「……あの、ゲッテムハルト様。そちらの方の情報、どこにありません」
「何?」
その言葉に、思わずシーナの方を振り向いた、ゲッテムハルトと呼ばれた大柄な男。
仮面の男はその隙を逃さず、鋼拳を弾いて鍔迫り合いを解除した。
「ちぃッ!」
苛立たし気にゲッテムハルトは裏拳を繰り出すが、バックステップで逃れる仮面の男。
そして、仮面の男はそのままひとっ飛びに跳躍して、森の中へと消えて行った。
「……ちっ、逃げやがったか。中々楽しめそうだったってのに」
興が冷めたようにそう言う。
あの野郎は……やっぱり速いな。もう探知範囲外に消えやがった。
装備した鋼拳を懐に仕舞うゲッテムハルト。
「つ、次から次へと、なんなんだよ一体……」
「……アフィン。大丈夫だったか?」
「あ、ああ。なんとか。相棒こそ大丈夫か?」
「こっちもなんとか、回復してきたってところだ」
横側に蹴飛ばされたアフィンは、腹を押さえながらこちらに歩み寄ってくる。
俺も、レスタによる自己回復もあってなんとか身体を起こした。
……くそ。あんなヤクザキック一発で、すぐには立てなくなるとか。どういう脚力してやがんだ。
こちらに歩み寄ってくるゲッテムハルトと、その後ろに控えるような位置に歩くシーナ。
「よォ、そこのオマエ」
「はッ、はい!?」
「テメェじゃねぇよ! 黙って端っこで震えてろ!」
呼びかけられ、素っ頓狂な声を上げるアフィンに、容赦ない罵声。
ゲッテムハルトは、顔の左半分のほとんどに刺青を彫ったヒューマンだった。
筋肉の塊と言える肉体に、目と目の間を通るよう、左から右下がりにつけられた傷跡。まさに野性味溢れる男だと言えよう。
そして、シーナと呼ばれた少女。
こちらはかなり小柄で、ゲッテムハルトはおろか俺達と比べてもかなり小さいニューマンだ。
身体の各パーツは身長と釣り合わないそれだったが、それも目元を覆う程に伸びた緑の前髪のせいで根暗なイメージを作り上げてしまう。
高速戦闘に向かないような大きな帽子からして、恐らくテクニック職だ。
「オマエだ、オマエ。今のヤツ、オマエを狙ってたよなぁ? あいつは何だ、ナニモンだ?」
「……その前に、先にありがとうって言っとくよ」
素直にそう言う。
実際、この男の横槍がなければ、確実に俺は死んでいただろう。
あの感じからして、死体さえ残ったか怪しい。
……命令口調のコイツに感謝するのは癪だが。ものすごい癪だが。それでも恩知らずではいたくない。
「んなことはどーでもいい! 聞かれたことだけに答えろ!」
「……アイツに関しちゃ、俺の方が聞きたいくらいだよ」
「わからないってか? しらばっくれても、いいコトはねぇぞ?」
「しらばっくれるも何も、俺に分かるのはアイツが何故か俺に殺意を向けてきたこと。あと、半端じゃない強さだってことだ。あんたも相当だが、あの野郎は六芒均衡よりも強い。それだけだ」
「…………」
訝し気に俺を見るゲッテムハルト。
ったく。俺は男に見られる趣味なんかねぇんだよ。
美少女を気付かれない程度で舐め回すように見る主義だ。
「……ふん、その様子だと本当に知らねェみてェだな」
それでもなお、俺を見てくるゲッテムハルト。
「雰囲気はイイ感じだが……弱い。オマエとヤるのは、まだ早そうだな」
「……そりゃ、あいつと比べりゃそうだろうよ」
……くっそ。
見下されてるって分かってるのに、あのザマじゃ何も言えねぇ。
「それにしても、六芒の野郎共より強い、ねぇ……くふふっ」
堪え切れないという風に笑うゲッテムハルト。
まるで、極上のごちそうを見つけた肉食獣かのようだ。
コイツの醸し出す雰囲気が、余計にそうさせる。
「……信じられないかもしれないけど、本当なんです。相棒の見立てだと、あのレギアスより強いって」
「ああ、それに関しちゃ疑ってねェよ。あの仮面野郎は、六芒なんぞよりよっぽど強い。
「…………は?」
弱、ってた……?
あの男が……?
「気付いてなかったのか? 手加減してたわけじゃねェが、ありゃ相当でかく戦った後だ。恐らく、あの野郎と同じくらい強ェヤツとな」
「そ、そんな……それじゃあ、あんな奴がもう一人いるってことに……」
「そォだ。あそこまでうまそうなヤツが、もう一人いる。考えただけで涎が止まらなくなるだろォがよ。クハハハッ!」
楽しそうに、狂おしそうに嗤うゲッテムハルト。
コイツ……おかしいとは思っちゃいたが、想像以上の戦闘狂だな。あんな奴が二人もいるとわかって、笑うとか。
リサさんも狂ってると言えば狂ってるが、コイツはベクトルの違う狂い方だ。
ゲッテムハルトはひとしきり笑うと、背中を見せて歩いていく。
「帰るぞ、シーナ! とろとろすんな!」
「はい、ゲッテムハルト様」
乱暴な物言いに嫌な顔一つせず、シーナは答える。
その背を追う前に、こちらへと一礼。
「……それでは、ハクメイ様。失礼いたします」
……さっき調べた時に知ったのか。
向こうはあんななのに、礼儀正しい奴だ。
過剰なまでに。
「ああ、じゃあな」
それを聞き届け、二人は去って行った。
訪れる静寂。
「……はぁ、なんなんだよ一体。なんかどっと疲れちまった。世界って広いんだなぁ、相棒」
「……あぁ」
アフィンの言葉に、頷く俺。
俺達も再び、声の主を探しに歩いていく。
(……負けた)
今まで常勝無敗というわけじゃない俺だが、それでもここまで完膚なきまでに負けたのは初めてだ。
屈辱。
歯を噛み砕いてしまいかねない程の怒りが込み上げてくる。
(あの仮面野郎……。この屈辱は、いつか億倍にして返してやらぁ)
静かに激しく、俺の胸の内で炎が渦巻いていた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
疲労故に、俺達の行軍速度はスローペースになっていた。
それでもこうして休憩せずに歩いているのは、未だに俺を引っ張るような感覚が続いているからだろう。
道行く中で立ち塞がるダーカー達は、テクニックで消し飛ばしている。
八つ当たり気味に。
こうして発散していかないと落ち着かないのが情けなくて、余計にあの仮面野郎に対する怒りが込み上げてくる。
「……はぁ」
「相棒、どうだ?」
「だーめだ。探知には何の反応もない」
目一杯拡げて、細心の注意を払っても、未だにそれらしき反応を捉えることが出来ない。
本当にあんな声が聞こえたのか。
ただの錯覚だったんじゃないかと、台無しなこと思いつくようになってくるくらいだ。
「こうなると、むしろ俺の探知より、お前の感覚に頼った方がいいかもな。探し物は得意だろ?」
「そう言われたって、相棒の探知で見つからない奴を俺がどうやって―――ん?」
こちらもこちらで辺りを見回していたアフィンが、唐突に動きを止める。
何かを見つけたように。
「お、おい相棒! あそこ! 人が倒れてるぞ!!」
「マジか!?」
駄目元で言ってみただけなのに、もう見つけたのかよ!
アフィンが指差す方向に走っていく。
確かによく見れば、草叢の方に人間の足のようなものがちらりと見える。
背の高い草叢を掻き分けていくと、そこには―――。
白い装束を身に纏った、白い髪の少女がうつ伏せに倒れていた。
「……誰だ?」
「女の子? アークス、って感じではないよな。大丈夫なのか、その子。なんで、こんなところに……」
アフィンが状態を確認しようと近付く。
が。
バチィッ! と。
弾かれた。
「なっ!?」
「うわっ!」
アフィンの手が、電撃を纏った何かに弾かれていた。
電撃自体は静電気にも満たないようだったが、突然のことに思わず下がるアフィン。
……なんだこりゃ?
「な、なんだよ。この子の周りに、見えない何かが……」
「……結界だな」
「結界?」
「ああ。どうやらフォトンで形作られた結界だ。多分この子が俺の探知に引っ掛からなかったのも、これが探知を阻害してたからだ。現に今も、俺の探知の中じゃこの子はいないことになってる」
いないというか、大気中のフォトンと反応が変わらないようにされている。と言えばいいか。
……こうしてるとシオンを思い出すが、あれは探知に関わらず、気配が希薄だった。
この子は気配はそのまま。探知に反応しないだけになっている。
彼女は意識を失っているようで、生きている感じはするが、衰弱してはいるようだ。
「阻害って、なんでそんなこと……。まるで相棒に見つかってほしくないみたいに」
「それもあるだろうが、主な理由はこの子を守る役目だろう。さっきみたいに外敵を弾くように、な」
「それじゃあ、どうするんだ? このままじゃ保護も出来ないよな」
「……まぁ、問題ないだろう」
今度は俺が、結界に手を翳す。
「俺がこの結界を解除する。多分攻撃すりゃ割れるんだろうが、そうするとこの子が危ないからな」
「そっか。気を付けろよ? いきなりビリっと来るからな」
「お前と同じヘマするかよ」
さて、まずはこの結界の解析からだな。
結界に触れて、内部情報を探――――――
『待ってたわ、ハクメイ』
「は?」
結界が消えた。
「……………………」
「? 相棒?」
割れるとか、そのまま消える感じじゃない。
まるで、俺の中に吸い込まれるようにして消えた。
いや、それ以前に、なんだ?
誰だ? 今の声は。
(シオンとも違う。助けてと言っていた、恐らくこの子の声とも違う。別の女の声)
それも、俺の事を知っていた。
だが俺には、全く聞き覚えの無い声。
「相棒? 相棒ってば」
「……結界は消えた」
アフィンにそう言い、倒れる女の子の前で膝を折る。
呼吸はしている。心拍も問題ない。
だが、早く連れて帰った方がいいだろう。
念の為にここで一応軽く調べておいた方がいい。
そう思い、うつ伏せの彼女を抱え起こす。
「この子は俺が背負っていくから、お前は援護を――――――」
そして顔を見た瞬間。
言葉が途切れた。
「…………相棒?」
「……………………」
何この子めっさ可愛いんだけど。
満を持して、正妻登場。
ハクメイが見惚れたのは確かですが、一目惚れではありません。
念の為。