幾らか幼さを感じるあどけない寝顔。
同じ人間なのかと疑いたくなる華奢な身体。
透き通るようで、しかし確かに生命を感じるきめ細かな乳白色の肌。
年相応よりも発達していて、尚且つ成熟しきっていないが故に更なる可能性を感じる各部位。
大きな髪飾りによって二つに結び分かれた、陽の光を反射する繊細で艶のある、白く美しい絹のような髪。
芸術作品と言えよう。
それもシオンのように無機質な人形の如き美貌ではなく、人間として、少女として、未完成故に完成された美しさである。
「…………ふぅ」
呑んでいた息を吐き出した。
落ち着こう。
俺がここで自分を忘れてたら、アークスシップへの帰還と救出はどうする。
本音を言えばその閉じられた瞳を開かせて、可愛らしいであろう声を聞きたいところだが、そんな場合じゃない。
起こそうにも起こせないみたいだし。
どうやら眠っているというよりも意識を失っているという方が正しいらしく、目を覚ます気配はない。
身体の方は特に異常はないが……、こんなところで寝かせているわけにはいかないだろう。
膝を折る形で抱えていた少女を背中に抱え直し、立ち上がる。
所謂おんぶだ。
安定させるため、フォトンの光輪で俺と少女の腰を囲い、縛る。
テクニックとはまた別のフォトン行使であるため拘束力は弱いが、暴れるエネミーを縛るわけじゃないから問題はないだろう。
「待たせたな。んじゃ行くか」
「おう。それにしても、珍しいな相棒。いつもなら救助で人を抱えたりするのは俺任せで、援護する方に回るのに」
「まぁたまには。今日はもうあんまり動き回りたくねーし、この状態でもテクニックは撃てるしな」
「……女の子抱えて感触を楽しみたいとか、思ってないよな?」
「こんな時に思う訳ねーだろ馬鹿だな」
「嘘つく時の顔になってんぞ」
相棒ってこれだから厄介。
いや、俺は正しい判断をしている。
救助訓練などではアフィン任せにしているが、本来両手が塞がって高速戦闘が出来なくてもテクニックを使って戦える俺がこういう役回りをした方が効率的なのは確かだ。ただ、訓練中にそうした場合、テクニックの並列起動が公に晒される可能性が高い。かといってそれを封じたまま人を背負って戦うのもめんどいからに過ぎない。
俺は状況を鑑みて、正しく判断した。
至って真面目だ。
背中に幸せそのものと言える感触が広がっているが、真面目なのだ。
「まぁいいか。救助するんだから、抱えなきゃいけないのは変わりないし。それより、これからどうする?」
「そうだなー……。急ぐ用事はもうないとはいえさっさと帰りたいとこだが、肝心のキャンプシップがどこにあるか」
「おーう。ここにいたかルーキー共」
アフィンと予定を話し合っていると、新しく声が聞こえた。
そこにいたのは、あの時と同じくゼノさん。
……ダーカーと戦ってる最中でなかったとはいえ、こんな奥地まで来ても救援に来るのはゼノさんなのか。
「なんだってこんなところまで……ん? 抱えてるのは、要救護人か? ならいいか」
「救援に来てくれたんですね! 良かった、助かった……」
「あー……うーん。なんつーか、思ったより数がいるな、これ。正直すっげえ予想外」
あの時と同じように、二人のやり取りが交わされる。
その後の事も、まさに前回の焼き回しだった。
ゼノさんと俺達も戦うことになり、ゼノさんが俺に見覚えがあるような気がすると言ったり、イケメンなこと言ったり、
まるで初めて起こったことのように演技するのは大変だった。
大きく違うのは―――俺の背中に抱えたこの子だろう。
強いて言えば要救護者を抱えた俺と前回よりも疲労していたアフィンに代わって、ゼノさんに戦闘を頼ることになったのもあるが。
(あとは、あの狂人とそのお付きみたいなの。そして……仮面野郎)
壁は高い。
一番高くに見ていた六芒均衡よりも、天辺が見えない程高く。
しかし、乗り越えねばならない。
でなければ俺は、あの男に刻まれた屈辱に苛まれて生きていくことになる。
(そんな情けない生き方で、最強最高のアークスなんてお笑い種だ)
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ハクメイ。貴方にまずは、感謝を」
前回と同じように三人と別れて、メディカルセンターに少女を預けた後、そのまま俺はシオンに会いに来ていた。
俺に起こった様々な現象について、問い質すために。
いつもの場所で、シオンは当たり前のようにいた。
そして、この言葉である。
「偶発事象の優位改変が確認され、新たな状況へと進行した」
「…………」
まーた小難しいこと言いやがって。
「状況よりも、事象の説明を求めるといった表情をしているようだが、その認識で正しいか?」
「……分かってんじゃねぇか。今こそ質問に答えてもらおうか」
そう言って、聞きたいことを一気に聞く。
問い詰めるように。
「あの時間遡行は、お前の仕業か? 何故前回は聞こえなかった、聞こえる筈のない声が今回は聞こえた? あの仮面野郎は何者だ? あの子は何者だ? あの結界を張っていた、あの声の女は誰だ? お前は、何がしたくて俺をあの時間に飛ばした?」
「……貴方の疑問は、妥当だと判断する」
俺の問いを受け、シオンは言う。
「だが、ここに正確な認知は必要ないと認識する」
「……あ?」
「貴方は、多くのものを救う機会を持つと。それだけを把握しておけば、事足りる」
「…………」
「いや、説明が十全でない。正しくない。貴方を納得させるだけの言葉を、今の私は学習し得ていない……」
……学習し得ていないってなんだよ。
説明できないから許して、ってか?
ガキの言い訳じゃねぇんだぞ。
「だから、私は謝罪する。未だに信用を得るに足らない私を」
不愉快さを隠そうともしない俺に、シオンは顔を伏せる。
ずっと同じ調子で喋るから、気持ちが込められているのかが判断できない。
しかし、嘘は言っていないとわかる。
何故かはわからない。
わからないまま、信用できてしまう自分が……わからない。
「そして、それでも貴方に頼る私を、私は謝罪する」
「……ハン」
頼る、ね。
少なくとも、あの仮面野郎に追い詰めさせて俺を甚振ろうってつもりじゃなかったわけだ。
「ひとまずは許してやるよ。どんなつもりでも、あの子を助けられたのは事実。美少女の損失は世界の損失だからな」
「……新たなマターボードが産まれた」
いや、なんとか言えよ。
コイツにそれを求めるのも酷な気もするけど。
「それはつまり、新規偶発事象への介入が可能になったことを意味する」
「……まだあんなことやらせようってか」
「私の後悔は未だ続く。貴方がそれを払う標となることを願っている」
そう言って、シオンは姿を消した。
同時に―――ブラックアウト。
「! こいつは……」
暗転した世界から、また同じ光景へと視界が切り替わる。
まさかと思い、デバイスを呼び出して、日付と時間を確認した。
「……戻ってきたってか。一方通行じゃなかったってわけだ」
そこには、
つまり時間遡行する前の時間だ。
ナベリウスを一日探索したことが無かったことになるわけではないようで、安心した。
(問題は、逆に時間遡行した時の事が無かったことになってないかだが―――)
その時、通信から呼び出しが入った。
呼び出し先は、メディカルセンター。
それを確認し、通信に出ると、女性の声が聞こえてくる。
『ハクメイさんですか? 私、メディカルセンター看護官のフィリアと申します』
「フィリアさんですね。どうしました?」
『あなたがナベリウスにて保護した女性が、つい先程目を覚ましました』
タイムリーだな。
どうやらあの時の事も起こったことになっているらしい。
俺の感覚ではついさっきのことだが、実際は丸二日眠っていたことになるのか。
外傷もなく、内側も問題なかった筈だが……結構かかったんだな。
『ですが、あの……』
「ん?」
『……とにかく、メディカルセンターへ一度来て頂けますか?』
……なんだ?
ひとまずメディカルセンターへ向かうことにした。
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「ハクメイさんですね? お待ちしていました」
白いナース服に身を包んだその人、フィリアさんは俺を見て安心したように言う。
フィリアさんは、ウェーブの掛かった髪を胸元まで垂らした、赤髪の女性だ。
看護官と言うだけあって面倒見の良さそうな雰囲気がある。特筆するほどではないがスタイルも良い方で、多分骨抜きにされている男の患者も多いように思う。
「すいませんね、待たせてしまって」
「とんでもありません。それで、保護された子なのですが、ほとんど喋る事もなくて……」
困ったように横を向くフィリアさんの視線の先に、彼女はいた。
発見した時に閉じられていた瞳は、紅い。
白い髪や衣装も相まって、まるでウサギのようだ。
宝石のようなその瞳でこちらを見据え、彼女は口を開く。
「……ハクメイ」
「……え?」
「…………」
「え……名前教えたんですか?」
「いや……」
そんな筈はない。
発見した時には、彼女は意識を手放していた。
それから運んでいる間も目を覚ました様子はなかったし、預けてからも今の今までずっと眠っていた筈だ。
……もし、時間遡行した後の修了任務を終えた翌日に、俺が秘密裏に彼女に会いに行き、彼女がその時目を覚ましていたなら話は別だが。
そんな記憶は俺にはないし、わざわざそんなことするとも思えない。
「……頭の中に、聞こえてきた」
何故か確信を持った風に、彼女はそう言う。
「うーん……」
…………運んでる間に、ちょっとだけ目を覚まして、俺の名前を聞いて、すぐにまた寝た、とかか?
他に辻褄の合いようがないが……。
(滅茶苦茶に考えるとしたら…………あの時の声)
まぁ、それはいいか。
「……わたしは、マトイ」
「マトイ、ね」
良い名前だ。
鈴の音のように聞き心地の良い声をしている、彼女らしく可愛らしい名前と言えよう。
早速その名前でデータベースにアクセスを掛けているフィリアさんだが、結果は芳しくなかったようだった。
「データベースに一致件数……なし。少なくとも、アークス内に登録情報はありませんね」
「アークスでもなけりゃ、アークスシップに乗っていた一般人でもない、か。どこかの星の原生民ですか?」
「……でも、生体パターンはアークスみたいだったのに……」
スクリーンを閉じて、フィリアさんはマトイに問い掛ける。
「ねぇ、マトイちゃん。あなた、どこから来たのかしら? どうしてあの星にいたの?」
「……う…………。……ハクメイ」
かなり優しい声で問い掛けていた筈だが、何故かマトイは怯えたように俺の傍へ寄ってきた。
「あ、ああっと、怖がらせちゃった? ごめんなさい、他意は無いの」
「いやぁ、怖がる要素あったか? 大丈夫だって、マトイ。答えたくないなら答えたくないでいいから」
「……ん」
きゅっ、と。
俺の手首を摘まむように服を握るマトイ。
ぎゃんかわ。
「貴方に懐いている感じ……刷り込みみたいですね」
「まるで俺が無理くり懐かせたみたいな言い方やめてくれません?」
「冗談ですよ。貴方は、彼女に心当たりとか、ありますか?」
「うーん。俺結構記憶力に自信ありますけど、覚えはないですね……」
美少女なら尚更。
しかし俺の記憶内にはノーヒットである。
「ふうむ……知己でもないとなると、わからないことだらけですね」
考え込むフィリアさんだが、やがてマトイを真正面から見据えた。
「でも、放ってはおけません」
……看護官として、ってだけじゃないな。
生来のお人好しってやつなのだろう。
視線を俺へと動かし、言う。
「ハクメイさんはアークスとしての活動がありますから、ずっとここにはいられませんし……。あの、この子のお世話、私に任せてもらっていいですか?」
「んー。俺は是非お願いしたいとこですけど……マトイもそれでいいか?」
「…………」
何も言わず、こくりと頷く。
「何かあったら、すぐ貴方に連絡しますから」
「ええ。俺も時間あったら来ますから。じゃあな、マトイ」
「あ……あの…………」
「ん?」
マトイは、顔を俯かせて言う。
俺ではない何かに、怯えるように。
「怖い感じが、するの……。……気を付けてね」
「……ああ」
……怖い感じ、ね。
そいつは果たして、ダーカーの事か。
それとも、
どっちにせよ―――
(あの仮面野郎より恐ろしいことなんざ、そうそうねぇだろうがな)
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
同じ頃。
とあるアークスが、自分宛てに届いたメールを見て、一人呟いていた。
メールの内容は、あるチーム発足の件について。
そしてリーダーは―――同期の主席卒業者。
「ハクメイさん、ですか……。学校でも遠くから見たことしかないですけど、どんな人なんでしょう」
次回、正妻その2の登場。……あれ? 正妻ってなんだっけ?
ハクメイから見たマトイは、ひたすら可愛いという話でした。
ようやくesのストーリーを混ぜられそうです。
ちなみに、セラフィさんヒロインのアークスクエストを無かったことにするわけではないです。ないったらないんです。だからランチャーを構えるのはやめてくださいお願いします。