―――頭が追い付きません。
今のわたしの心情を正直に表すなら、そうなるでしょう。
ザッカ―ドは悪いことをした人で。
みんなの幸せを願う筈の研究者なのに、たくさんの命を奪った人で。
わたし達は、ザッカ―ドを捕まえる為にナベリウスを彷徨って。
でも、もしかしたらそこに何か事情があったかもしれなくて。
だから一緒にオラクルに帰って、罪をちゃんと償おうと、そう言って。
でも断られた。
どうして、と思った。
何か事情があるなら話してくれれば、力になれるかもしれないのに。
それでもハクさんは、ザッカ―ドに何をされたのかと聞いた。
わたしは裏切られたと思ったのに、ハクさんは未だザッカ―ドを信じている。
ザッカ―ドは悪い人かもしれないけど、全部がザッカ―ドのせいじゃないと。
もしかしたらそれは、ザッカ―ドじゃなくて自分の推論を信じているだけなのかもしれないけれど。
その問い掛けに、ザッカ―ドはわたしでも分かるくらいに反応しました。
でも、そんな考えは遺跡エリアの広場を覆いかねないダーカーの群れを前にして、頭から飛んでしまいました。
そしてその中央に聳え立つ大型ダーカー・ゼッシュレイダ。
楽観的だと言われるわたしでも、この戦力差は覆せないことくらい分かります。
事実、セラフィさんも通信から撤退を促す声を上げているのですから。
なのに、あなたは笑います。
この程度がどうしたと鼻で笑うかのような、とっても悪い笑顔で。
「炎神『プロメテウス』!!」
その声と共にハクさんの背後に現れたのは、ゼッシュレイダと並び立つ程に大きな、炎の巨人でした。
筋肉の鎧を着たかのような、上半身だけの肉体。
その身体は猛り狂うかのような炎に包まれ、近くにいるだけで燃えてしまいそうな熱を持っていました。
加えて頭部にある二本の卷角と、凶悪な人相。
まるで―――
『ま……魔神?』
わたしの心の声を代弁するかのように、セラフィさんが通信越しに呟きます。
それに応えず、ハクさんは大声を出す前のように息を大きく吸い込みました。
それに連動して魔神も息を大きく吸い込み。
二秒だけ止まって。
「『ヘルフレイム』!!!」
魔神が巨大な火炎を吐き出して。
広場のダーカーを大多数、焼き払ってしまいました。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
「えぇえええええええええええええええええ!!?」
結構な数のダーカーが焼き尽される様を見て、一番に叫び声を上げたのはモアだった。
「ちょ! んな、リーダー! なんだよこれ!? こんなのいつの間に用意してたんだよ!!?」
今回の出発前である。
俺がジェネの事をモアに話している時に仕上げていた物。それがこの『プロメテウス』だ。
通常のマグの内部構造を解析し、それを基にして新しくマグを作り上げ、通常のマグに搭載されている他の一切合切を取り払い、
本来であれば
一角獣の幻獣・ヘリクスタイプ。
要塞の幻獣・アイアスタイプ。
白魚の幻獣・ケートスタイプ。
女神の幻獣・ユリウスタイプ。
戦士の幻獣・イリオスタイプ。
この五つのタイプにそれぞれ三つのプログラムが存在するのだ。
例えば、ゼノさんの《ヘリクス・ブロイ》。
ヘリクスタイプに属する
タイプと合わせて、この
しかし俺は、既存にはない新しい
マグにテクニックを組み込むことで属性を持たせ。
数多くの試作と入念な調整の結果、通常の
「……………」
「おい、ジェネ!」
「え!? は、はい!?」
呆然としてたジェネに呼びかける。
驚くのは無理もないものだと自負しているが、それに付き合ってられる状況でもない。
今のヘルフレイムで三十体……を少しオーバーしたが、まだ小型ダーカーは犇めいているのだ。
「ボケっとしてんな! こいつもそう長くは出せない! さっき言った通り、お前達が残りの取り巻きを相手しろ!」
通常の、あらかじめ決められたプログラムをしたら消える
おまけに
プロメテウスを出すと同時に
速攻でケリをつけなければならない。
でなければ、最悪負けて死ぬ。それでなくても以前のように危ない戦いを強いられることになる。
「っ、わかりました! ハクさん、気を付けてください!」
「そらこっちの台詞だ。いくぞ!!」
「お、おう! やってやるぜ!!」
そうして二人が構え直すのを待ってくれている……訳ではなく。
ゼッシュレイダの方にも動きがあった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
ゼッシュレイダは、わたし達に背を向けました。
背中にある甲羅はまるで睨みつけるような目を持っているようです。しかし、それでわたし達を竦ませることが狙いではありませんでした。
その甲羅の外周部、その所々に空いた穴から、複数発のダーカー砲弾が飛び出します。
「うげぇー!? あいつ、めちゃくちゃうってきたぞ!?」
ゼッシュレイダに向けて走り出すハクさん。
そのハクさんと背中で追随する魔神に向けては勿論、小型ダーカーに向けて走るわたし達にもダーカー砲弾は向かってきます。
しかし、それを見逃すハクさんではありませんでした。
「お前の相手は、こっちだろうが!!」
走りながら拳を振るうハクさんに連動して、魔神がその巨腕を振るいます。
まず、わたし達に向かっていたダーカー砲弾。
続けてハクさん自身に向かっていた砲弾を拳で打ち落とし、進路上で立ち塞がる小型ダーカーも薙ぎ払います。
魔神の拳は凄まじい炎を纏い、その打撃を受けたダーカー達はその炎と打撃で掻き消えてしまいます。
正に鎧袖一触です。
それを見届け、わたしはモアに言います。
「モア! ハクさんを信じましょう! わたし達は、わたし達の出来ることを!」
「お、おう!」
魔神の火炎でハクさんが半分以上倒してくれたとはいっても、まだまだダーカーはいます。
ハクさんがゼッシュレイダに集中してる今、わたし達だけで倒せるか―――。
(いえ! 倒すんです!)
――――――――――――――――――――――――――――――――――
俺とあいつらに向かってたダーカー砲弾を打ち落とし、立ち塞がるダーカーを薙ぎ払って、ゼッシュレイダの前に辿り着く。
向こうは砲弾を撃ち終わって、こちらに振り向いた所。さっきまで遠くにいたプロメテウスが目前に迫っていたが、ダーカーであるゼッシュレイダはそれにいちいち驚くような感情を持ち合わせていない。右鎌を中段に振り上げて、こちらを薙ごうと振るってきた。
プロメテウスの右拳で迎撃する。
轟音。
ほんの僅か鍔競り合い、振り切ったのはプロメテウスの方だった。
打ち返されたゼッシュレイダの右鎌の装甲が、少しだけ剥がれる。
「……つ」
同時に、右腕に走る痛み。
このオリジナルPBのデメリットの一つがこれだ。
俺の動きと連動させた代償として、プロメテウスが受けたダメージが痛みとして俺自身にフィードバックされてしまう。
殴ったら殴った拳も痛いし、撃ち抜かれようものなら身体に風穴を開けられた痛みが襲い掛かる。
鎌の攻撃を拳で迎え撃ったから、拳が僅かながら切れた痛みと、衝撃が腕に来た痛みが同時に来た。
はっきりと感じる痛みだが、我慢できない程じゃない。
「っ、だらぁ!!」
今にも絶対ロクでもない何か(ダーカーの炎とかなんとか言われてる)を吐き出そうとしていたゼッシュレイダの横っ面に、左拳を叩き込んだ。
勢いそのまま、頭部から地面に叩き込ませる。
ゼッシュレイダを横倒しにした衝撃で広場が揺れた。
この大型ダーカーは二足歩行する亀のような外見で、一度倒れたらすぐには起き上がれない。
背中の甲羅にブーステッドのブースターみたいなのをつけてるから起き上がれないってことはないのだが、四肢が短いせいだ。
それまでは仰向けにされた亀と同じで、完全な無防備。そしてコアは胸の部分。
叩き込まない訳がない。
「おぉらッ!!」
ゼッシュレイダの身体を踏みつけながら跳躍し、上空に踊り出た所で右拳を叩き込む。
横倒しになった時に出来たクレーターが広がる。
が、コアは砕けない。
ダーカー共通の弱点なのは確かだが、ダーカーの個体毎にその硬さも変わる。ゼッシュレイダともなれば、そうそう簡単には壊せないだろう。
「らぁッ!」
間髪入れずに左拳を叩き込んだ。
クレーターが更に広がる。
「―――『バーニングラッシュ』!!!」
連撃。
一発一発、全力で。
ゼッシュレイダの装甲が飛び散る。
殴った衝撃が腕に響く。
起き上がる暇は与えない。
このままコアが砕けるまで殴り続けてやる。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
セラフィは通信で送られてくる映像で、三人の様子を見ていた。
ジェネとモアの二人と、ハクメイの位置は離れているが、セラフィの通信画面には広場全体が写っている。ザッカ―ドがハクメイの出した魔神に怯えている様子も把握出来た。
戦況は、優勢だ。
ハクメイは魔神の拳でゼッシュレイダに対してマウントを取って、一方的に攻撃を加えている。
ジェネとモアも順調にダーカーを倒していき、その数を減らしていた。
このままいけば、最初は絶望的に見えたダーカーの軍勢を全滅させることが出来るだろう。
(けれど……)
しかし、セラフィの胸中には不安があった。
ハクメイはあの魔神をそう長くは出していられないと言った。
ハクメイも魔神を出した影響か、脂汗を流している。もしかしたらあの強大な力の代償として体力を大幅に削るのかもしれない。そういう意味で長くは出していられないのか。
ジェネも体力の消耗が激しく、呼吸が荒い。
もしもゼッシュレイダを倒し切る前に、ハクメイの限界が来てしまったら?
ジェネの体力が限界を迎えて、ダーカーの前に無防備な姿を晒す事になってしまったら?
見縊る訳ではないが、モア一人でジェネを守り切れるとは思えなかった。
優勢に見えても、実際は綱渡りの状態で、いつ綻びが出てもおかしくない。
(魔神の拳の、衝撃が重すぎます……!)
ハクメイがああ言った以上、体力の消耗が激しかろうが意地でもゼッシュレイダを倒し切るだろう。
しかしその攻撃は、彼等の戦場である遺跡広場を徐々に罅割らせていた。
クレーターが出来て、地形が変わるくらいなら問題はない。
だが広場が崩れ、底の知れない湖へ瓦礫と共に身を投げる事になれば、危険では済まないのだ。
ハクメイが悪いとは言えない。
ゼッシュレイダの巨体が倒れればそれだけで大きな衝撃になる上、ダーカー砲弾も広場に罅を走らせる威力だった。その巨体を横倒しにして叩きつけるのも、ゼッシュレイダの攻略法として考えれば、足ではなく顔面を攻撃して横倒しにすることを除けば真っ当なものだ。
しかしこのままでは、全員湖の底行き。
それを、息もつかせぬ連撃を叩き込んでいるハクメイに言うべきか。
言って攻撃を緩ませるべきか。だがそれではゼッシュレイダを倒し切れないかもしれない。
セラフィは悩んだ。
悩んだ末に。
「―――ハクメイさん!」
言う事にした。
「戦いの衝撃で、遺跡広場が倒壊する恐れがあります! このままでは皆さんが湖に」
『分かってる!』
「!?」
しかし、返ってきた答えは予想だにしないものだった。
ハクメイは倒壊の危険について、既に考えていた。
恐らくは、魔神を出す前の段階から。
連撃の手を緩めないまま、ハクメイは続ける。
『だから、こいつをぶっ倒したらすぐにザッカ―ドを連れてここから離れる! それまでは保つ筈だ! セラフィさんは向こうが片付くか俺が倒したら、二人にすぐ広場から出るように言ってくれ!』
「……そんな事まで」
口調がいつもより乱暴なのは、余裕がない証拠か。
そんな状態でもハクメイは次の事を考えて行動していた。
今でも必死に最善策を練って、戦っている。
確信のある策ではない。
だが、全力でそれを実行しているのだ。
(……ならば、私もそれを信じなければ)
一方的と思われていたゼッシュレイダに、動きがあった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
ゼッシュレイダの巨体に着地して、後ろに跳ぶ。
地面に着地すると同時に、ゼッシュレイダが独楽のように回り始めた。
それに巻き込まれないよう、更に後ろへと距離を置く。
「さぁ、来い」
出来れば横倒しになったまま倒したかったが、そう上手くはいかないか。
だが、相当弱らせることは出来た。
プロメテウスもまだ保てる。
これ以上は広場の方が持たない。
次の一撃で決めてやる。
「…………」
ゼッシュレイダはその場でだけでなく、螺旋を描くように巨体を回す範囲を広げていく。
これに巻き込まれて押し潰されるわけにはいかないが、俺はそうならないように距離を取っているし、二人はもっと遠くにいる。
今はまだ攻撃を叩き込む段階ではない。
敵は回り続けている。
まだ……もう少しだ。
身体の向きを変える為に跳ね起きた。
(ここだッ!!)
その巨体が自ら飛び上がるのを待っていた。
罅が入り始めていた、ゼッシュレイダの胸のコアに狙いを定めて。
「『クリムゾン―――』」
プロメテウスの右拳を、真っ直ぐに打ち込み。
「『ブラスト』ッ!!!」
拳を通した衝撃と爆裂が、コアの中心からゼッシュレイダを弾け飛ばした。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
「な、なんて威力……!」
魔神の一撃でゼッシュレイダは消し飛んだ。
それを見届けて、セラフィは口元を抑えた。
(たった一人で、ゼッシュレイダをああも一方的に……ついこの前まで新人で、ウォルガーダ相手に三人がかりで苦戦していたというのに)
元々PBは、アークス個人の切り札として扱われている。
六芒均衡が振るう創世器には遠く及ばないが、それでも戦術兵器としては十分な威力。
それでも大型ダーカー相手では大きな傷を与えるに留まる。
まずアークス自身の力で弱らせ、トドメとして使うのが定石だ。
だが、ハクメイがPBとして生み出した魔神は、それを超えていった。
ダーカーの軍勢を一息に消し去り、ゼッシュレイダを弱らせる前から戦い、消し飛ばしてしまったのだ。
(アークスになって一月もしない内に、こんな戦略兵器を生み出してしまうなんて……。これから先、一体どれほどの……)
慄くセラフィだが、ハクメイは何も一月足らずで魔神―――『プロメテウス』を生み出したわけではない。
実際にマグを受け取って改造を始めたのは一月足らずではあるが、それ以前から設計は行われていた。
PBの存在を知ってから、ずっと。
頭を悩ませた時間。幾度も繰り返した試行錯誤。
そうして土台はアークスになる以前から盤石に固められ、あとはその上に建てるのみとなった。その建てる作業も、一筋縄ではいかなかった。失敗した数など計り知る事は出来ないだろう。
それをセラフィは知る由もない。
だが、ハクメイはそれを不幸とは思わない。
承認欲求を満たしたいだけならば、積み上げたそれを見せびらかせばいいのだから。
彼の強欲はそんなものでは満たされない。
積み上げた先に得られる物を欲さずして、何が強欲か。
(……そんなことを考える前にやることがあるでしょう!)
セラフィは自分の両頬を張る。
ゼッシュレイダはハクメイの手で消滅した。
しかし、本命のザッカ―ドを捕えたわけではなく、チームの安全が確保されたわけでもない。
ハクメイの指令通り、これからジェネとモアの二人を撤退させる役割がセラフィにはあるのだ。
セラフィは通信画面の視点を二人の方へと移した。
ジェネとモアのチャンネルへと通信を繋ぎ、呼びかける。
「ジェネちゃん! モアくん! ハクメイさんからの」
命令です、と。
そう言おうとしたセラフィの目に映ったのは。
ジェネがキュロクナーダの棍棒で頭を打ち倒された、その瞬間だった。
一気に厨二臭くなりましたね(元から)
でもこういうの大好きです。
どんどん更新頻度が下がってて申し訳ありません。多分こっちでEP1が終わる頃には原作の方はEP6終わってるかと思います。