センスが残念な奴は、得てして自分が残念な自覚がないものである
「……私は謝罪する」
シオンはお馴染みの台詞を言って、目を伏せた。
俺の傍には誰もおらず、久々の一対一である。
「謝罪? 何に対する?」
「新たなマターボードは二つあった事。その片の運命を、私は秘匿していた」
「……二つ?」
「これが、そのマターボードである」
そう言って、シオンはマターボードを俺に渡した。
前に受け取っていたマターボードは埋めきっていないのに、である。
早速そのマターボードを確認し。
確認、し―――
「……おい。こりゃあ」
「貴方にとっては望まぬ結果になると理解していながら、後の未来を優先し、私達はこれを譲渡しない事を選択した」
そのマターボードは、既に埋まっていた。
それも当然だ。何故なら。
そのマターボードは、
明確にそうと書かれている訳ではない。
ただ、時系列や場所はあの作戦の時と一致している。
偶然、である筈が無いのは、シオンの顔を見れば分かった。
「このマターボードは、貴方を導かない。導けない。最善の結末を既に得た後であり、繰り返す事は無意味であるが故に」
「……じゃあ何か? あの作戦は、
「最悪の結末を回避するに至った。それは赦翼の雛鳥を喪失しなかったからである」
赦翼の雛鳥……。前の会話から察するにジェネの事か。
確かにあいつが死ぬくらいなら一度の作戦なんざ放棄してもいいが、あの時はやりようによって作戦を成功させながらも全員無事でいられた筈だ。
それが、最善でない?
「私達の望みがどうであれ、微かに掴み取っていた貴方の信用を裏切る行為であったのも事実。誹りは甘んじて受けよう」
「…………」
まぁ、やり直せるものならやり直したいところだが。
本来時間は一方通行であり、時間遡行したいなんて思っても出来ない事だ。
こいつの思惑がどうであれ、今回は出来ません? ふざけんなって文句付けるのも違うよな。
マトイの救出はともかくとしても、あの訳分からん杖の回収の為に仮面野郎とやり合った借りがあることを思えば、それを返してもらうという名目で俺の望むように時間遡行させるなら筋が立つ。かといってあの時の借りを今回時間遡行させてチャラにしようって程の価値もないしな。あの狂人研究者には。事件の経緯を知りたいっちゃ知りたいが、仮面野郎との死闘に勝る程の関心もない。
むしろ今回の事も借り、ということにしとけば、通算二つ分の借りが出来る訳だし、もっと大事な時に使うべきじゃないだろうか。
「……じゃあ、前回の事も合わせて貸し二つってことで。それでいいな?」
「……感謝する。同時に、これからも貴方の助力に頼る事を、私は謝罪する」
そう言って、シオンは消えていった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
とまぁ、シオンと気になるやり取りはあったものの、俺はショップエリアを後にして、ゲートエリアに来ていた。
マトイのいるメディカルセンター前である。
ジェネとモアはすぐそこにあるチームカウンターで、正式なチーム所属の手続き中だ。
「ふふふ」
マトイはご機嫌だった。
「今日はやけにニコニコしてるな、マトイ」
「うん。やっぱりハクメイは優しいなって」
日誌を一緒に読みながらチーム結成の経緯をジェネから聞いたらしいマトイは、そう纏めた。
「ジェネちゃんね。自分の力が足りないって、ハクメイとは距離を置いた方がいいんじゃないかって悩んでたみたいだったから。でもジェネちゃんにはハクメイがついてないと不安だし、わたしは一緒に居た方がいいと思ってたの」
「そらぁなぁ。あの性格じゃ、保護者がついてないと悪ーい男に騙されてホイホイついていきそうだし」
「そうだね。うん、心配」
頭を悩ませながら書類と戦う後姿を見ながら言う。
大多数の男好みする見た目なのに、無防備過ぎるんだよなぁ。
まぁ、俺がその悪ーい男でないとも限らないが。
「だから、ハクメイが一緒のチームに誘ってあげたって聞いて、安心した」
「ふーん」
とは言っても、本当の本当に無能だと思ってたら、ジェネがいくら可愛くても同じチームには入れなかったろう。それはモアも同じで、あいつに関しちゃ誘わなくてもいいかな、とも。
が、今弱くても未来にどれだけ強くなるかは未知数な訳で。
強くなる気概さえあれば、俺のようにアークスとしての才能を持たずともそんじゃそこらの奴等には勝てるようになるのだ。
逆に言うとテオドールのように気概が欠けていれば、そいつの強さはそこで打ち止め。あいつは総合スペックが高いからそれでも大抵の事はやれちゃうわけだが。
気概を持たない奴だって、持つ為の切っ掛けさえあれば変わる事は出来るが、そこまで面倒の掛かる奴を相手にする気はない。
その点で言えば二人は甘ちゃんなりに強くあろうとしてるし、モアはともかくジェネのフォトンのスペックは高い。
言うなりゃ宝の持ち腐れ。俺以外の下じゃ腐らせたままになるし、それなら俺が有効活用してやろうって魂胆なわけだ。制御にかかる時間は一朝一夕とはいかないだろうが、リターンは大きい。
(なんて言っても照れ隠しとか受け取られそうだけど)
まだまだ俺のことが分かってないと言えよう。
読み書きが終わった日誌を閉じると同時に、二人はこちらへと戻ってくる。
「二人とも、手続き終わったの?」
「はい! これでわたし達は、正式にハクさんのチームメンバーです!」
「これからどんどん活躍して、チームのエースになってやるからな!」
「はいはい、期待しときますよっと」
ちなみにセラフィさんはあの場でしばしのお別れとなった。
いやだって、一定の功績や規模になったチームにはチーム専属管理官ってのが就くらしいけど、出来立てホヤホヤのチームにそんなんあるわけないし……。それでなくてもあの人、アークスとウェポノイドの橋渡し役みたいになってるらしいから、新体制が出来たばかりのこの時期にこっちに割ける時間とかあるわけないし……。
一応普通の管理官としてアークス達のサポートも行うらしいから全く顔を合わせない訳じゃないが、頻度は他の管理官と同程度に落ちるだろうとのこと。
「それじゃ、早速チーム会議といくか」
二人がそこにあった席に座り、野ざらしの会議が始まる。
場所はチームに与えられるルーム、といきたいところだが、それもまたある程度の功績が必要なので、このような場所になる。チームが出来る前、メンバーが入る前の功績は考慮されないので、この二人分の功績はカウントされていない。ので現状俺一人の功績が積み上がっている訳だが、まだ少し足りないそうだ。
「まず、俺達に必要なのはなんと言ってもチーム名だ」
指を一本立てる。
「いつまでも『オレ達のチーム』じゃカッコつかねぇもんな」
「ああ。他に認知するにも覚えてもらうにも、チーム名が無いといけない」
有名所では六芒均衡だが、あれはほとんどチームの体裁を保っちゃいないし、名前的に六人に限定されてしまう。
ナベリウスのダーカー襲来で全滅したという『ブラックパウンド』は、リーダーを始め最初期のメンバーが黒人だったことから名付けられたと言われている。それに因むと、俺達はなんだろうな?
……俺ことハクメイと、チームで日誌をつけている事から、『ホワイトアルバム』?
ダメだな。なんか根掘り葉掘りの葉掘りが訳わからなくて八つ当たりしそうな名前だ。いや、何言ってんだ俺は?
「一応考えておくようには言っておいたが、候補は出たか?」
「もちろんです」
「オレもオレも! 早速オレからな!」
候補の名前をメモってきたらしく、ポケットから紙を出す二人。
俺は頭に入れてきてるから出さないが……まずは二人の候補から聞くかな。
「チーム名……なんだかそれっぽいね」
「それっぽくする為にあるようなもんだしな、こんなのは。じゃ、モアから言ってみろ」
「へっへーん! 聞いて驚けってば!」
モアが踏ん反り返りながらメモを読み上げる。
『モアと愉快な仲間達』!」
「却下」
「えぇ!? なんでだよ!?」
「なんで俺達がテメェのおまけみたいになってんだよ」
出すとは思ってたけど。
「じゃ、じゃあ『勇気いっぱい元気ひゃくばい団』!」
「幼児向けTVか。却下」
「『宇宙戦隊スーパーアークス』!」
「子供っぽさが前面に出過ぎ。却下」
「『チーム・クレイモア』!」
「一番それっぽいけど結局お前メインじゃねーか!」
くぅっ、と呻くモア。どうやらそれで出尽くしたらしい。
期待はしてなかったけどここまでとは。センスとか以前の問題だ。
嘆息し、次に移る。
「じゃあジェネ。お前言ってみろ」
「はい! わたしのは自信あるんですよー」
大きな胸を張るジェネ。
不安だ。
「『ラッピーさんを可愛がり隊』! です!」
不安的中だった。
「うん。却下」
「えぇ!? なんでですか!?」
「そういうのはチームとは関係ない同好会でも作ってやってくれ……」
「ラッピーさん、可愛いじゃないですか! ほら!」
アイテムパックから何を取り出したかと思ったら、ラッピーのぬいぐるみ(抱きかかえサイズ)だった。え? 持ち歩いてんのそれ。
「わぁ! 可愛いね。……わたしも一つ欲しいなぁ」
「ほら! マトイちゃんもこう言ってますし!」
「そう言われても……」
まぁ元はエネミーとはいえ、マスコット的に可愛いのは俺も認めるところだ。
しかしそれとこれとは別の話である。
ラッピーを愛でる二人の美少女は見てて微笑ましいものだが、別の話である。
「ジェネー……。他の奴から俺達のことを呼ばれる時、『ラッピーさんを可愛がり隊』って呼ばれたいのかよ?」
「お前のも俺はやだけどな」
「わたしは呼ばれたいです!」
「呼ばれたいのかよ」
センスが残念というか、マスコット愛ですぎだった。
「ったく、結局俺の候補になりそうだな」
「うぅ……ラッピーさん……」
「名残惜しむな」
「リーダーの名前だって、決まるとはかぎらねぇだろ!」
「ハン。センスおこちゃまのお前と一緒にすんなよ」
「なんだとー!」
「け、喧嘩はだめだよ。仲良くしよ?」
マトイに仲裁され、モアはすごすご引き下がる。
やれやれ。これじゃあ、俺一人でさっさと決めちまった方が早かったかもな。意見も聞かずに決めたら反発が生まれそうだったから、一応聞いたんだが。
「それじゃあ、ハクメイの意見は?」
「おう。発表するぞー……」
息を一つ吸って、言う。
「『エレクトロムーンペンタラスター』」
「「却下!!」」
二人同時に却下された。
「なんでだよそう頭ごなしに!」
「こう言ってはなんですけど、まずもって意味不明じゃないですか!」
「なんだよそのとりあえず言葉をならべただけの名前は!?」
「並べただけだと? 確かにこれ自体に意味はないが、ちゃんと意味あってこの名前なんだぞ」
「どんな意味だよ?」
「文字を切り取っていくと『エンペラー』、すなわち一見意味のない言葉の中に身を隠す『隠れた帝王』になる」
「ややこし!!」
帝王。
望むもの全てを手に入れる、王の中の王。
最強最高のアークスの他に俺が志す姿だ。
強欲を体現する俺が人生を賭けるに値する最終目標である。
が、二人には不服のようで。
「それならオレの『勇気いっぱい元気ひゃくばい団』の方がぜんぜんカッコいいもんね! これだけはゆずらないぞ!」
「最初に出た『モアと愉快な仲間達』じゃねーのかよ! いやどっちも嫌だけど!!」
「やっぱり『ラッピーさんを可愛がり隊』です! ラッピーさんが好きな人に悪い人はいないんです! 入団条件にラッピー好きを入れれば、良い人ばっかり集まります!」
「いや、それはオレでも無理だって分かるってば……」
「平和ボケした奴しか集まんねーだろ。やっぱここは俺の『エレ』」
「「却下!」」
「せめて最後まで言わせろやぁ!」
全くなんて奴等だ! リーダーの意見を尊重しようとは思わないのか!!
当初の予想よりヒートアップしていく、チーム名の談義。
ゲートエリアのど真ん中でやってるもんだから「なんだなんだ」とこっちに視線を寄越す輩がゾロゾロと現れてくる始末。横目に見えたゼノさんとエコーさんが「俺(私)達も最初はああやって喧嘩してたなぁ……」と言わんばかりの優しい表情をして去っていたのがちょっと印象に残った。
そんな中、隣のマトイはオロオロオドオドしつつも、俺達を止めにかかる。
「み、みんな落ち着こ? 喧嘩はダメだよ? 他のみんなも見てるし、ね?」
その言葉で注目を浴びていることに二人も気付いたのか、俺達は一旦落ち着く為に上げていた腰を下ろした。
クールダウンして周囲が散っていくのを見届け、深呼吸してから会話を仕切り直す。
「このまま言い合っても終わらねーな」
「そうだな。二人にはまかせらんねーし」
「『ラッピーさんを可愛がり隊』が一番です」
強情な奴等め。まぁ俺も人のことは言えんが。
頬を膨らませるモアとジェネ。
このメンバーでやってきて以来、初めてのこの険悪な雰囲気をどうするか。リーダーである俺が一番に考えるべきかもしれんが、俺もそう簡単に譲りたくはない。
ので、言葉で他を折らせるのは止めにする。
「こうなってくると別の方法で決めるしかないか」
「別の方法、ですか?」
「一番手っ取り早いのは、マトイにどれがいいか決めてもらう事だが……」
顔をマトイに向けると、マトイはびくっとちょっと怯えた感じで俺を見る。
これもマトイに向けられる初めての表情だが、平時ならともかく今のタイミングで見られたら納得の反応だった。
「そんな胃痛案件を任せるわけにもいかねーし」
視線を外してそう言うと、マトイはあからさまにホッとする。
「ここはひとつ、運で決めようか」
「運? じゃんけんか?」
「いんや、くじ引き」
日誌の白紙のページを一枚切り取り、四等分。四つ折りにして一人一人に配っていく。
そして真ん中にアイテムパックから取り出した穴の開いた箱を置く。
「この紙にそれぞれのチーム名候補を書き込んで、箱の中に入れる。その中から一つ引いたら、それが俺達のチーム名だ」
「そういうことですか……! 絶対に私のを!」
「恨みっこなしだかんな!」
「あの、なんでわたしの分も……?」
「この際だ。お前もなんか考えろ」
「ええ……」
あからさまに困惑するマトイを置いて、二人は意気揚々と書き込み始めた。
……細工されてるとか全く考えないのかね。まぁつまんないからしないけど。
俺もサラサラっと書き、マトイも少し考えてから書き込んだのを確認して、箱の中に四枚投入。
箱を横に揺らして混ぜる。
「で、だれが引くんだ?」
「もちろん俺だ」
「リーダーですからね。わたしもそれでいいです」
「んー。ほんとはオレが引きたいけどなー」
「部外者だけど、ハクメイが引くなら文句はない、と思うよ?」
俺が後悔しそうではあるけどな。他に引かれるよりはマシってだけで。
了承を得たので箱の中に手を突っ込む。
手に触れる紙の感触。
(こういう時は願掛けとしてそうだな……。一つずつ触って、最後に触ったやつにするか)
同じのをカウントしないよう、触ったやつは隅の方に置く。
一つ、二つ、三つ。そして四つ目。
(とりあえずモアの『勇気いっぱい元気百倍団』だけは引きませんように)
三人の視線を集めながら、手を引っこ抜く。
摘まんだ紙を、広げた。
「…………」
「ど、どうでした……?」
「『勇気いっぱい元気百倍団』だったのか?」
「いや……」
「『ラッピーさんを可愛がり隊』でしたか!?」
「いや、それも違くて」
「じゃ、じゃあ、リーダーの……えっと、なんだっけ?」
「残念だがそれでもない」
「え。じゃあ、マトイちゃんの……?」
「うぅ……」
箱をどかして、広げた紙を真ん中に置く。
「『ダーカーバスターズ』」
「「…………」」
「う~……」
黙ってしまった二人を見て、マトイは呻く。
「……や、やっぱりやり直そう? せっかくのチーム名なのに、わたしが付けた名前じゃダメだと思うの」
「いや、それ始めたら永遠に決着つかなそうだからしないけど」
しかし、ダーカーバスターズ、ねぇ。
「一応聞くが、なんでこれに?」
「えっと。アークスは宇宙の敵のダーカーと戦って倒すのが主な仕事だって聞いたから、そのお手本みたいなチームになれたらいいよねって思って、思い浮かんだのがこれだったっていうか……」
説明していく内に尻すぼみになっていく言葉。
……まぁ無茶ぶりしたのは俺の方だし、それにしてはちゃんと意味ある名前ではあるし。
俺としては、二人の名前に比べたら全然妥協出来る方だが。
「そんな感じなんだけど……ふ、二人はどうかな……?」
ぎこちなさげに首を傾げるマトイ。
それに対し、二人は。
「いいですね!」
「いいなこれ!」
「え」
歓迎ムードだった。
「アークスの、みんなのお手本! すごくいいですそれ! みんなでそんなチームを目指しましょう!」
「ダーカーをギッタンギッタンにしてやるぜー! って感じだよな! オレ、これにしたいな!」
「え、ええっと……」
「……どうやらお気に召したみたいで」
こうして。
今は俺ことハクメイ、ジェネ、モアの三人のチーム、『ダーカーバスターズ』の名付けが、名付け親をマトイとして成された。
そしてこの名は後々、オラクル船団に轟く事になる。
『最強』が率いる『最高戦力』として。
ハクメイ:拘り過ぎると残念
ジェネ:可愛さ重視で残念
モア:子供っぽくて残念
マトイ:頭良くなくて残念
ダーカーバスターズって名付けられた経緯がesに無かったんですけど、あれ誰の発案だったんでしょう?