■ ??? 【■■■■ ■■■】
遠くで声が聞こえた。
それなりに大きく、心揺らすには少し足りない。だがその傍にあるもっと小さな音に、興味を惹かれた。初めて聞く音だ。
聞いたことのない音だった。
心地いい音色で、必死にあらがっている。吹けば飛びそうに、か細い。だのに興味が尽きない。
良い、闘争の気配だ。
摘み取ろうか、育つのを待とうか。
嗚呼、こんなにも心躍るのはいつ以来だ。異類の身となってからは感じなかった、高ぶりが身を包んでいる。
少し遠いが、この目で見てみよう。久しく感じなかった想いを、思い出させてくれた存在を。
この天下で唯一、人の身を逸踏したこの修羅が。
◇
□ 不浄林 【鬼人】龍洞寺芳乃
いったいどれだけの数を捕食したのだろうか。本当に同じ存在なのかと疑いたくなるほど強大化した【クワズムシ】。その姿には元の面影はなく、先ほどまでの亜人然とした風貌はかなぐり捨てられて、様々なモンスターを不細工に組み合わせた怪物に成り下がっていた。
それは進化のために必要だったことなのか。
または存在の悍ましさが形作られたのか。
汚らしく歪んだその姿は、あまりにも直視に堪えない。
『我ハ王ダ……永遠ノ王ダ』
「王とは大きく出ましたね。今のあなたは王とは程遠いように見えますし、どう見ても王に討たれる怪物の類ですね」
『侮辱スルカ。ソレモマタ愚カダ』
「それもまた?まるでそれ以外にも愚かな部分があるような言い方ですが、何かあるんですか」
『無論ダ、貴様は愚カダ。王タル我二、再ビ死ノ恐怖を与エタノダカラナ……万死二値スル』
そこまで言い切ると、地面に刺さっていた槍を引き抜く【クワズムシ】。
「それはそれは、ずいぶんと臆病な自尊心ですね」
『ホザケ!』
再び戦闘が始まる。
しかしどれだけ力が上がろうと、結界に入れば意味はなくなる。結局ステータスは均一にならされるのだから。
姿がかわって、ステータスが上昇したところで、何が変わるわけでもない。結局さっきの戦闘の焼き直しになるだけだろう。
そんな私の予想を大きく裏切り、槍を手にした【クワズムシ】は全く別の戦闘法を取った。
「本当に多芸ですねッ、いったいいくつ武術を修めているんですかッ」
『イクツ?シランナ。我ガ喰ッタ戦士ノ数ダケ、我ハ戦イ方ヲ知ッテイル』
「便利な体ですね!」
余裕少なく、毒づく。
槍を主体とした、体術と組み合わさった武術。
現実には存在すらしない独自の戦闘法に、舌を巻く。
正直に言うと、この【クワズムシ】の戦闘技術は極めて高い。山姥の戦士達よりも何倍も上手で、何倍も熟練している。いや、何倍も強い戦士を喰ってそのすべてを吸収しているのか。
アプローチの仕方こそ違えど、その本質は極めて私の『眼』に近い。喰った、と表現しているあたり、相手を捕食することによって吸収するのか。どれだけ?どこを?考えても仕方がない。今はこの戦いをしのぐことを一番に考えていないと、私は負ける!
両方に有効打はなく、しかし確実に私が不利だ。
スタミナが圧倒的に違う。私は今までの戦闘の疲労がすべて蓄積されているが、こいつはさっきの再生で回復してるようだ。その上、私のアドバンテージである戦闘への適応が全く機能しない。適応すればその時点でまた別の戦い方に変えられて、またリセットされる。
埒が明かない。
そんな私の焦りを見抜いたのか、【クワズムシ】が嘲りを込めた声で話しかける。
『ドウシタ?焦リガ見エルゾ。マサカモウ限界カ?』
「――――ッ!」
『コレハドウダ、マダ上ゲルゾ?』
まだ、まだステータスが上昇するのか。
いくらヤスリのスキルがステータスの平均化だとしても、限界はある。差が開きすぎたステータスは平均化できなくなるうえに、上がりすぎたステータスに私の思考がついていかない。
徐々に上昇するのならまだ許容できる。しかしこれはダメだ。上昇があまりにも速過ぎる。このままじゃ体だけが加速して、意識が置いて行かれる。
今はそれを勘と今までの経験で、無理やり抑えているだけで、いつか絶対に限界が来る。
そしてそれはもうすぐだ。
「――――あっ」
『終ワリカ、呆気無カッタナ!』
限界が、追いついた。
「ぁ――ッああああああああ!」
『フハハハ!美味イ、美味イ!ォオ、意識ガ冴エワタル!』
痛い、痛い痛い痛い!腕を食われた!?
アアアアア!意識が飛ぶ、なんだこれ!私が、私が奪われる!?
上がりすぎたステータスによる身体能力の上昇に、思考が追い付かずに生まれた一瞬の空白。そこを【クワズムシ】が見逃すはずがなく、気付いた時には私の腕は食い千切られていた。
奪われた右腕の分だけ、躰が軽くなる。しかしそれは決してアドバンテージになりえない。もはや取り返しが効かないペナルティを背負ってしまった。
『マスター、しっかりしろ!戦闘はまだ続いている。意識をそらしたら死ぬぞ!』
「ふぅ……ふぅ……ぐっ、嗚呼ァ阿!!」
大きく頭に響いてきたヤスリの声に叱咤され、すぐに態勢を立て直し、攻撃に移る。
重心がうまく取れない状態だが、私の右腕を喰らって恍惚としているこの化け物。その巨大な顎に渾身の一撃を食らわそうと、全身を使った全力の蹴りを放つ。
私の父の、そのさらに父。私の祖父。そのさらに先の祖先から長く続く我が家の武術。それにある私が最も信を置く脚撃を、選択し、撃つ。
名は――
「木断ィッ!」
大顎に吸い込まれるように、綺麗に決まった木断。結界の中で行われたこの攻撃は、平均化されたステータスによって【クワズムシ】の首を、今度こそ刈り取って
――――あれ、私の、右足は?
◇
西に、月は傾き始めている。
深夜に降る月光と、森のざわめきの中、戦いは既に決着が付いていた。
四肢を奪われ、しかしいまだ消えない闘争心をその瞳の中に燃やす芳乃。傍らには芳乃のモノだろう。三本の両手足が乱雑に放られていた。そしてそれを旨そうに、実に美味そうに喰らう【クワズムシ】がいた。
四肢を失った、所謂ダルマ。一年を通して国内での戦争に明け暮れるこの天地では、特に珍しくもない状態で転がっている芳乃は、足掻いていた。
(なんて屈辱だ……あれだけ大層なことをのたまっておいて、この様か。せめて、せめてあと一太刀浴びせる事ができたらッ)
『悔シソウナ顔ダナ、人間。イヤ人外。無様デアルナ』
「その無様な人外にボコボコにされたのはどなたでしたっけ。永遠の王さん?」
『貴様ッ――――マァ、イイダロウ。ソノ無礼、許シテヤロウ』
「いったいどんな気の変わりようですか。体に穴を空けられ過ぎて気でも触れましたか」
軽口を言いながらも、芳乃の表情は良くない。奪われた四肢からくる痛みか。芳乃の額には脂汗がじっとりと浮かんでおり、その痛みの壮絶さがうかがえる。
(失敗したな。こんなことになるなら痛覚設定を切っておけば良かった。幾らか緩和されたといってもこの痛み、緩和されてなかったら気が触れていたのは私の方だった)
冷静に思考する脳と、痛みを訴え、混乱の極みにある体。こればかりはどうにもできない。生まれてこのかた、頭と体が一致したことなんてないのだから。
しかし諦めたわけじゃない。今だってどうにかしてこの状況を打破する作戦を、冷め切った頭で考えてはいるのだが……。
『マスター、すまない。この身がもっと補助に動けていれば……』
「気にすることはありませんよ。ヤスリ、貴女にはいっぱい助けてもらっています。現に、貴女がいてくれたからこそ、私はまだこうして生きているのですから」
『マスター……感謝する』
「お互い様です」
ですが、こうして話せるのも今のうちですね。
今は私の両手足をしゃぶっているからこそ、【クワズムシ】は攻撃してこないのでしょうし。いつ気が変わって、私を殺しに来てもおかしくはない状況です。
さて、この状況、この状態でどうやって現状を打開できるものですかね。いっそ、隕石か何かが降ってくれば全部解決な気もするんですが……
そんなことを呑気に考えていると、不意に寒気を感じた。
頭では冷静に、淡々と思考を垂れ流してはいるが、体は灼熱も当然の熱と痛みの中にいる。その中で寒気を感じるなんて。
(これが死の感覚か。初めての実感がまさかこんなところだとはな)
そう考えたのがいけなかったのか。それとも必然だったのか。
数秒後、凄まじい轟音と衝撃が、全身にたたきつけられた。
◇
『――タ―、マスター!しっかりしろ!』
「……ヤスリ?何が――ッ」
一面に広がる赤褐色が、思考の全てを奪い取った。
それは血の色。夥しい量の肉の色。砕けた外骨格の色。
【クワズムシ】は、死んでいた。
見るも無惨。なんて言葉では伝わらないほどに、無残に。残り無く、死んでいた。
あれほどまでに強く、絶対的であったあの化け物が、死んでいた。思い当たるのはあの轟音、衝撃。まさか本当に隕石でも降ってきたのか?
ちょうど絵本のページをめくったかのように死んでいた【クワズムシ】に、混乱していると、ヤスリが短く唸った。
『マスター』
その声が聞こえたか聞こえていなかったのか、分からない。
なにせ、その時にはもう、私の目の前に事の元凶が居た。
【〈UBM〉【喰種適応 クワズムシ】が討伐されました】
【MVPを選出します】
【神話級〈UBM〉【天果逸踏 シュラ】がMVPに選出されました】
【神話級〈UBM〉【天果逸踏 シュラ】にMVP特典【喰種心臓 クワズムシ】を贈与します】
静かに流れる赤い文字群。
【クワズムシ】が殺されたこと。
【クワズムシ】を殺したのが、【天果逸踏 シュラ】という新たな
目の前に立つ墨色の鬼が、【天果逸踏 シュラ】だということ。
そのすべてが些事だった。
今はただ、この夜から黒だけを抜き出したような風貌の、この鬼に見蕩れていたかった。
ああ、これが本能か。
この鬼を求めてしまう。
手が、足が、力が。そのどれか一つでもあってしまったら、私はこの鬼を狂おしいほどに求めてしまっただろう。
たとえ手をもがれても。足が千切れようとも。力が及ばなくても。
この鬼との闘争を、求めてしまっただろう。
それが私の全てとでもいうように、求めていただろう。
それほどまでに、この鬼はあの
顔だけじゃない。背丈も、体格も、髪の長さも。放つ雰囲気も、その超絶した覇気も。
どれもどれもどれもどれも。
酷似していた。
『マスター?』
「はは、はははは……」
ヤスリが困惑しながら私を呼ぶが、耳に入らない。
「殺す」
そう口にしてしまえば、あとはもう止まらなかった。
「殺す。お前を殺す。どれだけ時間がかかっても、どれだけお前が強かろうと。私がお前を殺す。殺されろ、私に殺させろ。手の一本、血の一滴すら残らず私に殺されてくれ。お前を殺さないと私は気が狂いそうなんだ。お前を見るだけで頭がおかしくなってしまいそうなんだ。だから殺してやる。殺さないといけないんだ。私が、私であるために。お前が、お前であるように。お前を私は殺したいんだ。死んでほしいんじゃない。殺したいんだ。分かるか。わかってくれるよな。いつか私がお前を殺す時まで、死なないでくれ。私がお前を殺せなくなるから。私以外の誰かに殺されないでくれ。私がお前を死なせてやるから。俺がお前を殺す。だから今、お前が俺を殺せ。もう一回俺を殺せ。それをお前への殺意の証明にするからさ。俺を殺せ」
止まらない。
あのクソ野郎が俺にくれたモノの中で、一番俺に影響を与えた感情を吐き出す。
その笑い方もそっくりだ。
薄く長く笑いやがる。
声が出ないのか。声を出さないのか。どっちでもいい、どっちでもわるい。
『マスター!何を言っている。何が貴女を狂奔に駆る!マスター!』
ああ、刀が振り上げられた。
しん――――
◇
□■ ???
「フム」
闇の中、それは顎に手を当てる。
長い指が顎をなぞり、もう一度同じ位置に戻る。
「フム」
もう一度、同じように呟く。
それはある一つの事象に対しての、疑問だった。
ソレを作り上げたのは随分と前になる。それが拾い上げたモノのなかではまだ一桁を切ったころあたりのモノだっただろうか。当時はその戦闘能力以外は特に意外性もない、凡庸な出来になってしまったことだけは覚えている。
【転返遅異 ジョウラク】
最終到達レベル:21
討伐MVP:【天果逸踏 シュラ】 Lv91
<エンブリオ>:無し
MVP特典:伝説級【転変衣 ジョウラク】
【真電頭 ゴクフ】
最終到達レベル:74
討伐MVP:【天果逸踏 シュラ】 Lv91
<エンブリオ>:無し
MVP特典:逸話級【真電核 ゴクフ】
【喰種適応 クワズムシ】
最終到達レベル:66
討伐MVP:【天果逸踏 シュラ】 Lv92
<エンブリオ>:無し
MVP特典:逸話級【喰種心臓 クワズムシ】
しかしなんだ。
ここ最近――数百年は、
それは彼にとって、喜ぶべきことだ。試練が増えるほど、機会が増える。そうすれば、目的へと少しでも早くたどり着くのだ。
それはもっとソレが育ち、試練として洗練されていくのを、喜んでいた。
我が子が育っていくのを見て喜ぶ、父のように。
記念すべき十話目にして、とんでもなく意味の分からない展開にしてしまった……
ま、まぁ?予定通りだし?(震え声)
感想あると、嬉しくて頑張ります。