遅かったけど。
【致死ダメージ】
【パーティ全滅】
【蘇生可能時間経過】
【デスペナルティ:ログイン制限――――
◇
電脳の世界から、意識が引き離され、現実に浮上する。しばらくの時間を経て、完全に意識が戻ってくる。
瞼を上げると、目に飛び込んでくるのは薄暗い天井。ぼんやりと明るいのは、カーテンから入り込んでくる、朝日のせいか。
……いつの間にか、朝になってたみたいだな。
寝不足で痛む頭を押さえて、ベットから降りる。フローリングの床は、初夏に入った今でも、少し冷たい。はだしの裏に朝の温度を感じながら、少し大きめの学習机に向かう。その上にあるのはノート型のPC。だいぶ前に発売された、型遅れの中古品だ。
PCを立ち上げる。7月19日。しっかりと日を越していた。
パスコードを打ち込んでPCを開き、ニュースを見る。
□『<Infinite Dendrogram>』大反響。各国で品切れ。
□『<Infinite Dendrogram>』に、評論家が語る。
□夢のゲーム、遂に夢を実現!
□無差別異種格闘技世界大会。優勝はまたも龍洞寺。無敗の王者に迫る。
……。
「龍洞寺……?」
気になったオレは、普段だったら開くこともしないその記事を開く。
長いロード時間を終えて開かれたニュースページには、大きく『世紀の天才、
龍洞寺十二。その名前は、格闘技に興味のないオレでも知っているほどの、ビッグネームだ。昨今の格闘家には珍しく、弟子をとって、道場を開いているのは有名な話だ。しかしその弟子へ求めるハードルが高すぎて、一桁ほどしか弟子がいないのも有名な、苛烈なほどストイックな人物。
その半生は、激動に満ちている。
齢8にして両親を、事故により亡くす。それをきっかけに強さへの渇望を抱き、親戚であった龍洞寺家に引き取られる。この時、まだ名前は十二ではなかったようだ。当時から龍洞寺家は、武術の名門として名をはせていたが、今ほどのものではなかった。そこで養子として引き取られてからの龍洞寺選手は、学校にも行かずに武術の修行に明け暮れる。朝早く起きて夜遅くまで、養祖父である
彼が15の時、初めて出場した大会。後のデスマッチ式格闘大会アンリミテッドパンクラチオン。それで初出場で優勝してからというもの、彼が出場した大会はすべて彼の優勝で終えている。しかし18になったとき、師匠であり養祖父であった十蒔を手にかける。十蒔翁の遺書には、自分が十二に殺された場合、両者合意のため罪に問うことを禁ず。と書いてあったため、裁判にかけられはしたが、無罪となった。しかし彼に疑惑を向ける人は少なくない。このときから、正式に十二を名乗り始める。
23の時、龍洞寺家の一人娘、華と結婚。その一年後に長男、清華を授かる。その十四年後に、次女、芳乃を授かる――――
「ッ!?」
芳乃。芳乃?
その名前にガツンと頭を殴られたような衝撃を受ける。芳乃、龍洞寺芳乃。それはオレがさっきまで居た電脳世界で出会った、真っ白な少女の名前だ。名前だけを騙った偽物か。それとも本物か……いや、まさかな。
混乱で頭痛が強くなったためニュースサイトを閉じる。いったいどうなってんだ。いやまったく、世界はどんなとこで繋がってるんだか。そう思いながら片手でニュースサイトを閉じると、メールを開く。
一緒にデンドロを始めた友達からの、感激のメールから。いきなり目の前で消えて驚いた、どこに居るんだ。というメールまで、実に二十件。ふたりで十件づつ書いたのか。
一つ一つに目をとおし、メールを送る。
オレはもともと、初期国家はレジェンダリアだった。
そこで友人と集まり、一緒にプレイしていた。だがちょうど昨日のことだ。外のフィールドでモンスターと戦っていたところだった。
「なぁ、なんか霧が濃くなってきてんじゃねぇか?」
「そうか?」
「なってきてるって。なぁ、もう帰ろうぜ。こんな濃霧の中じゃ、まともに戦闘なんてできやしねぇよ」
「んー……でももう少しでレベルが上がりそうなんだよな。な、僕のレベルが上がるまでしない?」
「えぇ、お前なぁ。なぁアベル。お前はどう思うよ」
幻想的な森の中。しかし深く、濃い霧が辺りを覆っている。
そんな中で、オレ達は三人で話し合っていた。オレは話しに参加してるわけではなかったが、辺りを警戒して、いつモンスターが出てきても問題ないようにしていた。
しばらく二人は話していたが、赤い髪のバンダナ――ジャンクに意見を聞かれた。
「オレか?」
「お前しかアベルってやつはいねぇだろ。それで、どうする。こいつがレベル上がるまでやりてぇんだと」
「頼むアベル!僕、次のレベルで新しいジョブスキル。ゲットできそうなんだ!」
「んー……」
顔の前で手を合わせる金髪眼鏡。左手にはまだ卵が――第零形態のエンブリオが埋まっており、オレとジャンクの二人にはそれぞれ紋章が刻まれている。
早々と孵化したジャンクや、昨日孵化したオレ。なのにいまだに孵化しないことを焦っているのか、金髪眼鏡――やじゅうは必死に頼み込んでいる。三人ですでに孵化している〈マスター〉のもとに行って、どうやって孵化したのかを聞きこんだりして調べたのは昨日だ。
そんなに焦ることはない、って言いたいが……
「いいじゃないか?そんな、一時間とかかかるわけじゃないんだろ」
「やった!ありがとアベル、感謝感謝!」
「おいおい、いいのかよ。なんか霧の濃い日はなんちゃらサークルが出るから云々っていわれたじゃねぇか」
「大丈夫だって!そんなポイポイ起こんないよ」
だといいけど。と言葉をこぼすジャンク。
なんだかんだ言いつつ、最後には手伝ってやるつもりだったのだろう。傍らにはしっかりとジャンクの〈エンブリオ〉が、戦闘形態で待機していた。
そのことに、口の悪いこの友人の人情に微笑ましく思っていると、手元から――正確にはオレの握っている大剣から、声が聞こえた。
『おい、マスター。俺様、腹が減った。肉ないか、肉』
「我慢してくれ、お前さっきも食ったろ。あれで最後だ」
声の主はオレのエンブリオ。孵化するや否や、オレにありったけの肉を要求した常識無し。この獣のような〈エンブリオ〉が本当にオレのパーソナルから生まれたのか、あのチェシャ猫に聞き直したい衝動に駆られたが、ぐっと我慢する。
正直、エンブリオ固有のスキルを確認したとき、確かにオレのパーソナルから生まれたものだと納得はしたが。それとこれとは別だ。
〈エンブリオ〉を見ながらそんなことを考えていると、先頭を歩いていたやじゅうが声を上げる。どうやら獲物を見つけたみたいだ。斥候職のやじゅうは基本的に索敵や、姿を隠してからの奇襲を仕事としている。
「正面、十メートル先にロゥゴブリン。先手をとるよ」
「了解」
こうして戦闘が始まった。
戦闘自体は、あっさりと終わった。相手が一体だけで、やじゅうの先制攻撃が相手の喉をつぶし、仲間を呼べなくしたのもある。
そうして簡単に終わった戦闘で、どうやらレベルが上がって、スキルを取得したらしい。やじゅうが大きく喜びを表している。それにおめでとうと、言おうとした時だった。ひときわ濃くなった霧が、別種の光を発し始めて――まずい、そう思った時にはもう遅かった。
次に目を覚ましたのは、朽ちた民家の中。
なぜ、どうして。そんな疑問を浮かべるよりも先に、駆け出していた。
『おい、マスター。どうした、そんなに慌てて』
声が、聞こえた。
『声?』
助けを求める声だ。助けを求める声だ。オレが、救わないといけない声だ。
『――――はッ、それがマスターが俺様を呼んだ理由か』
オレは、この耳に聞こえるすべての救いを求める声を、救わなきゃいけない。
飛び出した先、そこには化け物と、その化け物に目を奪われ、叫びを上げる少女がいた。
それから先は、思い出したくもない。
オレはあの化け物から、少女を守って逃げることしかできなかった。挙句、【ヘラクレス】まで砕かれ、みじめなことこの上ない敗走だ。
聞こえるすべての声を救わないといけない。
だが、こんな力じゃ、何一つ救えやしない。
「強く、なりてぇなぁ……!」
天井を見上げたまま、強く。血がにじむほど強く拳を、握りしめる。
鈴谷勇馬。
オレは、すべての声を救う。そのために、たとえオレの命を使い捨ててでも。たとえ、かつての声をこの手にかけようと――――救わないといけない。
◇
目が、覚める。
静かに、海から引き上げられるみたいに。激しく、現実に投げ捨てるみたいに。
「……あさ、ですか」
ぽつりと声をこぼす。
がらんどうな部屋には、声に返事する者はいない。虫の声も、人の声も、何もしない。完全な静寂。不気味なほどの、朝。
立ち上がって、部屋を出る。
雨戸まで締め切られた廊下に、温かい。ぬくもりの感じない、温かい蛍光灯が光っていた。いつでも夜。いつでも朝。代り映えのない、14年間の景色。
「かお、あらわないとですね。とてもひとに見せられる顔じゃありませんし」
引き攣ってしまった顔を直すために、洗面所に向かい、温かい水を出す。
すっかり手馴れてしまった、女の子の顔の洗い方。髪を上げ、水で濡れてしまわないようにして、やさしく洗う。
洗いながら、考える。
今回の私は、完全に今までの経験や、自分の能力に胡坐をかいていた。眼の学習速度が、相手の速度についていけていなかった。これは今まで私が訓練をサボっていた結果だ。それよりも、だ。
「足をもぎ取られたとき、私は、相手の動きを見取れなかった」
それが問題だ。
私の認識を超える技がある。それが問題だ。
これでも私は世界各国の武術家たちを相手に、所見でも無敗を貫いてきている。所見殺しは効かない。そう思っていた矢先にあれだ。私はまだ未熟なんだろうか。多くの技を見て取ってきた、今回も【クワズムシ】の数多くの武術を見て取った。それでも足りないのか。
どうすればあのクソ野郎を、殺し尽くせる技を、体得できるか。
ぼんやりと考えていると、背後に気配を感じた。ゆるりと振り返ると、やはりそこには思った通りの人。私の、兄。
「やぁ、芳乃。久しぶり」
「……兄さま」
龍洞寺清華。
私が唯一、勝てない、人間。
「それで、俺に用だなんて。芳乃らしくないな」
「そうでしょうか。私は兄さまにらしさを言われるほど、理解されていたのですか」
そういうと、薄く笑ってはぐらかす兄。
「そういうなよ。な?――――また、ぐちゃぐちゃに泣かしたくなる」
この兄は、変態だ。
尋常ではない強さ、武への理解。そして適応力。そのすべてを私を圧倒的な力量差で負かし、屈辱を与えて、敗北を与え。その姿に興奮して、悦ぶ、真正の変態。今も前回の私を思い出しているのだろう、ゾクゾクと背筋を震わしている。本当に、度し難い変態。
「それで、俺の芳乃が、俺以外の奴に敗北を与えられたんだろ?」
――――誰だ?
その言葉が発せられた一瞬、瀑布のような緊張感が、降りかかる。
息が苦しくなって、めまいがするほどの緊張感。こんな人外じみた圧力、あの【クワズムシ】でさえ持っていなかった。
「にいっ、さまには、関係ないことですっ」
「いいや、関係あるね。俺の大事な、大事な芳乃が、俺以外に膝を屈していいはずがない。そうだろう?」
「私はっ!」
言葉を叫ぼうとした瞬間、私の顎を、凄まじい力でつかむ兄。
笑っている。ああ、この笑顔。この顔は、ダメだ。
「なぁ、芳乃。俺は言えって、いってるんだよ。大人しく聞いてくれよ」
「クッ……」
「芳乃」
兄が、私の名前を呼ぶと同時に、兄が私を押し倒す。
馬乗りになった兄が、空いているもう片方の手で、髪をなでる。その手つきがあまりにも、あまりにも優しげで。喉からヒュッと、聞いたことがない音が鳴る。
いや、まって。お願いだ、それだけは――――
「俺も、流石に実の妹を傷つけたくはないんだよ。なぁ、芳乃もそうだろう。傷つきたく、ないもんな?」
イヤだ。近づかないで。こないで。
「っ、ひあ……あ。はいっ」
「うん、だよな」
きっと私は心の底から怯えた顔で、兄を見ているのだろう。
その証拠に、心の底から悦びを感じている兄の顔がある。
「じゃあ、言ってくれるよな」
私は――――
朝になっても暗い部屋。
私は今日も伽藍洞の部屋の隅でうずくまっている。
ここに私の居場所はない。
この世界に私の居場所はない。
どこにならある?
私の現実は、どこだ?
俺の夢は、私の平穏は、どこにいけば。
龍洞寺芳乃。
私は、この世界を飛び出していきたい。すべて、わたしの力が通用する世界へ
――――神を殺して。
さて、次回で一章は終わりです。
その次はまだ考えていませんが、できるだけ早く更新したいと思ってます。しばらくは、感想でいただいた、訂正箇所を訂正していきたいと思ってます。
感想があると頑張れます!
ではでは