これからまた、ぼちぼち投稿を再開していきたいと思います。
……本当ですよ?
「それ」が初めて感じたのは、感動だった。
これ以上のものはないといわんばかりの、感動。「それ」は今でもその感動を覚えている。
初めて見る世界。初めて見る景色。輝きにあふれたそれは、筆舌しがたいほどに美しく、また形容しがたいほどに眩しかった。「それ」は、きっとこの世界を「生きる」ことになると、確信した。
直後に訪れたのは、感動を塗りつぶすような驚きと、ほんの少しの恐怖。
その感情の大きな差に「それ」は大いに動揺したが、それもすぐに納得する。「それ」は、情感豊かで、生きている証拠だ。まるで自分のことのように驚きながら、「それ」はその状況を楽しんだ。頼りない自分を少し悔やみながら。
それからしばらく、「それ」は見聞を広めていった。
見たことや、感じたことのないものに興味を持ちながらも、「それ」の関心は常に自分の傍にあった。「それ」が感じる感情は大抵が情感豊かな彼女のもの。あまり感情を表面に出すことはなかったが、「それ」には彼女の感情が伝わっていた。
――彼女は、この世界を「生きて」いる。
「それ」がその結論を出すのにあまり時間はかからなかった。
「それ」は彼女に合わせ、彼女を映し出すように姿を変えていく、そして――
強い、拒絶をぶつけられた。
要らない。助けなんて、自分以外の力なんていらない。自分の力だけでいい。絶対に、繰り返さない。絶対に求めない。だから、必要ない。
「それ」は、その時からもう感情を映すのをやめた。
どれだけ呼ばれても、どれだけ求められても、どれだけ必要とされても。彼女の奥底には、深い「拒絶」があった。彼女自身でさえ気付いていないだろうその拒絶は、彼女の分身である「それ」には伝わっていた。
自分は要らない。
自分は必要ない。
彼女は、自分を求めていない。
「それ」は、長い思考を終えて再び変化を始める。
彼女に必要とされていない。なら、彼女が必要としているものになればいい。
彼女はすべてを拒絶している。なら、自分は彼女の外側にいよう。
「それ」は変化を終え、脈動を始める。
〈エンブリオ〉――それは胚。それは生まれる前の赤子。そして、いずれ到達しうるその場所まで、胚として、赤子としてあり続けるものである。
産声を上げよう。
誰の耳にも届かない。彼女にすら届かない産声を上げよう。
「それ」は、静かに脈動を続ける。
◇
□恐山 山姥の村 【戦士】アベル
部屋の窓から差し込んでくる月明かりが、冷ややかな光で目の前に眠る少女を照らす。顔の上半分を包帯を巻かれ、青白い顔は月明かりでさらに病的に白く、まるで死んでいるかの様だ。
その薄い胸が毛布と共に上下するのを見ながら、オレはさっきのシオンとの対談を思い出していた。
「いったい、どうすりゃ良かったんだよ」
ぽつりと、呟く。
誰に言うまでもななく、ただの独り言として発した小さい言葉は、夜の病室に溶けていく。
どうすればよかったんだ。オレがこの子を助けなければよかったのか。いや、それはない。目の前で助けられる命を、見捨てていい理由なんてどこにもない。ましてはこんな小さな子を助けないなんて選択はない。
俯いて考えこんでいると、左手の甲に刻まれた紋章が淡く光り、そこから人が現れる。そいつは、ぼさぼさの髪をかき上げながら、オレを見た。野生のライオンみたいな目が、オレを射抜く。
「よぉマスター。いつまでそうしてるつもりだ」
「……ヘラクレス」
出てきた女の名はヘラクレス。【武装麗傑 ヘラクレス】、type:メイデンwithアームズ。オレのエンブリオだ。
ぼさぼさの黒髪に褐色色の長身で、その瞳は猛獣のごとく爛々と輝いている。
自分のパーソナルからエンブリオは生まれる。そうチュートリアル担当の猫に聞いていたからこそ、こいつが発現したとき、思わず目を疑ってしまった。どうして自分のパーソナルから女が、生まれるのかと。
しかし、しばらく行動していると分かったことがあった。このヘラクレスは女、というより兄貴と呼んでしまいそうなほど、男らしく、そしてオレのパーソナルから確かに生まれたのだと確信した。
あんなスキルが発現するなんて、いかにもオレらしいエンブリオだ。
ヘラクレスは、髪をかき上げたまま続ける。
「もう一度聞くぜ、マスター。いつまでそうしてるつもりだ」
「ああ、そうだな。いつまでこうしていようか」
「俺様は治ったぞ、完全復活だ」
力こぶを作りながら、ヘラクレスは獰猛な笑みを浮かべる。きっと、おれも同じ顔をしているのだろう。さっきから口角が上がりっぱなしだ。
そう、考える必要なんてなかったんだ。
この子を助けたことは微塵も後悔していない。当たり前だ、後悔するところなんて何一つないのだから。少女は助けたが、救えてはいない。このままではまた、この子はあの化け物のもとへ送られるだろう。それを阻止するにはどうしたらいいか。
簡単だ。
「ヘラクレス、あの化け物を殺しに行くぞ」
「そうこなくちゃな。それでこそ俺様のマスターだ……それで、何を賭ける?」
何を賭けるか、そんなものは決まっている。人を一人、今のオレでは勝てない化け物から救うんだ。力も技術も足りないオレが賭けられるのはただ一つ。
「命だ」
オレの体という体。そのすべてを、奴を殺すために使おう。
すべては、あの子が救われるために。
◇
□恐山 不浄林 【鬼人】龍洞寺芳乃
三日月が冷ややかに、私と【クワズムシ】を照らしている。
【クワズムシ】はまるで私を品定めでもするように、足先から頭の天辺までを往復して見ている。
気持ち悪い。
まるで質量でも持っているかのような視線が、体中を這い回る。その視線で地面に縫い留められたように足が動かない。
感じたことのない恐怖と混乱が、涙となって零れる。
怖い。
誰か、だれか――誰に。誰に助けを求めた。今、だれに助けを求めた?
それだけは許さない。たとえ本能であろうと、助けを求めることだけは、この私の魂が許さない!
あの時、あのくそ野郎に書き換えられたときに、決めたんだ。奴の手のひらで踊ることは構わない。だが、この魂――かつての私が俺であった時の魂は、決して何にも屈してはならないと。
どうせこの状況も見ているんだろう?あの死んだ目をしていた女神と一緒に、ふざけた服装をして。
いったん落ち着こう。
クリアになった思考で、状況を再確認する。
現在、手持ちに武器なし。いまだにエンブリオは無し。敵はシステム表示で〈UBM〉と書かれていたことから、恐らく今の私では勝てないほど強い。実際、このゲームを始めてから戦ってきた敵とは段違いの威圧感がある。まるでこの森に生息するあらゆるモンスターを合わせたような、そんな威圧感。
辺りには欠けたり、折れたりしている刀や槍が多くある。それを使って、戦うしかないのか……。
考えていると、【クワズムシ】が口を、いや顎を開いた。
「女、名前ハナントイウ」
「……龍洞寺芳乃」
「龍洞寺、芳乃カ。デハ龍洞寺、好キナ食イ物ハアルカ」
いまだに両手の斬馬刀を構えることもせずに、ただどこを見ているのかわからない複眼をこちらに向けている。……考えが読めない。なんで今、世間話なんて始めるんだろうか。ついさっき、私に対して餌になれと言ってきたばかりだというのに。
油断させるためか?いや、技はともかく、力――ステータスでは圧倒的に私がこいつに劣っているはず。そんな格下相手に対して油断を誘うようなことをするのか?そもそも、モンスターである奴が言葉を話せることがまず不思議だ。シオンが言っていた「化け物」はこいつのことなんだろうか。だとしたら、まずい。すごくまずい。シオンが言っていたことが確かなら、この【クワズムシ】にシオンの父親は食われた。だとしたらあのシオンより強いであろう、その父親が食われるほどの強さということだ。
ともかく、逃げることに集中しないと……!
「好きな食べ物ですか。うどんですかね」
「ソウカ、我ハナ――
人ノ肉ガ大ノ好物ダ」
その瞬間、私の体は宙を浮いていた。
「――ッ!?」
何をされた!?私は今何をされた!?
気が付いたら宙を舞っていた。それだけはわかる。それだけしか分からない。一瞬、【クワズムシ】の体が掻き消えたと思った瞬間、胴に衝撃を受け、空中に弾かれた。殴られたのか、蹴られたのかはわからないが、斬られてはいない。腕は折れてしまったけど。
いけない。衝撃で視界が定まらない。このままじゃ、受け身すらまともに取れずに地面に激突してしまう。たとえ受け身をとれたとしても、弾かれた高度次第ではそのままグチャっとはじけてしまうかもしれないが、取らないよりはいいだろう。
一拍空いて、肩に強い衝撃を受ける。
どうやらそこまで高くは弾かれていなかったようだ。
「クㇵッハハハ。飛ンダナァ、軽イ軽イ」
「ぐ……あ……」
「ドウダ、上手ク手加減デキテイルダロウ。前ハ上手クイカズニ、潰レテシマッタカラナァ」
意識が朦朧とする。逃げないと、死んでしまう。逃げないと!
こちらを覗き込むようにその巨体をかがめていた【クワズムシ】の複眼に、握りこんでおいた土を浴びせる。そのままふらつく足を叱咤して立ち上がり、森の中に逃げ込む。
視界の通らない場所に行かないと……!
しかし、走り始めて十歩もしないうちに、気配が……消えた?どこに行った――ッ。
「上かっ!」
走っている勢いをそのままに、前方に体を投げ出す。
その瞬間、先ほどまで私がいた場所に、【クワズムシ】が信じられない速度でとびかかっていた。安心するのもつかの間、次の瞬間腹に凄まじい衝撃が走り、最初の広場に返される。
痛いなんてものじゃない。今まで感じたことのない激痛が全身を蹂躙している。
もう、ダメなんだろうか。
わかる。私はこのままなすすべもなく、あの怪物に弄ばれるように痛めつけられて、最後には食われて死ぬんだろう。たとえそれがゲームだとしても、今この瞬間には痛みがある。匂いがある。視界がある。生きながら食われる痛みや苦しみ、恐怖が今後の私を縛るだろう。もしかしたらもうこのゲームができなくなるかもしれない。今この時の恐怖がトラウマになって、刀を取るたびに震えだすかもしれない。
メニューウィンドウには〈自害〉という欄がある。その名の通り、自害をするんだろう。そのほうがいいかもしれない。恐怖を刻まれるよりはいいかもしれない。
……それでも。私は、私は――。
「負けたく、ない……‼」
その言葉を口にした瞬間、突然、森の中から青年が飛び出してきて、【クワズムシ】の片腕を切り飛ばしたのだ。
青年は黒い髪に刀のように鋭い目つきをしていて、全身から朱いオーラを立ち昇らせ、手にした武骨な大剣で【クワズムシ】に襲い掛かる。その攻勢は凄まじいの一言で目にもとまらぬ速度で、巨大な大剣を次から次に【クワズムシ】に浴びせていく。
よく見るとその青年はアベルだった。全身から立ち上っていた朱いオーラは、彼の全身から噴き出している血で、今にも倒れそうなほどに血の気を失っていく顔には、ただ、地獄の底から噴き出すほどの怒りがあった。
猛撃の末、【クワズムシ】を吹き飛ばしたアベルは、その血まみれの相貌で叫んだ。
――願え‼
その瞬間、私の中にあったくだらない意地や、いろんなものが弾けた。そうして、たった一つの純粋な気持ちで、叫ぶ。
おそらく今まで拒絶してきたのであろう、私の「相棒」に。
負けたくない!
勝ちたい!
約束を破りたくない!
「もう二度と!私は屈するわけには行かない‼」
その瞬間、私の左手の甲にあった卵――〈エンブリオ〉が光りだす。
まるで、この誕生を待っていたかのように。
まるで、その瞬間まで形作られていたカタチを破り捨てるように。
まるで、生まれたことを喜ぶように。
「――もちろんだ、我がマスターよ。貴女はもう、屈さなくていい」
それはまるで運命だった。
危機的な状況。絶望的な運命。
そのすべてを覆すように、夜の月明かりに降り立ったそれは、鮮やかな鋼の色をしていた。
日本刀よりなお鋭く。
磨き上げられた鎧よりもなお美しく。
すべてを斬り伏せる刀と、すべてを守る鎧の対極を内包した彼女は、薄く、美しく言い放った。
「エンブリオ。typeメイデンwithテリトリー……此の身の名は――
【
どうだったでしょうか。
質問なんですが、皆さん一人称視点を書くときってどうしているんでしょう。私はどうしても、口調が全部一緒になってしまって……
解決策、求む
感想などがあると、みなぎります。