TS転生者はヒキゲーマー   作:猫の軍

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 PCを買ったのがうれしすぎて、投稿します。



ep.8 闘争喚起

 【虚刀錆女 ヤスリ】

 

 そう名乗った彼女は三日月のように薄く微笑むと、くるりと振り返り、激化し始めたアベルと【クワズムシ】の戦闘を一瞥する。

 その様子は戦いを一瞥するというより、言葉通り「血で血を洗う」戦いを、分析しているような印象を受ける。吊り目がちの大きな目はスッと細められ、薄く弧を描く口の端は、まるで夜叉のようだ。

 その様子に、思わず戦場であることを忘れてブルリと震える。手を見ると、小さく震えている。頭がジンジンを熱を持って、目が離せなくなる。恐れているのか、自分から生まれたエンブリオのことを。いや、これは――

 

「案ずるなマスター。貴女は歓喜しているのだ……戦いの気配に、戦場の熱気に。初めて見る、完全な強者の姿に」

「歓喜……歓喜、なんですか。これは」

「そう、歓喜だ。手が震えているだろう、それが武者震いだ。いまだかつてない気配に、全身が歓喜しているのだ。頭が熱を持って、戦いから目が離せないか、本能が理解しているのだ。内なる闘争本能の高まりを」

「戦い、闘争本能。私の中に?」

 

 ずっと、戦いが嫌いだった。私が神に望み、その才能のために父様に強要され続けた戦いを。だけどこの湧き上がる気持ちは、闘争本能だというのか。この今にも駆け出したくなる、焦がされそうな思いは――

 

「――そう、それが闘争本能。我々戦人を、争いの渦に誘う本能だ」

 

 戦いを、望んでいる。そう認識した瞬間、いてもたってもいられなくなる。

 今すぐにあの戦いの中に飛び込みたい。私の持てるすべての技を駆使して、使い切って、この命尽きるまで戦いたくなる。だが戦うための武器がない。小屋において来てしまった。

 戦いたい、戦いたい。戦いたい――‼

 

「ならば此の身を使うがいいぞ、マスター。さぁ、手を差し出せ。此の身という()は、貴女という使()()()を選んだ。使い方はおのずと理解する。此の身はそういうものだ。さぁ、戦おうぞ」

「ヤスリ……私は、あなたを拒絶してしまうかもしれません。あなたの使い手として、ふさわしくないかもしれません。私は……」

 

 私に伸ばされたその手は、白く長く美しく。争いとはまるで無縁なように見える。しかしそれは見た目だけで、目を凝らせば伸ばされた指の先まで闘気が張り詰めているのが解る。一振りすれば、肉の体なんて紙のように斬れてしまうだろう。

 そんな武を満たしたその手を、私はとることを躊躇った。

 私は外界を拒絶している。私に変化を加えるすべてを拒絶する。そうしなければ耐えられなかったのだ。日に日にかけ離れていく精神と身体。触れることができなくなった日常。そのすべてから「俺」を守るために、変化を拒絶した。

 それは闘争を望む今でも同じだ。

 確かに戦いたい。けれどそれによって私は私が変化することを恐れている。神によって作り替えられた体は、脆弱な精神をここまで臆病にした。

 私は自身を守る拒絶すら、拒絶する。

 

 だけど、それでも。

 私の「願い」にこたえ、生まれてくれた彼女の手を取りたい。拒絶だって、したくない。だからこれは、「俺」決断だ。

 変化を受け入れよう。たとえそれで変質してしまったとしても、それでもそれは紛れもなく「俺」だ。

 

「ヤスリ、私は……ッ⁉」

 

 言葉を言い切る前に、私の口はヤスリのもう片方の手に止められていた。「秘密」のサインのように、一本指で遮られた。

 驚く私の手を取って、彼女は言った。

 

「それはまだ、取っておいてほしい。マスター、いつか貴女と共に頂までたどりつたその時、もう一度、その場所で言ってほしい」

 

 ――それが此の身の望むことだ。

 

 そう言い切ると、ヤスリの体は一瞬のうちに消え去った。

 目の前にはステータスウィンドウが開かれている、そのウィンドウのある一文に書かれていた文字を見て、私は――

 

 

 

 

 

 

 □【戦士】アベル

 

 視界が真っ赤に染まっている。

 手に持った大剣(エンブリオ)と、体を突き動かす使命感のような狂気は、まるで意識を塗りつぶすように無制限に俺に力を与える。振るう大剣のその切っ先まで神経が通っているかのように、刃が触れる硬質な筋線維を切り裂く感触までも、オレの脳に伝える。

 なぜ以前大敗を期したこの化け物相手に、こんなにも優位に立てているのか。それはオレのエンブリオである、ヘラクレスのスキルのおかげである。

 

 〈英雄代償(ヒロイックサクリファイス)

 

 そのスキルの説明は非常に簡素で、抽象的なものだった。

 

――宿敵を倒せるだけの力を、代償と共に手に入れる

 

 エンブリオが発現して、そのスキルを確認したとき、オレはその短い説明の中に込められたなにか不明瞭な、『警鐘』を感じた。

 まるで、絶対に使うな、使ったら死ぬぞ。とでもいうような、生命の危機が潜む気配。それを、自らの半身であるエンブリオのスキルに感じ取ったのだ。しかし、その反面。これを使えば絶対に勝てるという確信、とでもいえばいいのか、光のような『可能性』もまた、感じていた。

 

 試しにスキルを使おうとスキル名を宣誓したとき、突然ヘラクレスが声音を変えて「代償を。代償を賭けろ。さぁ、何を賭ける?」と聞いてきた。その時何か嫌な予感がし、「武器」と、手に持っていた初期装備を指して言った瞬間、それは起こった。

 軋む鉄の音とそれに同期してひび割れる剣。剣に走った罅からは、血のように赤い光が漏れ出ていた。

 それで確信した。

 このスキルは、説明文の言葉通り。

 

『相対している敵を倒せるだけの力を、賭けた代償の大きさと重さを元に、制限時間を設けて手に入れる』

 

 そういうスキルだった。

 

「貴様ッ、コノ力ㇵ何処カラ湧イテキタ‼」

「てめぇが知る必要はねぇ、さっさと死んじまいな」

「フザケルナ、フザケルナヨ人間!コノ我ガ、貴様ラ人間ゴトキ二敗北スルナドアッテハナラナイノダ!」

「――ッ、てめぇまだ上がるのかよ……⁉」

 

 大顎をあけながら、絶叫する【クワズムシ】。その叫びと共に上がっていく、【クワズムシ】の力と速度。そして上がるステータスと共に凄まじい速度で減少していく()()()()。体感的なものだが、今の強化で軽く十分は減っただろう。そしてその減少は今も続いている。

 

『マスター、残り三分だ。この減り方だと、あと三分でマスターは地獄行きだな』

「クッソが……!」

 

 ヘラクレスに告げられた残り時間は三分。あと三分でカタをつけなければ、制限時間が尽きた瞬間、オレは即刻デスペナルティだ。

 そうなる前に決着をつけないといけない。早くこいつを殺して、あの子を救わないといけない。

 

 叩きつけた大剣を弾かれ、体勢を崩したオレに【クワズムシ】の豪脚が突き刺さる。

 アバラが折れた嫌な音を聞きながら、まっすぐに吹き飛ぶ。とてもじゃねぇが受けきれるもんじゃねぇ。どんな攻撃力してんだよこの化け物は……!ほぼ全快だったHPが一瞬で一割まで削り取られたぞ……⁉

 軋む体を叱咤して、無理やり立ち上がる。震える呼吸を整えながら、ヘラクレスに聞く。

 

「ヘラクレス……残り時間二分を代償にして、強化率を上げられるか」

 

 オレのその問いに、ヘラクレスはすぐに答えた。

 

『それはできないぜ、マスター。それは今の俺様の能力を超えている……どれだけ代償を積んだって、限界はあるんだ。それを何よりも知っているのはアンタだろう、マスター?』

 

 そんなことは分かっている。それは誰よりもオレが知っている。

 どれだけ犠牲を積んでも、どれだけ時間を費やしても、達成できない試練があるのは分かってる。あの時折れたのは俺だ。あの時叫んだのは俺だ。

 だけどな、それでもだ。それでも逃げることは許されねぇんだよ。オレがあの子に託された『願い』ってのは、オレが勝手に諦めて良いものじゃねぇんだ‼

 

「――『村を助けて』っていうあの子の願いは、オレが諦めて、逃げて良いものじゃねぇ‼」

 

 大剣を【クワズムシ】に向かって構える。オレが倒すべき試練に、構える。

 目玉を悪戯に抉り取られて、さんざん嬲られた、まだ十歳にもならない女の子が。自分の体よりも優先したその願いを、自分を捨てた村をそれでも助けてと言った、その心を。そして何よりそれを受け取ったオレのこの『魂』が。

 

 

「オレが諦めることを、立ち止まることを許さねぇ‼」

 

 

 その瞬間、目の前に赤いウィンドウが立ち上がる。

 

 

同調者(マスター)生命危機感知】

 

【同調者生存意思感知】

 

【<エンブリオ>TYPE:メイデン【武装麗傑 ヘラクレス】の蓄積経験値――イエロー】

 

【■■■実行可能域に到達を確認】

 

【■■■実行可能】

 

【■■■起動準備中】

 

【停止する場合はあと20秒以内に停止操作を行ってください】

 

【停止しますか? Y/N】

 

 

「な、んだこれ……■■■?」

 

 突然の出来事に、呆けたように口を開ける。

 呆然と文字群を眺める俺に、ヘラクレスはにやりと笑ったような気配をしてから、こう告げた。

 

『……なぁ、マスター。あの化け物に、勝ちたいか?」

「当たり前だろ……ッ、おいおいまさか」

『ああ、そのまさかさ、マスター。何が起こんのかは分かんねぇが、こいつがありゃあよ……

 

 

 

 あの怪物に、勝てるかもしれねぇぜ?』

 

 その言葉を聞いた瞬間、躊躇いなくNOを選択する。そして、変化は起きた。

 

 

【■■■による緊急進化プロセス実行の意思を認めます】

 

【現状蓄積経験より採りうる八六パターンより現状最適解を算出】

 

【対象<エンブリオ>:【武装麗傑 ヘラクレス】に対して■■■による緊急進化を実行します】

 

【負荷軽減のため次回進化までの蓄積期間と、デスペナルティを延長します】

 

 

 真っ赤なウィンドウにそんな文字が躍るが、オレの意識は目の前。粒子になってカタチを変え始めたヘラクレスに向けられていた。

 

 無骨で相手を害すことしか考えられなかった、大剣から。

 武骨で攻防一体を具現したかのような、手甲へ。

 

 暴力的な見た目であることは変わらないが、より洗練され、機能的なフォルムに変化していく。

 尋常ならざる気配を感じ取ったのか、【クワズムシ】が今までの速度があほらしくなるぐらい、とんでもないスピードでオレに向かって突っ込んでくる。その形相はまさに化け物にふさわしい表情で、殺意が形となって襲ってきそうなほどだ。

 かろうじて視認できる程度のレベル。いや、視認すらできていないのかもしれない。開けた戦場後の端と端。あと数秒しないうちに、オレのもとに達した【クワズムシ】がオレを殺すだろう。

 

 オレは死ぬわけにはいかない、殺されるわけにはいかない!

 だからこそ、今この瞬間にかける。

 そして――

 

 

【■■■――完了しました】

 

 

【――FormⅡ 【the Attack Back&Leg】】

 

 

 賭けに、勝った。

 形態が変化した瞬間、急速に()()なっていく世界の中で、ヘラクレスが叫んだ。

 

『マスター!制限時間残り三秒だ、そいつに攻撃を当てろぉッ‼』

 

 ヘラクレスの声が届く前から、オレは攻撃のモーションに移っていた。右腕にすべての力を溜めて放つ、全力の右ストレート。

 凄まじい豪風と、はじけ飛ぶ肉の音。

 その攻撃が果たして当たったのかどうか、オレにはわからない。おそらく、当たったのだろう。なにせ――攻撃を放ったオレの右腕が根元から丸ごと吹き飛んでいるのだから。

 

 制限時間を過ぎ、崩れていく体で、思う。

 

 結局、オレでは、オレだけではあの化け物には勝てなかった。土壇場で放った一撃が奴にどれだけのダメージを与えたのかはわからない。どうか、致命傷までは行っていてほしいと思う。

 嗚呼――諦めは、しなかった。最後まで、折れなかった。

 あの時の結末とは、違うが。結果は同じだ。

 

 オレだけでは、約束を守れない。

 

「強く、なりてぇなぁ……」

 

 守るべきものを、守れるぐらいには。

 

 そうしてオレの意識は、現実に溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 □【鬼人】龍洞寺芳乃

 

 鬱蒼とした森林を覆う夜闇を抜け、拓けた古戦場に飛び出す。

 私が、【クワズムシ】の腕と共に吹き飛んだ斬馬刀を回収して戻ってきたとき、古戦場にはアベルはいなかった。

 しかし、奴は生きていた。

 胴体に風穴があき、片腕は切断され、もう片方の腕もかろうじてつながっている程度。全身には大小合わせて無数の傷が刻まれ、生きているのが異常なほどだ。

 だがしかし――

 

 

「フザ、ケルナ……フザケルヨ人間ッ‼‼‼」

 

 

 【クワズムシ】は、生きていた。




 うーん、主人公はいったい誰なんでしょう。
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