――トキワの森、ニビ側入り口。
「フリー」
ボールからバタフリーを出すと大きく伸びをした。
やはり、生まれた頃からこのトキワの森で生まれ育った彼女にはモンスターボールでは狭すぎるのだろう。
「きゅきゅぴー!!!!」
草むらから小さなキャタピーが飛び出してくる。
バタフリーはゆったりとした優雅さすら匂わせふわりと舞い、キャタピーを抱きかかえる。
「フリィ」
そして、彼女は我が子を抱きかかえたまま森の奥の棲家へと帰って行ったのだ。
――数日前。助けたキャタピーは森の主の子だった。
何かお礼を。とでも言いたげにどこまでも付いてくるバタフリー。
森の主の登場にレベルの低いポケモンは恐れをなして全く出てこなくなった。
ポケモンに言葉が通じるかどうかは分からないが、ダメ元で「ニビジム攻略を手伝ってくれないか」と言ってみた。
すると、バタフリーは赤い目をキラキラと輝かせ、自らモンスターボールに入ったのである。
……うん、ポケモンって人間の言葉分かるんだなぁ。
実家もピカチュウも人の言葉を理解しているような雰囲気だしね。
そういう事で、ニビジム攻略も終わったのでバタフリーをトキワの森に返しに来たのだ。
「リザ」
少し低くなった声でリザードが甘えてスカートを引っ張ってくる。
早く次の町へ行きたいのだろう。
ニビシティの東に位置するおつきみやま。
その内部にある天然の洞窟を抜けると、水の都とも呼ばれるハナダシティがある。
ハナダジムにも挑戦をしてみたいし、おつきみやまにはピッピという珍しいポケモンもいる。
あのピンクのコロコロした可愛らしいポケモンを是非とも見てみたい。
――うん、おつきみやまに行ってみるか。
この軽いノリで決めた選択肢は私の運命を大きく変えることになるのだった。
* * * *
――ああ、ツいていない。
ナオコは恐怖に身体を震わせながら自分の不運を呪った。
ニビ博物館の新米学芸員のナオコはその日、上司にお使いを頼まれた。
『ハナダシティに住む教授の家までこの化石を届けに行ってくれ――ああ、そうだ。貴重なものだから壊したり盗まれたりするなよ。絶対にな。貴重なものだから』
何もない所でこけるなど日常茶飯事のナオコが心配だったのだろう。
上司は大事なことを二度言い、教授の家までの道順をナオコに暗記させ、出発直前までかなり心配していた。
『最近、おつきみやまにはロケット団がいるという噂があるから気を付けろよ』
『大丈夫ですよ。おつきみやまはあんなに広いんですからロケット団になんか遭うはずありませんって!!』
これがフラグだった。
ナオコは自ら建ててしまったフラグに折れろと念じたが今更どうにかなるものではない。
顔を真っ青にしてバッグを後ろ手に隠すナオコにロケット団の下っ端はニヤニヤとしながら、ゆっくりと彼女を追い詰める。
「へへへ……姉ちゃん。そのバッグに入っているモンを大人しくこっちに寄越しな」
「む、無理ですよぉ……そそそそそそれに大したものじゃ」
「ハナダシティの教授の家にまで貴重な化石を届けに行くんだろ?」
「え、何で知ってるんですか?」
思わずそう聞き返してナオコは自分の過ちに気がついた。
――これ、自白しているじゃない!!
口を押えるが、下っ端はやっぱりな。としたり顔をしてナオコのバッグを思い切り掴む。
「おら、さっさと出すもん出せや!!」
「いやあぁぁ!!やめてください!!!!」
非力な女性の手では男の力に叶うはずもない。
バッグを奪われ、ナオコは泣きながらもそれを追いかける。
しかし、万年運動不足のナオコでは追いつくはずも無く――「リザアアアアア」
洞窟全体を揺るがすほどの低く大きな声を響かせ、赤い影が下っ端へと飛びかかった。
鋭い爪を光らせ、そのポケモンは下っ端の顔を思い切りひっかく。
「ぎゃあああああ!!!なななな何でここにリザードが……ってアチチチチ!!」
リザードだ。
おつきみやまに生息してるはずのないリザードが今目の前にいる。
尻尾の炎を怒りで青白く変化させ、下っ端にひのこを吹きかけ、追い払ってしまった。
(あれ……助けられた?)
混乱しながらもぼんやりとその場にたたずんでいると、リザードの側に人が立っていることに気付いた。
白い帽子を被った綺麗な長い茶髪の女の子。
少々丈の短いスカートからはすらりと細く白い脚が惜しげもなく出されている。
下っ端を追いかけようとするリザードを止め、その頭を撫でる。
気性の荒いリザードが甘えている……この女の子は何者なんだろう。
ぼんやりとそんな事を考えていると、少女はナオコのすぐ目の前にいた。
「……」
「え、えっと……その」
無言でナオコを見る少女は何も喋らない。
ただ、ナオコの顔をじっと見る。
とても印象的な目だった。
落ち着いていながらもどこか惹きつけられる輝きを放っている。
同性の筈なのに、見つめられると赤面してしまう。
彼氏いない歴イコール年齢のナオコは生まれて初めて感じる鼓動の高鳴りに思わず吐息を漏らす。
(何を言えばいいんだろう……)
ズバットのちょうおんぱを浴びた時以上に混乱しているナオコに、少女があるモノをずいっと手渡した。
下っ端が逃げる時に落としたのだろう――土や砂で汚れ、所々解れてはいるが、それは化石の入ったバッグだった。
「あ、私のバッグ……えっと、その……ありがとうございます」
中身をすぐさま確かめると無事であった。
安堵すると、涙腺が緩んでしまい視界がぼんやりと滲む。
驚かせてしまったのだろうか、戸惑うような雰囲気を感じた。
しかし、少女は恐る恐るといった感じではあるがナオコの頭をぽんぽんと撫でた。
* * * *
「それで、ハナダシティに行こうとしたら道に迷って……ロケット団に見つかって化石は奪われそうになったんです」
おつきみやまの洞窟を探索していたらチンピラの絡まれているお姉さんがいた。
名前はナオコさん。ニビ博物館で研究員見習いをしているそうだ。
長い黒髪をうなじの辺りで纏め、黒縁眼鏡をかけたその姿はいかにも研究者という雰囲気だ。
年下の自分相手に敬語で少しおどおどとした態度は『真面目だけどドジッ子で駄目なお姉さん』という印象を感じる。
そうか、ロケット団か。
変なコスプレしたチンピラだなと思っていたらロケット団だったのか。
ロケット団は最近カントー中で事件を起こしているポケモンマフィアだ。
人のポケモンを盗んだり、ポケモンで人を脅して恐喝するのは当たり前。
ロケット団を見かけたらすぐにジュンサーさんへ通報を。
そんなCMあったなとしみじみと思い出した。
「その……リーフさん」
ナオコさんは化石が入っているバッグを背負いなおしてこちらを伺うように声をかけた。
――あ、恐がられてる。
私は昔から無口で何を考えているか分からないと言われ続けてきた。
ちなみに、そんなんじゃ友達できなーぞお前とグリーンに笑われたが、グリーンにも友達はいない。
喋ることは得意ではないので何を言えばいいのだろうか……頭を悩ませながらもナオコさんを見る。
ナオコさんも口下手らしく、少し考えた素振りをした後、私の手を握ってきた。
「……私、恐くて……さっきの人たちにまた襲われたらって考えたら。だから、あの。おつきみやまを抜けるまででいいんです……一緒に来てくれませんか」
細くてきれいな指はぶるぶると震えている。
さっき、襲われたことを思い出したのか真っ青になりながらも私を見つめてくる。
……これは、断ったら人間として終わる気がする。
そもそも、ポケモンを持っていないナオコさんをここに置き去りにするのは気が引けるということで自分から同行を申し出ようかと思っていた所だった。
了解の意を示し、ナオコさんの手を引っ張ってハナダシティへ行こうとする。
「あれ、リーフさん。ハナダシティへの道はこっちではないのですか?」
ナオコさんが不思議そうな顔で正反対の道を指差す。
そっち行ったら行き止まりです、ナオコさん。
まさかと思いながら間違いを訂正するとナオコさんはタウンマップを出し、私に見せる。
「え、だってこの山を抜けるためにはこの道を行かなければ……」
私はそっとそのタウンマップの右上に印刷された『ジョウト地方版タウンマップ』という文字を指差した。