ナオコさんは方向音痴でドジッ子だった、属性が多すぎる。
何をどうやったらカントー地方でジョウト地方のタウンマップを買う事になるんだ。
しかし、本気で落ち込んでいるナオコさんに突っ込みを入れたら追い打ちになってしまう。
取りあえず、励ますために頭を撫でて、洞窟を歩いていく。
「……あら、今までとは雰囲気が違いますね。おつきみやまの最深部でしょうか?」
いくつかの階層を通りすぎ、一際広々とした空間に出た。
ナオコさんは目をキラキラと輝かせるが、私には今までの階層とどう違うのか全く分からない。
リザードは何か気になるのか周囲をキョロキョロと見回している。
「全然違いますよ!!えっとですね……分かりやすく言うとここは化石や珍しい鉱石がいっぱい出てくるような地層なんですよ!!他の階層よりも広く掘られていますからね、過去にもきっと発掘作業があったのですね!!」
ナオコさんは何処からか取り出したのか分からない発掘道具を手に一心不乱に壁を掘り始めた。
……うん、自分の好きな事に一生懸命打ち込める人って素敵だなっ!!
ツッコミを放棄した私はナオコさんの発掘作業を見守る事にした。
研究員という専門職のなせる技なのだろう。丁寧かつ繊細な掘り方で尚且つ早い。
細かい石片が常時周囲を飛び回る。
こういう石片がイシツブテになったりするのだろうか。とぼんやりと考え、次はリザードを見る。
リザードはご機嫌なようで尻尾を振りながらピンクのボールで遊んでいる。
――え、ピンクのボール?
よくよく見れば、そのピンクのボールは一人でにぴょんぴょんと飛び回り、時折「ピピー」と鳴いているではないか。
……少なくともボールじゃないな。
ポケモン、なのだろうか。
おつきみやまに出てくるピンクで丸っこい「ピピー」と鳴くポケモン……もしや。
急いでポケモン図鑑を取り出し、謎のポケモンに向けると機械音声がゆっくりと解説を始めた。
No.035 ピッピ
ようせいポケモン
愛くるしい姿からペット用に人気がある。ただし、なかなか見付けられない。
こ、これが……!!あのピッピだというのか!?
「うわぁ、ピッピですね……私初めて見ました」
いつの間にか発掘作業を終えたナオコさんが隣に立っていた。
……発掘作業ってもっと時間のかかるものだと思っていた。
「簡単な道具しかないですからねえ」
ナオコさん曰く、本格的な発掘作業をしようと思えば大量の時間とお金と人がいるのだそうだ。
発掘物を壊さないためにもできる限り機材を使わず、手作業で掘り進める必要があるらしい。
――想像するだけでも大変そうだ。
「そうですね……私はドジも多くて皆に迷惑をかけるし、仕事も大変なのですけど」
土に汚れた顔が少し赤みを帯びてふわりと笑う。
「好きでやってることだから何だかんだで楽しいんです」
そんな彼女の笑顔は、今まで見た中で一番魅力的に映った。
これは……私が男だったら惚れていたかもしれない。
同性の私から見ても今のは破壊力があった。
私にそっちの趣味はない……ないはずだ。
赤くなった顔に気付かれないように、帽子を深く被り直す。
途切れた会話をどうしようかと悶々と考えていると、リザードがピッピを連れて私の所までやってきた。
「リザー」
「ピピピ?」
リザードに抱きかかえられたピッピがキョトンとした表情で私達を見る。
……可愛い。
思わず、手を伸ばしてピッピに触れようとする。
ぽよぽよとした餅のような弾力ある手触り――ではなく、ガブリという嫌な音と鋭い痛み。
「ピギイイイイ!!!!」
「だだだ大丈夫ですかリーフさん!!」
「リザ!?」
可愛らしい容姿から想像もつかない程の鋭い牙を剥くピッピとあたふたするリザードとナオコさん。
……ピッピってこんなに凶暴なのか?
それに何かデジャウなのだろうか、前にも同じ目に遭ったことがあるような。
『ピギャアアアア』
『こら、ピカチュウ!!何してるの!?リーフ、大丈夫!!』
『……うわ、お前んちのピカチュウ恐すぎだろ』
――あ、これだな。
幼き日の思い出が脳裏によみがえる。
血塗れになった手の平、全身の毛を逆立てて牙を剥くピカチュウ。
顔を赤くしたり青くしたりして慌てるお母さん。
ピカチュウだけは絶対手持ちにいれないと宣言していたグリーン。
あれからしばらくはポケモンに近づくのが怖かった……。
「血は出ていないようですね……でも、傷口だけでも消毒をしたほうが――ひゃぁ!!」
「ピー」
私の手を取って心配してくれるナオコさん。
しかし、彼女にリザードの腕から抜け出したピッピが飛び掛かる。
危ない!!私の様に彼女も噛まれて……あれ。
ピッピがナオコさんに甘えている、だと。
「えっと……気分屋さんなのでしょうか、このピッピちゃん」
困ったようにピッピを抱きかかえたナオコさんが私を見る。
ピッピも真似するように私を見て――ニヤリと嫌な笑みを浮かべた。
こ、こいつ……!!
「ピピー」
彼女の胸元に顔を埋めるように体を摺り寄せ、甘える。
コイツ……ただのスケベ野郎だ!!
何がだ。私の何が悪い。
これでも療養前よりはかなり状態はいいんだぞ。
何?胸がないのは女じゃない?
ふざけるな。世の中巨乳だけで語られてたまるか。
コラッタもキャタピーも貧乳もみんな生きているんだぞ。
いや、私は貧乳じゃないけど。
……いや、話が脱線した。
私は貧乳ではないが胸談義は置いておこう。
何か別の話題を――そういえば。
――ナオコさんはポケモンを持っていないのだろうか。
「はい、持ってないです……トレーナーの資格は一応持っているのですが、捕まえようとしたら逃げられて」
ポケモンに近づこうとして思いっきりこけ、逃げられてしまうナオコさんの姿は簡単に想像できた。
今日だけでも三回転んでいるし。
……ボールもあらぬ方向へと飛んでいったりとかするのだろうか。
「うぅ……まったくその通りで反論の余地がありません」
ピッピの頬をむにむにとつまんでナオコさんは恥ずかしそうに顔を伏せた。
* * * *
夜を迎えればズバット等の夜行性のポケモンの動きが活発になってくる。
彼らに遭遇しないうちに、私たちは今日中におつきみやまを抜けてしまおうという結論になった。
そして、移動を開始してしばらく。
私たちはおつきみやまの出口のある階層を歩いている。
「えっと、この子はどうしたらいいんですかね……」
「ピピー」
私、ナオコさん、リザード。
その後ろをピッピが着いてきている。
リザードと時折戯れながらぽよんぽよんと洞窟を跳ねる様は微笑ましい。
ただし、私と目が合うと歯を剥き出しにして威嚇してくる。
くそ、爆発しろギエピー。
しかし、道中を邪魔してくるわけでもないしナオコさんやリザードはコイツの事を気に入っているようなのでむやみに追い払う訳にもいかなかった。
ほっとけばいいだろうとジャガイモか何かだと思って気にしないでおいた。
棲家であるおつきみやまから出ることは無いのだろうし、出口で別れる事になりそうだ。
「あ、はい。ではそういう事で……あら、人が」
ナオコさんの目線の先には一人の男がいた。
チェックのシャツに黒縁眼鏡をかけた『いかにも』な見た目の青年である。
通路のど真ん中に座って何かをじっと眺めている様は正直邪魔で気持ち悪い。
さっさと退いて貰おうと声をかけようとした瞬間、彼は私たちの存在に気が付いた。
「……待てよ。この化石は僕が見つけたんだ。二つとも僕んだ」
化石マニアか……いや、別に私は化石要らないんでそこを通して貰えればいいのだが。
「どうしても欲しいんっていうのなら僕と勝負しろ!!」
いや、だから別にいらないって。
「いけ、ベトベター!!」
……くそ、人間同士だというのに会話ができないだと!?
理科系の男がベトベターを繰り出した。
どうやら、これは避けられない戦いのようだ。
だが、向こうのベトベターのレベルはそんなに高く無いようだ。
実を言うと、『メタルクロー』と『ひのこ』のPPが先程尽きてしまった。
だから、リザードの出せる技は『ひっかく』のみ。
……まあ、どう見ても負ける相手ではないと思うのだが。
リザードがベトベターに爪を振りかざす。
固体というよりは液体に近いベトベターに『ひっかく』は効くのだろうかと不安であったがそれは杞憂だった。
「ベト~」
ベトベターは苦しげな声をあげ――紫色のガスを噴き出す。
「リザァ!!」
リザードは一瞬苦しげな表情をするが、体制を持ち直し、再び、爪を振り下ろし、ベトベターの身体を削る。
「ベトベター!!『かなしばり』だ!!」
「ベトォ」
キン――とガラスを引っかいたような音がした。
リザードの動きが一瞬止まり、突然ベトベターから距離を離した。
一体、どうしたのだろう。
再度『ひっかく』を指示してもリザードは動かない。
「リーフさん!!『かなしばり』です、リザードは『ひっかく』を使えなくされたんですよ!!」
ナオコさんが慌てた声で叫ぶ。
――なんだって!?
「だから、『ひっかく』以外の技でやり過ごしてください……しばらくすれば『かなしばり』も解けるはずです」
という事は、しばらく攻撃技は使えないという事か……かなしばりが切れるまでは何とかやり過ごすしかない。
――『えんまく』だ!!
リザードが体内で黒い煙を作りだし、吐き出す。
元から暗い洞窟から更に視界を奪う。
「うわっ何も見えないぞ!!くそ、ベトベター……『はたく』!!」
ベトベターはどろりとした手でリザードを殴ろうとするが、黒煙の中ではそれは困難だ。
軽い身のこなしでリザードはベトベターの攻撃を避け続ける。
そして、かなしばりが解けたらしく、ベトベターの懐に瞬時に入り込み、殴りつける。
「べ、ベトォ……」
どうやら、限界だったらしく、ベトベターは目を回して倒れてしまった。
「くそっ……しつこい奴だな!!」
理科系の男は悪態をつくとドガースを繰り出してきた。
……しつこいと言われても話を聞かずに喧嘩を売ってきたのはそっちだ。
そして、私が指示を出すまでもなくリザードはドガースに殴りかかる。
一発、二発、三発。
リザードの拳はドガースに反撃の余地を与えず、地に沈めた。
「……よし、行けビリリダマ!!」
最後のポケモンを男は繰り出す。
ビリリダマ。これまでに二匹と特に違いは感じられない。
リザードとの相性も特にいいわけでもない。
それなのに。
男はニヤニヤと笑みを浮かべている。
「……そろそろだよなぁ」
――なんのことだ?
男の不可解な言葉に聞き返そうとした瞬間、リザードは膝から地面に崩れ落ちた。
「……リザ」
苦しそうにリザードは荒く呼吸をし、体制を立て直そうとする。
見た所大きな怪我もなく、今までのバトルでも全く攻撃を食らっていない
しかし、身体が上手く動かないらしく立つことすら間々ならなそうだ。
いったい、何故だ。この男は何をしたのだ。
「も、もしかして、どく状態なんじゃ……」
ナオコさんの言葉に男は正解だとでも言うようにニヤリと笑う。
そして、リザードが初手の一撃を食らわせたときにベトベターが吐き出した紫色のガスの事を思い出した。
あれは恐らく『どくガス』だったのだろう。
それを知らず知らずにリザードは吸ってしまい、ダメージを蓄積させていった……。
――何をしているんだ私は。何故気付かなかった。
キズくすりは切れ、どくけしも持っていない。
ここで、負けを認めてポケモンセンターまで走っていってもリザードの体力は持つか。
頭の中を様々な事がぐるぐると回る。
でも、私にとって一番大切な事はリザードを回復させることだ。
今すぐにでも降参して――
「ピ」
ぽよんとピンクの丸いボディが目の前に降り立った。
彼は苦しげにしているリザードの肩をポンポンと叩き、何かを手渡す。
「……リザ」
「ピピー……ピッピ」
最初はいやいやをするように首を振っていたリザードだが、ピッピに諭されたのか自らボールに入った。
「ピピー!!」
「ピッピだと……!?くそ、レアポケモン出していい気になるなよ!!」
男はよく分からない嫉妬を聞き流しながら私は茫然とする。
「……えっと、これはピッピが代わりに戦ってくれるという事なのでしょうか?」
ナオコさんの言葉にフッとピッピはニヒルな笑みを浮かべて私達に視線を向ける。
そうか、ありがとう。
今まで憎たらしくてしょうがなかったピッピに頼もしさを感じる。
困難を共にしたり、衝突をした相手と心を通わせる感覚とはこのことをいうのだろう。
少年漫画でしか見た事の無かった展開に胸が熱くなる。
私はできる限り気合を込め、敵を倒すべくピッピに指示を出す。
――ピッピ、『おうふくビンタ』だ!!
「……」
――いや、だから『おうふくビンタ』
「……」
――あの、ピッピさん?
「……ピ」
俺に指示を出すならその貧相なまな板何とかしてから来いよ。
そんなことを言いたげな目が私の胸に向けられる。
……このエロポケモン!!三枚下ろしにしてやろうか!!
「リーフさん!!落ち着いてください!!」
ああ、落ち着いているとも。
だが止めないでくれ、ナオコさん。私はあの女の敵に制裁を下してやらなければ気がすまない!!
それに!!私は貧乳じゃない!!
「落ち着いてないです!!混乱状態ですよお!!えーっと、ピッピちゃん!!『ゆびをふる』です!!お願いです!!」
「ピピー!!」
私を懸命に止めるナオコさんがやぶれかぶれでピッピに指示を出し、ピッピはそれに嬉しそうに鳴き、彼はゆびをふり始める。
「……はっ!!ビリリダマ、たいあたりだ!!」
私たちのやり取りに呆気にとられていた男だが、我に返り指示を出す。
丸い身体を転がしながらビリリダマはピッピに突撃しようとする。
「……ピ」
ビリリダマの攻撃が当たる寸前、ピッピの『ゆびをふる』が終わり、洞窟内を閃光と衝撃が襲う。
* * * *
「リザ」
ピッピから貰ったモモンの実を齧りながら、リザードがボールの中で甘えた鳴き声をだした。
……今回は危ない所だった。
今度からは道具と技のご利用は計画的にしないといけないな。
――『ゆびをふる』はピッピの持つ代表的な技だ。
超能力で脳を刺激し、すべての技の中から一つを繰り出すというものだ。
そして、今回ピッピが出した技は『はかいこうせん』だった。
それをまともに食らったビリリダマは男を巻き添えにして現在は洞窟内で完全に伸びている。
すぐそこは出口だし、そう危ない所でもないので私たちは男とその化石をそのままにして出てきたのだ。
うん、別に逃げたって訳じゃないぞ。
化石も別に欲しいという訳ではないし。
そして、おつきみやまを抜けた所でピッピはいつの間にかいなくなり、私たちはハナダシティへと到着した。
「それに、こうらの化石とかいの化石って割と普通に採掘できるものなんですよね」
――ナオコさんの悪気のない言葉を男に聞かせなくて良かったと私は心底思った。
「えっと、もうハナダシティですね……色々とありましたけどありがとうございました」
仕事もちゃんと終わりそうですし、冒険気分で楽しかったです。とナオコさんは笑った。
……やっぱり彼女は笑顔が一番素敵だ。
それに、私もナオコさんに助けられた。
ナオコさんがいなければピッピに助けられることもなかっただろうし、リザードも毒でどうなっていたか分からない。
お礼をいうのはこっちの方だ。
「……うーん、リーフさんがそういうのでしたらお互いにありがとうという事にしましょうか」
少し困った様にしながらも笑う彼女はやっぱり年上の大人だなと実感した。
……私も見習う必要がある。
彼女と言葉少ない会話をしながら、往来を歩く。
もうすっかり暗くなりながらも大勢の人が行きかうこの町はマサラタウンとは別世界なのだと実感した。
「あ、私はこっちに行くのですがリーフさんはポケモンセンターですよね……ここでお別れですか」
道が二手に分かれ、右は住宅街。左はポケモンセンターやジムなどが並ぶメインストリートに繋がっている。
そうですね。と私は返事をして、しばらくナオコさんと見つめ合う。
何時間もそうしていたようにも思えるし、もしかしたら数秒のことかもしれない。
二人して無言でいたら、ナオコさんが小さな声で何かを呟いた。
「あの……これ、おつきみやまで採掘したものなんですけど」
差し出された小さな袋にはいくつかの不思議な色を出す石が入っていた。
化石ではなさそうだが、これはいったい何なのだろうか。
「ポケモンの中には、特殊な石を得て進化をする子がいるんです。例えばさっきのピッピもつきのいしで進化するんです。トレーナーでポケモン図鑑を集めているリーフさんには役に立つと思うんです……よかったら受け取ってください」
……ありがたいが受け取れない。
私は礼が欲しくて人助けをしたわけではないし、礼を受け取るだけの働きをしたとも思えない。
それに、これはナオコさんが採掘したものなのだからナオコさんが持つべきだと……
「いえ、私はトレーナーではないですからその石を使う機会がありません。それに、これはお礼とかではないです」
……え?
「と、友達へのプレゼント……と言ったら受け取ってくれますか?」
胸が高鳴った。
「私あんまり友達いなくて……それで今回の事はとても嬉しくて、その」
顔を真っ赤にしてもじもじとするナオコさん。
先程、大人の女性だと思っていた彼女が初々しい少女のように見える。
「あ、すすみません!!いきなり友達とか言って……め、迷惑ですよね」
――ナオコさん……この石頂きますね。
「え?」
友達からのプレゼントを断るのは失礼だろう。
ナオコさんが私の友人になってくれるのは大歓迎というか、とても嬉しい。
何しろ、私もあまり友達がいないのだから。
「リーフさん……!!」
そのさん付けと敬語もいい、友達同士なのだから、もっと砕けた感じで話し合えばいいと思う。
「そうですね……あ、えっと。そうだよね!!うん、友達なんだから……」
はにかむように笑うナオコさん、いやナオコは目をキラキラと輝かせる。
おつきみやまで化石について語ってくれた時と同じ目だ。
「……よろしくね、リーフちゃん」
――その日、私に初めての女友達ができた。
ちなみに、リーフさんの今までの友人はグリーンだけです。