ハナダシティ、24番道路ゴールデンボールブリッジ。
その名の通り、黄金色に塗装されたその巨大な橋は目に眩しい。
しかし、何故私がわざわざこんな悪趣味な橋に来たのか?
それはポケモンセンターの掲示板に突如張り出されていた一枚のチラシが理由である。
『本日限定!!ゴールデンボールブリッジでポケモンバトル五人抜きイベント実施中!!黄金の伝説を作り上げるのは君だ!!見事クリアされた方には豪華賞品プレゼント!!』
――嗚呼、豪華賞品。
なんという素敵な響きなのだろう。
これは常に資金難に悩まされる旅のトレーナーには喉から手が出るくらい欲しいものであろう。
……まあ、別に金には現状困っていないしその豪華賞品が金になるモノとは限らないのだが。
ボールからリザードを出すと鼻息を荒げて雄叫びをあげる。
ワンリキーとサンダースはお休みである。
そもそも今回のイベント参加は今回のジム戦で全く出番のなかったリザードのフラストレーションを解消も兼ねている。
出会った頃にゼニガメを怖がって私の後ろに隠れていた姿とは一体なんだったのであろうか?
今では立派なバトルジャンキーである。
誰に似たのだろうか、まったく……私だな。
「よう、リーフ!こんな所うろちょろしてたのか!」
自らにセルフツッコミをしていると、背後から聞き覚えのある声がした。
反射的に振り返り、唸り声と口から溢れる程の炎を貯めこむリザード。
ジェットコースター並に私のテンションはガタ落ちである。
人違いであってくれ。
そう願いながらゆっくりと背後を振り返るが、現実とは非情なもの。
幼馴染というか腐れ縁のグリーンがやはりそこにいた。
目の前でニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら片手をひらひらとさせるツンツン頭に私は隠すことなく思い切り顔を顰める。
「おいおい、何だよその顔は?折角このグリーン様が声かけてやったっていうのに」
……はあ。少し見ない間に随分と天狗になっているようで。
昔から何かと調子に乗りやすいその性格は全く治っていない――いや、むしろ悪化している。
多分本人がかっこいいと思っているであろうポーズをとりながら話しかけてくる様子は痛々しくて見ていられない。
今すぐ他人だと思われないように離れたい。
でも、自分の話を無視されるとネチネチと女の様に根に持つのがグリーンだ。
早く話を終わらせろと念を出しながら奴の話を聞き流す。
「俺なんか強いの色々捕まえちゃって絶好調だぜ……」
もしかしたらポケモン図鑑完成させるのって実はスゲー簡単なんじゃね?と言いながら奴は頼みもしないのにポケモン図鑑を私に見せつけ、空いた手を何かを要求するように差し出してきた。
ここで断ればややこしくなりそうなのでさっさと図鑑を渡し、ついでにグリーンの図鑑を見る……なんじゃこりゃ。
今まで通ってきた道のポケモンは全て発見。そもほぼ全てを捕獲している。
捕獲マークが付いていないのは初めてのバトルで私が出したヒトカゲとピカチュウ位である。
幼き日のトラウマは今もまだグリーンの中で生き続けているらしい。
思わず目を丸くする私とは反対にグリーンは大げさな溜息をしながら肩をすくめる。
「リーフ。お前ちゃんとしてるのか?捕まえたポケモンの数7って何だよ7って。じーさんに図鑑貰った意味ないだろ」
ヒトカゲ・リザード・コラッタ・バタフリー・イーブイ・サンダース・ワンリキー
ちなみにコラッタはボックスの中に一時期置いていたがすぐに逃がした。
べべべべべ別にポケモンを捕まえるのが苦手とかそういうのじゃないんだから!!!!
「まあ、お前が何もしなくても俺が図鑑完成させるし?どうでもいいんだけど」
……ぐぬぬ。高くなった貴様の鼻をへし折ってやろうか?
自分の図鑑を半ばひったくる様に取り返し、奴の図鑑を押し付ける。
「でもそんなんじゃこの先苦労するぜ。マサラに帰って引きこもりになってる方がいいんじゃねえか?」
ぶつりと何かが切れる音がした。
ワザと地雷を踏んだのであろうグリーンはニヤニヤしながらボールから一匹のポケモンを出す。
青い身体に精悍な精悍な顔付き。
耳と尻尾はふさふさとした毛に覆われており、丸みを帯びた甲羅は硬質的な光を出している。
オーキド博士から譲られたポケモンであるゼニガメが進化した姿だろう。
確か、先程見せられた図鑑にはカメールと書かれていた。
――これは、挑発だ。
おそらく、マサラタウンの勝負の仕返しなのだろう。
勝負に乗るのだとすればここはリザードを引っ込めて相性のいいサンダースを繰り出すべきだ。
だが、リザードはカメールと目を合わせ威嚇の炎を吹きだし、尻尾の炎も青白く燃え盛っている。
こんなやる気満々のリザードは多分、言っても引き下がらないだろう。
それに、調子に乗って私を挑発するというグリーンの態度が気に入らない。
よろしい。ここは相性最悪のリザードでお前のカメールを焼き亀にしてやる!!
――リザード、ひの
「カメール、かみつ」
「ちょっと待ったあああああ!!!」
即決をし、リザードに指示を下そうとしたその時。
私たちの間に見事なスライディングを決め込む男がいた。
「……おっさん、誰だよ?」
水を差され、明らかに不機嫌になったグリーン。
私も空気を読まない男を無言で睨み付ける。
しかし、男は地面からがばりと顔をあげるとグリーンに負けじと目を吊り上げる。
「ちょっと君たち!!イベントの邪魔しないでくれるかな!?」
* * * *
イベント主催者の男に怒られた私たちはバトルを中止せざるを得なくなった。
しかし、男が「先に五人抜きした方が勝ちという事はどうだい?」という提案を何故かして来て、私たちはそれに乗った。
元々このイベントには参加する予定だったのだ。
むしろ、グリーンの鼻を明かす事もできるのだ。まさに一石二鳥である。
「悪いけど、俺のカメールが瞬殺に決まってるって。おめーはちんたらやってな!!」
隣に立つグリーンを無視する。
最大の敵はコイツであるが今回の対戦相手ではない。
変に相手をして気を散らすのなら無視するべきだ。
「……けっ無愛想な奴、かわいくねーの」
グリーンはぶつくさと文句を言うものの次第に喋らなくなる。
恐らく、バトルに向けて意識を切り替えたのだろう。
そして、私の目の前に虫取り少年のケンスケが立つ。
「いけっキャタピー!!」
――『ひのこ』
キャタピーがボールから繰り出され、試合開始のブザーがなると同時にリザードの口から火炎が噴出される。
次の瞬間には黒焦げになったキャタピーがプスプスと音を立てながら転がっていた。
「……えっ?」
ケンスケの呆けた声に私は次のポケモンを早く出すようにと催促する。
「あっはい!!」
怯えるケンスケが次のポケモンを出そうとしている間にグリーンのカメールも早速一匹倒したようだ。
……グリーンにだけは負ける訳にはいかない。
私のプライドにかけて勝ってみせる。
そして、幼馴染としてトレーナーとしてアイツをぎゃふんと言わせてやるのだ!!
* * * *
ケンスケのビートル、トランセル、コクーンは『ひのこ』の一撃ですべて倒した。
二番手のミニスカートのサヤのポッポを『メタルクロー』と『ひっかく』で倒し、残るナゾノクサ、マダツボミは効果抜群の『ひのこ』で。
たんぱんこぞうのシンゴのサンドは地面タイプなので『メタルクロー』、アーボはいかくで攻撃を下げてきたので特殊攻撃の『ひのこ』で倒す。
ミニスカートのアミのニドラン♂とニドラン♀はどくのトゲが恐いのでまた『ひのこ』で直接攻撃をせずに。
そして、最後のキャンプボーイのヨシハルのマンキーは『メタルクロー』を二発お見舞いすると目を回して倒れた。
試合終了のブザーが同時に鳴り響く。
グリーンを見ると同じタイミングで対戦相手を全て倒したようだ。
カメールは傷も少なく、意気も整っている。
私のリザードもまだまだ元気なようでカメールを見て唸り声をあげている。
「……取りあえず、この勝負は引き分けって感じだな」
やるじゃねーかと言いながらもグリーンは少し不服そうだ。
かくいう私もそうで――引き分けとは全く納得いかない。
――不完全燃焼で身体の内側で燻った『何か』は未だ収まらない。
「いやー、お見事でした!!まさか二人同時に最短記録を更新するとはね!!感動したよ、はいこれは商品のきんのたま!!」
無駄な迫力とその存在感、そして輝き――
きんのたま
売る以外に使い道はないがポケモントレーナーの資金源として大活躍であるアイテムである。
しかし、そのまんまながらも色々とアレだと評判な名称故か、道端でそれを子供たちに配るおじさんは『きんのたまおじさん』として不審者案件の常連者として世では有名である。
……ゴールデンボールブリッジってまさか。
いや、深く考えたらダメだ。気にしたら負けだぞリーフ。
考えるな感じろだ。使いところが間違っている気がするが気のせいだ、多分。
自分にそう言い聞かせていると男の目が妙な光を放ったような気がした。
「あのー少しお二人にお話があるのですがよろしいですか?」
「は?俺忙しいからもう帰りたいんだけど」
揉み手をしながら猫なで声を出す男にグリーンは思い切り不機嫌な顔をし、切り捨てようとする。
「いえいえ、すぐに済むお話ですしこれを逃したら損ですよ!!是非!!是非、お話だけでも!!!お願いしますから!!!」
男を引きはがそうと躍起になるグリーン。
うん、少年よ強くなれ。
「てめぇ、見捨てるつもりかよ!!リーフ!!」
ふざけんなとグリーンは叫ぶがそんなの知った事ではない。
変な奴に絡まれるものが悪いのだ。
私はさっさと帰ってリザードをポケモンセンターで休憩させよう。
そう判断し、ハナダシティに戻るために橋を渡ろうとする。
しかし、一人の男が私の目の前に立ち塞がり、穏やかな声で私の肩に手を置く。
「……お話をしたいので少し場所を変えまが、よろしいでしょうか」
疑問符など付けない――選択肢など与えるつもりなどない強制の決定事項のようだ。
男は私を光の一切ない濁った瞳で見つめて、そう言い切った。
……これは面倒な事になるかもな。
どうやら、私もグリーンに負けず劣らず要領が悪いようだ。
直感が頭の中で警報を鳴らす。
「……では、こちらへ」
ぽつんと道から離れた所に設立されたテントを指し示し、男は歩き出す。
* * * *
テントに入ると、ぽつんと置かれた組み立て式のテーブルとパイプ椅子。
有無を言わさず座らされ、テーブルの上に紙コップ入りの茶が出される。
「寛いでくださいね」
そう男は言うが、複数の黒服の男に囲まれたこの状況で落ち着ける人間はいるのだろうか。
さっさとここを出てジュンサーさんでも呼ぶべきか。
……ここを口先だけで乗り越えるには私は口下手すぎるしな。
他人事のようにぼんやりと状況を掴み切れない私とは対象にリザードは低く唸り声をあげる。
しかし、連戦でダメージはあまり受けていないものの疲労は少なからずあるはずだ。
それを見透かしているのだろうか、男はくすりと笑った。
「あまり、お時間は取らせませんよ。その方がお互いにとって良いでしょうから……では、単刀直入に言いましょう、ロケット団に入ってくれませんか?」
ロケット団――ああ、最高ににややこしくなるぞこれは。
……まさか、おつきみやまでロケット団員を一人やってしまった事などばれていないだろう。
あんな暗い場所で場所など分からないだろうし。
「実は今回のイベントは我々ロケット団が優秀なトレーナーをスカウトするために実行されたのです。特にあなたは素晴らしい、あの戦いの中で常に落ち着いて的確な指示を与えるその冷静さには目を見張りましたよ。トレーナー経験は未だ浅いのでしょう?リザード共々将来有望で大変よろしい……まあ、喧嘩を売る相手はちゃんと選ぶべきだと先達の老婆心ながらご忠告しておきましょう。」
――ばれてる!!
紙コップに入った茶ですら優雅に飲む男。
緑色のはねた髪に黒いベレー帽を被っている。
その顔はかなり整っていてモデルや俳優だと言われても信じてしまいそうである。
……だが、それ以上に印象的なのは冷酷ささえ感じさせる瞳だ。
先程から穏やかに男は微笑んでみせるが、その瞳からは僅かに殺気が見え隠れしている。
「ロケット団はポケモンマフィア。マフィアとは矜持を何よりも大切にするものです。ですから、あなたには相応のお返しをしなければならないのですが……優秀な人材を失ってしまうのは悲しいですからね、ロケット団に入ってポケモンをボスに献上すれば、全て水に流しましょう」
断ればどうなるかは分かりますよね?と言外に匂わせて男はテーブルの上に一枚の紙を乗せる。
「この契約書にサインすればあなたもロケット団です。ええ、あなたならばすぐさま幹部候補になれるでしょうね」
心なしか私の周りを取り囲む黒服が近づいてきたように思えた。
私は深呼吸をすると、ペンを手に取る。
いい判断です、と男の声が薄暗いテントの中に響く。
だから、私は契約書にでかでかとピカチュウの絵を描きあげた。
「なっ……」
男が絶句し、黒服達も呆気に取られている。
私は椅子を蹴倒し、リザードは尻尾の炎を燃え上がらせる。
ポケモンや人に迷惑をかけて好き放題やってるロケット団に誰が入るものか。
しかも、私のポケモンを手放せだと?
黙っていれば言いたい放題である。
契約書が灰になっていく匂いに我に返ったのか男も無言で立ち上がる。
その顔に貼り付かせていた微笑はいつの間にか剥がれ落ちていた。
何の感情も浮かばない仮面のような顔がその男の本来の姿なのだろう。
「……非常に残念です。ならば、我々の報復を受けて貰いましょうか」
男の言葉を合図に黒服がモンスターボールを取り出す。
さて、これからどうしようか。
ロケット団に喧嘩を売ってしまったが対抗策など勿論ない。
サンダースとワンリキーも出して勢いでこの場を押し切るか。
如何せん数が多いがここはそうするしか方法がない。
ベルトからさげたボールに手をやろうとした瞬間――薄暗いテントの中に突如光が満ちた。
「リーフ!!」
光りの中からグリーンが現れた。
恐らく小脇に抱えたケーシィの『テレポート』なのだろう。
ボールから飛び出したカメールが『みずでっぽう』をテント内にぶちまける。
黒服達の手から弾き飛ばされたボールが床の上に落ちる。
「ほら、さっさと行くぞ!!」
突然に出来事に呆気に取られる私の手をグリーンが掴む。
「待て!!」
私たちを逃さまいと男がポケモンを繰り出そうとする。
しかし、グリーンはそれを見てにやりと笑う。
「バーカ、待てって言われて待つ奴なんていねーよ!!お前らボールに戻れ!!ケーシィは『テレポート』!!」
リザードとカメールがボールに戻ると同時に私たちは不思議な光に包まれ、テントから去っていった。
* * * *
気が付いたらハナダシティのポケモンセンター前に私たちはいた。
ジュンサーさんにロケット団の事を報告し、事情聴衆を受けた。
何でも、私たちがゴールデンボールブリッジにいる間にハナダシティでも民家が襲われてポケモンと技マシンが盗難されたらしい。
「ロケット団の悪事には本当に困っているのよね」
愚痴を言って溜息を吐くジュンサーさんは連日の疲れからか隈が出来ていた。
事情聴衆が終了したころにはもう夜になっていた。
何度も話を繰り返し話すというのは口下手な私にとっては何よりの苦痛だった。
ちなみに、ジュンサーさんは私たちの報告を受けてすぐさまゴールデンボールブリッジに行ったがテントはもぬけの殻でロケット団のロの字も残っていなかったらしい。
多分、向こうもグリーンのケーシィのように『テレポート』で逃げたのだろう。
「金輪際、ロケット団との事件に首を突っ込むな」とお灸もしっかりと据えられた。
「おっせーぞ。要領よくさっさと済ませろよな」
先に事情聴衆を終えたらしいグリーンがハナダ署の前で立っていた。
……待っていたのか。
少し驚いた。先に帰っているものとばかり思っていたし。
「だから、ぼやぼやすんなって。さっさと帰るぞ」
グリーンはポケモンセンターへ足を進める。
何となくそれに置いて行かれたくなくて私も歩みを速めてしまう。
ポケモンを持つ前の事を思い出す。
勉強や運動、その他いろいろの事で毎日張り合っていたけどなんだかんだで毎日一緒に登下校をしていた。
……私が長期入院に入る前の事だから何年前の事だろうか。
懐かしいような少しこそばゆいような。
ボールの中で眠るポケモンたちを撫でて私は満月の浮かぶ夜空を見上げた。