我輩は転生者である。
数多の小説に登場する一山幾らの転生者同様、転生特典なるものを持たされ今世へと産声を上げた。
貰った特典は三つ。
ひとつ、国民的漫画である野菜人並の肉体。
これはいわゆる鉄火場対策である。
残念なことに我輩が次の人生を送るであろう世界についての詳細は秘匿されていた。
故にどのような環境であっても生き残れそうな身体能力を求め、この特典を所望した。
ひとつ、国民的RPGゲームの二大タイトル全てに登場する魔法と、それを扱えるだけの膨大な魔力。
強靭な肉体を備えていても、腕っ節一つで人生の困難や世間の荒波を乗り越えていけるとは限らない。
故にエフ○フとド○クエに登場する魔法を特典とすることで選択肢の幅を広げたのだ。
ひとつ、上記二つの特典を使いこなせるだけの才気。
我輩が好きな言葉にこのようなものがある。
『彼女は黄金を願ったが、それを持ち運ぶための力を願い損ねた』。
どれだけ貰った特典が素晴らしかろうが、使いこなせなければ宝の持ち腐れ。
力が強すぎて日常生活さえ儘ならないような事態にならぬ為、我輩は最後にこの特典を願ったのだ。
之にて我輩の次の人生への準備は整った。
剣と魔法の世界ばっち来いである。
無双ハーレムなぞは性に合わぬゆえ目指すつもりは毛頭無いが、豊かな人生を送りたいものである。
しかし。
我輩は失念していた。
前世にて転生ファンタジー物を読み漁っていた弊害であろうか。
貰った特典が然程意味を成さない日常系に転生しようとは、この時露ほど思ってなかったのである────
ゆるキャン△
Fan fiction
チート転生者 in キャンプ物
軽快な自転車のチェーンの音をバックに、少女の必死な息づかいが鼓膜に届く。
「ひぃぃ……やっと半分だよぉ」
年相応のソプラノで苦悶の声を上げるのは、我輩のお隣さんである各務原(かがみはら)・なでしこ。
幼児期から家族ぐるみのご近所づきあいで保育園は勿論のこと小学校、そして現在の中学校に至るまで同窓のいわゆる幼馴染みという間柄である。
夏休みの日差しの中。
少々肥満気味の少女は、強制的に全周約60kmの浜名湖サイクリングコースを走らされていた。
事の発端は、この幼馴染みの余りにも自堕落な生活故に、彼女の姉が遂に雷を落としたことから始まる。
「なでしこ、休むんじゃないよっ」
「ひぃぃ……」
なでしこの後ろより彼女の姉である各務原桜の叱咤激励が飛ぶ。
ダイエットを強制している張本人とはいえ、毎日妹に付き合って原付バイクで追走しているあたり、桜さんも大概面倒見が良い。
そんな姉妹を横目に、我輩──僕はなでしこに30分毎の水分補給を促す。
「はい、ドリンク」
「ひぃひぃ、ありがとうコタ君。んぐ、んぐっ……ぷっはー!」
手渡されたドリンクボトルを受け取り、なでしこは砂漠でオアシスを見つけた旅人のように勢い良くスポーツ飲料を呷る。
口にしたのがスポーツ飲料ではあるが、毎度の事ながらこの幼馴染みの少女は、本当に美味しそうに物を飲み食いするものだ。
「ありがとうね、コタ君」
「ん」
喉を潤したなでしこの声は、生気を取り戻していた。
返却されたボトルを受け取り、僕はさらに彼女のやる気を出す為に言葉をかける。
「今日はみかんゼリーが家にあったから、走り終わったら一緒に食べよう」
「ほんとっ?」
パァッ、となでしこの顔が花開く。
無邪気が少女の形をとれば幼馴染みの少女になるのではないかというくらい、今時珍しい純朴さである。
故に、ついつい子供を甘やかす感覚でなでしこに対して甘くなってしまう。
自制せねば。
「小太郎君、あんまり家の妹を甘やかさないでやってね。あくまでダイエット中だから」
「分かりました。ゼリーは三個までで良いですか?」
「いや、一個で十分だから」
むぅ。
どうやら実姉の感覚では三個は甘やかし過ぎらしい。
だが、それも仕方が無いではないか。
幼少より何かと面倒を見てきた女児が、思春期でも擦れることなく懐いてきてくれるのだ。
ついつい、判断基準が緩くなってしまうのはご愛嬌と言うもの。
「小太郎君も毎日妹のダイエットに付き合ってもらってゴメンなさいね」
「自分にも責任の一端がありますので」
「九割九分食っちゃ寝していた愚妹の責任だから気にしなくていいのよ」
「いえ、それに僕も適度なトレーニングになっていますので、自分の為でもありますから」
「適度、ねぇ」
原付バイクと併走している僕を見て、桜さんは胡乱げな横目を流してくる。
かれこれ朝から三時間以上もランニングを続け、汗一つ掻いていない己は、確かに奇異に映るのであろう。
しかし、約30kmの道程も某野菜人の肉体を持ってすれば朝飯前、否、もう朝飯は終わっているので昼飯前である。
現代社会において過剰極まりない身体能力ではあるが、こういった時には非常に有用であると実感する。
ダイエット初日からなでしこの付き添いを続けているが、初めて浜名湖一周を終えてピンピンしている己を見る桜さんの表情は中々に珍しいものであった。
終いには、男の子って体力あるのね、と呆れる顔は今でも瞼に浮かぶ。
「ねぇ、小太郎君」
「はい何ですか?」
「なでしこを女の子としてどう思う?」
ちょいちょい、と手招きをされて問われた内緒話。
原付のエンジン音に掻き消されて話題の人物の耳には届いてはいない。
僕は恥ずかしがる素振りもなく答える。
「好ましいと思いますよ?」
「あんなに丸っこくなっているのに?」
「愛嬌がありますよね」
「……」
嘘偽りの無い本心である。
天真爛漫の中にも気立ての良さがあり、その内面が外面に滲むようにしてなでしこは常より笑顔が多い少女だ。
容姿でいえば確かに世間一般で太っている部類ではあるが、僕からしてみればマイナス要素とは感じられない。
身内の贔屓目かも知れないが。
本心からの言葉だと伝わったのか、桜さんは僕となでしこを交互に見つめる。
「良かったら家の妹を貰ってくれる?」
「お互いが成人して、なでしこがそう思ってくれるのなら吝かではないです。
あっ、ここでの吝かは喜んでという風に捉えてください」
吝かという言葉には、喜んで~するという意味の他に、しぶしぶ~するという全く逆の意味に捉えられる場合がある。
勿論、僕は前者の意味合いで桜さんへと意思表示をする。
数瞬、見つめ合い、桜さんは片手でぐっとガッツポーズ。
「言質は取ったからね」
「あはは、でもまぁ、なでしこの方が僕のことをどう思っているかは分かりませんけどね。
それに、人生まだまだこれからなんですから、僕より素敵な人と沢山出会うと思いますよ」
「や、小太郎君は駅前一等地ばりの優良物件だから」
「ちょっとオーバーじゃありません?」
確かに二度目の人生と言うことで文武ともに優秀な成績を修めていることは自覚している。
だがしかし、それはあくまで二度目と枕詞が付随する成績に過ぎない。
他の誰かが同様の境遇になれば、己よりも優秀な者はごまんと居るだろう。
「まだ社会的地位も無いのに、その評価は学生の身としまして、まさに身に余るかと」
「……小太郎君ってさ」
「はい?」
「時々年齢を誤魔化してるんじゃないかって思う時が結構あるんだよね。
なでしこはポヤポヤしてる所があるからさ、そんなしっかり者の小太郎君が一緒になってくれると私も安心かなぁって」
なるほど。
確かに僕は、同年代の男子と比べると如何にも『青春!青春!』しているという風には見えないのだろう。
二度目の人生の弊害か。
少々情熱に乏しいことは自覚している。
それを落ち着いていると捉えるか、枯れていると捉えるかはそれこそ人それぞれだ。
「少し気恥ずかしくなってきましたので、一旦この話は止めにしませんか?
惚れた腫れたの話は当事者でない時にしたいものです」
「りょーかい」
人差し指同士で×印を作り、曖昧な笑顔でそう提案してみる。
桜さんもこれ以上深く掘り下げるつもりは無かったのか、追求の手を軽く引っ込めてくれた。
「おねぇちゃ~ん! ほんのちょこっとだけ休憩したいなぁって」
「ブタ野郎が一丁前に権利を主張するんじゃない! 死ぬ気で漕いで、そのぶくぶくと蓄えた脂肪を燃やすんだよ!」
「ひぃぃぃん」
姉の叱咤になでしこは涙目である。
果たして姉の愛の鞭は実を結ぶのか否か。
麗しい姉妹愛を横目に、僕は浜名湖の美しい景色を走る。
そして、なでしこに向かってボソッと言霊を零す。
────『リジェネ』っと。
◆
浜名湖一周を軽く終え、僕は現在太平洋を臨むとある海水浴場に来ていた。
シーズンは夏休み。
多くの海水浴客で賑わう海を、何をするでもなくチャプチャプと漂う。
ちなみにお昼ご飯は各務原卓でご一緒させてもらった。
家の両親は共働きをしており、家族団欒でご飯を食べる機会が少ない。
それを見かねた各務原の親御さんが僕を夕飯に誘ったのが切っ掛けで、それからも度々各務原家で食卓を囲むようになった。
なお、お昼ご飯後のデザートに用意していたみかんゼリーの大半は無事なでしこの胃袋に収まった模様。
というわけで、僕が海に繰り出している理由は端的に言って食糧調達である。
海は自然の宝庫。
転生特典を駆使すれば、素潜りで魚の捕獲など赤子の手を捻るようなもの。
各務原さん家にお世話になりっぱなしは心苦しいので、こういった形でご恩返しをさせてもらっているのである。
海水浴客の視線が向いていないことを確認し、とぷん、と海へと潜水する。
そして、心の中で呪文を唱える。
ピオリム、そしてヘイストと。
次の瞬間、僕は海の生物最速ランキングを塗り替えた。
ゴーグル越しに水中の景色が目まぐるしく流れる。
その速度はカジキマグロを優に超え、回遊している小魚の群を猛スピードで抜き去っていく。
傍から見ればそれは肌色の弾丸が海を横断しているように見えるだろう。
海岸を抜け、沿岸へと潜水にて到達。
上下左右の青景色には色取り取りの様々な魚が優雅に泳いでいる。
僕はお目当ての魚を見つけるために、心中でとある呪文を唱える。
────『レミラーマ』。
瞬間。
視界の端でキラリ、と光が瞬いた。
レミラーマ、それは画面内に何かある場所があった場合、そこを光らせて知らせてくれる呪文である。
これを現実世界で使用した場合、探しているものを光らせて知らせてくれる超有用呪文になっていた。
僕は光った場所目掛け、ドルフィンキックで海中を突き破っていく。
視界で米粒大であった目標との距離は瞬く間に目と鼻の先となった。
目方は50cmと通常のものより一回り大きい大物。
全身に小豆色の斑紋があるその魚は岩礁域に身を潜めていた。
しかし。
野菜人の暴力的な身体能力に補助呪文も加わった僕にとっては、まな板の上の鯛である。
逃げる暇も無く、その魚を手掴みで捕獲した。
捕獲した瞬間、気をナイフ状に固め、魚の目の後方を突き刺し、即死させる。
その後、海上へと顔を出し、レビテト(浮遊魔法)で浮かびながら締めていく。
エラを切って、血を抜き、腹を割いて内臓とエラを除去。
ウォーターの魔法で綺麗に洗い、当面の処理は完了である。
活け締めの終わったその魚を僕はポイ、と宙に放り投げる。
投げ捨てたのかと思うかもしれないが、それは違う。
宙に舞った魚は次の瞬間、空中に溶けるように消失した。
種明かしをすると、これはドラ○エにある『ふくろ』のシステムを利用したのである。
最近になって判明したのだが、この『ふくろ』も魔法として扱われているらしい。
しかも。
中に入れたものは、そのままの状態で保たれるため、こういった足の速い食材の保管に最適なのである。
ふむ。
各務原家の家族構成を鑑みるに、後3・4匹ほど確保しておくかな。
思い立つや否や、僕は再び海中のハンターとなっていた────
◆
「なでしこ、今日の晩御飯はこれにしよう」
午後四時過ぎ。
各務原家の居間にて。
テレビを見ながら寛いでいた姉妹の前でクーラーボックスを開け放ってそう提案してみた。
「なになにー、お魚? 釣ってきたの?」
「そんなところ」
てこてこ、寄ってきたなでしこがクーラーボックス覗き込み、目を輝かせる。
そこにはサイズの良い新鮮な魚が5匹も入っていた。
「ねぇ、コタ君。このお魚の名前はなんていうの?」
「こいつはね────」
どうやらなでしこは捕ってきた魚を知らないらしい。
つんつん、と指先で中にいる魚の腹をつついていた。
「────キジハタっていう魚だよ」
『夏のふぐ』とも呼ばれる高級魚である。
分布は日本海や瀬戸内海だが、静岡の沿岸でも取れなくは無い。
今の季節が旬であり、脂の乗った弾力のある白身は絶品。
潮汁にしてよし、薄作りにしてよし、唐揚げにしてもよし。
1kgあたり5000~7000円程度するが、頑張ったなでしこのご褒美はこれくらいが丁度良いのではないかな。
「キジハタ?」
「うん、煮てよし、焼いてよし、揚げてよしの魚だからなでしこが好きなもの作ってくれると嬉しいな」
「うん! 腕によりをかけて作っちゃうよっ」
あっ、桜さんが目を見開いてこっち見てる。
たぶん、キジハタの相場を知ってるんだろうなぁ。
その後、こんな高級なものをただで貰うわけにはいかないと、桜さんと一悶着があったが、無事キジハタは各務原家の食卓に上がった。
頬一杯にキジハタを食べるなでしこはとっても愛嬌があると思いました、まる────
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
あとがき
いっぱい食べるなでしこが、いっぱいちゅき。
ただなでしこに美味しいご飯を食べさせてあげたいが為にこのSSを書きました。
主人公のチート能力もそのためです。
あと、戦闘用に貰ったチートが全く戦闘用に使われない世界観に転生するってシチュが結構好きです。