チート転生者 in キャンプ物   作:加賀美ポチ

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十一話

 何時もの放課後。

 特段学校に残る理由も無い僕は平常通り帰路へ就くため教室を出る。

 そのまま正面入り口の下駄箱へ向かおうとした所で意外な人物から呼び止められた。

 

「田中、ちょっといいかな」

「志摩さん? どうしたの?」

 

 声を掛けてきた人物は志摩リン。

 頭の上で髪をお団子にしている纏めている印象が強い彼女だが、今日は自然に髪を下ろしていた。

 癖の少ない真っ直ぐな髪質。

 ピン、と芯の通った背筋。

 小柄な身長も相俟って良い意味でお人形のような、という形容詞が似合う少女だ。

 

 しかし、僕に声を掛けてきた理由は何であろうか。

 どちらかと言えば僕よりもなでしこの方が関わり合いのある少女である。

 故になでしこ関連であろうか。

 はたまた以前の追及の続きであろうか。

 

「えっと……話があるんだけど、人が居ない所で話そ」

「……わかった」

 

 キョロキョロ、と辺りを見回した後に、切り出したのは場所の変更願い。

 時刻はまだ放課後になったばかりである。

 教室棟の廊下にはまだ人の喧騒で満ち溢れていた。

 しかし、提案された方である僕は気が気でなかった。

 僕への追及なのか、それともまた別の事なのか。

 尋ねる事も出来ずに、ただ志摩さんの小柄な背中の後を追う。

 

 着いた先は教室棟と部室棟の間に位置する中庭。

 学校の正面入り口からは完全に死角となっており、他の生徒の姿も見えない。

 つまり、内密な話をするのにはうってつけの場所であった。

 

「……此処でいいかな」

 

 思春期の少年少女が、放課後で二人っきり。

 もし僕が青春真っ盛りの年齢相応な精神をしていれば、色恋沙汰の期待もしただろう。

 しかし、現実はそう甘くない。

 内心は次に志摩さんが発する言葉に戦々恐々としていた。

 

「あのさ……田中って一年前の冬に私と会わなかった?」

「……?」

 

 完全に予想外からの質問に思わず首を傾げる。

 正直心当たりは無い、筈である。

 だが。

 

「たぶんだけど、田中が猪から私を守ってくれたんだと思うんだけど」

「……ああっ、あの時の」

「やっぱり、田中だったんだ」

 

 志摩さんの続く言葉に、関連付けの如く記憶が呼び覚まされる。

 山梨に引っ越してからの初の狩り。

 猪に襲われかけていた小学生と見紛う少女と志摩さんが等符号で結ばれた。

 しかし。

 志摩さんの言葉に肯定の反応を示してから、気が付く。

 掘ってしまった、と。

 墓穴を自ら掘ってしまったと。

 

「あの、志摩さん──」

「──大丈夫、誰にも言いふらしたりはしないよ。危ない所を助けてもらった恩人にそんな無体は働かないよ」

「……ありがとう、助かるよ」

 

 僕の言葉に先んじた志摩さんの返答にほっ、と肩の力が抜ける。

 この様子だと危惧していた未来にはならなくて済みそうだ。

 志摩さんがいい子で本当に良かった。

 

「いや、こっちの方こそありがとう。正直、あの時はもう駄目かもって思ってたから」

「こっちも一年前は吃驚したよ。長いこと山での散策はしていたけど、まさか人が襲われている場面に出くわすとは夢にも思わなかったよ」

「ねぇ、なんであの日はすぐに居なくなったの? やっぱり秘密だったから?」

「あぁ……それもあるんだけど、自分の姿とシチュエーションがあんまりにも不審者のソレだったからね。

 猪に襲われた被害者をこれ以上混乱させるのはどうかなと思ったんだよ」

「確かに……」

 

 一年前の出来事に思いを馳せながらの志摩さんとの会話。

 世間とは存外狭いものである。

 まさか、当時助けに入った女の子が同級生だったとは。

 

「あのさ、また後日ちゃんとお礼させて、今日は確認の為だけだったから、何も用意できてなくて」

「そこまで気を使わなくてもいいよ、僕にとっては其処まで大したことじゃなかったから」

「いや、私にとっては命の恩人だから、ちゃんとさせて」

 

 ふむ、と思案する。

 僕にとって猪狩りは本当に大した労力の掛からない仕事である。

 寧ろ、狩った後の処理の方が大仕事。

 しかし。

 此処で頑なに礼を固辞しても志摩さんの面目を潰すだけか、と考えて一つ提案をする。

 

「それなら、さ。キャンプのことについて相談に乗ってもらってもいいかな?」

「キャンプに?」

「そう、なでしこが楽しそうにしているの見て、僕も興味が湧いてきたんだ」

 

 魔法や身体能力のごり押しで大抵のことはなんとかなってしまう。

 しかし、それだけでは味気無いと思いキャンプギアの購入に踏み切ろうとしたのだが、何が良い物なのか五里霧中状態。

 そこで志摩さんの存在は渡りに船であった。

 

「でもどういった道具が良いのかとか素人だと指標も分からなくて誰かに相談に乗ってもらいたかったんだ。志摩さんが良ければ色々と教えてくれないかな?」

「そんなことでいいなら、いいけど」

「ありがとう、助かるよ」

「そもそも田中ってどんな道具なら必要なの?」

 

 割りとタイムリーな質問が志摩さんから来てしまった。

 先日、僕も土岐家で考えた事項である。

 ナイフは気のナイフで事足りる、クッカーは自作可能、メタルマッチは火炎系呪文で良し。

 大半のキャンプギアは無くても何とかなってしまう。

 といってもあくまで代用可能というだけで、勿論あれば便利なものが大半である。

 そうなると直近で必要となってくるものは、代用が難しく尚且つキャンプに必要不可欠な品ということになる。

 つまり。

 

「テントとシュラフ……くらいかなぁ」

「他は大丈夫なの? コンロとかランタンとか」

「それ以外なら、まあ大抵のことはなんとかなるよ」

「……」

 

 言ってしまった後に喋り過ぎたと気がついた。

 なでしこが懐いている人なら悪い人間ではないだろうという判断で、つい脇が甘くなってしまっていたようだ。

 じとー、と無言の半目で此方を見てくる志摩さんの視線がとても痛い。

 

「……やっぱり天狗」

「て、天狗? なんでそう呼ばれていること志摩さんが知ってるの?」

「なでしこから静岡の天狗小僧って呼ばれていることを聞いた。それ以前に田中の印象が天狗過ぎるのが問題」

 

 そんなに天狗天狗としているだろうか。

 素手での猪狩り、猪を担いでの跳躍、樹上の移動。

 志摩さんが見たであろう僕の常人離れした行動を頭で思い浮かべてみる。

 確かにこんな行動をした人型生命体と出くわせば天狗と勘違いされてしまう要素を網羅してしまっていた。

 

「最近はSNSとかですぐネットに拡散するんだから、気をつけなよ」

「返す言葉も御座いません」

 

 しゅん、と居た堪れなくなって身を小さくしてしまう。

 そんな僕の様子がおかしかったのか、志摩さんは半目から一転してふっ、と微笑して表情を緩めた。

 こうして忠告をしてくれるということは、志摩さんが僕の秘密を公にしないという証左である。

 やはり直感型であるなでしこの人の見る目に間違いは無かった。

 そう思って僕も志摩さんと一緒に相好を崩すのであった────

 

 

 

 

 ゆるキャン△

 Fan fiction

 チート転生者 in キャンプ物

 

 

 

 

 ぷちぷち、ぷちぷち、と口ずさみながらなでしこは校庭を小走りで駆けていた。

 現在彼女の所属する野クルは夏用シュラフ(寝袋)を冬用にするためシュラフカバーを自作中。

 その材料集めの為になでしこも奔走中である。

 目的の代物は梱包用のプチプチシート。

 それを夏用シュラフに巻けば断熱効果が得られるのでは、という魂胆だ。

 

 学校指定のジャージ姿にマフラーで走るなでしこ。

 すると、彼女の視界に見知った人物二人が映った。

 部室棟と教室棟を繋ぐ渡り廊下を連れ立って歩く男女二人組み。

 

「コタくんっ、リンちゃんっ」

「あ、なでしこ。どうしたの、そんなに急いで」

 

 とてとて、飼い主を見つけた犬の如く二人に寄って行くなでしこ。

 この場合、飼い主はリンか小太郎か、果たしてどちらであろうか。

 

「あのね、ぷちぷちを探してる途中だよ」

「ぷちぷち? ああ、梱包用の、なんでまたそんなものを?」

「今度野クルでキャンプに行くことになったんだけど、シュラフが夏用のしかなくて、なんとかシュラフカバーを自作できないかなって」

「ああ、それで。でも志摩さん、シュラフカバーって代用できるものなの?」

 

 銀マットに包まったり、なでしこの言うように梱包用プチプチシートを使えば出来なくも無さそうである。

 しかし、小太郎としてはちゃんとしたシュラフを購入して温かくして寝て欲しいのが本音だ。

 安物買いの銭失いでは無いが、なでしこの健康が第一である。

 

「えっと、工夫すれば出来なくは無いんじゃないかな。ただ、ちゃんとしたものを買ったほうが良いと思うよ。

 今はまだそこまで寒くは無いけどこれからはもっと寒くなるし」

「むー、やっぱりそうかなぁ……」

「冬キャンって結構難易度と敷居が高めだから。キャンプを始めて間もないのなら、事前に準備出来るところはしっかりとしといたほうが良いよ」

 

 冬キャン少女の言には厚みが伴っていた。

 リンのアドバイスを聞いたなでしこは思案気に考えているようだった。

 

「まあ、色々言っちゃったけどシュラフカバーを代用するってのはわりといい案だとは思う。私も興味があるし、一度完成品が出来たら見せてよ」

「そうだね、いっぺん作るだけ作ってみるよ! で、駄目だったらシュラフを買うよ!」

 

 何事も挑戦、当たって砕けろの精神である。

 やる前から諦める事を良しとしなかったなでしこは、とりあえずシュラフカバーの代用品を作ってみる方向で舵を取ったようだった。

 

 そんなやる気を見せているなでしこに小太郎は尋ねる。

 

「なでしこ、キャンプのご飯は今回どうするの? 担当はなでしこ?」

「うん、そのつもり」

「じゃあ、何か獲ってきてあげるから、海と山、どっちが良い?」

「いいのっ!?」

「うん」

 

 小太郎の提案に瞳を輝かせるピンクの健啖家少女。

 山ならば鹿を始め、猪、熊といった肉類を、海ならばクエや鯛、タラバガニといった魚介類を。

 どちらを選んだとしても、キャンプで食べるならハズレは無い。

 なでしこは眉間にむむっ、と皺を寄せて熟考を始めた。

 

 小太郎が答えを待っていると、なにやら横から視線を感じる。

 首を動かせば其処にはリンが胡乱げな目つきで小太郎を見ていた。

 

「田中って山だけじゃなくて海からも狩猟するのか?」

「魚を獲ってくるのは得意だよ」

 

 そう言って小太郎は釣りをするジェスチャーをしてみせる。

 

 ──これで志摩さんは、魚釣りが得意なんだと勘違いしてくれるだろう。

 

 ミスリードをしただけで嘘ではない。

 小太郎は内心でほくそ笑む。

 しかし。

 

「まさか素潜りとかで手掴みはしないよな」

「……」

 

 さっ、と目を逸らす。

 リンの追及が一枚上手であった。

 図星を突かれてしまったため、小太郎はリンと目線が合わないように明後日の方を向いて沈黙を貫く。

 その仕草が答えを示しているようなものであるが、小太郎が話さなければ真実は闇の中である。

 闇の中だといいなぁ、と現実逃避を半ば始める小太郎。

 

「……天狗の次は海坊主か」

「……」

 

 ぼそり、と呟かれた的確なツッコミに耳が非常に痛い。

 沈黙は金とばかりに、小太郎は海底の貝の如く口を閉ざす。

 その頬はうっすらと汗ばんでいた。

 リンと小太郎。

 両者の間になんとも微妙な空気が漂い始めた時。

 

「コタくん! 海の幸がいいと思います!」

 

 なでしこの溌剌とした声が渡り廊下に響いた。

 そして、なでしこは目の前の二人に流れる名状しがたい雰囲気におよ、と小首を傾げる。

 しかし、疑問符を頭に掲げるなでしこを他所に小太郎は動く。

 天の助けとばかりに小太郎はなでしこの言に了承の旨を伝え、その場からそそくさと立ち去るのであった────

 

 

 

 

 

 

 

 

 カタカタ、と自宅のパソコンで僕は検索ワードを打ち込んでいた。

 検索をする言葉は主に『漁業権』についてである。

 しかし、成果は芳しくない。

 

「やっぱり無人島も駄目かぁ」

 

 調べ物の内容は漁業権が設定されていない無人島はないか、というものである。

 南硫黄島あたりなら漁業権の設定はもしかしたら無いのでは、と考えたが現実はそう甘くなかった。

 しっかりと定着性魚貝藻類を対象とする共同漁業権が設定されてあった。

 つまり、日本の何処でもアワビやイセエビの漁は漁協を通さなければ不可能だということである。

 

「仕方ない、素直に買うことにしよう」

 

 出来る事なら僕が手ずから獲ったものなでしこに食べてほしいという欲求はあったが、無理なものは駄々を捏ねてもしょうがない。

 幸いな事にお金ならある。

 大体『サラリーマンの生涯収入の二回分の貯蓄』が。

 

 なぜ、一介の学生である僕の口座に其処までの大金があるのか。

 その答えは簡単である。

 前世と今世が非常に似通っているのならば、暴騰する株の種類も同じ可能性が高いということに他ならない。

 つまり、ソーシャルゲームの黎明期にその振興株を買っておいたのである。

 元銭は今まで使わずに貯めておいた小遣いと、鹿や猪を捕獲した際に貰える県からの報奨金である。

 そして、予想は見事に的中。

 株価が100倍近くまで跳ね上がった所で売却。

 高校生にして成金の誕生である。

 

 といっても、使う機会が無かったので殆ど手付かずのまま口座に眠っていたのだが。

 少なくともなでしこに美味しい物を食べさせるのには不自由しない額である。

 

 さて、それでは。

 

 ──行くか、三陸の獲れたてアワビと伊勢海老を買いに!




◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 あとがき

 日本の漁業権の隙無さワロタ。
 当たり前とはいえ、アワビ獲れる所が無いや。

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