季節が過ぎ行くのも早いもので紅葉の秋。
通学路の街路樹もその身を緑から紅に染めて、季節の移り変わりを示してくれている。
そんな中学三年の下校時。
相も変わらず我が幼馴染み殿はのほほん、と表情を緩めていた。
公園のベンチに座り、手にはホクホクと芯まで火が通った安納芋。
つい先ほど石焼き芋屋の屋台より購入したそれを美味しそうに頬張っていた。
「うまー」
「相変わらずなでしこは物を美味しそうに食べるよね。や、私も買っちゃったんだけどさ」
同じくベンチに腰掛けていたなでしこと僕の共通の幼馴染み、土岐綾乃(ときあやの)がそう呟いて、手に持った焼き芋を頬張る。
綾乃の食べている焼き芋は一つ。
なでしこの食べている焼き芋は紙袋一つ。
この事実だけで我が幼馴染み殿の食に懸ける姿勢が伺えてしまう。
「おいしー」
「うまー」
一口食べて甘いものに頬をとろけさせる姿はやはり女の子なのだろう。
そんな二人を尻目に僕も買った焼き芋を食べる。
「やー、それにしても本当になでしこも変わったよねぇ、夏から大変身じゃん」
「えへへー、お姉ちゃんとコタ君のおかげだよ」
そう、なでしこは変わった。
丸っこかった外見は、浜名湖周回により女の子らしい丸みを残したままダイエットに成功していた。
ほっそりとした腕、すらりと伸びる脚。
元々整っていた目鼻立ちを美しく見せる顔の輪郭。
贔屓目無しでも、文句無しの美少女である。
しかし。
幾ら枕詞に『美』が付く少女になろうとも、焼き芋で表情を崩す様を見ていると相変わらずだなぁ、としか思えない。
比喩抜きでほっぺが落ちそうになっている。
「夏休み明けになでしこ見た男子共なんか目の色を変えてたじゃん。それまで素振りすら見せなかったのになでしこのこと意識し始めちゃって」
「そ、そうかな?」
「そこのところはどう思われますか、旦那さん」
背景に同化していると急に話題が振られる。
振った張本人は茶目っ気たっぷりにニヤついて此方の反応を窺っていた。
「なでしこは元々美人さんだからね。クラスの男子の反応も順当じゃないかな」
「おお、余裕ですなぁ」
「綾乃も美人さんだと思っているよ。器量良しだし、気立ても良いしね」
「おお……そう来ますか……」
此方の初心な反応を引き出したかったのだろうけど、残念。
初心と言うには前世を含めて些か年を重ねすぎている。
代わりに思っていることを素直に口にすると、綾乃はなんとも可愛らしい反応を見せてくれた。
ちびちび、と頬を染めて焼き芋を口にする姿は、小悪魔というよりは小動物じみていた。
隣ではにかんでいるなでしこも実に愛い。
「ま、まあ、ダイエットに成功してもなでしこのほっぺの柔らかさは流石に変わんないよね」
「うにゅ」
焼き芋を食べている最中に頬をつままれ、なでしこが奇妙な鳴き声を上げる。
そのまま綾乃は頬をむにぃー、とお餅のように伸ばすが途中でその動きを止める。
「……なにこれ」
呆然と驚愕。
二種の感情が入り混じった表情で綾乃はなでしこの頬から指を放す。
そして。
まだ感触の残る指を自分の頬に添える。
なでしこの感触と、自分の感触との差異。
その差を綾乃は受け止め切れない。
「え? なにこれなにこれ!」
指がなでしこと綾乃とで行き来する。
ぷるん、と瑞々しく、それでいてうっとりするほどスベスベで柔らかななでしこのほっぺ。
年相応に弾力と若さが感じられる自分の頬。
「なんでこんなに赤ちゃんみたいな肌になってんの? え、ダイエットってそんな効果があったっけ?」
「?」
無自覚ゆえになでしこはきょとん、と綾乃の奇行を見守る。
無論、なでしこの赤ちゃん肌にはれっきとした理由がある。
「あっ」
「おっ、心当たりがあるのか。さあキリキリと吐け、吐くんだ。一人だけ抜け駆けはずるいぞ」
「んっと、多分だけどアヤちゃんが言ってるのは、コタ君のマッサージのおかげだと思う」
「え? マッサージ?」
「うん」
ぐりん、と綾乃の首が此方を見やる。
なにやら言葉が足りないようなのですぐさま付け足す。
「足つぼの方ね。流石に幼馴染みだからといって普通のマッサージはやらないよ」
「そ、そうだよね」
「なでしこが浜名湖一周した後は、次の日に疲れが残らないようにやってただけだよ。ある程度足つぼのことも知っていたし」
弁明に綾乃はほっと胸を撫で下ろしたようだった。
「いやでも、足つぼマッサージで肌はこんなにならないでしょ」
「えー、でもコタ君のマッサージはすごい気持ちいいんだよ、私なんかやってもらうといつの間にか寝ちゃうもん」
無論ただの足つぼマッサージではない。
ホイミ(回復呪文)込みの足つぼマッサージである。
転生特典である膨大な魔力が作用したのか、僕が扱うホイミは体力回復は勿論のこと、シミそばかす、ニキビも完治。
更には、リラックス効果、アンチエイジング効果付きという素敵要素が盛り沢山。
正直このままエステティシャンとして就職しても、大成間違いなしの効能だった。
その恩恵に預かったなでしこは、紫外線ダメージなど皆無で夏を乗り切り、産まれたてのもちもち肌すら手に入れる結果となった。
水を玉にして弾くなど今のなでしこにとっては造作も無いことだろう。
「でもあれってすっごい痛いときがあるじゃん。私はちょっと苦手かな」
「そうかな。コタ君は痛くしないよ」
「やー、興味はあるんだけどねぇ」
ちらちら、と僕となでしこの頬を交互に見やり、綾乃は興味を隠しきれていない様子。
赤ちゃん肌の誘惑と、同年代の男子に身体を触られる羞恥心。
板挟み状態の綾乃を他所に、なでしこはあーん、と焼き芋を幸せそうに頬張った────
ゆるキャン△
Fan fiction
チート転生者 in キャンプ物
「じゃ、じゃあ……よろしく」
「はい、よろしくされました。そんな硬くならずに気楽に、ね」
いつもの各務原家の居間。
結局、綾乃の天秤はアンチエイジングに傾いた。
これが女性の若さに懸ける執念か。
まぁ、男に肌を許す抵抗はあるようなので、ちゃちゃっと済ませてしまいましょうかね。
まずは、緊張をほぐす為に素足を両手で包み込む。
「……あ、温かい」
ソファーの上の綾乃がぴくり、と反応するが、次第に身体のこわばりが抜けていく。
それもそのはず。
僕の手は今現在ホイミ・リジェネの効果を高濃度で纏わせている。
綾乃の足先から身体全体へと魔法の効果を浸透させていくと、ぽかぽかと陽だまりに居るような安心感に包まれる。
「ふわぁ……」
その状態で、足指の間を恋人つなぎのように握ると、口から陶酔の吐息が漏れだす。
そして、綾乃の身体には劇的な変化が起こっていた。
シミ、そばかす、ニキビ、肌荒れ、冷え性などの習慣病は、強化促進された自己回復能力により瞬時に癒え、血色が明らかに良くなる。
目的であった美肌は既に手に入り、美人さんにますますの磨きが掛かっていった。
水滴を肌に垂らしてあげれば玉になって弾かれるだろう。
蕩けきった状態で足裏のつぼを押す。
たまご肌になった足裏がぷにっとへこむ。
「これぇ……だめなやつだぁ……だめになるぅ……」
「あら、綾乃ちゃん来てたの? いらっしゃい……って聞こえてないわね、これ」
居間に入ってきた桜さんが綾乃に声を掛けるが、彼女の精神は涅槃へと旅立っているので答えが返ってこない。
状況把握を済ませた桜さんは、気にすることなく冷蔵庫からお茶を取り出して、とぽとぽ、と淹れだした。
コップを傾けて喉を潤す桜さんの肌はつるり、としたゆでたまご肌。
そう、桜さんもこの足つぼマッサージのリピーターなのである。
聞いた話では大学の友人に鬼気とした形相でその肌の秘密を問いただされているとかなんとか。
そのエピソードを聞かせてくれた桜さんの顔には確かな優越感が滲んでいた。
「綾乃ちゃん、綾乃ちゃん」
「はっ……あ、桜さん、お邪魔してます」
肩を叩かれながらの呼びかけに対して、綾乃は漸く涅槃より帰還する。
正気に戻った綾乃の肩を力強く握り締め、桜さんは据わった目で顔を寄せる。
「いい、綾乃ちゃん? このことを広めてはダメよ」
「えっと、それはどういう……」
「はいこれ」
ぽん、と手渡された手鏡。
磨かれた鏡面に映し出されたのは、いつもの自分の顔。
否。
顔形は同じでも、その本質は全く異なるものとなっていた。
「うわっ、何これ! ニキビまで無くなってるし、どうなってるの!?」
鏡に映る自分の顔をぺたぺた、と触ると明らかに数分前までのものとは雲泥の差があった。
しっとり、と吸い付くような指ざわり。
指が離れたときにぷるん、と揺れる水分をたっぷり含んだ弾力。
まるで魔法のようなビフォーアフターである。
「小太郎! なにしたの!?」
「なんだろうね?」
勿論、魔法のことについて暴露するつもりは無い。
無いのだが、その恩恵を身内に対して御裾分けすることについては別段忌避もしていない。
故にすっとぼける。
問い詰められようともすっとぼけ続ける所存である。
「なでしこもこれは絶対おかしいと思うよね!」
「不思議だなぁ、とは思うけどコタ君も分からないみたいだからそんなものなんだぁ、としか思ってなかったよ」
「いやいや絶対おかしいって、それはぐらかされてるから!」
納得してくれているなでしこは良い子である。
後で飴ちゃん(北海道バター飴)をあげよう。
「不思議だねぇ」
「小太郎! アンタ絶対分かって言ってるでしょ!」
なおも追及の手を伸ばそうとする綾乃に、待ったを掛けたのは桜さん。
再度、ぐわしっ、と綾乃の両肩を握り締め、諭すように言葉を紡ぐ。
「いい、綾乃ちゃん? 世の中には過程が大事と言う人も居るけれど、結果も凄い大事だと私は思うの。
綾乃ちゃんは好奇心で鶴の機織りを見てしまう方なの? それとも見て見ぬふりをして綺麗な織物を貰う方なのかしら?」
知れば霞の如く消え、知らねば与えられ続ける恩恵。
若さばかりを武器に出来なくなりつつある桜さんの言葉は重圧が伴っていた。
ハッ、となる綾乃。
好奇心と美肌。
天秤が傾くのは早かった。
「小太郎のマッサージテクニックって凄いですね! 私、このために小太郎のところを通いつめちゃうかもしれません」
「ええ、私もそう思うわ」
堕ちたな。
僕は白々しく掌を返したもう一人の幼馴染みを見て、そう確信した。
うふふ、ほほほ、と笑い合う二人の女性。
時代・年齢問わず女性の美容に対する執着は凄まじい。
この結果は当然であり、必然であった。
◆
ふぅ、と一息を吐く。
一通り足をほぐし、知っているツボを刺激し終えた。
その結果は目の前ですぴー、と気持ちよさそうに熟睡している綾乃を見れば一目瞭然だろう。
首元に巻いたタオルがじっとり、とよだれで湿る程度には眠りは深い。
乙女のあられもない姿は見ないふりをしてあげるのが武士の情けというやつだろう。
でも、ネタになりそうなのでスマホでパシャリ。
「やっぱり、こうなっちゃったね。起こすのもかわいそうだし、アヤちゃんのお母さんには私から連絡しとくね」
「よろしく」
ソファーの一つを独占している綾乃を見て、なでしこはくすくす、と鈴が転がるように笑いをかみ殺していた。
夕飯時にはまだ時間がある。
茜色が窓から差し込み、テレビでは明日の天気をニュースキャスターの女性が読み上げている。
食事当番の桜さんがトントン、と包丁で具材を小気味良くきざんでいる。
まったり、とした雰囲気に身を委ねていると、電話を終えたなでしこがソファーに身を沈めてきた。
僕の隣で、幼馴染みは何がそんなに嬉しいのかほにゃり、と柔らかく表情を崩している。
そんななでしこの表情をぼんやり眺めていると、伝えなければならないことがあったと思い出す。
「あ、そうだ。なでしこ」
「うん? なぁに?」
小首を傾げる幼馴染みに、僕は夕飯の献立を伝える気軽さで内容を伝えた。
「僕、この冬で山梨の方に引っ越すから」
瞬間。
各務原家から音が消えた。
包丁がまな板を叩く音は止み、なでしこは呆け、綾乃は熟睡。
ニュースキャスターの天気予報のみが思い出したかのように花粉情報を読み上げている。
『…………え』
なでしこと桜さん。
二人の放心したようなか細い声が重なる。
次瞬。
各務原家から姉妹の姦しい叫びが木霊した────
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
あとがき
県ひとつ分の距離も『テレポ』でえいっ、じゃよ