チート転生者 in キャンプ物   作:加賀美ポチ

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六話

『小太郎君、冬に私たちもそっちに引っ越すことになったから』

 

 なんと。

 放課後からの帰宅後。

 電話口から受け取った情報は、若干の驚きを僕に齎した。

 受話器越しの動揺が伝わったのか、通話相手の桜さんはくすくす、と上品に笑いを零す。

 

「驚きました、どうしてまた?」

『こっちも親の仕事の都合。私もついさっきお母さんから話を聞いたばかりで吃驚よ。で、引越し先を聞いてまた吃驚。

 まさか小太郎君が引っ越していった県に私たちも引越しすることになるなんて、縁ってあるものね』

 

 スピーカーから聞こえる声の調子は上機嫌。

 普段から心の機微が表に現れにくい桜さんが、此処までその上機嫌さを隠さないのは余程のことだ。

 

『小太郎君は確か本栖高校の生徒だったかしら?』

「そうですが……あ、ひょっとして」

『ええ、なでしこも本栖高校へ転入予定よ。尤も、あの子の学力だと転入試験を頑張ってもらわないと不安だけど。

 もし小太郎君と同窓になることができたら、静岡に居た時みたいになでしこのことまたお願いできるかしら?』

「そういうことなら任せてください。こっちに早く慣れるよう精一杯フォローさせていただきます」

『ありがとう、小太郎君』

 

 僕の返答が桜さんの琴線に触れたのか、お礼の声色は一層柔らかいものだった。

 しかし、そうか。

 なでしこが山梨に来るのか。

 その事実がふつふつ、と僕の胸の内から喜びを沸きあがらせる。

 何時なでしこが家に遊びに来ても良いように好きな茶菓子を用意しておかねば。

 気が早すぎるような事にまで頭が回ってしまう。

 

「あ、実際に引っ越しの段階になったら言ってください。荷造りと荷解きをお手伝いします」

『……小太郎君。この場合、山梨在住の君が手伝えるのは荷解きのみが普通じゃないかしら』

「あ……あはは」

 

 鋭い突っ込みである。

 各務原家に関しては、魔法の使用をわりと自重していない状況だったため、つい常識的な範囲を飛び越えてしまう。

 これ以上薮蛇にならぬよう話題を変えよう。

 

「そういえば、なでしこはもうこの話を知っているんですか?」

『まだよ。もうそろそろ家に帰ってきてもいい頃だとは思うんだけど、アヤちゃんと何処かで買い食いでもしてるんじゃないかしら』

「あー、わりとあるパターンですね」

『多分、引っ越しの件を知ったらいの一番で小太郎君に連絡を入れるわよ、あの子』

「ですかね」

『間違いないわよ』

 

 桜さんの忍び笑いがスピーカー越しに鼓膜を擽る。

 本当に機嫌が良さそうである。

 普段からその調子で過ごせば彼氏の一人や二人すぐに作れるであろうに。

 

 僕が各務原桜という女性と出会ったのは、覚えている限り3歳の誕生日を迎えてからである。

 両親が仕事でどうしても僕の面倒が見れない時に、各務原家に預けられたのが最初だ。

 その時から桜さんはしっかり者だった。

 僕と同い年のなでしこの手をちゃんと握って、年下の僕に対して礼儀正しく挨拶をしてくれたことを今でも良く思い出せる。

 

 ──君が小太郎君? 私は桜、今日はこの家を自分の家だと思ってゆっくりしていってね。ほら、なでしこ、挨拶しな。

 ──こんにちは!

 

 しっかり者の姉と、天真爛漫な妹。

 各務原家の美人姉妹は両極端な性格であったが、互いが互いの不足分を補うように姉妹仲は良好であった。

 少なくとも二人が本気で険悪な雰囲気になった姿を、僕は見たことが無い。

 

「こっちで桜さんに会えるのを楽しみにしていますね」

『ええ、私も。そっちに行ったら良いコーヒーのお店を紹介して頂戴ね』

「はい、それじゃあまた」

『ええ、またね』

 

 挨拶の後、通話が途切れる。

 さて、冬の楽しみが一気に増えてしまった。

 各務原家が引っ越してくるまでに色々と準備をしておかねば。

 まず、なでしこに美味しい食べ物屋さんを紹介するために人気店を調べておきますか。

 

 その後。

 桜さんの予想した通り、なでしこから電話がすぐに掛かってきた。

 既に桜さんから知らされていた内容が殆どであったが、ころころと声色が喜怒哀楽に変わるなでしことの会話は心が和む。

 一緒の高校へ通えるのが嬉しいと喜び、

 桜さんが引越しの件を先に話してしまったことへ少しむくれ、

 綾乃と離れるのが哀しいと落ち込み、

 でも、富士山が近くで見れる新しい場所での生活は楽しそうだと笑う。

 結局。

 電話口の向こうで桜さんがいい加減にするようにと竦めるまで、なでしことの長電話は続いた────

 

 

 

 

 ゆるキャン△

 Fan fiction

 チート転生者 in キャンプ物

 

 

 

 

「桜さん、お久しぶりです」

「小太郎君、久しぶり。といっても向こうに居るときも遊びに来てくれてたからそんなに久しぶりって感じではないけど」

 

 被ってきた帽子を脱いでの挨拶に、桜さんは微かな微笑を浮かべて返してくれた。

 時が過ぎるのは早いもので、各務原家が山梨に引っ越してきた当日。

 僕は約束どおり、荷解きを手伝うために各務原家の新居に来ていた。

 

「早速ですけど荷解きをお手伝いします。なにから手をつければいいですか?」

「ありがとう、じゃあコッチに来てくれる?」

 

 玄関で靴を脱ぎ、居間へと案内される。

 新居へ上がる際に、桜さんが『折角の休日なのにごめんなさいね』、と申し訳無さそうにするが、なんのこれしき。

 此方が好きでやっていることなのだ。

 桜さんが気にする必要は無い。

 

 そんな旨を伝えると、桜さんはぽんぽん、と僕の頭を撫でてくる。

 幼い頃からしてもらっている良い子良い子の所作に、少しだけ気恥ずかしくなってしまう。

 昔と今では当然僕と桜さんの身長差は逆転している。

 桜さんの腕は下向きから上向きに変わって掌を頭に乗せられていた。

 

「あ、ごめんなさい。つい癖で……そうよね、もう小太郎君も高校生なのよね。一昔前まではあんなに小さかったのに、今じゃ私のほうが見上げるほうなのね」

「大きくなったのは図体だけですよ。中身は昔とそんなに変わってないと思いますよ」

 

 居間では一家の大黒柱である修一郎さんが忙しなく荷解き作業をしていた。

 修一郎さんの見た目は、口髭をたくわえた恰幅の良いおじさんである。

 各務原姉妹の容姿は母親である静花さんの影響が色濃く、あまり父親似ではないのだが、修一郎さんが笑った様子はなでしこにそっくりである。

 

「こんにちは。修一郎さん、お久しぶりです」

「おおっ、小太郎君来てくれたか。久しぶり、わざわざすまないね」

「いえいえ、気にしないで下さい。僕は何をすればいいですか?」

 

 大型の家具や家電類は既に引越し業者が運び込んでいるため、これらを動かす必要はない。

 引越しの荷解きのセオリーとしては、まず生活に必要なものの整理から始めるのが順当であるが、僕は何を手伝えばよいだろうか。

 

「そうかい? じゃあ早速で済まないけど、あそこの一角に固めてあるダンボール箱を庭の物置へ運んでくれないかい」

「分かりました」

 

 見れば居間の一角をダンボール群が占拠している。

 物置への移動ということは、すぐには使わない物品で占められているのであろう。

 僕は手頃なダンボールをひょいっ、と何個も重ねて持ち上げる。

 軽い軽い。

 見慣れぬ人が見れば、持ち上げたダンボールの数に目を剥くだろう。

 だが、僕の身体能力の一端を知る各務原家の人たちは慣れたものである。

 

「いやぁ、やっぱり男手……というか小太郎君の手があると随分楽が出来そうだ、本当に助かるよ」

「もう、お父さんったら」

 

 快活に笑う修一郎さんの仕草は、やはり僕の幼馴染殿のそれに似通っている。

 そういえば、件の幼馴染殿の姿が見えない。

 何処に居るのだろうか。

 

「桜さん、なでしこは居ないんですか?」

「ああ、あの子ね。富士山を近くで見るんだって言って自転車で飛び出していったのよ。そういえば、今日小太郎君が来ることをあの子に伝えてなかったわ」

「なんというか、なでしこらしいですね」

「もう少し、落ち着きをもってもらいたいのだけどね」

「桜さんとなでしこを足して割ったら丁度良いかもしれませんね」

 

 桜さんと軽口を言い合いながらもテキパキ、と荷解きを進めていく。

 だが。

 テキパキ、と進めすぎて修一郎さんに任された仕事は瞬く間に終わってしまった。

 さて、また修一郎さんに仕事を貰わねば────

 

 

 

 

 

 

 

 

 キコキコ、とチェーンの音を奏でてタイヤはトンネルを転がる。

 なでしこ愛用の7段変速折りたたみ自転車が、本人の鼻歌と一緒に進んでいた。

 浜名湖周回で鍛えたなでしこの体力は伊達ではない。

 新居のある南部町から富士山の望める麓まで、息切れもなく踏破する姿は軽い体力お化けである。

 

 彼女の目指す場所は、富士山を眼前に望むことが出来る湖の綺麗な麓キャンプ場である。

 お昼の爽やかな風を伴って、自転車がトンネルを抜けた。

 なでしこの桜色のおさげ二つ結びがふわり、と風に遊ばれる。

 

 ──ここら辺で少し休憩しようかな。ふふーん、富士山あともうちょっと。

 ──こっちに来る途中は寝ちゃって見れなかったけど、今日中には絶対に近くで富士山を見なきゃね。

 

 キャンプ場までの途中に建てられた休憩スペースに、丁度良いベンチを見つけて、そこに腰を下ろす。

 季節は秋の終わり頃、冬の始まり頃ではあるが、頭上高くまで昇った太陽がぽかぽかと空気を温めて過ごしやすい。

 

 ──此処からでも富士山だって分かるけど雲がかかっててあんまり見えないなぁ。

 ──キャンプ場に着いたらちゃんと綺麗に見えるかな。

 

 お目当ての富士山があるというのに、意地悪な雲が邪魔してその雄大な姿を隠している。

 その事実になでしこはむぅ、とあどけなく頬を若干膨らませる。

 

 ──でも、太陽はぽかぽかしてて良い天気。ん~……。

 

 太陽の陽気に、お尻からベンチへと離れたくない気持ちの根が張り出す。

 ぽかぽか陽気が誘う睡魔と、憧れの富士山を拝むという欲求。

 二つが天秤で鬩ぎ合いを始めていた。

 そして。

 天秤は傾く。

 なでしこはブーツを脱いで並べ、ベンチで横になって寝転がった。

 

 ──ちょっとだけ……ちょっとだけ横になった後に富士山見に行こう。少しくらいなら……大丈夫だいじょ……ぶ……。

 

 おいやめろ。

 実姉が愚妹の出した答えを知れば確実にそんな台詞を吐くだろう。

 それほどまでになでしこの『ちょっと横に』は確定した未来を現していた────

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅い」

 

 殆どの荷解きが終わった各務原家の新居に、桜さんの簡潔な一言が響く。

 時刻は夕暮れ刻が終わりに差し掛かった頃。

 窓から差し込むオレンジ色の光は既に薄れ、暗闇の帳が辺りを包もうとしていた。

 

「なでしこ、帰ってきませんね」

「携帯も家に置きっぱなしだったし、なんの為に買ったのよ」

 

 腕組みをし、指先でとんとん、と自身の腕を叩く桜さん。

 機嫌が悪いときの桜さんの癖。

 それは妹の身を案じるが故の苛立ちから来る行為であった。

 かく言う僕もいい加減なでしこの事が心配になってきた。

 見知らぬ場所で迷子になってはいないだろうか。

 心細くて泣いてはいないだろうか。

 まさか、何かの事件に巻き込まれたのでは。

 想像の翼が嫌な方向へと羽ばたき出した瞬間、僕は行動を開始する。

 

「ちょっと近くまで探しにいってきます」

 

 僕は我慢弱い人間である。

 なでしこが迷子になっているのでは、と考えただけで身体が居ても立っても居られなくなっていた。

 すぐさま玄関へと急ぎ、靴を履く。

 黒の帽子を目深に被り、気持ちを引き締める。

 とんとん、と靴のつま先を整える僕を、桜さんが見送りに来てくれていた。

 

「小太郎君」

「なでしこを見つけたらすぐ連絡を入れますので、安心してください」

 

 分かりにくいように見えて実は非常に分かりやすく妹を可愛がっている桜さんのことだ、内心不安と心配なのだろう。

 その眼鏡越しの瞳から焦燥の色が窺えた。

 僕はそんな桜さんを安心させるように、真っ直ぐ目を合わせて力強く微笑む。

 全霊でなでしこを探してみせると。

 

「ありがとう、あの馬鹿妹のことをよろしくね」

「はいっ、行ってきます」

 

 一歩。

 玄関を出た瞬間、僕は風を孕んで駆ける。

 二歩。

 レムオル(透明化魔法)を唱え、全力を出す僕を隠蔽し、隣家の塀へと上る。

 三歩。

 ヘイストとピオリムによる速度上昇呪文を重ね掛け、塀より上空へと跳び上がる。

 中空。

 トベルーラ(飛行呪文)を使用し、跳躍から飛翔へ、南部町を見渡せる遥か空まで高度を上げる。

 桜さんに姿が消える瞬間を見られたかもなどの心配は既に思考の片隅へ。

 仮に見られていた所で、見て見ぬ振りをしてくれるだろうという甘えもある。

 だからこそ。

 今は一刻も早く人騒がせな幼馴染殿を見つけねば。

 レミラーマ(探索魔法)。

 視界を掠める微かな光を求め、僕は透明な流れ星と化した────

 




◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 あとがき

 アニメ1話終了まで書き切りたかったけど、一旦此処で区切ります。

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