寝て起きたら夜だった。
一言でなでしこの状況を述べるとそれに尽きた。
これが自宅の部屋ならば特に問題は無かったが、なでしこが熟睡していた場所は土地勘の働かない見知らぬ野外である。
夜の帳は既に落ち切り、明かりとなるものはぽつん、と立っている街灯一つに休憩所の電灯のみ。
自転車で通り抜けてきたトンネルは、闇を孕んだ口を大きく開けている。
まるでその闇の中に何かが潜んでいそうな雰囲気に、なでしこはぶるり、と身震いを一つ。
──どうしよう……これじゃあ帰るなんて無理だよぅ……。
なでしこは怖いものが苦手である。
特に暗い夜道や、怪談が怖くて仕方ない。
ホラー映画なんて見た夜は姉や小太郎に縋り付くくらいには苦手だ。
故に。
ちらり、と再度夜闇のトンネルを見やる。
──無理無理! あんな所なんて怖くて通れないよっ! コタ君、どうしよう……。
なでしこの性格上、とてもではないが夜のトンネルを通り抜けることは不可能。
かと言って他に帰る手段も思い浮かばず、途方に暮れてしまう。
なんとか打開手段は無いのかと周囲を歩いてみるが、恐怖心で遠くまで行けず、休憩スペースの周りをとぼとぼ、と愛車の折りたたみ自転車と共に回るのみ。
当然、その行動で事態が好転することはあり得ない。
──くらいよぉ、こわいよぉ……どうしよう、どうしよう……
独り、暗闇、心細さ。
様々な負の感情が綯い交ぜになり、じわり、と眦に涙が滲む。
一度精神のダムが決壊すると、後はただ零れ落ちるのみ。
ぽろぽろ、と大粒の涙が止め処なく瞳から溢れてくる。
遂にはその場で蹲り、嗚咽を零してしまう。
暗がりを怖がる子どもの姿そのもの。
ぱたぱた、とアスファルトに黒い染みが滲んでしまった後、キィ、と扉の蝶番が軋む音をなでしこは確かに聞いた。
休憩スペースのトイレの扉が開く音。
それは人が居る証左だった。
──だれか……いるの……?
恐る恐るなでしこが建物の裏手から表へと出てくると、パチリ、とトイレの電気が点いた。
急な変化に肩を跳ねさせるなでしこ。
しかし。
暫く立ち竦んでいると、トイレの扉から小柄な少女が出てきたのを見て全身の力が抜ける。
そして。
自分以外の人の存在に安心して、再度収まっていた涙がまた込み上げてきた。
──人だっ! あの人に助けてもらおう……
とてとて、と少女の持つランタンの灯に惹かれ、そっと近づいていく。
だが、なでしこは気がつかない。
自身が音を立てずに近づいていることに。
夜の暗がりの中から突然人が浮かび上がる様がどう捉えられるかということに。
なでしこは事が終わるまで気がつかなかった。
そして。
少女の手に持たれたLEDランタンの光がゆっくりとなでしこを照らし出す。
少女の視点からすれば突然現れた人影。
その人影は鼻水を垂らし、嗚咽を伴って涙を流し続けている。
出会い頭の訳の分からなさに、少女の頬は盛大に引きつった。
次の瞬間。
少女──志摩リンが取った手段とはすなわち──逃亡である。
想定外の出来事に対してリンの取捨した選択は的確であった。
なでしこ──不審者に己の位置を知らせるランタンを即座に投げ捨て、己のテリトリーたるテントへの全力ダッシュ。
一連の行動は実に淀み無く行われた。
頭に思い描く黄金比の逃走経路。
しかし。
地獄に見つけた蜘蛛の糸をなでしこも逃すまいと必死であった。
遠ざかる小さな背中を見失わんと全身全霊で追い縋る。
まさに生きるか死ぬかのデッドヒート。
「まっでよォー!」
涙声の切なる叫びが、富士山の麓キャンプ場で木霊した────
ゆるキャン△
Fan fiction
チート転生者 in キャンプ物
紆余曲折を経て、なでしことリンは焚き火を二人で囲んでいた。
ぱちぱち、と薪が燃える炎のゆらぎ。
他者の存在と暖かな焚き火の光に、なでしこは安心の二文字を体感していた。
リンはトンネルの坂道で帰ることを勧めるが、なでしこが必死のぐずりを見せたためその案を棄却。
携帯にて家族と連絡を取るように促してみるが、なでしこが家に忘れてきてしまったためその案を断念。
八方塞がり。
袋小路のなでしこが出した答え、それは──── ぐぅぅぅぅ、と腹の音で空腹を主張することであった。
その姿があまりにも惨めに思えたリンからカップヌードルの施しがなされる。
「ラーメン、食べる?」
「えっ!? くれるの!?」
「1500円」
目の前に差し出されたカレーヌードルに目を輝かせるなでしこ。
しかし、続く言葉は無慈悲であった。
1500円。
高校生にとっては暴利をむさぼる値段設定だった。
なでしこは震える指先でがま口財布を開く。
開け放たれたがま口の中身は、その設定に太刀打ちが出来ない。
「じゅっ、じゅうごかいばらいでおねがいしまふぅ……」
「ウソだよ」
100円玉単騎で交渉に出たなでしこの涙まじりの分割申請。
それは嘘の一言で切って捨てられる。
元々タダでカップヌードルを施すつもりのリンであったが、なでしこの純朴な反応に悪戯心が刺激されたが故の行動だった。
一頻りなでしこを堪能したリンは早速お湯を沸かす準備に取り掛かる。
その際、なでしこはリンのキャンプ道具を好奇心の赴くままに見つめる。
小型ガスバーナーコンロに水を注いだコッヘル(携帯用小型調理器具)を乗せ、コンロに火を点ける。
火が点く瞬間。
青白いガスの火がコッヘルの底を舐めるように這う。
焚き火とは異なるガスの火を見つめるなでしこの頭に浮かんだ疑問。
それは、焚き火で直接水を沸かさないのか、というものだった。
キャンプ初心者の素朴な疑問に、リンは煤で鍋が黒くなるためだと答える。
キャンパーにとっては当たり前の答えでもなでしこはプロみたいだ、と尊敬の光を瞳に宿していた。
お湯が沸くまでの間。
リンは自身の携帯で家族に連絡を取るように提案してみる。
しかし。
なでしこの記憶領域に新居のものは勿論、自分の携帯の電話番号も刻み込まれていなかった。
そんなやり取りをしていると、ボコボコ、と沸騰を知らせる音色がコッヘルから聞こえ出す。
熱湯をカレーヌードルの容器に流し込み、割り箸で蓋に重石(おもし)をする。
そして、きっかり三分後。
「どうぞ」
「ありがとーっ」
出来上がったカレーヌードルを受け取り、笑顔でお礼を述べるなでしこ。
そして、待ちに待った実食である。
「かっれーめん♪ かっれーめん♪」
独特のなでしこ節で音頭を取りながらカップ麺の蓋を開く。
湯気のカーテンを抜けた先には、カレースープに浮かぶポテト、にんじん、ダイスミンチ、そしてつややかな麺が腹ペコなでしこを迎えた。
空腹という最高の調味料を使用した彼女の目には、大量生産のインスタント麺が珠玉のご馳走として映る。
自然と浮かぶ笑顔。
「ふぁぁっ……いただきますっ」
パンと掌を合わせて一礼の後、ぱちん、と割り箸を二つに割る。
割り箸にて麺を掬うと、とろみのあるスープが絡んだしなやかでコシのある麺が焚き火に照らされる。
あたたかな湯気漂うそれを、なでしこは可愛らしい小さな口でふーふー、と冷ます。
そして。
ずるずる、と麺を啜る。
麺の始点から終点までが一気になでしこの口へとちゅるん、と消えていった。
はむはむ、と舌に広がる美味さを噛み締め、続いてカップの縁へ口付ける。
熱々のカレースープを少しずつ口内へ導く。
「ん~……ぷはっ!」
本栖湖の湖畔に食の幸せに満ちた吐息が漏れた。
やめられない、とまらない。
一度カレーヌードルを口にしたなでしこの状態はまさにそれであった。
ずるずる、はむはむ、ずずー、ぷはっ。
一心不乱に食べるなでしこの姿はお世辞にも行儀の良いものと言えなかったが、マイナス面を補ってあり余るほどプラス面があった。
──しかし、うまそうに食うなぁ……。
それは美味しそうな姿そのもの。
なでしこの食事風景を見るだけで、見ている側が幸せになりそうなほど彼女は全身で食べることを楽しんでいた。
「ん~~~~っ!! ぷはっ! くちの中ヤケドした!」
熱々のスープで火傷したことですら、なでしこは嬉しそうに言う。
リンは何故うれしそうなんだ、と疑問に思うが、なでしこの天真爛漫さにその思いを言葉にはしなかった。
美味しそうな食事風景を肴に、リンも己の分のカレーヌードルを食べる。
「ねぇ、あなたどこから来たの?」
「あたし? ずーっと下の方。南部町ってとこ」
地元民であるリンは、南部町から本栖湖に来るまでの道のりを正確に把握した。
約40km強の距離である。
リンは自身がその距離を自転車のみで走破できるか、と問われると首を傾げざるを得ない。
「『もとすこのふじさんは千円札の絵にもなってる』ってお姉ちゃんに聞いてながーい坂上って来たのに、曇ってて全然見えないんだもん。聞いてよ奥さん」
不満を垂れるなでしこ。
しかし。
なでしこの対面に座るリンにはとある光景が見えていた。
雲がカーテンのように開けて、その奥に在る夜の富士山が姿を現す瞬間を。
天頂の雪化粧に、裾野に広がる青木々原樹海。
月明かりに照らされたその雄大な姿は荘厳そのもの。
眼前に広がる絶景を誰かと共有したいという気持ちがリンに芽生える。
故に。
「見えないってあれが?」
「え?」
「あれ」
「あれ?」
リンの指差す方向。
促されたなでしこは不思議そうに振り返る。
そして。
なでしこの瞳に映る光景と、リンの瞳に映る光景が重なった。
「みえた……ふじさん……」
誰に言われずとも立ち上がり、なでしこは放心したように雄大な富士を見続ける。
綺麗、凄い、大きい、そんな在り来たりな感想は浮かばずに、ただただ圧倒されたが故の放心。
そして、頭の中をまっさらにしたなでしこは帰路に就くための妙案に思い至る。
それを実行する前に。
「なでしこ」
聞き馴染んだ少年の声が背後から鼓膜を擽った。
高校生になって少し低くなった声色。
気疲れか、その声は少しだけ疲れが滲んでいた。
しかし、なでしこにとっては全幅の信頼を寄せるに値するものであった。
「コタ君!?」
弾かれたように振り返り、確認する間もなく声の発生源へと飛び込んだ。
飛び込み先──小太郎はなでしこの予想と違わず少女の身体を受け止めた。
鼻先を微かに掠める幼馴染みの匂い。
その匂いにより包まれるために、なでしこは厚い胸板に顔を深くうずめた────
◆
夜闇から音も無く出現した人影に対して、リンは本日二度目となる驚愕に包まれる。
思わず声が聞こえた瞬間、ビクリ、と肩が跳ねる。
気配など今の今まで欠片も感じなかったというのに、その存在は唐突に自分の近くに出現した。
──びっくりしたぁ……誰だよ、この人。あの迷子が懐いている様子を見ると知り合いだよな。
──彼氏彼女の関係なのかな?
未だに小太郎へじゃれついているなでしこを視界に収めつつ、リンは闖入者を観察する。
中肉中背。
性別は体格を見るに男性であろうか。
装いはキャンプ場に来るにしては荷物も無く軽装。
夜だというのに帽子を目深に被り、その顔立ちを窺い知ることは出来ない。
そして。
何より、骨格がとても骨太であった。
その骨格を覆うワイヤーを束ねたかのような筋繊維が構築する筋肉の盛り上がり。
──すげぇ体格だな。どんな顔をした男なんだろ。あの迷子があそこまでじゃれついているんだから男前なんだろうか。
──しかし……どこかで見たような、筋肉……帽子……うーん……。
頭を掠める既視感に内心首を傾げるリン。
答えが喉まで出掛かっているのに、最後の一押しが成されないもどかしさに、リンは形の良い眉を顰める。
懊悩する彼女を他所に闖入者はなでしこを保護してくれたリンへと向き直る。
そして、帽子を脱ぎ、深々と頭を下げる。
身体には飼い犬──なでしこが抱きついたままである。
「あの、なでしこを保護していただき本当に有難うございます」
「あ、いえ、そんな感謝をされるようなことをしたわけじゃ……」
「……あれ……ひょっとして志摩さん?」
「ふぇ?」
頭を上げた闖入者──小太郎とリンの瞳がぱちり、とかち合う。
突然呼ばれた己の苗字に、リンは思わず変な声が漏れてしまった。
あらわになった小太郎の顔を確認し、リンに理解が広がる。
「田中君……だったっけ、おんなじ学校の……」
「うん、そっちは図書委員の志摩さんだよね。まさかなでしこを助けてくれた人が同級生だったとは思わなかったよ……あ、ちょっとごめんね」
ブーブー、と小太郎の胸元から振動音が微かに耳を掠める。
小太郎はリンに一言断って、胸ポケットから携帯を取り出し、通話ボタンを押す。
「はい、小太郎です。桜さんですか? はい……無事確保できました。場所は本栖湖のキャンプ場です。
親切なキャンパーの方に助けてもらっていたみたいです」
リンは電話をする小太郎の横顔を何するでもなく見つめる。
──なるほど、同級生か。それで妙なデジャブがあったのか。直接話したことなかったけど、一時期話題になっていたもんな。
既視感の正体が判明したリンの心持ちは幾分かすっきりとしたものとなっていた。
そんな中。
小太郎と桜。
二人の電話越しでの事情説明が続いていた。
◆
「はい……あ、なでしこと代わりますか? わかりました……ほら、なでしこ。桜さんが代わって欲しいって」
「お姉ちゃんから?」
「うん」
なでしこの無事を伝えた時、桜さんのほっと安堵した雰囲気が通話口からでも感じ取れた。
一体どれだけ妹のことを心配していたのか。
僕には桜さんの心を苛んだストレスの多寡を想像するしかない。
そして。
なでしこに電話を代わって欲しいと電話口で頼んできた時。
桜さんの声に色は無かった。
人が激怒した場合、外にその怒りを撒き散らすタイプと、内に秘めて静かに激昂するタイプの二種類に分けられると僕は考えている。
桜さんのパターンは後者だ。
その事実を知らない幼馴染み殿は、きょとん、とした様子で携帯を受け取る。
なでしこは通話状態を継続している携帯を耳に当てた。
『首を洗って待っていろ、ブタ野郎』
言付けの直後、プツン、と通話が切られる。
一拍遅れて親愛なる幼馴染み殿はガタガタ、とその身を揺らし始めた。
傍から見ていると身体の震度は随分と高いようだ。
「こ、こ、コタ君……どうしよう、お姉ちゃんめちゃくちゃ怒ってたよぅ」
「なぜ怒っていない可能性を信じられていたのかが僕には疑問しかないのだけれども。
桜さんの怒りも筋が通ってて尤もなことだから、腹を括ってちゃんと怒られなよ」
「…………うん」
縋り付くなでしこを引っぺがし、桜さんの怒りは当然だと、改めてなでしこに言う。
すると。
本人にも自覚が大いにあったのか、シュン、と身体を縮めながらも素直に頷いた。
こういう反応をされてしまうと庇ってしまいたくなるが、今回の件では心を鬼にしてそれを行わないと心掛ける。
◆
「あうあうあう……」
頭に三段鏡餅のたんこぶを作ったなでしこが意味を成さないうめき声を上げている。
あれは痛そうだ。
眦に大粒の涙を湛えて、痛がるなでしこに回復呪文を施してやりたくなるが、そこはぐっと我慢をする。
「ウチのバカ妹が、ほんっとーーーーにお世話になりました」
「別に大したことは……」
「これ、お詫びです」
連絡を入れて後、程なくしてキャンプ場へ到着した桜さんが深々と、本当に深々と志摩さんへ頭を下げる。
差し出されるはビニール袋に入った大量のキウイ。
先程、目の前で起こった折檻のあまりの苛烈さが印象深かったのか、志摩さんは引き気味で桜さんが差し出したビニールを受け取った。
怒りがまだ収まらないのか、桜さんはキッ、とへたり込んだなでしこを睨みつける。
志摩さんへの対応と違い、表情は一瞬にして鬼の形相へと早変わり。
「アンタ、持ち歩かなきゃ携帯電話とは言わないのよ!! おらっ、さっさと乗れブタ野郎!!」
桜さんは妹の首根っこを引きずり、愛車へと投げ込んだ。
そのまま車へと押し込むように足蹴での追撃も忘れない。
「いでででで!! やめれー、カレーめんがでるぅ……」
執拗な腹部へのストンピングになでしこの呻きが弱弱しく響く。
その情けない声に溜飲が下がったのか、幾分か冷静な桜さんが戻ってきた。
「小太郎君もなでしこが面倒を掛けてごめんなさいね」
「いえいえ」
労いの言葉に対して、何でもないように軽く答える。
なでしこが無事だった。
それだけで今回の騒動は僕にとって一件落着である。
それから。
桜さんと志摩さんはいくつか謝罪と感謝のやり取り再度交わし、この場はお開きの雰囲気が流れる。
バタン、と運転席のドアを閉じ、桜さんが愛車のSUVのエンジンに火を点ける。
すると、運転席の窓を開けて質問が来た。
「小太郎君は此処までどうやって?」
「一応徒歩です」
返答に対して、僕の隣に居た志摩さんが目を見開く。
その大きくなった目はさも『徒歩!?』と口ほどに物を言っていた。
「じゃあ、一緒に乗っていく? 家まで送るわ」
「いえ、お構いなく。家までは月を見ながらのんびりと帰ることにします。今日はそんな気分なので」
「そう?」
「はい」
山梨に来てもうすぐ一年ではあるが、依然と見飽きぬのは僕が日本人であるからだろうか。
今日の満月は実に見事だ。
その光に照らし出されている富士山の立派な夜姿。
これを堪能しないのは損だろうという感性が働いたが故の返答である。
「わかったわ。それじゃあおやすみなさーい。風邪ひかないでねー」
「おやすみなさい」
「桜さんもおやすみなさい」
窓枠に肘を付き、振り返りながら桜さんは就寝の挨拶をする。
怜悧で知的な印象の彼女がするその姿は実に様になっていた。
遠ざかる車のエンジン音。
さて僕も帰るかな、と考えていると、車から降りてきたなでしこが息を切らして近づいてきた。
何事かと思っていると、どうやら志摩さんに自分の携帯の連絡先を記したメモを渡しているらしい。
物怖じしない、誰とも仲良くなれるなでしこっぽさの出た対応である。
「今度はちゃんとキャンプやろーねっ! じゃーねーっ! コタ君もじゃーねーっ!」
来たときと同様、元気良く走り去っていくなでしこ。
泣いたカラスがなんとやらである。
元気があって大変よろしい。
じゃあ今度こそ、月と富士山を見ながら僕も帰るとするかな…………あ、リリルーラ使えば一発でなでしこを見つけられたんだ……────
◆
やっぱり変な奴。
手に握らされた連絡先の書かれたメモ。
それを見ながらリンは嵐のように去っていった少女を思う。
「まあ、登録だけしといてやるか」
ぽそり、と呟いて自身のテントへと踵を返すリン。
その背中に小太郎の声が掛かる。
「じゃあ志摩さん、おやすみなさい。また学校でね」
ピクリ、と肩が反応する。
髪に隠れてはいるがその耳は徐々に朱に染まっていた。
それは独り言を聞かれたが故の羞恥によるものであった。
──か、完全にこの男の存在を忘れていた。
なでしこという少女の印象が鮮明に残っていたがための忘却である。
しかし一拍の時間で平静を取り戻したリンは、小太郎へ疑問を零す。
「おやすみなさい。でも本当に此処から家に帰るの?」
「うん、ここら辺はもう庭みたいな感覚だから気にしないで。それじゃ」
帽子を目深に被り、小太郎は気負い無く踵を返し、帰路へと歩を進める。
トンネルに向かって小さくなる大きな背中。
確かにあそこまで立派な体格であれば徒歩でもなんとかなるのだろう。
リンはそう判断を下し、己も小太郎と反対方向へテクテク、と足を動かし始める。
ふと。
リンはなんとなくもう一度小太郎が気になって後ろを向く。
ほんの気まぐれによる動作だった。
しかし。
その何気ない思い付きが、彼女を怪奇現象の目撃者とした。
トンネルへと入っていくかと思われた小太郎は、その選択肢を選ばなかった。
ぴょん、と軽く『トンネルを飛び越える』小太郎の後ろ姿。
そのままトンネルの上に生えた木の太枝に飛び乗った。
そして。
猿の如く枝から枝へと飛び移っていき、そのまま夜闇の中へと消えていく。
冗談のように現実離れした光景を前にリンは────
──くぁwせdrftgyふじこlp!? テング!? テングナンデ!?
言語中枢が異常をきたしてしまい、言葉として成り立たない文字の羅列を心内で思いっきり叫んでいた────
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
あとがき
テングリアリティショック回
なでしこのカレーメンを食べている場面がとても好きだったので、そこらへんはほぼ原作に沿って描写しました。