チート転生者 in キャンプ物   作:加賀美ポチ

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八話

 放課後を告げるチャイムの音。

 その電子鐘の音を皮切りに、ホームルームの時間が終わる。

 教室から先生が去り、クラスメイト達が各々の自由行動を開始する。

 ある者は部活動へと足早に教室から出て行き、ある者は仲間内で新作ゲームでの進捗を語り合う。

 

 さて。

 そんな放課後の喧騒の中。

 帰宅部である自分が取るべき選択は名の通り帰宅一通りなのであるが、今日は違う。

 行くべき場所、会うべき人物が校舎内に居るのだ。

 

「小太郎君、今帰るとこ?」

「今日は寄る所があるから、帰るのはその後かな」

 

 意気込んでいると犬山さんが間延びした関西弁で話しかけてきた。

 彼女とは収納棚の件以来こうして世間話に花を咲かせる間柄となっていた。

 名前呼びも何時の間にかである。

 

「寄るとこ?」

「うん。あ、犬山さん、ひょっとしたらだけど今日は野クルに僕の知り合いの子が顔を出すかも」

 

 つい先日のなでしこ迷子事件の後。

 なでしこは甚くキャンプに関心を持ったのか、頻りにあの夜にあったときの事を僕に話して聞かせてくれた。

 如何に志摩さんの手際が良かったか。

 如何にキャンプギアが機能的であったか。

 如何に外で食べるカレーメンが美味しかったか。

 如何にあの日見た富士山が綺麗だったか。

 きらきら、と目を輝かせて体験したことを語るなでしこはとても微笑ましかった。

 

「知り合い? それって女の子?」

「うん、キャンプに興味があるみたいだから野クルの事を話してみたんだ。そうしたら入部してみたいって言い出して」

「ウチとしては部員が増えることは歓迎やけど、その入りたいって子はどんな子なん?」

 

 犬山さんの質問は至極当然。

 大垣さんと二人で完結している現在の野クルに入部希望者が居るという事実は良くも悪くも大きな意味を持つ。

 少しでもその人となりが気になるところだろう。

 だからこそ、僕は間髪入れずコンマ数秒の遅滞もなく答える。

 

「いい子だよ」

「えーと、そうなん? もうちょっと詳しくその子の事を教えてほしいんやけど」

「とてもいい子だよ」

「…………えーと」

 

 僕は学ぶ人間である。

 なでしこという幼馴染み殿を表現しろと言われれば原稿用紙が何枚あっても足りないがそれを此処で披露するわけにもいかない。

 僕にとってなでしこの話は何時間語ろうが苦では無いが、犬山さんにとってもそうでもないだろう。

 故に。

 なでしこを端的にまとめると表現としては『いい子』が適切だ。

 枕詞を考え出すと切りが無いので、それも『とても』だけに留めておく。

 

「別に意地悪してこう言っている訳じゃないよ。ただ多分詳しく喋りだすと時間が幾らあっても足りないからね。30分や1時間じゃ終わらないと思うよ」

「えぇ…………」

「それに事前情報が沢山ありすぎると会ったときの楽しみが減ると思うから」

「まぁ、それは確かにやなぁ」

 

 納得がいったようなそうでないような。

 そんな微妙な表情が犬山さんを彩るが、それ以上の質問は続かなかった。

 

「でも、出来たらでいいから、その子が来たら仲良くしてくれると嬉しいかな」

「悪い子じゃないんならウチとしてもええけど……それじゃぁ一個だけ質問してもええ?」

「うん?」

「その子と小太郎ってどんな関係なん?」

 

 暫し逡巡。

 僕となでしこの関係は幼馴染みの一言で表すことができる。

 しかし、それを正直に言ってしまえば犬山さんは『その子』の正体を予想できてしまうだろう。

 事ある度になでしこの自慢話をしているのだ。

 多くを語れば符号する点が多すぎて『その子』がなでしこに辿り着いてしまう。

 故に。

 幼馴染みという事実は伏せ、己がなでしこをどう思っているかだけを伝える。

 

「うーん、相手側がどうかは分からないけど────僕にとってその子は大切な人になるのかな?」

 

 さて、言うべき事は全て口に出した。

 今日の僕には行くべき場所が、会うべき人物がいるのだ。

 当初の目的を果たすべく僕は犬山さんへの別れの挨拶も早々に教室から飛び出す。

 既に思考は会うべき人物──志摩リンさんに向かっていた。

 しかし。

 犬山さんから挨拶への反応が無かったのは、はてどうしたのだろうか────

 

 

 

 

 ゆるキャン△

 Fan fiction

 チート転生者 in キャンプ物

 

 

 

 

 天狗なんてないさ。

 天狗なんてウソさ。

 寝惚けた人が見間違えたのさ。

 休日から延々とリピートしているフレーズを脳裏に流し、リンは心の平静を保っていた。

 ぱらり、と『空想科学読本』を捲りながら、しかして内容は一切頭の中に残らない。

 

 ──よくよく考えてみたら、クラスメイトが天狗なわけがないよな。人が10m以上も垂直跳びなんて常識的に考えて出来るわけがないし。

 ──見間違え見間違え、人はそんなに跳ばない。暗かったから何かと勘違いしただけの間抜けな話なだけだ。

 

 通算して二度目の怪奇現象との邂逅は、リンの現実と空想の境界線を著しく乱していた。

 故に、リンは海馬に刻まれた記憶を捏造する。

 アレはきっと見間違え、天狗の正体見たり枯れ尾花である。

 尤も、それはリンにだけに適応される現実であり、田中小太郎という『静岡の天狗小僧』が実在することに些かの揺らぎは無い。

 

 だからこそ。

 カラリ、と扉がスライドし、件の人物が図書室へ入室する現実がこんにちわ。

 しかし、リンの精神は思考の海へと潜水し、件の人物──小太郎が入ってきたことに気がつかない。

 加えて友人である斉藤恵那が己のシニョンで面白おかしく遊んでいるのにも気がつかない。

 

 小太郎は小脇に紙袋を抱えてキョロキョロ、と視線を辺りへ這わせる。

 幾許もしない内に、小太郎はお目当ての人物を発見する。

 図書室の受付カウンターという目立つ位置に座っていれば見つけるのも容易い、早速小太郎は思考に耽るリンへと近づく。

 しかし、まだリンは気がつかない。

 

 小太郎が頬杖を突いて本へと視線を落としているリンの前に立つ。

 本の文字に落ちた影に、漸くリンは目の前の存在に注意が向く。

 

「あ、ごめんなさい。本の貸し出し────」

 

 言いかけた台詞が途中で途切れる。

 視線を上げれば其処には同年代の男子とは一線を画する肉体を誇る小太郎──天狗が居たのだから。

 

 ──くぁwせdrftgyふじこlp!?

 

 図書館ではお静かに。

 大絶叫を心の中で留めて置けたのは奇跡的であった────

 

 

 

 

 

 

 

 

 椅子から芸術的なすべり落ちを披露し、それだけに飽き足らず尻餅を突きながらも後方へ這いずる志摩さん。

 その瞳は幽霊でも見たかのように限界まで見開かれていた。

 静から激動へ。

 物静かな文芸少女然としていた志摩さんが、僕を視界に収めた瞬間、アクロバティックなリアクション芸人と化してしまった。

 少なくない図書室利用者の目が一斉に僕たちの方へと集まる。

 

 ──えぇ……そんな反応は予想していなかった。志摩さんは男性恐怖症か何かなのかな?

 ──けどこの前はそんな素振りは無かったし、一体何が……

 

 そんな僕の疑問は次の志摩さんの一言によって氷解する。

 

「て、天狗!? わ、私を攫いに来たのか!?」

「なにその物騒な発想!? しないよ!」

 

 わなわな、と震える指先は確かに僕を指している。

 僕たちの動向を注視していた図書室利用者の目は点である。

 皆一様に頭の上へ疑問符を浮かべている様子。

 

 そんな微妙な雰囲気の流れてしまう中。

 僕の心境としてはあちゃー、である。

 見られていたのか。

 恐らく志摩さんが何を指して僕を天狗といっているのかは、十中八九あの夜のことであろう。

 幾らなでしこの安否の確認が取れたとはいえ、気が緩みすぎていた感は否めない。

 しかし。

 そんな内心を他所に置いておいて、とりあえずはこの場の空気を何とかしなくては。

 だから、隣の女の子はそんな不審者を見るような目つきで見ないで下さい、僕は志摩さんに何かしたつもりはありませんから。

 黒髪のショートカットの女子──斉藤さんはさり気無く移動し、僕と志摩さんを引き離す立ち位置へ陣取る。

 

「えーと、志摩さん大丈夫? 後、図書室ではお静かに、だよ」

 

 僕の言葉は幸いにも恐慌状態の彼女に確りと届いたようで、ハッとなる志摩さん。

 辺りの視線が集まっているのに気がつくとゴホン、と咳払いを一つ。

 立ち上がり、スカートの埃を一掃いした後、椅子へと座りなおす。

 朱に染まった耳に関しては、触れないことにしよう。

 

「志摩さん、先日はなでしこを保護してくれて本当に有難う。これ、家にあったもので申し訳ないけど御礼です」

「い、いやお姉さんの方にも言ったけど、大したことじゃ」

「志摩さんにとってはそうでも、僕にとっては大したことでした。だからどうぞ受け取ってください」

「……うん」

 

 志摩さんが持ってきた紙袋を受け取ってくれたので、一先ずは此処に来た目的は達した。

 中身は焼き菓子の詰め合わせである。

 こういったお礼の品は消えてなくなるものが無難故のチョイスだった。

 

「というか、幾ら知り合いとはいえ、家族でもないのに御礼の品っておかしくない?」

「確かにそうなんだけど、なでしことは昔から家族ぐるみ付き合いをさせてもらっているからね。殆ど身内のようなものなんだ」

「……ふーん」

 

 さて。

 用は済んだので何かしらの追求を受ける前に立ち去りたい、早々に。

 しかし。

 志摩さんの隣にいる斉藤さんの目が僕を捉えて離さない。

 先程のやり取りで、瞳の中の僕は不審者から脱したようで、警戒心は薄れているように見える。

 警戒心の代わりに彩るものは好奇心。

 

「ねぇねぇ、リン。天狗ってなーに?」

 

 斉藤さんからすれば純粋な好奇心からくる質問なのだろう。

 しかし、このタイミングでその質問は、僕としては最も避けたいものであった。

 

「いや、別に……なんていうか単なる勘違いっていうか」

 

 よし。

 心の中でガッツポーズを繰り出す僕。

 この場で根掘り葉掘り問い質されることを避けたい僕としては願っても無い展開である。

 

「えー、でも、リンのさっきの様子はちょっと普通じゃなかったよ。勘違いなら勘違いでもなにかしらのそうするだけの理由があったんだよね」

「えーと、まあ、その……そうだけど」

 

 おっと、雲行きが怪しくなってきてしまった。

 僕はポーカーフェイスを保ちながら内心で脂汗をびっしり掻いていた。

 この場からの不自然な退散は悪手。

 二人の懐疑心を助長させるだけなのでなんとか穏便に取り繕わなければ。

 

「その、休みの日にソロキャンへ行ってたんだけど……」

「うんうん」

「夜に変な迷子を見つけて、なし崩しで面倒を見てたんだけど……」

「うん、それで」

「それで迷子の知り合いが迎えに来て、それが田中だったんだ」

「ふんふん」

「で、迷子のお姉さんも車で迎えに来て、その二人はそのまま車に乗って帰ったんだけど、田中は歩きだったんだ」

 

 あ、これはマズイ。

 にこにこ、と楽しげな表情、絶妙な相槌。

 斉藤さんが聞き上手すぎて志摩さんの口がとても軽くなってしまっている。

 何とか志摩さんの言葉を遮りたいが、それはあまりにも不自然。

 事の経過を眺めていることしかできない。

 

「なんとなく別れ際に気になったんで振り返って田中を見ようとしたんだけど、その時、信じられないものを見たんだ」

「どんなもの?」

「暗かったし、何かの見間違えかもしれないけど、田中がトンネルを飛び越える姿が見えたんだ。

 それで木の枝を次々に跳び移って森に消えていった。少なくとも私にはそう見えた……」

「あー、それで田中君を天狗呼びなんだ」

「うん」

 

 果たして自分は上手いことポーカーフェイスを保てているだろうか。

 自分の落ち度過ぎてぐうの音も出ない。

 事情聴取を終えた二人の視線が僕に突き刺さる。

 深々と刺さりすぎてとても痛い。

 

 正直、僕は嘘が苦手である。

 正確には嘘を吐くことが、吐き続けることが非常に苦手だ。

 一つの嘘を、誤魔化すためにまた嘘を吐く。

 連鎖的に嘘が積み重なり、訳が分からなくなってしまうことが非常にストレスなのだ。

 故に、僕は極力嘘を吐かないこと信条にしている。

 尤も、これはなでしこに対して誠実でいたいという僕の我儘が多分に含まれている信条であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「秘密です」

 

 人差し指を一本。

 顔の前に突き出したその仕草は、リンの瞳にはとても不恰好に見えた。

 太く、男らしい眉を八の字に曲げて、苦笑いと共に齎された一言。

 たった一言。

 しかし、目の前の男子は困ったように、本当に困ったように顔を歪ませて言うのだ。

 誤魔化せばいいのに、呆けてしまえばいいのに。

 これでは何かあるのだと自白しているようなものだ。

 

 ──……なんというか、不器用な奴だな。適当に誤魔化せばいいのに。秘密なんて言ったら何か隠してますって答えているようなものじゃんか。

 ──しかし……最初見たときはすげー大人びた奴に思えたのに、今は大分年相応だな。

 

 じー、と穴が開くほど見つめると身を小さくする小太郎。

 背丈は普通だが、筋骨隆々の男子が身体を小さくしている様は酷く哀愁を漂わせる。

 その姿は、主人に叱られている大型犬を想起させた。

 同年代の男子に抱くような感想ではないが、なんとなく可愛らしく思えてしまう。

 

 既にリンの中には、田中小太郎という男子がおどろおどろ恐ろしい天狗のイメージとはかけ離れていた。

 少なくともリンを山へ攫っていくような真似をする性格だと思えない。

 そう思えただけでリンから肩の力がストン、と抜けた。

 

「……はぁ、もういいよ」

「え、でもリン……」

「どうせこれ以上追及しても何も出てこないと思うよ、いや何も出してこないか」

「秘密なので」

「ほらね。とりあえず、御礼に関しては受け取っておくよ」

 

 秘密、ということはこれ以上踏み入れて欲しくないという拒絶だ。

 つまる所、追及の継続は無意味。

 溜息一つ。

 リンが矛先を収めると小太郎は明らかにホッ、とした様子で身体から力を抜く。

 斉藤恵那は当事者がそれでいいのなら、とリンと方針を同じくした。

 

 

 

 

「それじゃあ用も済んだし、僕はこれでお暇させてもらうね…………あっ」

 

 そそくさ、と風体に反して素早い動きで図書室より戦略的撤退をする小太郎。

 しかし。

 窓の外、校庭。

 親愛なる幼馴染みの姿を見つけたことにより、一時的に撤退は中断される。

 

「なでしこ……」

 

 リンが急に立ち止まってしまった小太郎の視線の先を追う。

 そこにはジャージ姿の女子三人組──各務原なでしこ・大垣千明・犬山あおいがなにやらゴソゴソ、と作業を行っていた。

 何をしようとしているのかは一目瞭然──テント設営である。

 経験者のリンからすれば三人組の手際は初心者のそれであった。

 グラウンドシートは敷いていない、テントの骨格であるポールも固定に手間取っている有様だ。

 しかし。

 リンの意識が向いたのは小太郎の表情である。

 

 ほほえましいものを見るような、慈しむような、そんな微笑みで三人──その内のなでしこを見ていた。

 男子が女子を熱心に見つめている。

 字面だけを見ると思春期特有の欲求に後押しされた行動に思えるが、小太郎の場合そうではない。

 傍から見ているリンにもそれは理解できた。

 

 ──田中ってアイツにだけはそんな顔をするんだな。御礼の件もアイツの面倒を見たからだし、そんなに特別なのだろうか。

 ──……なんていうかのほほんとして間抜けな顔をしてるな、アイツ。

 

 すっかりお爺ちゃんの顔になっている小太郎の横顔を観察しつつ、野クル三人組の動向を窺っていたリン。

 すると。

 バキリ、と窓越しにポールの折れる音が聞こえた。

 

 ──あ、折れた。

 「あ、棒が折れちゃったよ」

 

 リンの内心と恵那の呟きが重なる。

 そしてそれ以上に。

 

「田中君、すっごいそわそわしてるねー」

「めっちゃ挙動不審になったなー」

 

 野クルメンバーはテントの破損に慌てふためく。

 見ていた小太郎もわたわた、と狼狽。

 手が虚空を彷徨い空を切り、助けにいこうか様子を見ようかとその場を行ったり来たり。

 その情けない姿の何処に恐れる要素があるのか。

 そして。

 リンはくすり、と初めて小太郎に対して笑みを零すのであった────




◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 あとがき

 アニメが終わってしまった……
 キャンプ難民キャンプは何処ですか?
 なでしこと野クルの接触描写は次回にします。

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