チート転生者 in キャンプ物   作:加賀美ポチ

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九話

 犬山あおいはチャームポイントの太眉を少し寄せながら部室棟の階段を上っていた。

 手に持つのは友人の大垣千明が所望したキャンプ雑誌。

 昼休みに図書室から借りてきたものだ。

 

 あおいが眉を寄せる原因。

 それは今日、野クルに訪問してくるであろう入部希望者の存在である。

 同好会でしかない野クルにとって新入部員の存在はプラス要因だ。

 なぜなら野クルの部室は狭い。

 本栖高校の規定では、正式な部として認められる最低部員数は4人。

 つまり、来るであろう入部希望者を頭数に入れれば後1人で部に昇格である。

 

 ──小太郎くんも野クルに入ってくれればええのになぁ。

 

 一度、あおいは小太郎を部に誘ったことがあった。

 しかし、結果は丁寧に断られて敢え無く撃沈。

 曰く、申し出は嬉しいが男の自分が入部することは少々宜しくないとのこと。

 曰く、野クルは女子限定の同好会と周囲から思われているとのこと。

 曰く、あおいも千明も別嬪さんで男子から人気があるとのこと。

 つまり、現状で小太郎が入部すると他の男子が女子目当てで入部を希望する可能性が大なのだ。

 それは純粋にキャンプを楽しみたい二人の望むところでは無い。

 

 ──でも別嬪さんって面と向かって褒めてくれたところはポイント高いで。

 

 当時を思い出し、あおいは相好を崩す。

 あおいとて女子の一人。

 一部の女性的な部分は育ちに育っているが、その部分以外の容姿を褒められて悪い気はしない。

 なにより小太郎は嘘を吐かない。

 正確に言うならば、小太郎が嘘を吐いた場面を見たことが無いのだ。

 つまり、別嬪という感想は小太郎の本心。

 その事実があおいの自尊心を大いに満足させていた。

 

 故に。

 多少なりとも気になっている男子が『特別』と言い切った入部希望者に対しては、なんとなく面白くないものを感じてしまっている。

 

 ──まぁ、小太郎くんがあそこまで『ええ子』やって言うんやから、悪い子やないと思うんやけどなぁ。でもなぁ……

 ──あかん、あかん。会ってもない子の事を色眼鏡で見たらあかんやないか。

 

 雑念を振り払うようにその場で顔を振るあおい。

 すると。

 眼前に野クルの部室が見えてきた。

 そして、部室前には見覚えのある友人の後ろ姿。

 

「あき~、図書室からビバークの新刊借りてきたよ」

 

 声を掛けるも、後ろ姿に反応は無い。

 部室の引き戸を少し開き、中の様子を覗き込んでいる姿は不審者のそれである。

 

「あき? なにしとるん?」

「……」

「ほんまどないしたん?」

 

 ちょいちょい。

 千明は指先の動きであおいに近づいてくるよう促す。

 不可解な友人の行動に首を傾げながらも、あおいはジェスチャに従い、千明と共に扉の隙間を覗き込む。

 

 きょとん、としたまん丸おめめと目が合った。

 綺麗というよりは愛嬌に比率が傾いた可愛らしい顔立ち。

 桜色の髪を二つおさげにした少女が部室内に居た。

 

「部室に空き巣が居るんだ……けど、どっかで見たことがあるような」

「多分空き巣ちゃうよ。今日、小太郎くんの知り合いが入部希望で野クルに来るかもっていうとったからその子やない?」

「……」

「……」

 

 小太郎。

 その単語は条件付けのようにある光景を連想させた。

 携帯、静岡、ダイエット、食べることが好き。

 小太郎が嬉しそうに地元のことを話す際に、いつも話題に上がっていた人物が居た。

 その少女の名は。

 

『なでしこだ(や)!!』

 

 申し合わせたかのように二人は異口同音。

 空き巣の正体を言い当てた。

 そして。

 言い当てられた本人は、不思議そうに口を半開きにして首を傾げていた。

 

「……ふぇ?」

 

 これが各務原なでしこと野クルメンバーとのファーストコンタクトであった。

 

 

 

 

 ゆるキャン△

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 チート転生者 in キャンプ物

 

 

 

 

 休日。

 自宅の広いリビングで、僕はテレビから流れるニュースキャスターの声をBGMに暇を緩やかに潰していた。

 自宅内に僕以外の人の気配は無い。

 それもそのはず。

 両親は共働きの上、どちらも企業戦士。

 働くことが何よりの生き甲斐だと公言して憚らない人種なのだ。

 当然の如く生き生きと休日出勤を敢行する両親に対し、何時も通りだな、という感想しか抱けない。

 

 ──まぁ、元気そうならそれでいいか。身体を壊さないように回復呪文も毎日使ってるし…………いや、使っているからこうも忙しないのでは……。

 

 幾らその身を酷使しようとも、一晩熟睡すれば全快する生活環境。

 我が家は企業戦士にとって天国と喩えても過言では無い宿屋なのではないだろうか。

 

 ──まさか、良かれと思って使用している回復魔法が両親を無間地獄に陥れているのでは……

 

 傍から見れば地獄、当人達にとっては天国。

 頭を掠める嫌な考えを、深くしない内に破棄。

 僕は心を落ち着けるため、先日の出来事を脳裏に蘇らせることにした。

 

 

 

 

 結論として、なでしこの入部は恙無く承認された。

 そして。

 晴れて部員となったなでしこを歓迎する意味で、野クルらしい活動であるテント設営を決行。

 先日の図書室から眺めていたテント破損の一件に繋がる。

 

 あの後、テントのポールが折れて途方に暮れていたなでしこ達を救ったのは、志摩さんのキャンプ知識だった。

 折れたポールを補修するリペアパイプという存在を志摩さんが冷静に教えてくれた。

 さらに運が良いことに、そのリペアパイプの代用品となるようなパイプが落とし物箱の中にあったのだ。

 早速、斉藤さんと僕で救援隊を結成して途方に暮れる野クルを救助。

 紆余曲折ありながらも無事テントを張ることに成功した。

 

 ──なでしこの物怖じしない性格は高校生になっても相変わらず、か。

 

 当初、テント補修の知恵だけを授けて図書室に隠居していた志摩さんだったのだが、そこで斉藤さんからのキラーパス。

 テント補修に尽力してくれた第一人者として野クルメンバーに紹介された。

 そして、なでしこは迷子の一件で世話になった恩人との再会を果たすことになった。

 

 ──かといって図々しいわけじゃなくて、相手の都合もちゃんと考えた上で距離感を測って接することもできている。

 

 加えてあの溢れんばかりの愛嬌。

 本当にいい子に育ったなぁ、と僕はしみじみと思いつつ、ソファーでお茶をしばく。

 

 恩人との再会後。

 なでしこは『またキャンプをやろうね』の約束通り、志摩さんと一緒にキャンプするため彼女を野クルに誘った。

 しかし。

 よほどその誘いが承服しかねたのだろう。

 それを志摩さんはしかめっ面による態度で返答。

 なでしこもその反応で察したのか、それ以上の勧誘をすることはなかった。

 

 ──まあそれでも、あの場の全員とライン交換するのは流石だなぁ。

 

 なでしこは転んでもただでは起きなかった。

 しょんぼり、としつつもすぐに元気を取り戻し、ライン交換を申し入れ、それを承諾させてしまった。

 その流れに飲まれて、何故か僕までも志摩さんと斉藤さんとライン交換することとなったが、幼馴染み殿の勢い恐るべしである。

 

 

 

 昨日のことで頬を緩めていると、リビングテーブルに置いてあった携帯電話からライン受信の音色が奏でられる。

 はて、と思いながらも液晶画面を覗くと、其処には各務原なでしこと発信者の名が表示されてあった。

 噂をすればなんとやら。

 受信したラインには簡潔な一言が綴られていた。

 

【リンちゃんがキャンプしているところに今から行ってきます!】

 

 幼馴染み殿のフットワークは些か軽すぎではないだろうか。

 何がどうなってそうなったのかの背景は全く分からない。

 僕が首を傾げつつ、なでしこが楽しそうであればそれでいいかと結論に達したところで更にピロン、と着信音。

 

【不肖なでしこ隊員、この前のお礼にリンちゃんへお鍋を振る舞う所存であります!】

 

 送られてきたメッセージに返信すべく、僕は携帯の画面をタップ。

 鍋にするなら丁度良い新鮮食材が、今朝穫れたばかりなのだ。

 とんとん、と人差し指で一文字ずつ入力していき、書いたメッセージを送信。

 

【良かったら家に鹿肉があるから持っていって】

 

 送ると幾許もしない内にまたピロン、と着信音が携帯を震わす。

 素早い。

 何故、最近の子はこうも携帯で文字を打つ速度が早いのかと思いながらも、受信したメッセージへと目を滑らせる。

 

【コタくん、ありがと~! 今からお姉ちゃんの車でそっちに向かうね】

 

 静岡に居た頃のようにお隣さん同士では無くなってしまったが、それでも車でなら十分程度の距離。

 僕は各務原姉妹を迎えるべく、ソファーから腰を上げる。

 浮き足立つように、持ち上げた腰は存外軽かった。

 

 ──戸棚に羊羹があったかな?

 

 杉箱に入った少しお高めの老舗羊羹がまだ残っていた筈だ。

 定番の小倉羊羹は勿論、抹茶や黒砂糖味、変り種では蜂蜜入り羊羹や紅茶味なんてのもある。

 老舗なだけあってその味は洗練された上品なもの。

 一口食べれば硬すぎず柔らかすぎない食感が口で融け、優しい味わいが舌に広がる。

 どの種類でも絶妙な甘さと絶妙な風味が、贅沢なバランスで仕上がっている。

 そんな羊羹だ。

 

 ──なでしこも気に入ってくれるといいのだけれども……しかし、お菓子に羊羹というチョイスは些か年寄りじみているだろうか。

 

 

 

 

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 山梨の田園風景をSUV車が各務原美人姉妹を乗せて走る。

 運転手は姉の桜。

 乗客は助手席の妹のなでしこである。

 

 車が開けた場所に出ると、窓から見える景色に富士山が大きく映り込んだ。

 初見で無い筈のなでしこだが相も変わらずその富士山の見事な大パノラマにふわぁ、と目を輝かせていた。

 そして。

 ひょい、と紙皿を彩る色とりどりの羊羹を一つ、菓子ようじで持ち上げぱくっ、と可愛らしい口に運ぶ。

 

「おいひぃ~」

「……」

 

 絶景で目を洗い、高級和菓子で舌鼓を打つ。

 贅沢で頬が落ちそうになるほど、なでしこの表情は緩みに緩んでいた。

 そんな幸せいっぱいの妹を見慣れているのか、姉は運転に集中してスルー。

 

「お姉ちゃん、何味がいい?」

「ん、じゃあ紅茶」

 

 幸せは二人で分ければ二倍になるとばかりに、なでしこが桜に幸せのお裾分けを提案。

 要望どおり紅茶色に透き通った羊羹を菓子ようじでプスリ。

 一口大に切り分けられた羊羹を、ハンドルを握っている姉の口元へと運ぶ。

 

「はい、お姉ちゃん。あーんして」

「ん……ありがと」

「えへへ」

 

 前を向いたままの桜が、妹に言われるがまま口を開くと寸分違わずに羊羹が口内へ。

 一連の動作は淀み無く行われ、まさに阿吽の呼吸。

 一口。

 口の中で一噛みするとなめらかな食感が感じられ、控えめな甘さが味蕾に伝わる。

 その上品な味わいを舌で堪能していると、後から紅茶の風味が口全体へと広がってくる。

 

「……おいし」

「だよねっ」

 

 思わず口を突いて出てきた素直な感想に、なでしこが笑顔で同意。

 その妹の無邪気さに、無表情であった桜の口元が僅かに緩む。

 

 ふと、桜がルームミラーに視線を向けると、後部座席のバスケット籠が目に入る。

 それは各務原家で使われている洗濯籠である。

 しかし、現在中に入っているものは洗濯物ではなく、野菜にまな板にカセットコンロ、冷凍餃子が入った箱である。

 更に、その上にはタッパに詰め込まれた鹿肉。

 赤身の眩しいそれは薄切りにされており、鍋用の肉だと判断できる。

 

 ──貰いすぎ…………小太郎くんに会うと結構な確率で物を貰ってしまうから少し気が引けるのよね。

 ──殆どが自己調達だから金銭的に負担になっていないとは本人が言うけど……。

 

 各務原家からも貰った分のお返しをしているが、小太郎が調達してくる食材の市場価格と釣り合っているかと聞かれると首を傾げざるを得ない。

 気にしないで、とは小太郎本人の言であるが、それでも若干の申し訳無さが桜に残る。

 この感覚に桜は覚えがあった。

 そうそれはまさしく祖父母へ会いにいった際、やたら食べ物を勧めてくる感覚にとてもよく似ていた。

 

 ──今度、小太郎くんをドライブに誘って何処かでもてなそうかしら。

 

 運転に支障が出ない程度で思案に耽る桜。

 黒縁眼鏡の奥にある理知的な瞳が、車道と未来のプランを見据えていた。

 そして。

 その肌は異様に艶めいて、きめ細かく、潤いに満ち満ちていた。

 ぷるるん、と張りのある弾力は十代、否、一桁代のそれである。

 つるつるたまご肌の秘密──それは小太郎が行う回復魔法込みの足ツボマッサージの施術を受けたからに他ならなかった。

 

 ──今日は大学の友達と会うし、小太郎くんにマッサージして貰えて丁度良かったわ。

 

 大学内ではクールビューティとして高嶺の花と目されている各務原桜。

 その凪いだ瞳には、高い確率で羨ましがるであろう女友達の姿が見えていた──




◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 あとがき

 迷いに迷ったけど、結局今回は主人公の同行は無しの方向で舵を取りました。
 しまりんにはなでしこの口から語られる主人公の『それはちょっとおかしいだろ』という行動につっこみを入れてもらうことにします。


 そして、なでしこと桜の姉妹関係が尊いじゃぁ~。

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