佐々木小次郎、成らずとも。   作:ジースリーエックス

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佐々木小次郎、成らずとも。

少年は刀を振るう。

 

仕事である農作業を準備運動に軽く片付け、働く寝る食う出す以外の空いた時間をただ一心不乱に振るう。

 

脳裏に焼き付けた通りすがりのご老人の見事な太刀筋。それを真似るように刀を振るう。

 

やれるものならやってみろ。

そう言ってあのご老人は何処かへ旅立った。あの態度から察すると出来ない前提で刀一つ置いていったように思える。

 

それが逆に少年の心に火を着けた。

何せ時間だけはたっぷりある。まぶたの裏から離れないその神業は夢も目標も持たない少年にとって格好の暇潰しだ。

 

少年は刀を振るう。

 

あそこまで辿り着けると信じている。いや、あれを超すことが少年の目標となった。

山奥で一人で住むに充分過ぎる屋敷の庭で無心を心掛けて、振り上げ、振り下ろす。

 

最初に比べれば格段と良くなったように思える。動作に無駄がなくなったというか、スムーズに斬ることができているような気がした。

 

少年は刀を振るう。

 

少し前まではおじじとおばばと一緒に住んでいたが、もう二人とも墓の中だ。

最初は近くの集落や村に生活を移すことも考えが、思い出が詰まったこの屋敷を守るのも悪くないと思った。

それからというもの、炊事、洗濯、農作業と毎日規則正しく変わらぬ毎日を淡々と過ごしていた。

 

そんなある日のことである。一人の老人がフラりと現れたのだった。

 

少年は刀を振るう。

 

旅人だと言うご老人はひどく疲れていて、腹も空かせている様子。少年は飯と寝床を用意した。

 

老人は恩義を感じたのか何か返そうとしてきたが、少年は金銭をあまり必要としていない生活をしているし、食い物にも困っていない。むしろ困っていたのはご老人の方だろう。

 

少年は気にしなくても良いと言ったのだが、しかしご老人はどうも納得が行かない様子。

しょうがないから駄賃代わりに旅の話を聞かせてくれと頼んだ。この屋敷と近くの集落や村にしか行かない少年にとっては、とても刺激的な話だと思ったからだ。

 

ご老人は嬉しそうに頬を緩ませて、それならお安いご用だと笑った。

ご老人は剣の道を往く剣客とのこと。なるべく人斬りの話を遠ざけて、様々な出会いと別れの旅の苦労話を聞かせてくれた。

少年も男でロマンが好きだ。その話にどんどん引き込まれていった。

 

少年は刀を振るう。

 

少年は老人に最高の一太刀を見せてほしいと頼んだ。

気分を良くしていたご老人は景気良く、良かろうと頷いた。

 

 

ご老人は刀を振るう。

 

 

一人の男がその道に人生をかけた。その一振りは人生そのものだ。

男は五十年懸けて達人と呼ばれるまで成り上がった。それでもまだ足りないと足掻き続けた。

 

それから十年、達人の先を目指した。これまでの五十年を凌ぐ濃密な苦行、地獄を経てその壁を越えた。

 

ご老人は刀を振るう。

 

鞘から解き放たれた刀は濃密な死を宿していた。

それは神仏の域だろうか。剣の極致。そんなところから最も遠い場所にいる少年ですらその死に気づいたほどだった。

 

ご老人は刀を振るう。

 

まっ、こんなものだろう。

そう老人は静かに刀を納めた。何でもないように屈託ない笑顔でこちらを向く。

このご老人は、当たり前のようにあの一太刀を繰り出せるのだ。奥義でも秘剣でもない。ただの一振りが必殺。何て馬鹿げている。ご老人の前に立ってしまった敵に同情を禁じ得ない。

 

少年はキラキラした目で自分もやってみたいと、教えてくれとねだった。

ご老人は少し考えた後、笑って頷いた。手頃な木の棒を振るい、基本的なことを教わる。

なかなか筋か良いと褒められて嬉しかった。

 

少年は刀を振るう。

 

ご老人はもうそろそろで旅に出ると言った。

少年は少し寂しく思ったが、いつかご老人が旅に戻るだろうと分かっていたから、素直に笑顔で送り出すことにした。

 

旅に送り出す手前、また空腹で倒れられても寝覚めが悪い。おにぎりや干し肉といった幾ばくかの食料を渡した。

 

するとご老人はおおそうだ、とポンッと手を叩き、なにかを思い出した仕草をした後、雑木林に走るとガサゴソと漁り始める。

 

ご老人が隠していたのは一本の長い綺麗な刀だった。

ご老人は刀を肩に乗せながら此方にくるとその刀身を見せた。

 

綺麗な刀だろう。何処ぞやの名工が造ったものだが自分には合わん。背がな、ちっとばかし足らんのだ。だからくれてやる。

 

そう言って少年に押し付けた。最後に頑張れよと少年の頭を撫でるとご老人が旅に出た。

 

 

少年は刀を振るう。

 

 

雨垂れ石を穿つ。

それから数年が経ち、少年は長い髪をした流麗な男児に成長していた。屋敷の畑で獲れた農作物を近くの集落に売りに行くと、何やら騒がしく、近くにいた男に話を聞くと大規模の賊が近づいているという。

 

 

逃げるか戦うか。迷うまでもなかった。

当然、何事もなかったかのように

 

 

 

 

 

帰路に着いた。

 

 

 

触らぬ神に祟りなし。

剣に覚えがあろうと青年は棒振しているだけの素人。それに人を斬ったことなどない上に、自分の強さがどの程度のものか分からなかった。

 

たとえどんなに自分が強くなっていようとも多勢に無勢。殺られるときは呆気なく、一瞬だ。

目指しているのは最高の剣技であって、人斬りではない。少し罪悪感やら複雑な胸のうちがありながらも命あっての物種だと自分に言い聞かせた。

 

そうして屋敷に向かった。

だが、それが不味かった。青年も思いもよらなかっただろう。屋敷の方から賊が近づいていることなんて。

 

 

 

青年は刀を振るった。

 

 

青年が屋敷につく頃には服も刀も空も真っ赤に染まっていた。

屋敷について最初の行動は厠に行って胃の中のものを全てぶちまけることだった。

 

着ているものを全て捨てて、身体を執拗に洗い流して、青年は顔を涙やら鼻水やらでぐちゃぐちゃにしながら布団に潜った。ひたすら念仏を唱えた。

一晩中、震えは治まらないし、寒気も消えない。

 

 

手に残るのは、初めて人を斬った感触だった。

敵の凶器が迫ったその瞬間。生きるか死ぬかの中、青年は思いの外迷わなかった。心に直結するように体が勝手に動いた。

 

抜刀して放った一閃はするりとずれ落ちる音と共に、軽く賊の命を奪ったのだった。

 

無意識で無我夢中で斬ったはずなのに、嫌になるほど鮮明に思い出せる。

一人斬れば、二人目を。二人目を斬れば三人目を。それが永遠に続くような感覚で、心底死に怯えながら刀を振るい続けていると、気がつけば立っているのは自分一人だけになっていた。

 

数はいたが正確にはわからない。逃げたのか隠れたのか。

それでも感じる命の気配は自分のみだと、研ぎ澄まされた何かが確信を持って自身へ教えてくれていた。

太陽の高さを見るに全滅させるまでそう時間は掛からなかったらしい。

 

 

 

 

青年は刀を振るう。

 

 

以前よりも鋭くなっていた。

何のためにこの刃を振るうのか。青年はそれをよく考えるようになった。

ただ先日、真実を知った集落の人たちから、たくさんのありがとうを貰った。その事は素直に喜んだ。

 

 

 

この屋敷を出て、旅に出ることにした。

 

 

 

 

青年は刀を振るう。

 

 

 

 

旅をしながら、数多の道場に出向いては試合を繰り返し、時には流浪の剣客や人斬りを相手に死合いする。そんな生活が長く続いた。

 

 

 

そして、青年は『TSUBAME』と出会う。

 

 

 




ツバメ

しゅごい
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