青年は茶を啜る。
旅路の一休み。
空を自由に飛び続ける鳥も、空から降りて木々に止まり、息を整える羽休めが必要である。
剣客もまた同じ。
常に常在戦場の心を持ちながらも、その上でしっかりと気を落ち着かせ、一息つき、また戦うために刀を置く時間が必要だ。
生き死に関わるようになった青年は、ゆるりと世界を見て生きるようになった。花鳥風月を愛で、風流を感じ、流れる時にその身をゆだねる。
この一瞬、この
旅には資金が必要で刀の代わりに鍬をとり、畑を耕すことも珍しくない。だがそれすらも以前と違って楽しく感じる。ただただ惰性で畑を耕していた少し前とは違った景色に見えるのだ。
旅の寄り道、或いは駄賃稼ぎ。
鍬を大地に突き立てる。それを一心不乱に往復すること何十回。一段落して、汗を拭き、息を吐き、一息いれようと顔を上げる。
すると、どうだろう。
目映い太陽に照らされて、力強い大地と共に生きる人の輝きに思わず目を細めてしまう。
生きている。そう心より感じる。小麦色の穂の海に、繋がる命を思い、より心を込めて耕すことになった。
自分の食意地のための農作業が尊いものだと感じるようになったのだ。
青年は茶を啜る。
風が吹けば青い一張羅が嬉しそうにはためく。
旅に出ると集落の人々に伝え、今までありがとうと頭を下げると盗賊退治のお礼にと一張羅を貰った。
袖を通したとき少し大きく感じたが成長したのだろう。今はもう丁度良い。
あれから幾つか季節が巡り、旅をして何度目かの春。桜が舞い落ち、行く道を桃色に染め上げる。花吹雪の中を歩く道は格別に清々しい。
剣の道もまた順調の一言だった。
いくつかの道場にて、試合ったが今だ負け知らずである。筋が良いと誉められ、色々な流派に誘われたが、すべて断っている。
道中、山あり谷ありで用心棒をしたり、流浪の剣客との死合いや盗賊、ならず者どもの相手もすることがあったが難なく退けた。
師事をしてくれと頼まれたこともある。
だが、それも断った。それは自分はただの棒振の域を出ない半端者で、誰かに教える程の者ではないと思うからだ。
ただ斬るのならそこらの武士にもできること。その先に至ってこそ本物なのだと心が叫ぶ。
それに気の赴くまま旅をする風来坊な生活が自分の性に合っている。季節の移ろいと共に様々な場所に足を運び、人と出会い別れながら、色々なものに触れて関わって、自分と他人の世界を広げていく。そんな生活がたまらなく好きなのだ。
剣の道を急くならば、どこぞやの流派に習えば早いし良いのだろうが、あの行き倒れのご老人。いや、名も知らぬ剣聖のように己の力のみであの極致に至りたいとそう思う。
これはもう意地のようなもので、農民上がりのなけなしの信念でもあった。
青年は茶を啜る。
あのご老人の話を思い出す。
もし本気で剣を握るなら覚悟せよ、と。
刀を押し付けながら、いつも朗らかに笑うご老人らしからぬ覇気をもって、幼き頃の青年にそう説いた。
所詮、百姓。鍬の持ち方しか知らない農耕の民。生まれもっての
この刀もそうだった。そうご老人は続ける。
例え鉄をも斬り捨てる名刀だろうと長すぎて使い物にならん。振り上げるのも振り下ろすのも一苦労。何度も打ち合うなど到底出来ない。そんなもの、物干し竿程度しか役に立たん。そう嗤われた。
だからこそ。
とそこまで言うと口を閉じ、黙って少年に刀を寄越した。
この剣を握るなら、嗤わう者たち全てを黙らせる程の剣檄を。その可能性を見せてみよ。
ご老人は言葉にしなくともその目が雄弁に語っていた。
思い出す度にこのままではいけないという熱が体を駆け巡る。だが如何せん前に進むための足掛かりが見つからない。
強くはなっているとは思う。ただそれ以上はない。
あのご老人のように達人の先へと至るために、それこそ壁があるように思う。
それを壊す
青年は茶を啜る。
旅の途中面白い噂を聞いた。
春から夏の終わりまで、ある場所に近寄ってはならないという。
目にも止まらぬソレは戯れに旅人を襲うのだという。ただ命は奪わない。戯れるだけ。それだけだが、度肝を抜かれるほどの衝撃を与えられる、と。
話を聞けば聞くほどわからない。
どの噂も中身は要領を得ないものばかりだ。分裂するとか、時間を逆行するとか、空間を裂くとか、冗談としか思えないことを口にする。
そしてその正体、その名も。
――ーーーTSUBAME――ーーー
青年は最後の一口を飲み込んだ。
悩んでばかりいても前には進めないだろう。
分からぬことをいつまでも考えていても仕方がない。気分転換がてらに噂の場所を目指すのも悪くない。どんものか確かめてみれば良い。
物見遊山はいつものこと。好奇心と面白半分でその場所へ向かうことにする。
青年は空になった茶飲みを置いた。
次回予告
燕は悠々と森の中を飛ぶ。
生い茂る木々の間を縫うように、行く手を阻むものなどないように、縦横無尽に自由自在に飛び回る。
その動きは滑らかで、軽やかで、迷いがなく、優雅に綺麗に流麗に。それはまるで舞うように。
もはや前を見る必要もない。
そこに何があるのか、どんな形でどんな大きさなのか。
分かるのだ。知っているのだ。
そんなもの既に把握している。
背中に迫る神速の凶刃すらも。
当然、一閃は空を斬った。
青年は走っていた。
風すらも置き去りに、流線形に流れる景色がその速さを物語る。
右手には
二代目将監長光が鍛えた名刀である。刃長は3尺余。扱いづらい長さながらも、その切れ味は凶悪の一言に尽きる。
もし、使いこなせたならば、向かうところ敵なしは必然である。
ならば青年が未熟かと言えばそれはあり得ない。
その証明に先の一閃で燕の後ろにあった分厚い木が輪切りに。それだけでは収まらず、その先の岩まで剣圧で輪切りである。
その上で剣には一つの歪みをつくらない。剣士として最上級の才能と身体能力を持っている。
そんな剣士に燕は戯れる。
襲いかかる隙のない連刃を、在ってないような隙を見つけては針の穴を通すような正確さをもって軽く通過し、容易に避ける。
そして、嘲笑うかのように青年の背中を取った。
青年は敵が何処にいるのか、間合いにいさえすれば見えなくとも分かる。青年は己の全神経を注ぎ、振り向き様に凪ぎ払った。
だが、そこにいた燕は残像に過ぎなかった。
青年は地面に足を着け、数歩後退すると立ち止まった。
燕もまた、剣士に相対する場所にある木の枝に止まった。
互いに互いを見据えた。
面白いと、笑いながら。
さあ、もう一度。
燕は飛んで、青年は跳んだ。
片や既に空位の領域にいた化物。
対するは意図せず空位に手を伸ばす怪物。
それは高みに至るための戦い。
次回『秘剣燕返し』
それは名もなき剣客の物語。
誰も知らない無銘の伝説。
青年は無銘である。
だからこそ、佐々木小次郎足り得るのだ。
ぶっちゃけ未定です。
期待しないでお待ち下さい。
平に平にご容赦を