佐々木小次郎、成らずとも。   作:ジースリーエックス

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『秘剣』

燕は飛ぶ

 

 

青年と燕の勝負は時間を置き去りにした。

 

速さ勝負、追いかけっこは青年に軍配が上がる。

青年は跳ぶ。生い茂る木々を足場に立体的に全方位から燕に迫る。

 

燕の呆れるほどの速さには、もう慣れた。ならばあとは追いつくだけ。

木々を駆けるルートは考えるまでもなく、()()()()()。その通りに進めば最早容易に燕を捕ら得ることが可能だろう。

 

背後をとられた数十分前とは別人のよう。この短時間で驚異的な適応力と成長を遂げていた。

 

 

だからこそ、この埋めようのない差を思い知らされるのだ。

 

 

燕は飛ぶ

 

 

間もなく燕が間合いに入る。

肉薄するその瞬間、両者の時間は止まる。正確には振るわれる刃、その刹那。

限りなく世界が緩慢に怠慢にゆっくりになる。

 

泳がしていた刀に気を通す。

力まず、されど抜きすぎず。軽く握りながら腕ではなく体全体で斬撃を放つ。

 

そこは空中である。

踏み込む足場などなく、投げ出された体勢はぐらつき、定められた法則に抗うすべなくあらゆるものが青年の動きに邪魔をする。

 

もしも道場剣術を基礎とする凡百の剣士がこの状況に陥ったならば、なにも出来やしないだろう。

 

何千、何万と気の遠くなるほどの繰り返しの果て、体に染み付いた構え、動作、剣技を必殺とする型に嵌まった剣術。

地上において遺憾無く発揮されるその技も時と場合によって左右される。

 

いや、決して対応出来ないこともないだろう。

だか、限定されるのは間違いない。空中で放つ斬撃などいったい誰が教えている。十全には戦えない。

 

だが青年には関係のない話だ。

 

その剣は無形にして無限。

構えを取らず、無を型とし、ありのままから刀を振るわば振り抜く一瞬で必殺を生み出す。

その有り様はまさしく変幻自在にして千変万化。自由な可能性の体現であり、風のように気ままに、水のように(したた)かに、身体の思うがままに振るわばその体勢から放てる最適解の一撃を当たり前のように導く。

 

そしてそれはいつものように当然の如く、ありとあらゆるものを軽く両断する

 

 

筈だった。

 

 

燕は飛ぶ

 

 

青年は思う。また届かなかった、と。

 

剣士はその格が高いほど、振るったその瞬間にそれを斬ったかどうかが分かってしまう。

見える。見えるのだ。見えてしまうのだ。

これは直感ではなく、幻ではない。心眼だ。

 

燕が刃が迫るその一瞬を体をねじり、ドリルのように回転させて、その刃を避けて見せるだろう。

そう、幻視した。

 

そしてやはり、そう避けた。

 

目の中の瞳だけが燕の動きを追いかけていた。

見えているのに斬ることが出来ない。なんとももどかしく、腹立たしい。

それは如実に実力の差がそこにあるのだと表しているのだからなおのこと。

 

剣の極意は至極簡単で幼稚だ。

敵より速く敵を斬ることである。

 

だが、目の前の化け物は速いことに意味はない、そう戯れるのだ。

 

そもそもこの燕はもっと速いのだろう。

遮るもの無き自由な空ならばいざ知らず、行く手を阻む物の多い森林で空と同じように飛ぼうともそうはいかないのは道理。誰もがわかる。

だが、燕は憎たらしいことにそれら全て分かった上で、余裕綽々とハンデを与えてると言わんばかりにその勝負を続けるのだ。

 

この燕を斬るには速さだけでは意味がない。それは勝負に大切な要因の一つだがそれだけでは圧倒的に足りていない。

 

青年は空位の前に立ちはだかる壁を乗り越えられずにいた。

 

 

燕は飛ぶ。

 

 

剣聖たる老人から教わったのは、基本中の基本のみ。

型ですらない、上から下に振り下ろすだけの簡単な確認動作。己に学んだ流派などなく、師も居らず、ただ闘争本能に身を任せ、命のやり取りの中で見出だし掴んだ感覚に全てを掛けた。

 

故に我流。

 

この振るう剣は、たゆまぬ鍛練と気の遠くなるほどの反復と数えきれない実戦の積み重ねて生み出したもの。

 

その剣術は己の人生そのものと言えた。

 

 

燕は飛ぶ

 

 

幼い頃、両親を亡くし、祖父母を亡くし、天涯孤独となったその時、少年は空っぽになった。

 

人が死ぬこと。それは当たり前で仕方のないことだ。誰しも経験することで平等にいつかは訪れる絶対的な別れ。それが他の人より早かっただけなのだ。だけど、あまりに早すぎたと思うのは間違っていないと思う。

 

独り、広くなった家で考える。

過去にすがるほど弱くはなかった。けれど、未来に希望を持てるほど強くはなかった。誰かに頼る気力が持てなくて、いつしか孤独に慣れてしまうほど全てに諦めていた。

家族から教わった畑仕事に目を向けていると気が紛れた。現実から逃避するように、嫌なことから目をそらすように畑を耕すだけだった。

そんな少年に変化をもたらした通りすがり剣聖。

 

最初は行き倒れの情けないご老人という印象であった。だがしかし、その生涯をもって磨き上げた絶技に、その一振りに魅了された。

 

 

燕は飛ぶ。

 

 

その時初めて人生に目標が出来た瞬間だった。

 

遊びもなく、夢もなく、何もなくなった少年に中身が注がれた瞬間だった。

あれから、もう何度季節が回っただろう。

青年は剣聖の領域にいた。

才能はあった。努力もした。時代も環境も良かった。だから今がある。

 

だからこそ分かる。あと一つ何かが足りない。

この目の前にある見えない壁こそ、あのご老人ご生涯を賭けて切伏せようとしたものなのだろう。

そして、あのご老人はそれを見事に斬り捨てたのだ。

 

 

燕は飛ぶ

 

 

ご老人の言葉が頭に流れる。

 

女子(おなご)は佳いぞ。」

 

「あの団子屋は旨かった。」

 

「あそこの師範代はケチでのぅ。」

 

随分色々なものを教わったものだ(意味深)。

 

「人生に無駄なぞ無いわ。その全てに意味がある。絶望も挫折も苦悩も、夢も希望も幸せも、その全てがお主に必要なものなのじゃよ。今はまだそれに気付いておらんだけじゃ。」

 

そう言って撫でられた頭はじんわりと温かかった。

 

「無理なことなんてありゃせんわい。決めつけは良くないぞ。儂のような老いぼれが剣聖なんじゃ。農民が剣聖になっても、な~んもおかしくないんじゃよ。」

 

そう言ってくれたご老人と共に振るった素振りは楽しかった。

 

 

 

「最強の技、のう。・・・そうさな。逃げ場のない剣は恐ろしいのう。ほぼ同時で来る剣は動きを読めば捌ききれんことはないが・・・。全く同時に来る剣は流石に恐ろしいわい。正面から受けたくはないの。」

 

 




まずこの拙い文章を楽しみにしてくださっている心優しい方々、こんなに更新遅れてマジスンマセンしたぁ。

言い訳させていただけるなら、燕のハードルを上げすぎました。ええ、正直今でももて余してます。どうしましょう。



あっ、次回最終話の予定です。
またお時間いただきますが、ご了承いただけると嬉しいです。長い時間いただきます。ごめんなさい。
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