「プロフェッサーァァァァァッッッ!!」
ザジスは人間の姿で眼前に立つ黒マントの紳士服を身に纏う壮年の男性、プロフェッサーに対し、怒気を放ちながら捲し立てた。
「あと一歩でアマゾン・アルファの抹殺は確実だった!! なのにあの場面で俺を喚び戻すたぁどういう了見だぁッ?!」
猫科特有の唸り声を上げつつ、何故あの作戦時に自分を強制的に呼び戻したのか。
そのことを問い質しても、プロフェッサーの答えは一貫したものだった。
「事情が変わった。あの方から直々にお前を喚び戻せと命令を賜ったのだ」
「!!」
顔に驚愕という情を張り付けて、目を剥いてありえないとばかりに硬直するような動揺を見せるザジス。そんな彼のことなど歯牙にもかけず、ただ淡々と事実のみを言葉の羅列として紡ぎ出していく。
「あの方……“首領”の御言葉は我々ヴィスト・ネクロにとって絶対のもの。二度言うがこれは首領直々に下した事。そして、貴様を喚び戻す命令を請け負ったのはこの私だ。
これに異を唱えるのならば……私も黙ってはおれんぞ」
常人ならば失神してもおかしくない程の怒気をザジスは放っているが、それ以上の殺気を明確な圧力として出したプロフェッサーの姿を前にして、ザジスは身体の中の臓物全てを押さえ込まれるような…そんな圧迫感に苦悶の声を漏らした。
「グゥゥッッッ!!!」
これ以上はザジスの身が持たないと判断したのか、プロフェッサーは殺気を消し去り改めてザジスを見据える。
「がっ、はぁ、はぁ………ボスの命令なら仕方ない。それが分かんねーほど俺は間抜けじゃねーよ」
立つ足が震えを起こしてはいるが、それでも膝を折り地に付けるようなことはしなかったザジスに少しばかりだが感心の意をプロフェッサーは内心に示した。
「分かればいい。それにまだお前の作戦は終わっていないのだろう?」
「ああ。アンタにもらったアレをきちんと蒔いておいた。芽が出るまで少しばかり時間は掛かるがよ……その分、でっけー成果が期待できる」
そんな不敵な台詞を吐いては、ギラリとした鋭い歯が並ぶ口の端を、限界まで釣り上げて凶暴な笑みを作り上げるザジス。
そんな彼をまるで煽るかのような女性の声が2人の耳に届いた。
「随分と自信満々なことだけど、あまり過剰にならない方がいいわ。失敗した時の後悔や苦悩は自信が大きい分、同等に大きい」
暗闇から聞こえて来た声の主は、ザジスとプロフェッサーの2人を照らす円形の光へと入り、その姿を照らす形で晒し出す。金糸を織り交ぜたかの如きの長髪をポニーテールに纏めた一人の女性だった。
旗服に西洋の製法を取り入れた俗にチャイナドレスと呼ばれる中華イメージの服装を妖艶に着こなし、年格好で言えばナナと同じか。アメジストカラーの双眸が特徴的で、その肌は少しばかり褐色に焼けている。
「久しぶりねザジス。プロフェッサー。例の襲撃計画は失敗に終わったそうだけど、何か他に企んでるの?」
「ハッ、せいぜい余裕ぶってろ。次はうまく行く」
どこか挑発的な口調のチャイナドレスの女性だが、とうのザジスはそれを鼻で笑って軽く流した。
「“アレニス”。よく戻った」
プロフェッサーが口にしたアレニスとは、他ならぬチャイナドレスの彼女のことである。
彼女はプロフェッサーの言葉に笑みを浮かべて答える。
「首領の命令とあれば即参じるわ。幹部ですもの」
「俺、忘れるな」
また別の声が聞こえた。今度は男性の声で光にやって照らし出されたその姿は筋骨隆々とした大柄な体格とオールバックに逆立った黒の短髪。
格好は茶色のコートを着てはいるが、その中には何も着ておらず。中央の開けた部分からは逞しい胸筋と腹筋が見て取れる。
「“ファント”。遅いぞ」
「俺、遅い。今に始まったことじゃない」
言葉の頭に俺と付け、何処か端的とした口調の男はプロフェッサーの指摘に対し、反論を返した。
名をファントと言うらしい。
「やあ皆。久しぶりに会えて嬉しいよ」
相変わらず爽快さを感じさせる声にローブ姿。顔をフードで隠した少年“シャドウ”がその場に立った。
「久しぶりだ」
「シャドウは相変わらずね」
ファントは端的に挨拶を述べ、逆にアレニスは特に変わり様のない同僚に対し、そんな感想を述べる。
「それで、何故僕等を強制的に喚び戻したのか。その理由を是非お聞かせ願いたいなプロフェッサー?」
「それは我らが首領が直々にお答えする」
『よくぞ集った。我が子等よ』
揺るがぬ氷のような零度と硬質。この二つを兼ね備えたような厳格を声に込めながらも、慈悲深い聖母のような暖かみを覚える。
そんな不思議な声が幹部たちの鼓膜を揺らし、その存在への意識を絶対なものとした。
幹部等の視線は声の主へと集中される。
視線の先……幹部等の眼前に降ろされた薄い肉質の膜が開幕の如く左右に開かれ、その先にいる存在の全貌を明らかにした。
まず目に入るのは、その体長。
抱擁力豊かな胸部に美しく整ったプロポーションを併せ持ちながらも、その大きさは人間のそれでなく、フランクスと同等かそれ以上かもしれない。
肌は血を浴びたように真紅に染まり、前髪が正しく整った和風の姫のような髪型で、後ろは腰まで伸ばしている。髪を彩るその色は星のない夜を連想させるような漆黒。
額には中央に分かった髪の境から瞳が緑色のの黒い眼球が縦状に顔を覗かせており、瞬きをしない確固とした視線で幹部等を見据えていた。
ちなみに両眼も同じような色彩となっており、こちらは配置的には普通で特に変わりはない。
そして、これを忘れてはいけない。
この存在を前に最も驚愕し、あるいは身の毛もよだつ恐怖に身を震わせ、または心底から込み上げて来る形容しがたい感情に襲われるかもしれない下半身の部位。
そこに人間の足らしきものはなく、あるのは皮膚と同じく真紅に染まった体表。全体的に芋虫のような、あるいはシロアリの女王とも言えるブヨブヨとした肉塊。
そこには、“顔”があった。
男性に思えるもの。
女性に思えるもの。
性別は分からないが、幼い子供と思えるものや老人のそれなど。多種多様とも言えるべき顔が肉塊に計10個と張り付いていたのだ。
「お久しぶりです。我等がヴィスト・ネクロの首領“十面姫”」
十面姫。
それこそがヴィスト・ネクロの首領たる鬼女の名。
このアマゾンで構成された組織の頂点に君臨し、地球という世界を手中に収めるべく人類の殲滅を企てる異形の姫君。そんな彼女は悪鬼羅刹のような外見に似合わず慈悲深い微笑みを浮かべては、片手で頭を支え、寝そべるような涅槃姿で幹部たちを見据えた。
『お前も変わらずで嬉しいぞプロフェッサー。研究の進行具合はどうか?』
「目下順調。支障なく研究は進んでいます」
『よい。それでこそプロフェッサー。幹部に恥じぬ働きは見事だ』
「お褒めに預かり光栄の極み。ですが、幹部として当然のことをしたまで」
賛辞の言葉を受けつつも、自分は自分に課せられた事を成したに過ぎないと。
あくまでプロフェッサーは謙虚な姿勢で答えた。
『さて。では早急に、何故お前たちに召集をかけたのか。その理由を言葉として述べねばなるまい。七賢人という、あの老害共の指揮の下、APEによるグランクレバス制圧作戦の実行が近い』
グランクレバス制圧作戦。
その言葉に補足の声を上げたのはシャドウだ。
「君達はもう知ってると思うけど、グランクレバスと呼ばれる場所は大小形問わず、夥しい無数の叫竜がひしめき合っている。理由は彼等にとって重要な“ある兵器”が隠されているからなんだ」
「兵器だと? そいつは初耳だな」
ザジスは初めて聞く情報らしく、怪訝な表情を浮かべた。
「まぁ、僕もつい最近になって知ったからね。ともかくその兵器をAPE側の人類は求めてる。詳しい理由までは分からないけど」
「ふむ。さすがにそこまでの情報は得られないか」
プロフェッサーの言葉にシャドウはフードに覆われた中で苦笑を零す。
幹部には、それぞれ自身に適した役目と責務を与えられており、シャドウ自身はAPEへスパイとして潜入し情報を収集。又は計画の障害となる者の暗殺など諜報任務を役目としていた。
これまでに有益な情報を得てきたシャドウも、さすがに仔細且つ最重要情報は手に入れることはできなかったようだ。
「で、その兵器がなんだってんだ? 危険って
話ならさっさと破壊しちまった方がいいんじゃねーのか?」
ザジスは面倒臭そうに鼻を鳴らしては、正論とも言える意見を述べて来た。
「そうだね。確かに兵器というだけあって、アレは相当危険らしい。万が一僕等にそれが向けられでもしたら……ボン!だからね」
茶目っ気を含ませた声音でシャドウはそう言うが、実際の所あまり笑い話とするには物騒過ぎる話題だろう。
「ってことは、俺たち幹部様らが総力を上げてぶっ壊すんだな。面白れぇッ!」
ザジスの暴力的とも言える実力主義な発言に対し、アレニスが溜息を吐いた。
「あのねぇ、そんな簡単に行けば苦労ないわよ。うじゃうじゃと沸いて来る叫竜が相手じゃ私達が捕獲し、兵器運用に成功した叫竜の計500体をぶつけても数の差で負けるのは見えてる。どうやってグランクレバスを攻略する気なの?」
正論過ぎる言葉にザジスはぐぅの字も出ず、沈黙する他なかった。
『問題ない。あの地に犇めき蠢く叫竜の相手はAPEの連中のフランクスに任せればいい
。それに“例の件も済んでいるのだろう”?』
「はい。既に全てにおいて100%完了致しました。貴方様のお言葉があれば、いつ如何なる時でも可能でしょう」
プロフェッサーからの“ある計画”からの報告に満足そうに十面姫は笑みを浮かべた。
『そうか。そちらの計画も順調のようで安心したぞ。さて……そろそろ話を本筋に戻すが、お前達幹部にはある事を任せたい。それは……』
ほんの一間を置いて紡ぎ出された首領たる鬼女の言葉は、プロフェッサーを除いて騒然とさせるには十分過ぎるものだった。
※ ※ ※
ミストルティン。パラサイトであるコドモらが暮らしている居住区だが、その屋敷の居間では大人にして、“仮面ライダー”と呼ばれる者でもある男がソファーに腰を下ろし、ぐでっと寛いでいた。
しかも、片手にはアルコール度数の高い酒の瓶が握られている。
「いや〜一時は死ぬかと思ったが、まぁ、何とかなって良かった良かった。うん」
そんなことを呑気に宣っては酒瓶を口に付け、頭を上に向けた状態で豪快にゴクゴクと喉を鳴らしながら胃へと垂れ流していくその様に先の戦いでの鬼の如き殺気と暴れっぷりを伺い知ることは叶わない。
正直に言ってしまえば、ほぼ休日のおっさんその物だろう。
ほんの二日前に死にかけたとは思えないその不死身っぷりに対し、彼の側にいる13部隊のコドモたちは、呆れやら戦慄やら。
そんな感情を諸々と感じていた。
「刃さん何飲んでんの?」
頬を真っ赤にして完全に気分良く酔った様子の鷹山に対し、彼が手にして口にしている酒瓶の中身の正体についてが、ゾロメにとって十分興味を引くものだった。
「おー、これか? こいつはな、大人の疲れや日々の嫌なことを消して良い気分にしてくれる魔法の飲みもんだ。ビールってやつだ」
そんな彼に鷹山は魔法の飲み物と嘯く。
「飲んでみるか?」
「え、いいんですか!! そんじゃあ………う、う˝え˝ぇぇッ!!」
持ち主の許可を得て一口。
するとどうだろうか、ゾロメは気持ち悪そうに顔を歪め、しかも勢いよく口に含んでいたビールを吹き出した。
「きゃああッ?! もう何よ! 急に吐き出して汚いじゃん!!」
「ま、ま、まじぃぃ〜………」
「がっはっはっはっはっ!!!!!! こいつは人を選ぶからな! お前の口じゃ合わなかったってことだぁ。ぷぷッ!!」
ミクの非難など耳に入らないほど強烈に不味かったビールの味は、ゾロメの舌に今尚残留しており、口を濯がない限り、厄介な後味の悪さは取れないだろう。
一方で鷹山は“引っかかった!”と思ってそうなニヤリ顔で人の悪い事を笑いを交えて言ってのける。
「こんの〜、うりゃああッッ!!」
「ちょ、やめなって!」
思わず頭に来て飛びかかろうとしたゾロメを後ろから抑えたのは、フトシだった。
その大らかな体格に似合ってか、結構パワーがあるフトシの力ではどうにもできず、ジタバタともがくしかないゾロメの顔は真っ赤に染まり、怒り心頭なのが一目見ただけで嫌でも分かる。
「悪かったよ。まぁ、なんだ。前の件でアレかなと思ってちょ〜っと場を和ませたつもりなんだが……そんな必要なかった?」
「そんなズルズル引きずるようなものじゃないですよ。それより、何か用があるんですか
?」
聡いイチゴは鷹山がただの気まぐれや暇潰しで、ここへ来ることなどない事を知っている為、さっさと要件を問い質した。
「別に大層な事じゃない。こうして傷も完治したし、そろそろ届くから対アマゾン戦の訓練を始めたいと思ってな」
「届くって、何がですか?」
疑問符を浮かべる13部隊の代弁にイチゴが聞いて来る。鷹山は“んなもん、決まってるだろ?”と言いたげな顔でイチゴやみんなに向けるがそれでもきちんと口で答えを述べた。
「対アマゾン戦専用武装。お前ら13部隊が扱い易いよう調整、安全・強力に改良された特注品一式。俺が頼んでたんだが、ようやっと完成したみたいでな。明日にはこっちに届くそうだ」
簡単に言えば、通常の武器や兵器が意味を成さないアマゾンに対し、有効的効果を発揮できる武装のことだ。
これに関しては以前のアマゾン講座で聞いていたので、特に疑問に思うことはなかったが
いよいよ対アマゾンの訓練が始まると思うと不安の気持ちが強かった。
「その……刃さん。アマゾンって、その、人を食べるんですよね?」
「ああ。やっぱ怖いか?」
「そ、それは……」
アマゾンは人を食う。入隊式での惨劇を目にしてなかった為にイマイチ現実味が持てなかったナオミが鷹山にそんな質問を投げかけて来た。
それに答えつつ、逆にアマゾンと戦うことに関して聞いてみれば視線を横に泳がせ、言い澱んでしまうナオミの姿は口にせずとも明白なものと言って良かった。
「一つ言っとく。“怖がらない必要は何処にもない”。叫竜との戦いもそうだがよ、なにより自分が相対するモノに恐れを抱け。そして、それを前にしてどう立ち回るか。戦いの基本中の基本、ちゃんと覚えとけよ?」
いつになく真面目な口調と視線でそう語る鷹山は、しかしこんな場面でも酒を飲むことを止めず、くびっと飲んでは汚いゲップをもろに吐き出す。
色々台無しだが、しかしただの呑んだくれの戯言と一蹴するには強い説得力と心に突き刺さる何かがあった。
「んん? そー言えばヒロとゼロツーどした? あとココロの嬢ちゃんとミツル坊ちゃんの2人もいないな」
ここにいるコドモたちは、イチゴとゴローのデルフィニウム組。
ゾロメとミクのアルジェンティア組。
そしてクロロフィッツ組の1人であるイクノにジェニスタ組のフトシだけで、鷹山が指摘した4名はこの場にいなかった。
「ココロはこの時間になると花の水遣りしてるけど、あとの三人は知らない」
ミクはそう言い、視線をイクノへ向けた。ミツルのパートナーであるから何か知ってるかもという、アイコンタクトだ。
「悪いけど、私も分からないわ」
「ヒロとゼロツーってさ、なんだか仲良さそうだし、2人で楽しいことしてるじゃないかな? 俺もさ、ココロちゃんと一緒に何かしてると結構楽しいし」
「ノロケかよ」
フトシの話を聞いて出た感想がそれだったゾロメは、ケッと鼻を鳴らして皮肉的な発言を吐く。
「まっ、とにかく近々そーいうことがあるってこと把握しとけよ?俺が言いたいのはそれだけ」
そう言って鷹山はビールの入った酒瓶を片手にブラブラと振るようにして携えながら、そう言い残して居間を去っていく。
「刃さん、大丈夫……なのかな? アマゾンのおかげって所もあるだろうけど、風穴が開く位の大怪我だったし……」
ナオミが憂い気のある視線を鷹山が去っていった方へ向け、そんなことを呟いた。
彼女なりに心配しているのだ。
「んなもん見れば分かるだろナオミ。全っ然ピンピンしてんじゃんか」
しかし、ゾロメはその呟きに否定的なようだ。ビールで騙された事もそれに拍車をかけていた。
「こう言うのもアレだけど…人間離れしてるよね、刃さん」
「イクノ!」
イチゴが非難の声を上げる。イクノは自分の言葉が心許ないのを自覚していた為か、黙然とし顔を下へ伏せてしまった。
「まぁ、でも良い人なのは間違いと思うよ?」
「そうだな。あんな感じでも俺達の事、よく見てくれてるしな」
「本当か〜?それ」
フトシとゴローの鷹山に対する好評の言葉にゾロメはやはり否定的だが、何も本心という訳ではなかった。鷹山という男と出会い、共に過ごしてまだ短いながらもその人柄に関しては凡そ掴めてると言っていい。
飄々とし、呑気。
見るからにダメな空気を纏いつつ、有事の時には本領を発揮して鬼のような殺気迫る激戦を繰り広げる猛者。
そして、自分たちが知らないことを教えてくれるオトナ。
挙げればこのようなものだが、それでもまだ自分達は鷹山刃圭介という男のことを知らないのかもしれない。少なくとも、イチゴはそんな根拠のない勘に基づいた、そんな気持ちが僅かながらもあった。
※ ※ ※
ミストルティンの片隅に設けられた温室には、様々な種類の花たちが育てられており、人はコドモたちを除いて、それ以外では全くと言っていいほど来ない。
そも、このプランテーションにおけるオトナもまた厳正されたルールに従っており、このコドモたちの居住区であるミストルティンに独断で来るなど有り得ないことなのだ。
「うぐっ…!!」
その場所で一人、常に持参している精神安定も兼ねた体調管理の為の錠薬を五つほど飲み込んでいた。
「はぁ、はぁ、………クソッ! 僕とアイツで何が違うんだ?!」
苦悩と焦燥をこれでもかと捻じ込み、やっとの思いで吐き出されたようなその言葉の真意は、彼のみにしか知り得ないものだろう。
少なくとも、彼がこのようになっているのは幼少の頃からの虚弱体質にも寄るが、1番の原因はヒロ本人だ。
"あの日"を境にミツルは大きく変わった。
排他的な冷淡な性格へ変貌し、仄暗い感情の矛先は常にヒロを向けられていた。正直、あのままヒロが消えてくれさえすればミツルとしては満足だった。
憎かった奴を、かつて尊敬し憧憬の念さえ抱いていたヒロが落ちこぼれと化し消え去る。
これ以上の悦びがあるだろうか?
しかしヒロはナオミに代わる新しいパートナー、ゼロツーを連れて復帰。
しかも、適正値ではフランクスへの搭乗が不可能だったにも関わらずストレリチアを乗りこなして見せたのだ。
最初こそは偶然かと思った。
パートナー無しでもフランクスを動かせると言うゼロツーの特異体質についてはハチから
情報として聞かされていた為、所詮はゼロツー頼みに過ぎないと高を括っていたがそれは
間違いだった。
曰く、もし彼女だけの力で搭乗していた場合、ストレリチアは獅子の姿をしたスタンピート・モードとなってしまう。しかし最初にヒロと乗った際にはこのスタンピート・モードから通常の人型へと変形した為、彼女だけの力で乗っていたという説は否定となる。
しかも、悪いことにそれだけではなかった。
「なんで……貴方が獣人なんですか……」
獣人。正式な名をアマゾンと呼ばれるその存在については、幼少の頃から一般的知識の内として教わった。
曰く、人のタンパク質を好んで食らう人食いの生命体。
しかしプランテーションのセキュリティーを突破することは不可能な為、まず遭遇する事など一切無いと。そう教えられて来た。
だが違った。
アマゾンはヴィスト・ネクロと呼ばれる組織を作るほどに知性を高めて人類へと牙を剥いた。食糧を得る目的で襲うのではなく、明確な人類への悪意を向けて襲い掛かる人型の獣
。
それがアマゾン。
しかし実際のところ鷹山刃圭介がそうであるように人間に味方し、人と共にあるアマゾンも存在したのだ。そしてその中にヒロはいた。本人でさえ気付かない内にだ。
彼が人ならなざる者と知った時、自分の心は混乱と共に複雑な感情が脳内を埋め尽くすように交差し、ただ驚愕しかなかった。今、こうやって冷静に考えてみても、明確な回答が不思議と出なかった。
考えれば考えるほど、自分が不明瞭に曖昧になって分からなくなってしまう。
憎かった筈だ。
アイツのせいで自分は心に傷を刻まれた。
なら、化け物だと言って罵ればいい。
フランクスに乗れたからって、それはゼロツーのおかげだ。ゼロツーがあってこそのお前
なんだと見下して嘲笑えばいい。
言え。言え。言え。
言うんダァァァッッッ!!!!!
「ミツル君?」
まるで悪魔の囁きとも言える負の思考。
その深い泥沼からミツルの意識を現実へと引っ張り上げたのは水の入ったジョウロを手に持ったココロだった。
「ど、どうかしたの?」
「………別に。なんでもありませんよ」
素っ気なく淡々と冷静な態度で答えるミツルは、何でもないかのように立ち上がりココロに背を向けた。
「貴方こそ何でここに?」
「えっと……この時間はいつも花に水をあげてるから」
少し戸惑いに答えるココロ。どうやら彼女にとって自分以外の人間がここに来ることはなかったようだ。
ミツルもそうだったからこそ、ここに来たのだ。
「あ、あの! もしかして何か困ってたり、してるのかな? だったら私でもいいから相談…
」
「同情ですか? 貴方にしてほしいことなんて
一欠片ほどもありませんよ」
ココロへ顔を向けたミツルの視線は、暖かさというものを感じさせない冷淡な、ある意味
普段の彼以上にクールなものかもしれない。唇から紡ぎ出す言葉もそうだ。
冷たく排他的。他人を信じないと既に断言している姿勢が嫌と言うほど伝わって来る。
「ち、違うよ! 私はただ…」
「同情なんて目障りなだけです。貴方は他人を気にかける癖があるみたいですけど、そういうのは早く捨てた方がいい」
普段よりも排他的な言葉でココロを拒絶したミツルはそのまま何も言わず、温室を後にした。
ココロはその後ろ姿を見て何を思ったのか……心配か。悲哀か。もしくは後悔か。
そんな様々な感情を織り交ぜたような顔でミツルの後ろ姿を見つめていた……。
ちょっとした新キャラ解説
・アレニス
ヴィスト・ネクロの女性幹部。外見はチャイナドレスを身に纏った金髪に紫石の双眸
、褐色の肌が特徴。名前の由来はフランス語で蜘蛛を意味するアレニィを捩ったもの。
・ファント
筋骨隆々の巨漢の幹部。上半身コート一枚と黒の長ズボンと言うラフな格好と大柄な
体格が特徴。言葉の最初に『俺、』と付ける癖がある。名前の由来は英語で象を意味
する『エレファント』から。
・十面姫(じゅうめんき)
ヴィスト・ネクロの首領的存在。上半身は人間の女性のそれだが、肌が赤く額に縦状
の第三の目が覗かせている。下半身に人間の腰部・両足は全くなく、あるのは十個の
様々な顔が覗かせるブヨブヨとした赤い肉塊。
普段は仏像の涅槃のような寝そべった姿勢をしており、全長はフランクスより数段大
きく、その保有する力は未知数。
名前の由来と元ネタは原点であるアマゾンのゲドン首領『十面鬼ゴルゴス』から。
ちなみに涅槃姿は仮面ライダーXのラスボス『キングダーク』のオマージュ。
※
今回はヴィスト・ネクロの幹部全員集結&首領登場。そしてコドモたちの日常回に
スポットを置いた話です。
この時期のミツルって結構クールでキザでナルシスト感が出てましたよね。それが
物語中盤と終盤でああなるなんて………そんなミツル……いや『ミツココ』は本当に大
好きです。