ダーリン・イン・ザ・アマゾン   作:イビルジョーカー

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感想……ほしいデス。





両都市防衛決戦 前編

 

 

 

 作戦決行の数時間前。

 

 夕暮れの色に染まり切った大空の下、警戒態勢を取りつつ、これから二つのプランテーションへ侵攻するであろう叫竜の群れに対抗する為の人型ロボット兵器フランクスの最終調整を満遍なく行なっていた。

 

 叫竜の脅威に対抗できるのは、フランクス。

 

 例外なくそれ以外の兵器では叫竜に致命的なダメージを与えることは不可能。だからこそ最終調整は入念にしなければならない。

 たった一つのミスも許されてはいけないのだ。そんなピリピリとした雰囲気に包まれる中でゴローは、ヒロとの相部屋の扉前へ佇んでいた。端末で連絡を取り、話があると予め伝えておいてある。

 返答はわかったと承諾のもので、ヒロの性格上バックレると言うことはないだろうとは思いたいが

、仮に何処かへ逃げてたとしても、イチゴの為に何が何でも見つけ出して強引でも何でも説得しなければならない。

 それがゴローの決意だ。ノックをし、入るぞと一言告げてから扉を開けて部屋へ足を踏み入れるが自身の目に飛び込んで来た光景に堪らず、叫んでしまった。

 

「ヒロ!!」

 

 ヒロが呻きながら倒れている。すぐさま安否の声をかけ、容態を確かめる。高熱としか言えない程にヒロの体温は上昇しており、大量の汗が大きめの玉響を形成するか、もしくは滝のように下へ下へと流れていた。

 身体が高まる熱を少しでも引かせようと体内の水分を汗として出しているのだろう。が、まるで引く事もなければ回復する気配が一向にない。おまけに呼吸が荒く、まるで激しい運動でもしたのかのような状態だった。

 

“まずい!”

 

 ゴローはヒロの容態を確認し把握した瞬間、自分の手には余る事だ時間をかけず、すぐに理解できた彼は端末でナナに連絡を図ろうとする。しかしそれを止めるようにして端末を取る手の手首の部位を掴むもう一つの手。当然だが、端末を持っているゴローの手とは別のもう片方の手ではない。

 

 紛れもなくヒロ自身の手だった。

 

「おい、何やって……?!」

 

「頼む………誰にも、言わないで…くれ…」

 

 荒い呼吸と共に絞り出される掠れたような声。

 だが、そこに尋常じゃない何か必死なものを感じたゴローは、とりあえずは端末をしまいナナへの連絡を一旦止めることにした。

 

「あ、ありがとう……はぁ、はぁ、」

 

「……水、飲むか?」

 

「……ああ。頼む」

 

しばらくして水を透明なガラスの容器に入れてゴローは部屋へ戻り、その容器から注いだ水のコップをヒロに差し出す。手に取ったヒロはすぐさまコップを口まで運び、グビグビと勢い良く飲んでいく

。ついでに鷹山から渡されたあの薬を2錠飲み込んだ。

 

「ぷはぁッ! はぁ…はぁ…はぁ……助かったよ。本当にありがとうゴロー」

 

 最後の一滴まで飲み干したヒロは相変わらず顔色は悪いものの、それでも少しはマシになったようだ。それは水を飲んだからと言う訳ではなく薬の効果による所が大きかった。

 

「……ヒロ。もうフランクスには乗るな」

 

「え?」

 

「お前、ストレリチアに……ゼロツーと一緒に乗ってそうなったんだろ?」

 

 ゴローの言葉は、明確にヒロの図星を突いていた。暫し無言だったヒロだが、やがて口を開いた。

 

「もしかくて、聞いて……た?」

 

 それはヒロが鷹山と会話をしていたあの時の事を意味するもので、ゴローは否定も言い訳もせず素直に頷く。

 

「……ゴロー。俺さ、今とっても満足してるんだ。幸せって言ってもいい。フランクスに乗れないって思って、絶望して、いつも気が沈んで生きてていいのかって疑問ばっかりだった。でも、ゼロツーに出会えてフランクスに乗って……パラサイトになれた」

 

 それは他人に言えず、言うつもりも更々なかった嘗て抱いた負の情念。葛藤。後悔。

 しかし彼はそのまま終わることはなく、希望を見出せた。

 

「みんなと戦えたんだ。駆除班として戦った時もあったけど、やっぱりパラサイトとして誰かの為にみんなと戦う方が俺は好きだ」

 

 アマゾン・イプシロンとしての自分は、醜い。

 少なくともヒロはそう思っている。アマゾンとなって自覚した平気で他者の命を壊し、その悦楽に浸る凶暴な本能は、まさに“おぞましい獣”と唾棄すべきアマゾンとしての本質だ。

 だからこそ彼はアマゾンとして戦うよりも、仲間やオトナを守るパラサイトとして戦い、自分自身の存在意義を得たい。それがヒロの願いなのだ。それで自分が死ぬことになったとしてもヒロは容易に受け入れるだろう。

 自身はアマゾン。人を食い命を殺す獣。

 ならば、そう成り果てて殺されて死ぬよりかは大切な人達の役に立って死にたい。少なくとも彼はそう考えている。

 

「ふざけんなよ!!」

 

 だが、そんな彼の意志をゴローは否定する。

 

「誰もお前に死んで欲しいなんて思ってないし、死ねなんて言ってない!! お前がアマゾンかなんて、関係ないんだ!!」

 

 ヒロはヒロ。親友となった日からゴローの中でその事実だけは何一つ変わってなどいない。

 

「イチゴも同じだ! イチゴにとって……お前は特別で、本当に大切なんだ……それは俺だって同じだ」

 

 ゴローの瞳は、真っ直ぐヒロを見つめて離さない。冗談はなく真剣のそれだ。

 

「俺は昔、お前に助けられた。教えられた。力だけ振るって周りを傷つけて……そんな俺をお前は変えてくれた」

 

 ガーデンにいた頃のゴローの性格は今と比べて信じられない程かなり荒れていた。オトナにも反抗的だった彼は、とにかく暴力で物事を解決しようという傾向が強かった。

 

 自分を馬鹿にする年上のコドモ。

 

 自分より弱いコドモ。

 

 命令するばかりでつまらないオトナ。

 

 何もかもが暴力を振るう理由に溢れていて、その都度何故か寂寥な虚無感が心に穴を開けていた。 そんな彼の前に現れたのがヒロだ。当時はただムカつく目障りな弱いコドモだと思っていた。

 だが、自分に何度殴られようとも事ある毎に盾突き、反発し合った。

 

そんな日々が流れる中で、ヒロとのある出来事がゴローを今の彼へと変えた。

 

「お前を想ってくれる誰かの事も少しは考えろ!! 頼むから……もう少し周りを見てくれ」

 

「ゴロー……」

 

 親友の言葉は偽りも何もない本心だ。それをヒロが分からない筈はなく、だからこそ彼の言葉は、正論過ぎてヒロの胸中に深く刺さり込んでいく。

 

確かにゴローの言う通り、自分は周りを見てこなかった。

 

 今もそうだが、こうなった原因は思いつく限り段々とパラサイト候補としての成績が落ちていった時期の頃からだ。あの頃から自分はとにかく必死に訓練ばっかりで、周りの心配を余所に無理や無茶をしていた記憶がヒロにはあった。

 

 何が何でもパラサイトになって、役に立って見せる! 自分の存在意義を証明してやるんだ!!

 

 そんな決意をもって努力と時間を注ぎ、訓練に打ち込み明け暮れていた毎日だったがついにそれが実を結ぶことはなく、ただ失敗を重ねて無に帰すのみだった。

絶望と倦怠の海に心が沈み、自分を見失いかけていたヒロにとってゼロツーがいかに救いの光だったのか……その希望と幸福、充足感は本人にしか計り知れないだろう。

 

 だから、死んでもいいと思えた。

 

 パラサイトとして戦える。だから、これから始まる防衛戦で命を落としたとしても、悔いは無い。本気の気持ちだ。

 だが、ゴローの言葉はそんな決心に明確な動揺と疑問を生じさせた。

 

“本当にそれでいいのか”と。

 

少なくともこの時、ヒロは目を逸らし顔を下へ俯かさるだけで何も言うことができなかった。

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

「やれやれ。なんともシケた光景だね〜」

 

 26都市クリサンセマムのプランテーション最上部。屋内ではなく屋外へと身を置く少女ブラッドスタークは、だらしなく胡座をかいた状態で座り込み、眼下に広がる荒野を目にしてはそんな感想を零していた。

 

「昔はさ、結構緑豊かな場所がい〜っぱいあって、そりゃ綺麗な光景だったよ。人間以外の生き物も沢山いてさ。あ〜なのにどうしてこうなるかな〜?」

 

「それは貴女がよくご存知の筈では?」

 

 少女の他愛ない独り言にわざわざ返して来たのは、背後に佇むナイン・アルファだ。

 

「まぁ、そうなんだけど。でも言いたくなるんだよコレが。人も世界もままならないって事かな」

 

 何故だがその言葉は、聞く者によっては長年の時を生きて来た風情を感じさせる。

 

 誰よりも、だ。

 

「それはさておき、聞くけどさ」

 

唐突にスタークは話を切り替えたかと思えば、それは一つの質問としてナイン・アルファへと投げかける。

 

「“あの子”さ、できると思う?」

 

「さぁ……僕には分かりかねますね」

 

 しかし。

 

 と、一旦間を置いてナイン・アルファは言う。

 

「あの執念は見事なものですよ? まるで……イオタのように苛烈で醜くて、化け物の如く美しい」

 

どこかその顔は恍惚としたもので、彼にしか分かり得ない美学から来る価値観を表すかのような台詞にスタークは内心溜息を吐く。

だがこれに関しては今に始まった事ではないので、とやかく言うつもりはなかった。

 

「でもまぁ……アルの言う事にも一理あるね。ボクも彼の激情には興味がある」

 

アルとは、ナイン・アルファの事でフルネームで呼ぶのは面倒という事でスタークは彼をこう呼んでいる。

 

「カテゴライズするなら…怒りと憎悪の二つで構築された“復讐心”ってヤツかな?」

 

「そう言えばあのコドモ。やけにイオタに

執着してましたね。悪い意味で」

 

「まっ、そのおかげで聞き分けが良かったっぽいから助かったよ」

 

 どうやら先程から言っている人物は、二人の会話から察するにコドモらしい誰かのようだ。

 しかしそれを明確化させていない為、一体誰の事を指して言っているのかは分からないが、少なくともゼロツーを意味するイオタの単語が出てきた以上、ゼロツーと浅からぬ縁の持ち主かもしれない

 

「あら、こんなとこに居たの?」

 

 ふと、時熟した年齢の女性の声が二人の耳に届く。振り返ればそこには赤い色彩と銀糸で蜘蛛の巣の刺繍を施されたチャイナドレスを着る浅い褐色の女性が一人いて、一本の束へと纏め上げた金糸の如き長髪を風に靡かせていた。

 

「やっほーアニレス。そっちの仕事は?」

 

「問題なく完了したわ」

 

 チャイナドレスの女性こと、ヴィスト・ネクロの幹部の一人、アニレス。

組織の中で地位の高い幹部たる彼女が何故ここにいるのか? その疑問に関する明確な答えは現段階では不明だが、些末な用でここにいる訳ではないと言う事だけは分かる。

 

 ともかく。アニレスの言葉にスタークはより口元が緩み歪んでは、笑みを見せる。

 

「よ〜しグッジョブ! これで準備万端!」

 

 そして、立ち上がる。

 

「もうすぐ始まる……とっても痛快愉快なショーがさ♪」

 

 さながら見世物を楽しみにしている観客、とでも言えばいいだろうか。その顔に楽しみと言う感情以外にない表情を張り付かせ、彼女は……スタークは“その時”が訪れるのを待ち侘びた。

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

『では、これより両都市防衛作戦を実行する』

 

 作戦本部より通達されるハチの言葉が両都市の命運をかけた戦いの開幕の合図となり、全員が気を引き締める。

 

 フランクスに乗るパラサイトたち。

 

 作戦本部のオペレーターら。

 

 指示を下す司令官であるハチ。

 

 戯れや軽快などの雰囲気が一切存在し得ない空気の中で、戦いは始まった。前方には、まだ遠くにいるが既に目視で確認できる数の叫竜の群れが迫って来ている。

 それらを引き連れているのは、群れの中心部にいる大型個体グーテンベルク級。

 形状は牛のように綺麗な曲線を描いた角を四角い物体に取り付けたようなもので、巻き起こる土煙と数多く群がっているの小型叫竜のコンラッド級の群れのせいでどの様に移動しているのかは分からない。

 だが着実に接近している事から、ただそこに居るだけの置物ではないらしい。

 

『今見えている大型個体の叫竜だが、過去のデータベースに該当する情報は見受けられず、仮称として“β”とする。明確な攻撃手段や弱点などが分からないので、くれぐれも警戒を怠らず撃破に当たれ

 

「分かりました。第26部隊、戦闘開始!」

 

 ハチからの通信に答える090は、すぐに自身が統率する26部隊へ指示を送る。

 

『了解!!』

 

 それに異議を申し立てる声も、反論もない。

ただ承知の意を込めた一言で自分達のリーダーに答えた。まず彼等は、群れから飛び出す様に先行して来た五体のコンラッド級を標的へと定める。

 まず先陣に切って出たのはフランクス三機。マグマエネルギーが滾っている事を誇示するかの様に黄から橙の色彩に輝く薙刀型の武装兵器ポーンハスタの刃の刀身を柄から分離させ、刀身と柄を結ぶ長いケーブルをそのまま一気に伸ばしていく。

 

《ギィィィィッ!!》

 

 同時にまるで金属同士を強く擦り合わせた様な悲鳴が叫竜達から漏れる。ポーンハスタの刃が5体の内4体に突き刺さっていたからだ。どうやら、痛覚はそれなりにあるらしい。

 そしてケーブルを使い、円形を描く様に回ることで五体の叫竜を縛り上げ、拘束する事に成功した26部隊は、ここで更なる追撃を加える。

 

「トドメだ!!」

 

 リーダーの掛け声が引き金となり、ケーブルを経由して凄まじい電撃が迸り、コンラッドたちの内部をズタズタに破壊していく。

 

 やがて、耐え切れずに爆散。

 

 周囲に青い血が降雨の如く撒き散らされる事となった。その後もこのN戦術で叫竜を討滅していくのだが、今回の叫竜の数は彼等が経験した中で幾ばくか多かった。

 

「これは……予想以上に数が多いな」

 

「どうするリーダー。J戦術で行くか?」

 

「そうした方が良さそうだな。各機J戦術を使え!」

 

 下されたリーダーの指示に従い、26部隊は全員がJ戦術を開始。高く跳躍し敵目掛けてポーンハスタを投擲すると、事前にチャージされたマグマエネルギーは強力な電撃へと変換。地面を駆け抜けると同時にその上を歩く。

叫竜を10〜20程討滅していく。

 

「ハァァッ!!」

 

 更に接近戦でも無駄のない軽快さを感じさせる動きでポーンハスタを振るい、袈裟斬りにして倒していく様はパラサイトの先達として数々の修羅場を潜って来た賜物と言うものだろうか。

 

「かっ、かっけぇぇ……」

 

「さすが先輩だな……」

 

 デルフィニウムにイチゴと乗っているゴロー、アルジェンティアにミクと共に搭乗しているゾロメは先輩に位置する26部隊の活躍を見て、そんな素直な感想を零す。

 13部隊は四機が既に後方にてバックアップとして出ていた。

 

 リーダー機のデルフィニウム。

 

 アルジェンティア。

 

 ジェニスタ。

 

 クロロフィッツ。

 

 そこに何故かストレリチアの姿はなかった。

 

「ねぇ、本当にストレリチアなしでやるの?」

 

「しゃーねぇーだろ。ナナ姉からの呼び出し食らってんだし。それに俺様がいりゃストレリチア無くたって余裕だ!」

 

 弱気なフトシにそう言い返すゾロメは勝気がバリバリと言った感じで、相変わらず根拠のない自論を恥じる事なく言ってのける。

彼が言った通り、ストレリチアがここにない理由はゼロツーとヒロの二人がナナに呼び出されたからだ。その内容については全く教えられていない為、分からない。何となく重大な要件なのは察することはできる。

しかし今は、その事にだけ気を感けている訳にはいかない。

 

『無駄口はそこまで!! 今は作戦に集中するよ!』

 

 きちんと部隊を率いるリーダーとして、役目を果たさなければならない。ヒロの事は今も気になって仕方ないのだが、無理にでもその

 感情を理性で押し込めたイチゴは厳粛に告げる。

 

『見て! 叫竜が3匹こっちに来るわ!』

 

 どうやら、彼等13部隊の出番が回って来たらしい。クロロフィッツの声が示す先には、確かに3体のコンラッドが26部隊の防衛網をすり抜け、都市めがけて素早い足取りで向かっていた。

 

「……ヒロがいなくたって、やって見せますよ!!」

 

 明らかに何か言い知れぬ激情を含んだ声で檄を飛ばすように叫ぶミツル。彼が何を想い、それを薪とし、激しい情念の炎を燃やすのか。

ミツル本人しか知り得ない心境の領域だが、それがヒロに対して向けられていると言う事だけは、彼のパートナーであるイクノは察していた。と言うのも、彼がヒロに対して当たり障りが険悪と呼べる位に悪いことは13部隊の全員がよく知っていた。

 本人に隠す気が一切なく、態度に大きく出ているのが理由の一つだ。

 

 しかし何故そこまでヒロを嫌悪し憎むのか。

 

 そこまでは分からない。故にどうすることもできないのだ。ミツルは決して誰かに相談等しないし

、それどころか距離さえ取ってしまうのだ。

 信頼を寄せるべきイクノも例外ではない。

 それが二つの心を共有させ、共鳴することで動かすフランクス起動に影響を及ぼしている事実をミツル本人は知り得ない。仮に知ったとしても傲慢溢れプライドの高い彼の性格が邪魔をし、肯定して受け入れる事を拒絶してしまう為、大して意味を成さないのが痛い所だ。

 

「行きますよ、イクノ!」

 

 強い感情が駆け抜けるミツルは、まさに暴走機関車のソレだ。リーダーたるイチゴの指示を受ける前に、そもそも聞くつもりは皆無であった為、先陣を切って出てしまった。

 

『ちょ、クロロフィッツ!』

 

「なんかアイツ、ヒロがいないと逆に燃えるみたいだな……」

 

突然の行動に戸惑いの声を上げるイチゴだが、ゴローは冷静に分析するように呟く。

 出鼻を挫かれた気分だが、イチゴはすぐさま13部隊へ指示を飛ばす。

 

「行こう! アタシたちも!!」

 

 戦いが始まる。

 

 13部隊にとって初体験となるキッシング時の防衛戦という、大規模な戦いが……。

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

「どういう事?」

 

13都市内部のブリーディング・ルームには、現時点ではナナとヒロ、ゼロツーの計3人だけしかいない。

 だが人数云々など今この場において重要な事柄ではなく、かなりどうでもいい部類だ。問題なのはゼロツーとヒロのストレリチア組の出撃許可が下りず、それどころか帰還命令が出された事が問題なのだ。

 

「何度でも言うわ。ゼロツー、貴方には帰還命令が下されているの」

 

「……ふざけるな」

 

 突然の帰還命令。

それに対しただ黙って従うなど彼女の性格を鑑みれば有り得ず、当然の事ながらナナに食ってかかる。

 

「ボクはダーリンと一緒に乗る」

 

「これは命令よ」

 

 気迫を張り付かせるような威嚇の表情で詰め寄るゼロツーだが、それで容易く怖気付く程ナナは伊達に副官をやってはいない。

 

「もう迎えは来ているの」

 

《そーいうこと、ゼロツーちゃん♪》

 

 それを耳に入れ鼓膜で受け取った瞬間、背筋に悪寒が奔りかねない聞き覚えのある少女の声がブリーディング・ルーム全体に響く。黒い蒸気のようなものが何処から発生したのかと思えば、そこから見慣れたニヤけ顔を曝け出すブラッド・スタークの姿が現れた。

 それを見たヒロは、すぐさま警戒を顕にするが今ここにベルトはない。

 アマゾンとしての本能がより一層促進されるかもしれないと言う、あくまで可能性の話だが、そういった危険性を考慮した為、鷹山に預かって貰っている。

 

 当然だが直接は無理なのでジェラルミンケースに入れた上で。

 

元々はスタークに押し付けられた品物であるという、大前提がある以上、アマゾンの本能を出させない為には曖昧であったとしてもそうした方が得策だ。とは言え、相手は得体の知れないスターク。

若干ながらベルトを鷹山に預けた事をヒロは後悔してしまう。

 

「どうも、こんにちわ。もう知ってると思うけどボクはブラッド・スターク。長いし気軽にスタークと呼んでもらえれば嬉しいな」

 

そう言ってナナへと近付いては手を伸ばして握手を求めるスタークだが、それにナナは応じなかった。

 

「悪いけど、私は貴方を信用できないの」

 

「わ〜お、怖い怖い。なにか気に障る事したかな〜?」

 

握手を求めた右手と、空いた左手を自身の頭の両サイドまで持っていっては手をパーにし、そのまま振る仕草を取る様は完全にナナを舐めている。目に見えた挑発の類だ。

 

「ゼロツーの帰還は作戦終了後の筈だけど。何故よりにもよって今なの?」

 

「……まぁ、早い方がいいって感じ? あんまし余計な詮索はしない方が身の為だと思うな〜?」

 

ナナが七賢人経由の上層部から聞いた話では、確かに作戦終了後だった筈。それが何故、こんなタイミングで急に変更となるのかがナナには分からなかった。

その理由をスタークに問い質しても曖昧に適当な言い分で流そうと

するだけで、まともに答えようとはしない。

これ以上は言っても無駄だと判断したナナは、何も指摘せず無言になるが、疑惑の視線をスタークへ突き刺さんばかりに向けた。

 

「まぁ、いいや。行こうか?」

 

「誰が…ッ!!」

 

 出入り口の自動ドアが突然開いた瞬間、雪崩込むように大勢の武装したオトナたちが入って来た。そしてゼロツーを確認するな否や、四角い形状のライフル銃をゼロツーへ向けて来た。

おまけにレーザーポインター付きで、だ。

 

「反抗すんのは勝手だけどさ。ボクもいて、この大人数。勝ち目あるとでも思う? 愛しのダーリン君もベルトがなきゃ無力なコドモに過ぎない」

 

勝ち誇るように胸を張り、仰々しいポーズでそんなことを宣うスタークはまるで巫山戯の過ぎる道化のそれだ。

 見ていて無性に腹が立つのは当然である為、特に沸点の低いゼロツーは今にも殺しかねない程の殺気を噴き出し、視線には殺意をふんだんに込めている。

 いかにこちらに有利に立っているとは言え、武装したオトナ達は全員はその殺意と殺気に生物的な恐怖を感じていた。丸い穴が左右縦に二列に並んだだけで、他は何もないと言うシンプルなデザインの防護マスクによって隠された彼等の顔は外からでは見えないので分からない。

 が、そこには明確な恐怖、不安が表情として確かに顔に刻み込まれていた。よく見れば全員ではないがカタカタと震えている者も見受けられる。

 

「……使えない兵隊どもだ」

 

 淡々とした言葉を吐くスタークの目は、宛ら無意味に地を這い蹲るだけで利を齎さない所か害しか生産しない蛆虫でも見るように冷たく、彼等を人間として見てはいなかった。

 ゼロツーに集中しているおかげでそんな目を向けられているとは露知らずの等とは対照的に、ヒロはスタークをしかとを見ていた。

 

(なんで、なんでそんな目で見れるんだ…)

 

 そして疑問が湧き上がって来る。

 

 身を防具で守り、銃を持ち、武装するオトナ達を人間として見ない……もっと言えば生産性を持たない無価値なゴミを見るように冷淡で、“つまらない”と。

 そう語っているかのような視線を向けられる精神性は、ヒロの基準で言えば異常レベルのソレだ。決して理解できるものでもないし、恐らく相容れはしないだろう。

 

「……ごめんね、ダーリン。ここまでみたい」

 

「ゼロツー……」

 

 寂寥とした暗い表情を顔に出しては、彼女はヒロに対し謝罪を述べた。

 それにヒロはただ彼女の名を呟く以外に何もできなかったし、言えなかった。

 

「バイバイ……」

 

「行くぞ」

 

 武装したオトナ達に連れられ、彼女はブリーディング・ルームから出て行く。それを彼は止められなかった。

 

いや。“止める気さえなかった”、が正解だ。

 

あの時のゴローの言葉が今でも突き刺さっていて、声を出す事ができず、ただ見守るのが精一杯だった。

ヒロ自身、死ぬのは怖くなかった。コドモは人類の敵である叫竜と戦う為に生まれ、戦いの中で死んだのであればそれは当然の結果であり、在り方とも言えるのだから。

 しかし自分の死を当然のことだと言って切り捨てられない人達がいる。

 

 その事実を知らされ、自覚してしまった。

 

 だから何も言えない……言えなかった。

 

「じゃあねヒロ。迷えるアマゾン君♪」

 

 心中の葛藤など露知らずスタークはそう言い残し、ゼロツーの監視目的で同行する為に出て行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 静まり返ったブリーディング・ルームに残されたのは、ヒロとナナの二人だけだった

……。

 

 

 

 

 


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