ダーリン・イン・ザ・アマゾン   作:イビルジョーカー

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令和初の投稿! ぜひどうぞ。








過去の遺物

 

 

 

 

 

 

 人類という種の歴史に触れる上で事欠かさないのが過去の遺物だ。

 旧き時代から現在に至るこれまでの過程とも言える遺物の数々は、過去に存在した先人らの歩みを教授してくれる大切な物に違いない。しかしAPEの新人類である『オトナ』はそういった物を否定し、切り捨てる。

 未来永劫に不変なる完全こそが“今の現状”であり、過去を振り返る必要性や道理などないと言うのが彼等の方針なのだ。

 

「はぁぁ……。だから“つまらない”んだよねぇ〜」

 

 オトナに対しての不満。普通のコドモであれば絶対に抱かない筈の情緒を、彼女…ナオミは惜まずに溜息と共に吐き出す。今、彼女はみんなのいる浜辺から離れかつて人が住んでいたであろう町の廃墟へと訪れていた。

 このような場所を見つけたのは当然、事前に知っていたからだ。決して偶然でも必然でもない。わざわざ足を運ぶ明確な理由や目的はしかとあるが、それを今ここで言葉にして明かす道理は彼女にはない。

 

「過去にあったであろう営みを想像して思い馳せる…風情があっていいね。やっぱこう言うのがないとね」

 

 さながら、太古の建築物にロマンを馳せる考古学者か。

 そんなノスタルジックな他愛ない気分で歩くのも悪くないと物思いに耽りながら目的地へと向かっていた時だった。

 

《ハロー! 臨時ニュースだよ〜!!》

 

 やけに陽気さを含んだ自分の声。それが唐突に、何の脈絡もなく響くように脳内に浸透していく。しかも紛れもなくナオミ本人の声で間違いない。

 

【ん? どうしたの?】

 

 いきなり何処からともなく自分の声が自分に語りかけて来たら、当然驚くのが普通だ。

 

下手したら失神に陥ることだって有り得る。仮に失神を回避したとしても頭の整理が付かず、混乱に瀕するのが必然。だと言うのにナオミはあくまで平然とその声に耳を傾け、答えた。

 

《“叫竜の姫”の居場所が分かったわ。ザジスとフォントが向かってる》

 

【あ〜、あの幹部の2人? いやいや、無理っしょ】

 

 今現在においてナオミは自身を“二つに分かち”行動している。

 

 一方は13部隊を見定め、もう一方はヴィスト・ネクロに属し暗躍する為に。それぞれが役目を果たしている。

 

 しかし、どう分けようと“ナオミという存在”は“ナオミでしかない”のだ。

 

 このような会話など本来ならば不要でしかない。向こうの状況なぞ、もう1人の自身を

 

通して容易に把握できるからだ。敢えてこんな児戯紛いな事をするのは、所詮彼女の他愛ない享楽的な感情の表れに過ぎない。

 

《あ、同じ意見だね》

 

【あったり前じゃん。ナオミなんだから】

 

 一人遊びに等しい会話ながらも辞める気配はなかった。

 

【叫竜の姫は叫竜を束ねる王族の1人。その実力は他でもない私が一番よく知ってる】

 

《そーそー。だから無理無理》

 

【まぁ、あの2人が勝てたとしたら…】

 

 刹那。物言いかけたナオミは背後へ振り返り自身へと向けられた何者かの拳を素手で掴む。そして、蹴りを1発。腹部へと叩き込み相手を吹っ飛ばす形で後退させた。

 

「ちょっとダメじゃない。考え事してる人に突然の不意打ちはさ」

 

『◾︎◾︎◾︎ッ!』

 

「ふーん……野生のアマゾンか」

 

 アマゾン。それがナオミを襲った者の正体だった。とは言えヴィスト・ネクロでもなければコロニーでもない。純粋な野生の世界にて生息するアマゾンだ。

 まるで古代兵士を思わせる堅牢な鎧を彷彿とさせる黒い外骨格で身を固め、頭部には虫の触覚とよく似た部位があり、目は黒くバイザー状の複眼がナオミの姿をしかと捉えていた。全体を見るにまるで蟻を彷彿とさせることから、アリアマゾンと呼ぶべきか。

 ともあれそのアマゾンを冷めた目で見据えては、どうでも良さげにひらひら靡かせては

シッシと片手を振った。

 

「見逃してあげるから、さっさと消え…」

 

「◾︎◾︎ッ!!」

 

 知った事か。人の言葉を紡げる発声器官と、そこに意味を持たせる知性があればおそらくそう言ったであろう台詞。それを鳴き声として吐き吼えるアリアマゾンは、容赦なくナオミを喰らおうと迫る。

 

 とは言え、相手が悪かった。

 

「聞き分けのないアホに構う時間はない」

 

 そう言ってナオミは振り下ろされたアリアマゾンの拳を今度は身を回すようにして回避、その背中に蹴りを叩き込む。更にそれだけに終わらず、今度は自身の頭上に小さな菱形を成した紫色のエネルギー弾を生成、発射した。エネルギー弾はそれなりの威力があったようで、アリアマゾンは衝撃に耐えられず無様に転げ回り、倒れ伏して苦悶の悲鳴らしき声を上げる。

 

 この間にさっさと退却すべきだろう。

 

 いかに容易に相手を始末できるとは言え、頭も力も足りないザコにかまけてる暇は1秒であっても無価値であり、本来なら路傍の石粒の如く相手にはしなかった。だが、せっかく気分良く散策していたところに水を差したばかりか人の忠告を聞かず、拳を振るって攻撃の意思を示す。

 

 それはナオミにしてみれば愚の骨頂、とはいかずともやはり愚行のソレだ。

 

 彼女はそんな愚行に対し、寛容ではない。

 

 何処からかあの例のガラスらしき素材構成のボトルを取り出し、その蓋を指で軽く開ける。そして、あの時と同じ灰黒のガスようなエネルギーがナオミの身体に纏い絡み、それが晴れた時、その姿をブラッド・スタークへと変えた。

 

「さっさと消えろ」

 

 アリアマゾンの前へ翳したその手に収束させたのは、高い稲妻が迸る紅蓮の球体。物質的な実体はなく、あくまでエネルギーの集合に過ぎないソレをスタークは何の感慨も躊躇もなく解き放った。結果アリアマゾンは一瞬……5秒と経たず命諸共、存在の全てを無へと変換され消し去られた。

 

「はぁぁ。せっかくイイ気分だったのに」

 

《本当ね。まぁ、それよりどうする?》

 

【あ〜アレね】

 

 向こうにいる自分の問いかけに合点がいった風な感じで答える。

 

【まぁ、殺すか殺されるか。あの2人次第って感じで放置でいいよ。別にアイツ等がどうなろうと知ったこっちゃないし】

 

 興味がないのか雑でどーでもいいと。

 

 そんな風体で匙を投げるスタークに向こうのナオミは『だよね〜』と呑気に同意する。

 

【んじゃ、報告は以上?】

 

《うん。じゃ、またね》

 

 別れの挨拶を最後に声が聞こえなくなる。どうやら切ったようだ。

 それを確認したスタークはまだナオミの姿には戻らず、ある事を考えていた。

 

(あのアリアマゾン……アリってことは女王を中心とした群れを構築してる可能性が高い。ワーカーだった場合近くに巣がある可能性大だな)

 

 ワーカー。すなわち働き蟻の事だ。

 

 アマゾンは生き物の遺伝子によって姿形だけでなく、その生態が反映される場合があり例えばモズという小鳥の遺伝子を持ったのであれば、仕留めた獲物をそのまま喰わず。高い棒状のもの…木や電柱などに突き刺すという行為をする場合がある。

 必ずそうするという訳ではないが、それでも頻度としては多くやる。アリアマゾンも例に漏れず蟻の遺伝子を持ったからには、女王を中心とした群集社会を構築していても不思議ではない。

 

「はぁぁ。面倒いことになりそうだ」

 

 男性のような口調で心底面倒だ、と吐露するスタークは13部隊がアリアマゾンの群れに襲われる危険性を考慮してみたものの、アマゾンライダーであるイプシロンとアルファの実力や今後における計画の進行具合、状況や諸々。

 それら全てを考慮し鑑みて、選択していった結果…優先順位を13部隊から自身の目的へと繰り上げた。

 

「まっ、ヒロと鷹山博士が居れば問題ないか。手早く済ませるとしよう」

 

 そう言ってスタークは止めていた足取りを再び歩ませ、目的の場所へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

 溜息を吐く。

 ナナ本人の口から溜息が出るのは本日2回目となる。その理由はナオミが忽然と姿を消し、しかも誰も姿を見てないと言うのだ。遠巻きながらコドモらの勝負を見つつ、周囲を気配っていたナナでさえ、気付なかった。

 コドモたちを統括する者としての、あるまじき失態に溜息を吐きたくなるのは、止むを得ない事だろう。そういった理由でナオミの捜索をしている訳だが万が一野生のアマゾンが出るとも限らない為、手分けしてではなく全員集まった状態で探す事に。

 ヒロと鷹山がアマゾンとしての嗅覚を利用し、言い方は悪いが犬のようにナオミの残り香を頼りに林道を歩き進んでいた。

 

「ったく何処行ったんだかなぁ、ナオミの奴」

 

 探す羽目になったのが面倒臭いと。そう言いだけな様子でゾロメが愚痴を漏らした。

 

「でも、これってなんか探検みたいで面白くない?」

 

 フトシがわくわくと高揚的に言う。やはり、男の子というのは冒険に興味を惹かれるもの。言いはしなかったがゾロメもフトシの言葉に同意していた。

 

「何もなければ冒険として楽しめたけどな」

 

 ゴローは苦笑を浮かべて言った。

 

「みんな、もうすぐ出るみたいだよ」

 

 リーダーらしく先頭に立っていたイチゴの声が全員の耳朶に触れた。少し長く感じていた林道を抜けた先に待っていたのは、見たことも建築物が並ぶ廃墟と化した街らしき場所だった。

 

 誰もおらず、長い間使われずに忘れ去られた建物らは下の土台となる部位は四角形か。

 

 またはその四角形同士を様々なパターンに組み合わせたような間取りと、三角状の屋根が特徴的で13都市のようなビル型の建造物は一切見られない。一言で表すならば異様。

少なくともコドモたちにとってはそう捉える以外に他はなかった。

 

「何だろう……ここ」

 

「なんか、変なとこに来ちゃったね」

 

「もしかして街?」

 

「う〜ん……確か俺もそう見えるけど」

 

「俺も、そう思うな」

 

「というか、街以外にないと思う。たぶん……」

 

 コドモたちの中で疑問符が浮かぶ。

 イクノを始め、ヒロ。ゴロー。イチゴ。この4人は今自分達が目にしている光景を街と表現した。理由としては昔見た本に過去の建築物が写真や絵と共に載せられていたからだ

 ここにある廃墟の建物は見覚えない物もあるが、それでも見覚えのあるが多く、電柱という家々に電気を送る為の柱も見受けられる。かつて、人が電気を用いて確かに生活していた事を物語っていた。

 

「はぁ? こんなボロっちぃ場所が街な訳ないだろ。街ってのはオトナ達が住んでるアレの事を言うんだよ」

 

 それにゾロメが否定的な声を上げた。確かに煌びやかで、一種の芸術と思える美しさを感じられる13都市の街並みと比べて、ここは輝かしい物など何一つない抜け殻。ただの虚無。そんなものは到底街とは言えないし、オトナの住む街を見た事のあるゾロメとしてはコレを街であると認めることはできないようだ。

 

「いいや、街だ」

 

 しかし、認めようと認めまいと街だった事実は変わらない。

 

 鷹山の放った揺るぎない一言がそれを曖昧なものでなく、確定付けた。

 

「え、マジッすか?!」

 

「あーそっか。お前らはオトナの街しか見てないもんな」

 

 ゾロメの反応に大袈裟な、と言いたげな表情を浮かべるが事実、コドモたちはオトナたちが住んでいる居住区の街しか見たことがない。コロニーに赴く事もなく、外界に出る機会は叫竜との戦いのみ。

 そんな日々が当たり前の彼等にとって過去の人類が生活の営みをしていたであろう建築物を見て触れる、というのは、本当に初めてなのだ。

 

「人類がプランテーションとコロニーに分かれる前、人はこんな風な街を作って暮らしてたんだよ」

 

「これが旧時代の街……私も見るのは初めてね」

 

「まぁ、所詮忘れ去られたガラクタだがな」

 

 鷹山はそう言い、暫し辺りを見渡す。自身の嗅覚を更に研ぎ澄ませナオミの匂いを掴もうとした。だが……。

 

「ダメだ。ここで途切れてる」

 

「気配も感じない……いないのか?」

 

 嗅覚だけでなく気配感知の能力を駆使し見つけようとしたヒロだが、ナオミはおろかその影さえ捉えるには至らなかった。

 

「……とりあえず、この辺りを探してみるか」

 

 そう言い、みんなのいる後ろを振り返る。

 

「危険だが……分かれて探すぞ」

 

「ダメよ。コドモたちに何かあったら拙いわ」

 

 ナナの真っ当な正論に対し鷹山は面倒そうに説明する。

 

「確かにな。だが、アマゾンの気配も臭いもない。この辺りにアマゾンは1匹もいないっつー事になる。あんまし離れ過ぎなきゃ大丈夫だろ」

 

「…俺も、分かれて探した方がいいと思う。俺や刃さんのレーダーで何もないなら安全に探せるかもしれない」

 

 2人の嗅覚と気配感知。この二つによる感覚レーダーは正確に目標を捉えることができ

、これを誤魔化し掻い潜ったアマゾンは今の所090を除いて他にいない。

 

 加えて090のような隠蔽能力に特化した個体はそうそういるものではなく、数百年単位で一度という確率のレベルだ。それで完全に安心できるという訳ではないが、少なくとも2人の感覚レーダーを欺き掻い潜る程の隠蔽能力を持つアマゾンに遭遇する確率は、天文学的数字の域に等しい。

 ナナは専門家と言える程アマゾンに関連する知識を多量に持っている訳ではないが、それ位は承知している。

 

 彼等がそう言うのであれば、大丈夫かもしれない。

 

 そう思い、ナナは2人への信頼から渋々ながらも鷹山の案を容認した。

 

「分かったわ。みんな、本当に離れ過ぎないよう注意して探して。もし何かあったら無闇に近付かずに退くこと。いいわね?」

 

 コドモたちが『了解』の二文字で答える。この廃墟の街におけるナオミの捜索が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

「本当に誰もいなそうだね……」

 

「……」

 

 各々がナオミの捜索をする中で、1人で行くつもりだったミツルの背後をココロが歩いており、付いてくるのが当然とばかりの自然さを出している。が、生憎そんなつもりは毛頭ないミツルは顔を少しばかり後ろへ向けココロを睨む。

 

「どうして貴方が僕の後を付いて来るんです?」

 

「え? あ、その……迷惑だったかな?」

 

 申し訳なさそうなぎこちない苦笑を浮かべて、ココロは言う。

 その姿にどこか後悔……というべきなのか。バツが悪そうな表情を僅かに顔に出すがそれも一瞬。 視線を彼女から外し前へ向き直る時には既に元のツンケンとした無表情を形作る。

 

「…………別に。ただ何かあっても助けられる保証はありませんから、そこは覚悟していて下さい」

 

「うん……」

 

 ミツルの突き放すのような言葉にココロは特に反論せず、短い肯定の言葉で容認する。

 その後しばらくは無言で歩いていたものの、やがて一つの建物が視界に映り、2人の興味を引いた

。それは民家の建物とは明らかに外見が違い、入り口には金属製のプレートが看板のように配置され

そこには漢字で何かが書かれていた。

 

「宝生……診療所?」

 

「そう書いてあるね。周りの建物と違うけど……何か意味があるのかな?」

 

 宝生診療所、という文字列だけではこの建物がどういったものなのか検討も付かない。

 少なくとも、周りの民家とは違い、一際大きく形状も異なることから人が住む民家とは別の役割を持つ特別な建物らしいが……。ともかく、今の段階ではよく分からないのが事実

 

「見た限り……全体の材質は木造とかのようですね」

 

 ミツルは建物を一瞥し、木造である事を予想する。理由としては角の部位や屋根のなどの箇所が明らかに木製のソレで、入り口の先にある廊下や天井を見れば、素人の目でも木材で出来てるなど一目瞭然に分かる。

 

「建物自体は周りと比べるとやはり大きい……そうなると単純な住宅目的の建物じゃない……筈」

 

 その建物がどういったものなのか、建物自体をよく見て答えを導き出そうとはするものの、やはり明確には出てこない。だが、一つだけ可能性の高い仮説なら確立させていた。

 

 この建物は、“医療施設の類”だった。

 

 そう仮説を立てた根拠としては金属製のプレートに書いてあった『診療所』という文字。

 『診る』、という字は健康状態や病状などを調べる意味で使われるもので次の二文字目が『療』の字。これは病気や欠点を治すという意味を持ち、そこから鑑みれば、この建物自体が医療目的の施設だったという一つの可能性が有力的な仮説として確立される。

 とは言え、仮説はあくまでも仮説。所詮文字だけから考え出した机上の空論の為、これを確固たる真実にする為には証拠が足りない。

 

「……まぁ、この建物が何であれ僕には関係ない……?」

 

 ここでようやくミツルは気付いた。側にいた筈のココロの姿がなく、いつの間にか建物の中に入っている事を。

 

「……はぁぁ。全く」

 

 溜息を吐いて呆れつつも声をかけようとしたその時。

 

 ギシィィ……。

 

 軋むような音がミツルの耳朶に染み込む。

 

 そして次の瞬間。激しい音と共に天井が瓦礫の雪崩となり、ココロめがけ降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

 ミツルと一緒に見つけたその建物が一体何の意味を持っていたのかなど、ココロには検討もつかなかった。人類の生活圏がコロニーとプランテーションの両極に分かれる以前の生活史など学ばなかったし、本にある程度書いてあるだけの浅い知識しか知る事ができなかった。

 もっとも、ココロはそういった歴史関連の書物は読まず、そもそもフランクスに乗りオトナの為に叫竜と戦うコドモと言う立場にある彼女にとって知っておくべき重要な情報と言う訳ではない。どちらかと言えば、ココロは動植物等に対し関心と興味があった。

 ミストルティンの温室で花に水を与え、それなりに世話をしている事からも察する通り

、彼女は何かを育てるのが好きらしい。イチゴがよく可愛がっている黒猫にも実は餌をあげており、食べ切れずに残した食事の分を猫のご飯として与えているのだ。

 勿論餌として与える物が猫にとって有害でないかどうか。きちんと本で調べた上で与えている。ただ育てないからと思うだけで何もしない程ココロという少女は考え無しの愚者じゃない。

 

(……ちょっと入ってみようかな)

 

 しかし今、この瞬間における判断に関しては考え無しと指摘され、後ろ指を差されても文句は言えない。瓦礫や破片が散乱し、四方八方とあらゆる面において建物自体の老朽化が進んでいる廃墟の入り口の先へ……ココロは足を一歩、踏み入れる。

まずカウンターと思わしきものが備えられた箇所が目に入り、ココロがいる側と向こう側を透明なガラス一枚で隔たて、その下部中央にはくり抜かれたように穴が一つ、ポッカリと口を開けていた。

 その穴の上には白く漢字で『受付・投薬』と書かれている。どうやら受付口のようだ。

ガラス一枚の向こう側は木製のデスクらしき長い卓状や棚などが置かれており、書類や本が立てられ収まってはいるものの、全部そうなっているという訳ではなく、乱雑に散乱しているものもあり、廊下と同じ惨状を描いていた。

 

(?? 何だろう……)

 

 またほんの少し先に進むと、無数の瓦礫に混じって一冊の本らしき物があった。

 それだけなら大して気付く事もなかったかもしれないが、天井に幾つか開いた穴から差した日の光がスポットライト如く本を照らしていた為、自然と興味がそこに向けられたのだ。一度気になってしまっては仕方がない。

 膝を屈んでそれを取るとやはり一冊の本その物。その表紙を隠していた濃く積もった埃を手で払い除けたココロは、表紙に書かれていたタイトルを読み上げた。

 

「はじめての……出産?」

 

「ココロさんッ!!」

 

 背後から投げ掛けられたのは、自身の名を叫ぶミツルの声。同時に大きな音を立てて、天井が崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

 痛みはなかった。というより、一体何が起こったのかさえ把握できていないココロにしてみれば、あまりに突然で情報処理が追いついていなかったのだ。それでも勇気を振り絞

って両目の瞼を開けて見れば、すぐ目の前にミツルの顔があった。

 

「はぁ、はぁ、大丈夫……?!ッ!!」

 

 しかし言葉を途中で切り、何故か赤味が増す。同時にココロは胸に違和感を覚えそこへ視線を向けると……。

 

「え? ……キャッ?!」

 

 今度はココロの顔に赤味が増した。何故ならば違和感の正体はミツルの手で、その手が他ならぬココロの左胸の乳房を鷲掴みにしていたのだ!

 

「ち、違います!! これは……あの、そその」

 

 すぐさま手を離し弁明しようとするが言葉が出ず。側から見れば見苦しさ満載の光景かもしれない。これでは、胸を揉まれてしまったココロとしても納得できないし、怒るだろう。

 

 しかし意外にも彼女の反応は穏やかなものだった。

 

「き、気にしないでいいよ。元はと言えば私が勝手に入っちゃったのが原因だし」

 

「……」

 

 本人から直接気にしないでいい等と言われてしまえば、何も言えない。ただ顔は未だに赤くまともに目を合わせられないミツルは、とりあえずいつもの皮肉な言い回しで自身の羞恥を誤魔化す。

 

「だから言ったんです。保証はできないと。少しはその能天気さを控えてみたらどうです?」

 

「ごめんなさい……でも助けてくれてありがとう」

 

 皮肉に対しての返答は、純粋なお礼の言葉だった。

 

 いつもそうだ。ココロという少女は誰に何を言われようともこういった穏やかな言葉で返し、何でもないかのように振る舞う。本当にどうとも思ってないのか、争い事を好まない性格から来るある種の配慮なのか。

 

「一旦戻りましょう」

 

 うっすらと渦巻き始めた思考を捨て去り、ミツルは提案を一つ出した。

 

「かなり老朽化が進んでますし、今みたいな事が再度起きないとも限りません。

ここは後回しにして、別の所を探した方が賢明です。それでもいなかったらもう一度、今度は皆も連れてこの建物全体を捜索しましょう。ヒロや鷹山さんが一緒なら、危険性も下がります」

 

 鷹山とヒロのアマゾンとしての力…かなり不本意のようだが、それでも曲がりなりにも認めているミツルは2人ならばこういった危険を余裕で回避できる事を考慮し、此処を後回しにするという提案を出した。

 実際こういった老朽化した場所というのは所々が罠が仕込まれた迷宮も同然。いつ何処であのような危機的事態が質量を伴って落下して来るか分からないし、それを余裕で容易く回避できるスキルはミツルもココロもない。他のコドモたちも同じだろう。

 2人ならアマゾンであるから落下物など意に介さないだろうし、自分達がそれに押し潰されるような事になっても瞬時に助ける事ができる。

 

 もっとも、すぐ近くにいればの話になるが。

 

 それでも無いよりはマシな為、一緒に行動した方がいいと。ミツルはそう判断していた

 

「うん。分かった」

 

 それに対しココロの返答は、短く何を言うでもない承諾の意を込めた言葉だった。別段ココロにはミツルの提案を無下に蹴って拒否する理由は一切ない。仮にあったとしても彼女の温和で優しい性格を鑑みれば、無理な話かもしれないが。

 ともかくミツルの提案を飲んで、ココロはミツルと共に廃墟を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 密かに隠し持った“あの本”も持参して……。

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

「キス…?」

 

 イチゴが1人、ナオミを探す中で見つけたのは一枚の貼り紙。俗に言うポスターと呼ばれるものだが、過去の文化における知識が全くないイチゴにとってはどういった物なのか。それは知る由もない事柄だった。

 ともかく、そのポスターは映画の宣伝を目的としたもので、恋愛物の類を象徴するかのように2人の男女が互いに密接に寄り添い、口と口を重ね合っている。そして一番下にはその映画のタイトルがあった。

 

『キス・ラブ・キス』

 

 ラブ、という字を挟んで存在するキスという単語。そう言えば、ゼロツーも言っていた

。イチゴの中で一つの疑問が浮かび、まるでそれを待っていたかのように背後から声が降りかかる。

 

「キス、したことあるよ」

 

「!!」

 

 驚いて振り返って見れば、そこにゼロツーがいた。どこか優越的な意味有り気な笑みで、ゼロツーはキスについて教えて来る。

 

「キスって言うのはさ、その人にとって特別な人とやるもんなんだ。誰でもいいって訳じゃない」

 

「……もしかして、ヒロとしたの?」

 

 イチゴの双眸からの疑心的な視線がゼロツーを捉える。

 

「うん。したよ」

 

 自分のパートナーであるヒロとしたのか、というイチゴの問いに対しゼロツーは何とでもないかのように平然とそう答えた。

 

「ダーリンはボクにとって特別だからキスをするのは当たり前さ。で、そう言うイチゴは

? したことあるの?」

 

 興味津々とばかりにイチゴへとグイッと迫り、至近距離にまで言い寄って来るゼロツー

。イチゴはそれに対し苛立ちを感じたせいか、投げやりながら答える。

 

「してないよ。そんなこと」

 

「ふぅ〜ん?」

 

「大体、口と口を重ねるなんて何の意味が」

 

「ストップ」

 

 人差し指でイチゴの唇を当てて、強制的に静粛にさせたゼロツーは真っ直ぐな瞳でイチゴを見る。

 

「分からないならやってみればいい。少なくともボクはしてみて、いいと思ったよ?」

 

 人差し指を離したゼロツーは自慢気にそう言うが、今度は片手をポスターの貼ってある店らしき建物のシャッターへと押し当てる。距離は相変わらずの至近……ほぼゼロ距離か。

 

「キミにもいる? 譲れなくて、守りたくて、一緒にいるとすごく嬉しい……そんな特別な人が」

 

「いるわよッ!!」

 

 突然、イチゴが声を張り上げる。

 

「小さい頃から一緒にいて、優しくて、希望をくれて……ずっとずっと一緒にいたい」

 

 内の秘めていた思いを独白として、パートナーのゴローではなくよりによってゼロツー

に吐き出している。それがイチゴ自身の中で嫌悪感として、じわりと染み込み滲んでいく

。取り消したい気持ちも湧き上がるが、一度吐き出された感情を戻す術はない。

 

「ふーん……」

 

 ゼロツーは興味津々と目を細めた。

 

 まるで確信を得た、とでも言いたげな含みのある顔で。

 

「それ、ダーリンのことでしょ?」

 

「え?」

 

「やっぱり。自覚は無いみたいだけど、キミはダーリンの事になるとスゴい必死になるよね」

 

 見透かされた。

 その事実が、まるで心臓を鷲掴みにされる様な感覚をイチゴに与える。ゼロツーの言う通り、十中八九ヒロのことで間違いない。彼女にとってヒロという少年はただのコドモではない。誰であろうとも優しさを忘れず、絶やす事もない。番号しか自身を表せなかったコドモたちに『名前』という概念を与えた。

 イチゴ、と言う名も元はと言えばヒロが付けてくれたものなのだ。その時のことは今でも覚えている。ある日、口数が減り、雰囲気もまるで感情が抜き取られたようになってしまった親しい仲だったコドモたち。

 

 その姿を例えるなら、“人形”。

 

 こう表現する方が適切かもしれない。

 

 感情が欠落すれば、否定はないし生まれもしない。いかに自身にとって理不尽で不利益で、途方もなく嫌なものでも『命令なら仕方ない』。『それは当然の事なんだ』。

 そういった一つの考えに意思が固定されてしまい、そこに様々な可能性を考慮する思考性は皆無。あるのはただ与えられた任務を遂行する機械的な思考のみである。そんな彼等の姿はイチゴに恐怖を感じた。

 

 “あたしも、ああなるんだ”

 

 “嫌だ。なりたくない!”

 

 世話係のオトナたちはコドモの言葉に耳を傾けようとはせず、無視するだけ。自分がああなりたくないと言ってもその意見を通そうとはしないだろう。

 

 だから、ただ泣くことしかできなかった。

 

 そんな自分にヒロは名前をくれた。ヒロ曰く『名前をつけると自分は自分だって感じで

安心する』と言う、そんな理由だった。単純と言えばそれまでだが番号というのは、所詮個体識別という名目しか役割がなく、別段深い意味もなく。

 それ以外の存在理由もない。番号というものは誰でもよく、特別性など微塵もありはしない。例えイチゴが死したとしても、その次に同じコードを持つコドモに与えられるだけ

で下手をすればその繰り返し。

 

 だから、ヒロに初めて名前を貰ったイチゴは嬉しかった。

 

 言われた通り、不思議と不安も恐怖もなくなった。結果的に同じようにならずに済んだのだ。その時から彼女にとってイチゴという名は特別過ぎる宝物。何も無い自分をはっきりと自分として認識でき、してくれた。

 

 だから。だからこそ。

 

 失う訳にはいかない。

 

「貴方が何を企んで、何をしようとしてるのかなんて知らない。けど、それがヒロを巻き込んで傷つけるものなら……あたしは貴方と戦うよ」

 

 キッと睨むイチゴの視線は覚悟を伴い、それは決して生半可なではないと。そう直感できるだけの気迫が彼女から垣間見れた。

 

「………そう」

 

 ゼロツーは特に笑みを絶やさず、シャッターに当てていた手を離すとそのままイチゴに背を向け、数歩間を開けた。てっきり何か文句や暴言か。そんな事を投げ返して来ると身構えていたイチゴだが、ゼロツーは何も言わず背を向ける形で踵を返すのみ。予想外だった行動に思わず呆気に囚われてしまったイチゴだが、そんな彼女を知ってか知らずか。後ろを振り返ることなく赤い角の少女は。

 

「キミはムカつくけど、とても人間らしいね」

 

 何てことないかのようにそんな言葉を呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









平成が終わり令和へ……令和ライダーシリーズ、やるんですかね?

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