今回で流星モラトリアムの章が終わり、次章になります。漫画版ダリフラが特別編をやるとのことだったのでそれにあやかって、次回特別ゲストを登場させようと思います。
後書きにそのゲストがちらりと登場するのでお楽しみに。(^_^)/~
特別ゲストのヒントは『もやし』です。
時間は、然程進んではいない。
だとしてもその刹那は異様に長いように思えし、それ以前に一体何が起こったのかさえ明確に把握できないほど頭の中は真っ白になり、思考の一切が吹き飛んでしまったかのようなそんな状況にヒロは陥っていた。何故こうなってしまったのかを問えば原因はイチゴだ。但し彼女は悪意あってそうした訳ではなく、ある種の感情の暴走によってそうしてしまったと言うのが正しい。イチゴは……ヒロにキスをしたのだ。
これまで何度振り返ろうとも他人とキスをしたのはゼロツーだけ。他は全くいなかった。だがこの時、この瞬間となってはゼロツーだけと言う訳にはいかなくなった。唇を通して伝わる相手の体温と唾液と質感。それを自覚した時には今置かれている状況を把握したヒロは、同時に驚愕と困惑が沸き起こり、放心から混乱へ変わってしまった。
どうすればいいのか。そんな事を考えている内にイチゴの方から唇を離す。その行為が何を意味するのか、何も知らないイチゴではない。ただ、実感するという意味ではキスという行為に関して無知だったかもしれない。
いや、実際そうなのだろう。
あまり良く思っていない相手から与えられた、キスという行為における知識。聞いた最初こそ若干の嫌悪はあったものの、感情に任せていざやってみれば、未体験の言い知れぬ感覚が全身を駆け巡った。良いか悪いかで言えば良い部類の快楽に近い感覚。
羞恥もあるが酔い痴れた気分で顔が赤くなり、体温が上がる。
ずっと、こうしていたい。
そう思うものの、そうする訳にはいかず。確かにある理性で湧き起こる感情を抑えたのだ。
「その……何て言うかさ。多分……ううん。あたし、ヒロのこと好きなんだ」
顔を赤く染めたまま、彼女は両手を背に隠し、指同士を絡ませて顔を下へと俯くイチゴは、これまで自身が抱いていた気持ちを吐露する。好意を抱く、というのは分かる。誰かを大切に思い仲良くなりたいと思う感情的現象。
そこに特別な意味合いはないと思っていた。
だが、小さい頃からのヒロに対する好意は時が経ち成長するに連れて変化していき、彼女にとって特別な気持ちとなった。
「……イチゴ。その、ああ……何て言うか」
「ご、ごめん! そんな重く受け止めることないから! ただ……す、好きでやったことなの!!」
イチゴは慌てて、身振り手振りでそう言う。
「と、とにかくさ! そろそろ戻ろ! 明日早いって刃さん言ってたし」
これ以上はいられない。
自分が仕出かした行為に羞恥心から湧き起こる感情を抑えられず、来た道を戻ろうと振り返った瞬間。
星が……軌跡を残して降り注いだ。
「綺麗……」
感嘆の一言しか出ない程にそれは美しく、星空に溢れる星々がより一層輝きを増したかのような神秘的な光景だった。その正体は他でもない白光を放つ流星群。厳密に言えば星そのものが流れている訳ではないのだが、それをここで言ってしまうのは野暮な話だろう。イチゴの独り言を聞いたヒロはこんな話をして来た。
「流れ星に願い事すると叶う……って、前に言ったっけ?」
「ちゃんと覚えてるよ。あたしそんな頭良くないけど、記憶力はしっかりしてるし!」
バカにするな、と言いたげな様子で自身の記憶力を語るイチゴの姿が何処か面白げに感じてしまい、ついプフッと笑い声を漏らしてしまった。
「……ヒロ〜?」
そんなヒロを見て黙ってスルーする程寛容ではないイチゴは、不機嫌なその顔に笑ってるけど笑ってない表情を張り付かせて、イチゴは少年の名を呼ぶと共に詰め寄る。
「あ、いや、その……なんか今の面白かったって
言うか……」
「……フン! ほら」
不機嫌そうに鼻を鳴らし、顔を振り上げるもののイチゴは取れとばかりに右手を差し出す。真意が読めず疑問符を浮かべた呆け顔をしていると、明後日の方角へ逸らしていた顔を再びヒロへ向け、真意の向上を述べる。
「手、繋いで。意味もないのに怒らせた罰」
「……ああ。分かった」
ようやっと理解したヒロは差し出された右手に自身の左手をそっと添わせるように乗せる。それを確認したイチゴはヒロの右手を掴み、やや前へリードする形で歩み始め、それにヒロも続く。
(そう言えば、よく手を繋ぎたがってたっけ)
昔ガーデンで小さかったイチゴが時折手を繋いで、と。そう言ってせがんで来ていた記憶がフッと頭の中に浮かんだ。前時代における人類史に実際にあった恐ろしい惨劇が綴られた本をそうとは知らずに読んでしまった時や、何かしらの怖い物を見てしまった時。凍てつく風が強めに吹く天候での野外敷地内での運動訓練の際など。
前者は不安や恐怖を無くす為に。
後者は大好きな男の子の温もりを求めて。
当時の小さかったヒロは別段嫌という訳でも、
断る理由もなかった為によく手を繋いだ記憶が頭の中に浮かんで来たヒロは思わず、笑みを零す。イチゴは手を繋いで歩くと言う気恥ずかしさから、つい顔を下へ伏せてしまった為、見られずに済んだのはヒロにとって幸いだったろう。
ともあれ、流星群の降り注ぐ夜空の浜辺を歩く二人は来た道を戻っていく。安らぎと幸福における、この刹那の一時を祝福するかのように落ちゆく流れ星が一層とその数を増やし、更にはその中に一際強い輝きを燦々と見る者をより気付かせる為にもと思える赤と青の流星が二つ、寄り添うようにして白光の流星群の中を駆け落ちていった。
※ ※ ※
「……ッ……あ、うぅ……」
深く沈んでいた意識が徐々に浮上していき、目を覚ました1匹のアマゾン……ジャガーアマゾンことザジスは覚醒こそできたが未だ意識は明確なものではなく、霞のように曖昧なものだった。
「おはよう♪ いい夢見れた?」
「!! ッ」
だがそれも忌々しい見覚えのある顔が視界に入るまで。すぐさま意識をクリア化させたザジスは寝た態勢を保ちつつ、両手のブレード、その左手の刃で首を切り落とそうとした。
が、それを容易く片手の指二本。もっと正確に言えば、親指と人差し指で摘むように防ぐことで首の切断を回避したチャイナドレスを身纏う女性『アレニス』は、あくまで余裕の笑みを絶やさずザジスに向ける。
「ここは貴方とファントが叫竜の姫と戦ってた場所から10Kmくらい、離れたところよ」
「て、テメェが何でいやがる!」
そう言いつつ、ザジスは何故自分が巨大な地下空間から地上の荒野へと寝ていたのか。その全てを思い出した。
そうだ。俺は罠に嵌ったんだ。
そんな心の呟きと共に脳裏に蘇るのは頭と身体を切り離して尚も立ち上がる叫竜の姫……いや、その複製である人形に動揺し一気に爆散。自分は限界までギガをブレードに収束させて展開した障壁で防ごうとしたが威力が桁違いに高過ぎた。その身に余る熱量が人間よりも数百倍強靭な筈の皮膚を。筋肉を。果ては骨さえ蒸発させ、あのまま受け続けていれば間違いなく死んでいただろう。
しかし結末は違った。
間一髪のところで転移して来たアレニスがダメージを負いつつザジスを抱えて、もう一度転移。僅か刹那の間だったが何とか成功を果たし、ザジスを爆死という形で終わらせずに済んだ。
とは言え、ダメージは甚大なものだったと言わざる得ない。外見的には所々少し火傷を負う位にしか見えないかもしれないが、それはあくまで表面上に過ぎない。身体の内部は一部炭化した部分すらあり、本来であれば先程のような動きはできないのだが眠っている間にアレニスが打った強力な無痛効果を持つ麻痺毒のおかげで痛みを感じずに済み、それが今の身体の惨状を意に介さずあの様な動きを可能としたのだ。もっとも痛みを全く感じずともダメージは確かにある為、負荷を伴いかねない動きは死を招きかねない。
「麻痺毒が回ってる内は無理せず回復に努めることをオススメするわ。せっかく敵の罠に嵌って散る寸前だった命を今、ここで無意味に失くす破目になっちゃうわよ?」
その事をいつもと変わらぬ口調なれど、凄味を加えて伝えるアレニスの正論に対し、反抗的な台詞を吐き散らかすことなどできず。不本意で忌々しいと思いつつ、いけ好かないこの狡猾な女に何をどう反論することもできず、ゆっくりと上半身だけを起こし、その態勢で忌々しそうに舌打ちする以外にできなかった。
「チィッ! テメェに借りを作っちまったか……で? ファントの野郎は?」
「お、俺。ここに、いる」
ザジスの質問に答えたのはアニレスではなく、それ以外の者でもなく、れっきとしたファント本人がそう言って返して来た。よく見れば身に纏っていたコートを着ておらず筋骨隆々とした筋肉で鍛え上げられたその肉体には、所々焼けた爛れた傷跡があるもののアマゾン細胞による再生能力がフルに発揮されている為、蒸気を黙々と発しながら恐るべきスピードで回復へと向かっており、あと2時間ほどもすれば完治は確実だろう。
本来のアマゾンの再生能力であれば数分程度なのだが、ファントは怪力と防御力に優れている反面、再生能力に関しては並のアマゾンよりも弱いというデメリットの特性を有している。
ともあれ、アマゾンの形態から人間の姿へ戻っていたファントは相変わらずの表情と口調で、それなりにダメージはある筈だが、そうとは思わせない程に無感情を顔に張り付かせていた。
「ガァァッ! あのチビアマァァ……クローンなんぞ用意して、下らねぇ小細工を!」
「まぁ、相手もAPEや私達の目と手から幾度も逃れて来たから。クローンを使った影武者なんて朝飯前という訳かしら?」
「つーか、なんでテメェがここに? そもそも、タイミング良く救出できたってのはちとオカしくねぇか?」
苛立ちを粘らせた嫌味の意味合いを込めた視線で、ザジスはアニレスを睨む。確かにああも迅速に間一髪の所と言うにはタイミングが偶発と言うよりも、狙ってやったとしか思えない程に良過ぎている。断っておくが彼女に未来を把握できる予知能力の類などない。自身に置かれた周囲の状況を的確に推察・計算する事で、あたかも予知であるかのように見えると言った風な芸当を可能にするアマゾンもいるにはいるが、別の任務で遠く離れていた彼女がソレを察知するのはまず不可能。
となれば予め知っていた、という事になるのだが問題は“どうやって知ったのか”。
「勘違いしないで。この子達のおかげよ」
そう言うと彼女の背中から肩に何かが這い出て来た。茶色に黒の斑模様があり、血の様に赤い複眼をした1匹の蜘蛛。全体的な大きさはハエトリグモのような2cmか、3cm程度の小型。背中など目の届かない位置にいたら、まず気付かないかもしれないだろう
。その蜘蛛がなんだと視線を送るザジスに呆れを孕んだ溜息を吐きつつ、彼女は答える
。
「この蜘蛛ちゃんはね、私が作り上げた発信機にして目であり、耳でもあるの。だから貴方がどんな状況に置かれているのか。例え些細な事であろうとしっかり記録して私に送ってくれるのよ」
すなわちソレは位置を把握できるだけの発信機とは異なり、監視カメラや盗聴器としての機能を併せ持ち、細かな情報を得るという事になる。張り付いている対象の行動。会話。位置。果ては身体内部における異常でさえ把握することが可能である。そんなものが自身の与り知らぬ所で勝手に張り付ていて、自身に関する情報全てを主たるアレニスに送っていたと言うのだから、その怒りの激情は当然の理だった。
「テメェ……なに気色悪いゴミムシ付けてくれてんだよコラァァ……」
自分の身体のダメージなど一切考慮せず、顧みもせずに立ち上がる。ザジスにとって自身より上の者がやるのであれば一応納得し、従う。だが自分と同格か、あるいは格下の相手にこのような知らぬ間に首輪を付けられる行為を……ザジスは最も嫌う。
彼にとって、弱小なる存在など興味ないむしろゴミとしか思えない嫌悪感さえ覚え、もし目の前にでもいたら“自身の手で処理してしまう”程だ。彼から見てアニレスは自身と同じ幹部ではある。立場上はそうなってこそいるがあくまで個人的な主観だがザジスにとって彼女は格下なのだ。実際ザジスと彼女が本気で全力をもっての殺し合いをしたとして、一切の策なしでの実力勝負であればザジスの圧勝は確定されてしまう。
アニレスは、ザジスよりも速いスピードを有しており、全身全霊における本気を出せばザジスを上回り、音速を超える程の結果を叩き出せる。そのおかげでザジスを助け出すことができたのだ。とは言え、ザジスが盾代わりとなってくれていた事を考慮すれば
、また評価は違って来るが。では、何故それほどまでの速さを持っていながら負けるのかと問えば……単純な話、彼女は決め手がない。
同格の相手を殺すだけの技量が、だ。
更に基本的な身体能力に関してもザジスを遥かに下回り、戦闘での動きも単調な部分が多い。故に彼女は“純粋に単純な実力勝負”には勝てない。
「あらあら。そうは言ってもこれは我らが姫様のご意思なのよ? 私は諜報・隠密の面において組織を影から監視して異分子や不穏分子を発見し、対処する。それが与えられた役目なのよ。まさか貴方、そんな事も忘れていたの?」
「!! ッ だがよ、コイツはさすがにやり過ぎってもんだろーが。そんなに信頼ねーかよ俺は」
「言っておくけど貴方だけじゃないわ。姫様を除くヴィスト・ネクロの全アマゾンにこの子等は張られているの。信頼を盾にしてコソコソしてるかもしれないでしょ?」
「ならテメェはどうなんだ? 俺たちにその可能性があるってんなら、それはテメェも同じじゃねーのかよアニレス」
尤もらしい事を妖艶さを交えつつも、事務的に淡々と説明するアニレスに対し、ザジスは核心を突く。確かにそれは道理と言えよう。むしろそういったありとあらゆる様々な情報を収集する立場の者であれば、尚の事、裏で何かをしやすいもの。上手く、巧妙に、慎重に徹していれば組織のトップの首を狙えるチャンスが訪れたとしても不思議ではないし、絶対的に
信頼を必要とする立場である以上、疑いの目を向けられるリスクを完全とはいかずとも軽減位はできる。
そういった意味では、アニレスはいつでも組織を裏切れる有利な立場にあると言ってもいいがそれについて言及されないなどと、予想していない彼女ではなかった。
「ええ、尤もな意見ね。でも心配しなくていいわ。私が組織への反逆行為をした場合、個人の本意不本意関係なく、私に埋め込まれたあの方の細胞が私の命を奪う事になっているのよ」
「!? ッ……んだとォッ!!」
初耳だ。そう言わんばかりの動揺した態度は誰の目から見ても明白なもので、ファントも彼程ではないにしろ動揺を微かに見せていた。
「ど、どういう、事だ?」
「どういう事もそう言うことよ? 私は貴方達を含めて組織全体を監視し管理する。もしその私に不備があったとして、もっと言えば謀反を企ていたとしら……何らかの対策をしていないと話にならないでしょ?」
さも当然のことだと彼女は不満も何もなくそう答える。彼女に謀反の意図は勿論ない
。しかし敵に何らかの方法で操られるような失態は組織の中で最も重罪であり、決して許容できない物。十面姫はその処罰を絶対に下すだろう。組織の動きを見極め監視する管理職に属する立場の彼女であれば、それは尚更のこと。
「私は自分の意思であの方に私自身の命を文字通り“委ねているの”。だから、私個人の責務にグダグダ言わないで。いいわね?」
何も言わせない。彼女としての覚悟をもって口にした言葉の数々は嘘偽りもない本気のソレだ。それを堂々と出されてしまえば、もうザジスに文句や罵倒を口答えとして醜く吐き散らかす訳にはいかなくなった。
「……」
何も言わず、再びザジスは横たわる。
これ以上は回復の妨げになるばかりか何の得もないと踏んでの賢明で妥当な判断だった。とは言え表情は不満をタラタラと恥もなく、満遍に出し切ったものだったが。そんな彼の視界に夜空が見える。叫竜の姫との邂逅、戦闘から意識不明に至るまでの時刻が1日の真ん中、つまり正午であった事を考えると結構な時間が経ったようだ。
今現在の大まかな時間帯は深夜。偶然にもヒロとイチゴが見ているあの流星群がザジスの視界にも入って来るが美も何も、感じ入ることはなく。
「ウザったいな……」
鬱陶しい。まるで自身がヘマして犯した失態を嘲笑っているかのような等と、そんな卑屈な心境で忌々しさを覚えていた。
数時間前、スタークとヒロとゴローの3人が訪れた洋館。周囲は夜の闇に包み込まれ夜行性の虫や鳥、果てはよく分からない獣の鳴き声が右往左往と犇いている。そんな不気味な雰囲気を漂わせる洋館の内部に誰かがいた。かつていたであろう洋館の主人。その人が愛用していたが部屋に誰かがいた。
「……そうか」
一言。納得したような声を零した誰かは男だった。その手には本棚の中から抜き取った一冊があり、開いた状態を見るにその内容はもう既に把握しているようだ。
「だいたい分かった」
男は、外見を見るに青年と思わしき年齢で髪は短い茶髪。マゼンダ色のシャツの上には黒の上着を纏い、その下は上と同じく黒に染まったズボンを履いており、何処も明からさまに異様な処は見受けられない、至って普通な風貌。
だが何と言うべきか。その男には妙な雰囲気が付き纏っており、『あらゆる面で掴み所のない人物』…という体を醸し出していた。
「この世界はこの世界で、どうにも色々と面倒みたいだな」
パタンと本を勢いよく閉じた男は、そのまま本を目の前にある木製のデスクの上へとぞんざいに放り出す。その本の表紙には、こう書かれていた。
“V I R M”
「まずはとりあえず……プランテーションとやらに行ってみるか」
そう言い残し、彼は自身の背後に現れた銀色のオーロラのような幕に飲み込まれ、そのまま幕と共に消え去った。