ダーリン・イン・ザ・アマゾン   作:イビルジョーカー

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デルフィニウム救出作戦 part1

 

 

 

 

 

 ディケイド。世界の破壊者とも呼ばれる彼は、数多の世界を駆け旅をする流浪の仮面ライダーである。

 世界の破壊者、とよく言われるが彼は世界を滅ぼす気は全くなく、破壊するのはあくまで世界の“不条理”。

 

 すなわち、世界を滅ぼしかねない“悪”だ。

 

「グルゥァァッッ!!」

 

 四角い形状をした、銀色の幕のようにも見える空間の歪み。

銀のオーロラ、とも呼ばれるソレに囚われたカエデ……いや、黒いアマゾンは無駄だと分からないのか。無理矢理にでも抜けようと必死に力強くで足掻く。

 そんな相手を一瞥した後、ディケイドは黒いアマゾンを捕らえていた拘束を“意図的”に解除した。

 

「そら、来いよ」

 

 挑発。獣と大差ない獰猛性を併せ持ちながら人並みと変わらない知性を有する黒のアマゾンは、それ故にディケイドの言葉と手を前に出し、人差し指をクイッと曲げて来るジェスチャーの意味を時間をかけず理解し、そして怒りを滲ませた唸りを上げる。

 

『キサマァァァァァァァッッッッ!!!!!』

 

 同時にディケイドに向け、その爪を振り下ろした。

 

「遅いな」

 

 そのまま喰らったのだとすれば、相当なダメージを受けてしまうのは否定できない。が、はいそうですか、などと馬鹿正直に喰らう気は更々ない。

 振り下ろされる凶爪を前にディケイドが選択したのは、剣で防ぐ、というものだった。

 ただの剣ではない。ディケイドの能力を引き出すに必要なアイテムである『カード』を収納する為の四角い形状をしたホワイトカラーに黒いラインのパーツが斜めに装飾されているケース……通称『ライドブッカー』を通常時の箱状形態から、ソードモードへと変形。

 折り畳まれたパーツが突出し、顕となる切り裂く為の刀身部位と掴む為の柄の部位。

 瞬く間にカード収納容器から剣のソレとなったライドブッカーの柄を掴んだまま横一線に倒し、その状態で黒いアマゾンの爪の一撃を当てさせる事で防いで見せた。

 

『!! ッ』

 

「フンッ!」

 

 まるで他愛無いとでも言わんばかりに鼻を鳴らしたディケイドは、驚きを見せた黒のアマゾンの隙を突き、そのまま押し退ける形で胸の中央へとライドブッカーの切っ先を埋め込ませる形で深々と突き刺した。

 

『ガァァッ! アアァァッ!!』

 

 やがて刃は背中を貫通した。悲痛な叫びを上げる相手にディケイドは一切手を緩めず、そのまま引き抜く。

 

「言っておくが、再生しようとしても無駄だ。

 俺の力は“悉く破壊”しちまうんでな」

 

 どこか自虐とも取れる乾いた笑みを浮かべながら、仰向けに倒れ込み、身体のあらゆる組織が崩壊し溶解しかけていた。

 

「死ぬ前に質問だ。カエデは?」

 

『…………取り……こ……』

 

 少し間を置いて紡がれた回答は、まともに意味として紡がれていない言葉の記号が3つ。これでは無言を呈しているのと大差ないだろう

 これを最後にまともに言葉を発する事なく沈黙。

 

 だが、彼にとってはそれだけで察するには十分過ぎた。

 

 二度とその口が開かない事を示すように黒いアマゾンの身体はあらゆる部位の体組織が液状に崩壊していき、もはや人の形のみを象った黒い液体に過ぎないソレへと果てた。

 

「……なるほど。情報は正しかったか」

 

 そんな光景を仮面越しに見ては、得心がいったとでも言うようにそう零すディケイド。

 そんな彼に向けて声を上げたのは、当然ながら彼以外にたった一人しかないヒロだった。

 

「……い、一体なんなんですか、コレ……さっきの人……カエデさんは……」

 

 素人目で見ても、ヒロが動揺していると判断できる位に彼は狼狽していた。

 上手く言葉が出ず、必死に自分の中に生じた渦の如き混乱を鎮めようとはしているらしいが、それでも頭の整理がつかず、それが混乱を助長させていた。

 

「質問に答えてやるが後にしろ」

 

 そう言ってディケイド……変身を解いた士は、ヒロの方へ手を翳す

。すると先程のように銀色のオーロラのような空間の歪みが生じたものの、今度は部屋全体を飲み込む程に大きなものが出現。

その光景に目を見開くヒロを余所に歪みは一切の容赦なく士とヒロを飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

「あちゃー。そう来たか」

 

 コロニー内に立ち並ぶ白や灰色、時折暗い赤色 の建物が屹立するビル群の中に彼等はいた。

 

 ブラッドスタークとプレディカ。

 

 二人は密かにヴィスト・ネクロの活動拠点となっているビルの屋上で、黒いアマゾン……いや、“アマゾネスト”と繋がることで得た視覚共有により、ディケイドとの戦闘を一部始終見逃さず観察していたスタークは、他人の目も憚らず、平然と寝転ぶと左脚を右脚に乗せるように組み、両手を自らの頭へと収めるとその顔に鬱陶しげな忌み顔を浮かべ愚痴を零す。

 

「はぁぁ。いずれは介入して来るとは踏んでたけどさ……よりによってこの時だなんて……最悪」

 

「何か拙い事でも?」

 

 自らの主が寝そべっているのに対し、その従者たるプレディカは両手を後ろへとやり、姿勢のいい佇まいでスタークへ問いかけた。

 それの答えは、やや不機嫌の三文字を顔に滲ませるように出しながらのものだった。

 

「なに、もしかしたら邪魔して来るかもしれないって奴が今、ここに来ていただけの話だよ。しかもアイツ、アマゾネストを1匹壊しやがった」

 

「アマゾネストをですか?」

 

 プレディカはスタークの言う邪魔者がどういった存在なのかを知らない為、疑問符を頭に浮かべる以外になかった。

 今ここでその事についてスタークに問いを投げかけたとして、素直に答えてくれるかも分からない為、自分から聞く事はなかった。

 そもそも、話すつもりならスタークの方から言って来る筈なのだ。彼女はいい加減で自由奔放だと思われがちだが、腹の内には策謀やら企みなどと言った真っ黒いモノを抱え込んでは、その為に他者を欺き騙し、時として破滅へと突き落とすのだ。

 

 故に本質的には合理的なのである。

 

 必要なら絶対にやるし、言葉として事前に相手の情報を教えたりもする。しかしそれが無いと言うことは、余計な事を聞くな。考えるな。

 

 ただそれだけを意味しているのである。

 

 それを分かっていればこそ、邪魔者と称する者の詳細についての情報を求めるような問いをせず、どう出るかの指示だけを求めた。

 

「で、どのように? 何か変更は?」

 

 プレディカの言葉に寝そべっていた身体を起き上がらせたスタークは、胡座をかいた態勢で、

 頭を掻きながら答えた。

 

「計画に変更はない。“アイツら”の計画は」

 

 その言葉を聞き、ニヤリと。プレディカは一物抱えたような奸計の笑みを浮かべる。

 スタークも同様だ。

 彼女が言うアイツらとは無論ヴィスト・ネクロのことであり、スタークは彼等の計画とは別の計画を秘密裏に推し進めていた。

 本来であれば、それはもう少し先にと思っていたのだが、ディケイド……門矢士というイレギュラーが予定よりも早く現れた事で、少しばかり変えざる得なかった。

 

「色々とあのコたちを観察できたし、ここらがもう潮時かなって思ってたトコだから、逆に丁度良かったかもね」

 

 そんな彼女の言葉にプレディカはやはり何度聞こうとも、疑問しか浮かんで来ない。

 一体どういうメカニズムなのか不明のままだが、スタークはその身を二つへと分裂できる能力を有し、分かれたもう片方の自分をAPE所属の臨時パラサイトこと『Code703』として、敵の腹の中で悟られないよう潜む寄生虫の如く、秘密裏に暗躍している。

 とは言え、彼女がそうしている理由はAPEのトップシークレットクラスの最重要情報を入手する訳でも、何らかの工作を施す訳でもない…いや、確かに“ヴィスト・ネクロの一員”としては、そうした活動を行っているのは事実であり、その観点だけで言えば間違ってはいない。

 しかし。それはあくまで、“組織の協力者”としてやらなければならない表向きの道理でしかなく、真意は別にある。

 彼女の本当の目的……それは、13部隊を観察し、来たるべき時の為に見定めることである。

 少なくともプレディカはそう聞かされているのだが、それが具体的にどういったモノなのか。

 それを教えられてはいなかった。

 どうにも知られたくないようで、質問したとしても『キミは知らなくていい』や『お前はやるべき事だけやればいい』等と返って来るのがオチ。

 執拗に聞いて来れば暴力による制裁が与えられるだけだ。

 もっとも彼自身、ゼロツーへの復讐が最大にして何よりも最優先事項であるが故に興味など元よりなく、執拗に聞いた事などない為、そうした事はされてないが。

 が、プレディカが他愛なく聞いた時の、彼女のあの殺気と氷のように一切の温もりを感じさせない冷え切った厳冷の言葉は、今尚明確に嫌でも覚えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『キミは知らなくていい。ボクが頼んだことをきちんとやってくれればいい。分かった?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただそう言っただけ。

 それだけでも、自分は何も言えず、ただ頷く他になかった。

 

「そう言えば、いいんですか?」

 

「ん? 何が?」

 

 余計な事は考えず、思い出すのも辞めようと話を切り替えて、今現在の懸念事項に関する件を問い質した。

 

「あの蜘蛛女の子蜘蛛ですよ。こういった会話を聞き取られるのは、マズいのでは?」

 

 プレディカの懸念は自分達の体内に寄生しているアニレスの子蜘蛛だ。作戦実行の為にコロニーへと侵入する際、アニレスは二人の身体の中へ子蜘蛛を寄生させた。

 ザジスの場合のように張り付かせるのではなく、文字通り対象の内部へ潜り込ませたのだ。

 曰く『良からぬ事をさせない為の楔にして、犯した際に罰を与える為』と、アニレスは言った。

 ようは監視の端末であり、少しでも不穏な動きを見せた場合において作動する爆弾でもあるのだ。

 小型蜘蛛は半分サイボーグのようなもので、脳の代わりに高度なAI端末が搭載され、蜘蛛糸を出す筈の尻部には体内に高密度のギガを凝縮させており、これが火薬の役目を果たす。

 小型蜘蛛が対象の不穏な行動や言動を感知した直後、ギガのエネルギーを一気に解放させる物質を送り込み、爆発させる。

 その威力はアマゾン一匹の原型を喪失させるには十分過ぎるもので

、当然中枢臓器は消し飛ぶ。そうなれば二度と再生することなどできない。

 

「ああ、アレね。問題ないよ」

 

 そんなものを仕込まれているにも関わらず、スタークは愚か問いを投げているプレディカにも焦りや不安、恐怖と言ったものはなく、それが確固とした事実だと裏付けるかのように平然と。何も問題はないと彼女は言った。

 

「キミも知ってるでしょ? 対策をしておかないほど、ボクは間抜けじゃないって」

 

 パチンッ! 

 

 指と指で鳴らす、乾いたフィンガースナップの音がスタークから発せられると共に両者の胸元がまるで個々で生きているかのように脈動し、やがて何かが勢いよく突き出した。

 

「グウゥッ!!」

 

「よっと」

 

 プレディカは堪らず鮮血に彩られた胸元を片手で必死に抑え苦悶の表情を滲ませるのに対し、スタークは何でもない様子で飛び出して来た物を手で掴むようにキャッチし、その手を花のように開いて見せた

 

「ふふ。良い子だ」

 

 茶色の体色に体長が5cm程しかない、一見すればただの小さな蜘蛛にしか見えないソレは、下手すれば人よりも頑丈で強靭な肉体を有するアマゾンの身体が容易くバラけて吹っ飛ぶほどの威力を秘め持つ爆弾。

 やがて、もう1匹……プレディカの体内に寄生していた蜘蛛が血濡れの赤を纏いながら、彼女の足下から這い伝って肩へと登って来た。

 

「ご覧の通り。もうこの子達はアニレスのモノじゃない。完全にボクのものさ」

 

「……そうですか。本当に貴方の成す芸当の数々は、とても不可解極まりない」

 

「不可解とは失礼な。ボクはあくまでこの子達の脳をジャックしたに過ぎない。ほら、分かり易く言えば電子工学で言う、ハッキングと同じ原理さ」

 

 さも当然と語る赤い蛇の少女にもはや、プレディカは何も言えず。ただ深い溜息を吐いた。

 しかしまぁ、不思議な事ではないかもしれない。アマゾンの中には人間の意識を奪い制御下に置くと言った生体の操作能力を持つ、そんな個体もいる。

 ならば不可解、とは言えないのではと思うかもしれないが彼女はアマゾンでもなければ、人間でもない。

 実際子蜘蛛によって開けられた傷穴からは血ではなく、紫を中心に赤や青と言った煙のような、あるいは粒子に近い妙なものが流れ出ている。

 

 本当に何者なんだ。この女は。

 

 そんな疑念は絶えずあるが、しかし復讐目的で彼女と共に動くプレディカにしてみれば、それはどうでもいい事柄なのだが。

 

「懸念は取り除いたし、これで問題ないでしょ?」

 

「まぁ、そうですね」

 

 傷穴も塞がり、少しばかり口から出てしまった血を拭い去りつつ、プレディカはそう答えた。

 そんな彼を尻目にスタークは重そうに腰を上げ立ち上がると、コロニーの壁の向こう側にある13都市のプランテーションへと視線を向ける。

 

「さて。こっちはこっちで動くとして、向こう

 は大丈夫かな?」

 

 そんな独り言が自然と口から零れた。

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

「やっほー!」

 

 ミストルティンの宿舎にある中庭に声をかけたナオミ。その先にいるのはゼロツーだ。

 ゼロツーとナオミを除く13部隊は今、突如として現れた叫竜の迎撃に出ている為、ここにいるのは二人だけなのだ。

 なるべく愛想良く挨拶したものの、当の本人はたいして気にも留めず、中庭を囲む二段しかない段差の上に両足を折り込み片手で抱く態勢で座っており、空いたもう片方の手で気怠げそうに桜の色に似た髪の毛のひと房を弄っていた。

 

「な〜にしてるの!」

 

 今度は少し声を大きめに言ってみる。

 するとナオミの声に反応し、少し顔を後方へ傾け、視線のみ振り返るといった形でようやっとナオミの姿を見据えた。

 

 しかし、その瞳は淡白なものだった。

 

 まるで心底つまらない、とそう訴えているような少し冷たさを孕んだ視線だった。そんな視線がナオミを貫くも、本人は気にせずゼロツーに声をかけた。

 

「どうしたの? やっぱりヒロのことが心配?」

 

「……まぁ、そんなとこ」

 

 淡白に答えるゼロツー。そんな素っ気ない態度にナオミは、苦笑を浮かべるしかなかった。

 ゼロツーは基本的に愛想だけは良い。

 しかし、興味がない又は気に入らない対象の人物に対してはあまり相手にしない主義で、適当に流したり完全無視を決め込むのが彼女の性格だ。

 ゼロツーにとってナオミは……というより、13部隊のみんなが他の部隊と比べて興味が湧き、気に入るに足る“個性が強い”という条件を満たしている為、相応に対応している。

 勿論ナオミもその例に漏れてはいない。

 

「……そういえばさ」

 

「ん?」

 

「キミ言ってたよね? コドモが戦わなくてもいい未来を作りたいって」

 

 ゼロツーから振るわれた突然の話題。

 それは13部隊に特別に与えられた唯一の休暇の日。夜に海岸で火を囲み話に耽っていたその時にナオミが語った事を指している。

 それに対し、ナオミは特に感慨なく答えた。

 

「うん。それが?」

 

「それってどこまで本気?」

 

 ゼロツーのナオミを見る視線は変わらない。

 しかし、何処か訴えかけているようにも思えるものだった。どういう意図で……かは、分からないが。

 

「どこまでも、だよ」

 

 そんなゼロツーの質問にナオミは少し笑みを浮かべながら答えた。

 間を挟むことなく、だ。

 

「ゼロツーはさ、人間ってどう思う?」

 

「…………」

 

「あ、あー、いきなり言われても分からないか」

 

 少し考え込むように視線を下へ向けたゼロツー。それを見たナオミは説明が足りなかったか、と反省し改めて説明しようとしたのだが。

 

「人間は、弱い」

 

 それをゼロツーの言葉が遮る。

 

「空へ飛ぶ為の翼もなければ、戦う為の牙も爪もない。身体は獣に劣る位に脆い生き物」

 

 けど。

 

「人間は誰かを想える。誰かの為に泣いて、誰かを助けようとして、誰かを笑顔にできる。それが人間なんだって……少なくとも、ボクはそう思うよ」

 

「……ふふ、そっか。そうだね」

 

 ゼロツーの返って来た彼女なりの答えに笑みを零し、同意するような言葉をナオミは口にした。

 

「それが人の美しい所なんだろね。きっと」

 

「……なんか、はぐらかしてない?」

 

 妙に話が逸れている事を感じたゼロツーは、それを指摘する。

 

「別にはぐらかしてないよ? 私が言いたいのはさ、それって13部隊のみんなのことなんだってこと」

 

「13部隊のみんな……が?」

 

「うん。言わなくても分かるでしょ?」

 

 言われてみれば、その通りだ。

 13部隊は笑ったり泣いたり、守るべき規律やそう在るべき体裁など関係なく、ただ自分の思うままに行動している所がある。

 前に共同戦線を張った26部隊と比べて見ればその差は明らかだろう。

 

 “コドモ”らしくなく、“子供”らしい。

 

 少なくとも鷹山ならそう言うだろう。

 

「ん? あ、ナナ姉さんからだ」

 

 話の最中に連絡端末の機器にメール音が鳴り響く。

 ナナからだった。

 

「え……うそ?!」

 

 それを見たナオミは、ゼロツーを無理やり引っ張ってブリーディングルームへと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

「今すぐ助けに行こうぜ!」

 

 ナオミとゼロツーがブリーフィングルームに着いて早々耳に入れた開口一番の声は、ゾロメのものだった。

 どうやら、言葉だけで察すればイチゴとゴローはまだ生きているようだ。

 メールの内容はイチゴとゴローが超大型に相当する叫竜の内部へ飲み込まれたとあり、詳しい事はブリーフィングルームで説明すると書かれていた為、二人が命を落としてないか不安だったナオミにしてみれば、まだ安心には早いがそれでも、気持ちは少しは落ち着かせるのに効果覿面の清涼剤だった。

 見れば、ブリーフィングルームには13部隊がイチゴとゴローのデルフィニウム組を除き全員が揃い、当然ナナとハチがいる。

 意識を失う程のダメージを受けてしまったミクだが、これと言った重い怪我はなく、少し腹部に打撲痕があり痛むものの、ブリーフィングの参加には支障ない。

 

「ダメよ」

 

 そんな中、ゾロメの救出の願いを、否定の言葉が突っ撥ねたのはナナだった。

 それがナオミの心に疑問の荒波を立たせた。

 

「どういう、ことですか?」

 

 ナオミは震える声で吐き出したい激情を抑えて、その上でナナに問い質す。

 

「来たわねナオミ。ゼロツーは来ないと思って敢えて連絡入れなかったけど……」

 

 ゼロツーの性格は嫌と言う程分かっている。

 不貞腐れて機嫌が悪い彼女に連絡を入れた所で来ない事は勿論、そうなるとかなりの労力を消費する覚悟で引きずって行かなければならない事も、身に染みる程に体験している。

 そんな彼女がナオミと共にやって来るとは、一体どういう風の吹き回しなのかと。ナナは内心疑問に思ってしまう。

 

「まぁ、無理やりね」

 

 チラッと。ゼロツーがやや非難めいた視線でナオミを見ながら言うが、当の本人は気付かず。それだけ内心かなり焦っているようだ。

 

「でも全員の方がいいわ。もう知っているとは思うけど、デルフィニウムと一緒にイチゴとゴローの二人が叫竜内部に飲み込まれた」

 

「だから! 今すぐ取り返しがつかなくなる前に助け出さないと……」

 

「そういう訳にはいかないの。これを見て」

 

 ナオミと同じように焦燥に駆られ、二人を助け出すべきだと言うゾロメの意見を厳粛に押さえて、全員にモニターの大画面を見るよう促す。

 

 映されているのは、二人を飲み込んだあの叫竜だった。

 もっと言えばそれは画像で、モニターには何かを示しているであろうグラフ図や詳細と思われる文字の羅列が表示されている。

 

「分析の結果、あの叫竜は自身の体液を気化させて膨らむ特性を有し、しかもその体液は起爆性を物質が大量に含まれている」

 

「……つまり、生きた爆弾ってことですか?」

 

 ナナと交代する形で叫竜に関しての情報を説明するハチ。

 それに対しイクノが起爆性の体液を保有するあのクラゲ型の叫竜

“生きた爆弾”と称した。

 文字通り生命体として生きていながら危険な爆発物でもあるのだから、イクノの言葉は実に的確で正しく、一言一句で上手く纏め上げていると言っていい。

 

「そうだ。そしてこれを見て欲しい」

 

 叫竜の画像から別の画像へ切り替わる。

 今度はコロニーの全体の地図で、円形に並ぶ壁の位置と都市部の建物の配置。

 こと正確に細かく黄色のラインで記されたコロニー図の外側にある一つの赤い点。

 現在動かず何もせず、デルフィニウムを体内へ取り込みつつ、沈黙を貫き在る叫竜の位置を示すものだ。

 

「この図形はコロニーの全体図で、赤い点は現在行動を起こさず、デルフィニウムを取り込んだ例の叫竜だ」

 

 これが何だと言うのか。

 

 13部隊のコドモたちの中で疑問が生じるが、画像に変化が見られた。赤い点を中心に薄い半透明な赤い円形がコロニー全体に重なる形で、すっぽりと覆い込んでしまった。

 これを見てもやはりピンと来なかったがゼロツーと、ナオミはこれが何を意味するか分かってしまった。

 

「これって……!」

 

「あの叫竜が爆発する際の被害範囲でしょ?」

 

 イコールで言えばそれは、爆弾の威力を示す事にも繋がる。ようするにあの叫竜はコロニーという一つの都市国家に対し、壊滅レベルの損害を齎す事ができるのだ。

 これが一体どれほど危険な事か。

 13部隊は年少と言えども、そこまで幼くなくはない。

 

「マジかよ……」

 

「たった1匹の叫竜で?」

 

 ゾロメとミクの信じられないと言う声が上がり、ココロとフトシは緊迫や不安を隠しきれず。

 当然それはイクノとミツルも同じだ。

 と言うより、今ここにいる面々でポジティブでプラス的な思考や感情を持っている者など誰一人としていない。

 そんな心中を察しつつ、ハチは説明を続けた。

 

「ゼロツーの言った通り、これはあの叫竜が爆発した際に起こり得るであろう、被害予測範囲図だ」

 

 コロニーの総面積は過去に存在していた極東の日本という国の首都『東京』とほぼ同じだ。

 一国の首都規模の広さを持つコロニーを、一発の爆弾が更地へと変えてしまう。

 それがどれほどの威力なのか……嫌でも分かる。分かってしまう。

 

「目標の殲滅は、殲滅だけを視野に入れていれば何も問題はない。が、叫竜はコロニーのすぐ側にいる。遠ざけるにもマグマ燃料に引かれるという本来の性質が意味を成さない以上、誘導はできない」

 

「それにその生きた爆弾を守る番獣がいる」

 

 また画面が変わり、今度は一体のアマゾンの全体図を映し出した。

 

「これって……あの像のアマゾン?!」

 

 フトシが声を上げた。それは見間違う筈もなく

 、叫竜を守っていたマンモスアマゾンに他ならない。

 

「名をファント。数年前から目撃されているヴィスト・ネクロの幹部だ」

 

「あの野郎、リーダー格だったのかよ!」

 

「しかしあの強さであれば、納得は行きますね

 」

 

 自分達が遭遇したアマゾンがヴィスト・ネクロの幹部だった事に対し、予想外だったと驚くゾロメとは反対にミツルは納得したように呟いた。

 確かに、アルジェンティアを拳一つで戦闘不能に追い込むあの力は紛れもなく本物。

 それがヴィスト・ネクロの幹部だと言うのであれば……なるほど、道理は通る。

 

「幹部だけではない。実体は掴めていないが、僅かながら叫竜と思わしきエネルギー反応が大型個体の周囲に確認された。この事から恐らくコンラッド級の叫竜がこちらのレーダーを掻い潜るだけでなく、目視さえも欺くステルス能力で大型個体を警護している可能性が高い」

 

(ステルス……やっぱりアレは……)

 

 イクノの中で一つの疑問が解消された。

 あの時ファントが突如として現れた際、イクノは光学迷彩の類で姿を隠していたと言ったが、どうやら半分正解で半分は外れだったらしい。

 正確に言えば、別の小型個体の叫竜によって姿を隠蔽していた、と言うのが正しい。

 

 それならば宙に浮いていたのにも納得がいく。

 

 アマゾンの能力はその種類の多様性が多岐に渡るが、由来とする所以は保有する遺伝子に基づいたものだ。

 例えば、カエルの遺伝子を有するのであれば、発達した跳躍力と長い舌による打撃攻撃や捕縛。また粘液を利用したもの等が挙げられる

 元の生物の能力が反映され、アマゾンとしての能力として強化されるからだ。

 しかしマンモスという太古の種の生物は総じて飛ぶことができない。これは途中枝分かれする

 形で違う進化に至った象も同じだ。

 加えて、光学迷彩のように体色を変えて風景に溶け込ませる事も不可能。

 あのアマゾンがマンモスの遺伝子を有しているのであれば、飛行や浮遊と言った能力は皆無の筈なのだ。

 それができたと言うのであれば、レーダーにも目視にも映らないステルス保有の小型の叫竜を利用していた、と言うのであれば。

 十分納得が行くだろう。

 

「強力な幹部が守っていると言う点を踏まえても、最終的にはどうにかしないといけませんよね? どうするつもりなんですか?」

 

 状況が如何様なものであれ、事態の解決は必定だ。しかし現状は手が出せずにいる。

 

 挙げられる原因は二つある。

 

 一つは、“いつ爆発するか分からない”。

 

 核兵器と大差ない威力の叫竜という名の爆弾を依然として何もせず、ただ置いておく理由を探り考えるのであれば、このコロニーでしか果たせない重要な目的があり、起爆されていないと言う事は未だそれが達成していないと考えるのが妥当だ。

 ただ、その重要な目的については皆目検討がついていないが。

 

 二つ目は、“安易に干渉した場合のリスク”。

 

 仮定として叫竜を守護している幹部を足止め、あるいは倒せたとしよう。

 その場合、敵側が異変に気付かない可能性はほぼゼロだ。察知されてしまった後の行動は単純にそのまま早期爆破へと踏み込む以外にないだろう。

 ヴィスト・ネクロは何らかの技術的方法で瞬間転移を可能としている為、即座に逃げられるが

 コロニー内部にいる住民達はそうはいかない。緊急勧告を発令し避難させるにしても大規模なものになるのは明白。そうなれば当然時間が掛かる。

 更に言えば、黒いアマゾンや異例の叫竜の存在。これらの事からヴィスト・ネクロがコロニー内部に潜伏している可能性がある以上、避難の最中に襲撃して来ないとも断言できない。

 そうなれば未曾有のパニックと人災が起こりかねない。

 そのような状況に陥る事は、決して望ましいものではない。

 

 ならば、どうするのか。

 

 ミツルのその問いにハチは答える。

 

「その事についてだがコロニー側と共同で対策を練る予定だ。明確な作戦の立案がない以上、双方話し合って解決手段を模索するしかない

 

「そ、そんな悠長してられないっすよ!!」

 

「二人のことを考えれば、確かにそうよ。今はフランクスの生命維持システムのおかげで問題ないけど長くは持たない。今この瞬間にも二人の命が危ないのは承知の上よ。けど状況が状況なの。分かって」

 

 厳格ながらも己の力の無さを恨むように言葉を吐き出すナナ。彼女はコドモたちの安否を一切考慮しないという事はない。

 本心では一刻も早く助け出すべきだと考えてはいるが、己の立場を弁えていない程、彼女は愚かではない。

 彼女はあくまで作戦指揮を行うハチという司令官の補佐。そして現状、ハチとAEP上層部による決定に口出しはできない。

 仮にできたとして、ナナにはこの状況において最も有効で合理的な立案を提示することが不可能なのだ。

 

 二人を助けられない。

 

 その事実が沈痛な空気を生み出し、ブリーディングルームに張り詰めた。突発的に物言いを吐くゾロメももう何も言えず、他のみんなも同様だった。

 

(……チッ、なんて想定外だ)

 

 重く暗い顔の裏で、ナオミは苛立ちを覚えていた。

 

(私の計画の為にも、今ここでイチゴとゴローを亡くす訳にはいかない)

 

 ナオミにとってゼロツーを除く13部隊全員が欠けることなく、“来たるべき時までに成長させ、その過程を観察する事”が、ナオミとしてここに居る目的だ。

 13部隊の誰かが欠けてしまっては意味がない。

 

(色々と面倒になるけど、やるしかないか)

 

 二人を救出する決意への時間はそう掛からなかった。あとは、どのようにして救出するか。既に思考を巡れらせ練ろうとした直後。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ソレは起きた。

 

 ブリーフィングルームのモニター正面。ハチと

 ナナが立つその側にあの銀色のオーロラカーテンが発生したのだ。

 

 全員の理解が追いつかなかった。

 

 見たことも知り得ていた訳でもない、その異常な現象を前に誰もが動きを止め、驚愕の声さえ上がらないほどに思考もを止めてしまっていた。

 程なくして、水面のように波を描くオーロラに波紋が生じる。形を見れば人型のソレだ。

 そして、それが正解だとでも言わんばかりに一人の男が現れた。やがてオーロラが後方へスライドし、男と同じようにして一人の少年が現れる。

 

 更に少年と同じタイングで別の男が現れた。

 

 二人共楽な姿勢で地面に尻餅をつけて座するという、間の抜けた格好をしていたものの、その姿を確認した13部隊は全員目を見開く。

 

 ハチやナナもだ。

 

 何故ならその二人こそ、コロニーの医療施設にいる筈のヒロと鷹山だったのだから……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





ゼロワン……録画はしてあるけど全然見てない(−_−;)

前回で変身披露して見せた世界の破壊者こと、門矢士。あのオーロラカーテンで敵を拘束。
しかも、再生力の無効化(原作でもブレイドの不死の怪人アンデッドを封印せず『破壊』してる)とか相変わらずの破壊者っぷりは健在。

本格的な戦闘は次回で見せたいと思います。




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