ダーリン・イン・ザ・アマゾン   作:イビルジョーカー

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※ 少し文章を追加しました。


オトナと大人

 

 

 

 

「こっちだよ、お兄ちゃん!」

 

 小さい手に引かれて、清潔感が消え去り、どことなく汚い印象を雰囲気として臭わせる通路をゾロメは足早に通り過ぎていく。

 

 やがて、何軒かのレンガ製の民家が並ぶ開けた場所へと辿り着いた。

 

 端的に言ってしまうとボロ屋と呼ぶ他にない程、家の一つ一つが所々崩れた痕や罅割れ、金属版の屋根の部位に至っては目に止まるほど錆びていたりと。

 こういった具合で人が住む所というには、あまり相応しくないと言わんばかりの廃れた環境だった。

 

 しばらく歩いて行くと他の建物と比べて、少し大きい一見の民家が見える。

 

 大きさ以外で言えば特に何も特筆すべき箇所はなく、他と同じようにレンガ製で屋根が金属板という感じだ。

 

 そして、その家の前では、一人の男性と女性が家の壁際に置かれた花々に水を与えていた。

 

「お父さん! お母さん!」

 

 一目散にその二人へと駆け寄る女の子に対し、そう呼ばれた男性と女性は和かな表情を浮かべ、花の水やりを一旦中止する。

 

 どうやら女の子の両親のようだ。

 

「お帰り、ハル」

 

「うん、ただいま! あのね、あのお兄ちゃんが迷子なんだって!」

 

 子供にばかり目が行っていたせいか、ゾロメの存在に気が付かなかった彼女の両親は、娘の人差し指が示す方向へと視線を変え、初めてその

存在に気付いた。

 

「す、すまない! えーっと……道に迷ったのかな?」

 

 わざとじゃないにせよ、ゾロメに気付かなかったのは事実である。失礼をしてしまったという申し訳なさから、ハルと呼ばれた女の子の父親は謝罪を述べつつ、要件の概要を求めた。

 

「あ、それが……俺、コロニーの人間じゃないですから道に迷っちゃって……」

 

「コロニーじゃない? もしかして、プランテーションの子なのか?」

 

「はい。俺、こう見えてフランクスのパラサイトですから!」

 

 自信満々にゾロメは、自らがフランクスのパラサイトである事を堂々と告げる。

 ハルは何を言っているのか理解できてない様子だったが、ハルの両親は心底驚いていた。プランテーションを守る対叫竜兵器フランクス。

 その存在は一般市民である彼等も知識として把握してはいるが、それでもそのフランクスに乗って戦うのが10代前後の少年少女であるなど

、思いもしなかったのだ。

 単純にそこまで情報が無かったのが原因なのだが、それでもコロニーの"人道的倫理観"を考慮すれば操縦する人物は大人だと。そう考えのが自然である。

 

 しかし、それを裏切り真実は"大人ではなく、コドモなのである"。

 

「ねぇねぇ、"ふらんくす"って、なーに?」

 

「でっけーロボットのことだよ。それに乗って叫竜と戦うんだ」

 

「うそくさーい」

 

「なぬぅッッ?!」

 

 幼い懐疑的な視線がゾロメを真っ直ぐに貫く。どうやら、ハルの中で迷子になるような自分より年上の少年が巨大ロボットに乗って戦うなど

、容易に信じるには至らないらしい。

 

「ホントだっての!」

 

「まぁまぁ。とりあえず、4Cセンターに行きたいんだよね? 送るよ」

 

 ハルの父親はゾロメを宥めつつ、そう言う。

 

「あ、すみません。ありが……」

 

 ぐぎゅるる。

 

 ゾロメが親切な対応に礼を言おうとした直後、突然響いた謎の音。その音源は間違いなく彼の腹部。つまり、胃だ。

 

「こ、これは……その!」

 

 ハルとその両親からの視線が集中する。

 

「ああ。そう言えばもう昼だったね」

 

 ハルの父親は腕時計を見る。

 デジタル式のもので、黒いディスプレイに表示された緑の数字は12時38分を表示している。

 加えて、ゾロメは可能な限りあちこちを巡ってみんなのことを探し回っていたせいもあり、それなりにエネルギー(カロリー)を消費していたりするのだ。

 

 腹が鳴るのも、無理ないだろう。

 

「ふふ。よかったら一緒に食事でもどう?」

 

 そんなゾロメを見かねてか、ハルの母親が食事の同伴を提案する。

 それにハルの父親も便乗するように勧め始めた。

 

「ああ、いいね。食材も丁度多いし」

 

「え、い、いいんですか?」

 

「急いでなければ、だけど」

 

 和かに笑うハルの母親はそう言うが、ゾロメの中で遠慮の二文字が浮かび上がっていた。会ったばかりなのに食事を一緒にしてもいいのか、という気持ちからだが、しかしこの空腹感をどうにかしたいと本能的な部分が訴えかけて来てもいる。

 

「じゃ、じゃあお言葉に甘えて……」

 

 結果。ゾロメはこの家族のご好意に甘えることになってしまった。

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

「あらら〜お盛んですねぇぇ」

 

 全く知り得ない敵の出現に対し、容易く動揺を見せるほど青井は部隊の指揮を執る隊長として立っている訳ではない。

 

 "ソレ"がアマゾンであることは間違いない。

 

 "同種としての共鳴による感覚"が揺るがぬ事実として訴えかけているのだ。

 ただ違和感も混じっている。通常のアマゾンではない何かがある。一目見たことと、自身の感覚を考慮しての青井の判断である。

 

『……』

 

(さてさて、どう打って出ましょうか……)

 

 青井は静かに敵を見据えつつ、だが油断という隙を見せることなく思考する。

 

 青井とアリアの眼前に現れた、例の漆黒のアマゾン。一応、報告自体は耳に入れてある為、断定するのに時間は掛からなかったが報告と違う点がある。

 まず、頭部を除く両腕両足。胴体に巻きく蛇だ。正確に言えば、蛇の装飾品と思わしきモノ、と表記する方が正しいかもしれないが、とにかく最初に目撃された個体とアマゾン専門の医療施設に現れた個体の双方には無かったものだ。

 

 つまり、このアマゾンは全くの別個体。

 

 巻きついている蛇の装飾が何を意味するのか。それを十分に説明するだけの情報も、それに基づく根拠もない。本当にただの装飾……あるいはそう見えるだけの身体のパーツかもしれない。

 

 だが、その可能性を青井は否定する。

 

 アレは、ただの装飾品や蛇に似ただけの身体の一部でもない。隊長という地位に就く実力者としての感覚がそう告げていた。

 

『人様の家に上がり込んで大胆なことするじゃないか。いやはや、4Cってのはいつからノーアポで突撃するテロ集団になったんだ?』

 

 ほんの少しの間の、緊迫した空気を容易く壊したのは漆黒のアマゾン

。4CからはUAB(Unknown Amazon Blackの略)と呼ばれている一匹から発せられている、明確な人語だった。

 

「お喋りお上手なのねぇぇ。でもぉ、テロはそちらの方でなくて?」

 

 アリアや部下達が驚き、内心動揺が広がる中で青井は特に驚いた様子はなく、皮肉をふんだんに込めてそう返す。

 

 

『あ、そう言えばそうだな。悪かったよ』

 

 ついうっかり。そう言わんばかりに手で自分の頭を叩くような剽軽的な態度を取るUABだがその実、全く隙を見せてはいない。

 

「任意同行……って、してくれませんよね?」

 

『うん。勿論。じゃなかったらいきなり奇襲なんてしないでしょ』

 

 そう言って、首を横へ斜めに傾けて一体何を言ってるんだ、とおかしそうなジェスチャーを取るUAB。アリアの言葉に対しての返答は明らかな敵対宣言。ならばソレを受けた以上、ここから先、必要に迫られれば相応の行動を取らなければならない。

 

「両部隊隊員は速やかに撤退を。アレのお相手は私とアリアさんで務めますわぁ」

 

 口調自体は変わらない。が、それでも少しばかりいつものおっとりさを落とし、厳格な雰囲気を纏わせて指示を出す青井の言葉に隊員の1人が抗議する。

 

「待って下さい! 隊長たち2人だけというのは……」

 

「それだけ強いってことです。みんなを守りながら戦えるほど、甘くないですよアレは」

 

 言い方は悪いが、今ここで援護されても邪魔なだけなのだ。

 

 そこそこ広いだけの空間では、ゾロゾロと味方が密集していても戦いづらいだけだ。それにどう足掻いても多数の犠牲者が生じ、その全てが自分達の率いている部隊員たちに成り果ててしまう。

 

 それだけ、UABは戦闘能力の面で非常に危険な存在であるのだ。

 

「分かりました……行くぞお前ら」

 

 隊長格である実力者2人が口を揃えて言うのだから、単なる虚言として片付けることなどできないと判断した青井隊の隊員たちは、隊長補佐の指示に従いその場を去っていく。

 

「アリア隊長……ご武運を」

 

 ホワイトフィール部隊の隊長補佐も同じように他の隊員たちにジェスチャーで指示を送る。去り際、アリアを案じる言葉を残しながら。

 

 青井部隊とホワイトフィール部隊の双方の隊員たちが余さずこの部屋から出て行くのを確認した青井は、特にアクションを起こさず、律儀に

待っているUABにほんの少しばかり感心した。

 

「待っていてくれるなんて、お優しいのねぇ」

 

「用があるのはお前等二人だけ……いや、あと2人隊長格を入れて4人だけだからね」

 

 4人の隊長格。その言葉から瞬時に答えを青井は導き出す。

 

「黒崎さんと赤松さんのことですねぇ?」

 

『あー、そうそう。そんな名前だった』

 

 思い出したように、UBAは笑いながら言葉を紡いでいく。

 

『このボディの性能を知りたいのと、アンタ等4Cの精鋭隊長様がどこまで出来るのか知りたくってさ。向こうにもコレと同じのがもう一体来てる筈だよ。二人の内どっちかか、あるいは二人いっぺんに相手してるか。そこら辺は分からないけど」

 

 親指を自分に向けてコレと言う、まるで一つの物ような言い方に青井とアリアは違和感を覚える。

 まさか。遠隔操作されているアマゾン細胞を利用したアンドロイドの類なのか。そんな可能性が意図せず無意識に脳裏に浮き上がって来る。

 機械とアマゾン細胞を融合させること自体、さして不可能なことではない。

 現に4Cではアマゾン細胞を利用したバイオメカニック技術を確立させており、赤松もそうだが、アマゾンの隊員の為の専用ツールも開発されている。

 そういった同系統の技術をヴィスト・ネクロが保有していない可能性は低い。とは言え、この状況で生真面目にソレについて考えていられる程、向こうは時間を与えてくれる気はないらしい。

 

『えーっと……青井だっけ? "ならないの"?』

 

「……そう急かさずともぉ〜」

 

 ドレスのスカートをくいっと持ち上げ、太腿を晒す青井。

 

 晒したのは、右側。

 

 アマゾンレジスターと呼ばれるアマゾンの本能を抑える為の抑制剤が補填されている装置の、足輪型を見せつけながら獰猛な笑みを浮かべる

 

「きちんと、たぁ〜んと見せてあげますわぁ」

 

 レジスターの鳥の顔に見える部位に備わった、嘴に似た部位を上から下へと落とす。瞬間。

 

「アマゾン」

 

 ブオオオッという勢いで青や紫、白といった光が溢れて衝撃波となる。そのエネルギーに包まれながら青井はその姿を瞬時に変えて、人ならざる存在となる。

 

 やがて収まると全貌が顕となる。

 

 ウェーブ状に髪にも見える頭部のヒレの様な部位が艶やかに光り、両肩の波打つラインが奔る肩当てらしき部位からは左右共にゼラチン状の

触手が生え、藍と青の二色が全体を体色として染め上げている。

 両腕は幅の広い袖に見え、腰部には白いヒレ状の装飾が備わっている

 

 それは紛れもなくアマゾンだった。

 

 俗称として、電気クラゲとも呼ぼれる猛毒を有する、クダクラゲ目ヒドロ虫網に区分されるの生物『カツオノエボシ』の遺伝子を保有するカツオノエボシアマゾン。

 

 それが青井雉咲の正体である。

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

「ほう。フランクスはそんなこともできるんだね」

 

「なんたってデカいですから! 凄いですよ」

 

「ふらんくすって飛べるの?」

 

「まぁ、俺の乗ってるのは無理だけどよ、仲間のはスッゲーよく飛ぶぜ。そりゃもう雲までと届いちまうってくらいにさ!」

 

 一軒の民家で食卓を囲み、ゾロメはハルやハルの父『ケンゴ』からのフランクスに関しての質問に少しお調子付いた様子で仰々しくも、素直に答えていた。

 

 献立のメニューは、白米と味噌汁。養殖の川魚というここまでは普通に和食なのであるが、どういうことかシチューとサラダがあった。

 

 何故和食と洋食がセットになっているのか。

 

 普通の感性を持つ人間ならまず問わずにはいられない光景だろうが、生憎ゾロメはご馳走があればそれで良い主義の全く考えないタイプなので、指摘するようなことはなかった。

 

 ちなみに理由は単純に家族揃ってシチューが大好物で、作れるだけの材料が余っていたから。

 

 軽く30〜40分だろうか。話し込んでいたのと食事の量が多かった為、それなりに時間が経ってしまったがどうにか完食。ゾロメは満足そうに腹を撫でては、一息吐き出す。

 

「ふうぅ〜。美味かったぁぁ〜」

 

「満足してくれてありがとうね、ゾロメ君。私も作ったかいがあるわ」

 

 テキパキと食器を片付けながら、満足気に浸るゾロメにハルの母親、『ハルカ』は作り手として礼を述べた。

 

「い、いえ! 礼を言うのは俺の方ですよ!! 見ず知らずなのに飯ご馳走してくれて……本当ににありがとうございます!」

 

 至極真っ当に筋が通った理屈を語る、礼儀正しいその様は普段のゾロメを知る13部隊のみんなが見れば、思わず信じられないとばかりに呆気に取られるだろう。

 気に入らない相手に食って掛かる短気な面から誤解されやすいが、ゾロメは今まで目上の者に対して無礼な行為や言動を吐いたことは一度もない。

 きちんと敬語を使い、それに相応しい礼儀作法もできるのである。

 そんな礼を欠かさないゾロメの勢い付いた態度を見たケンゴは、手でまぁまぁ、と制止するように宥める。

 

「困った時はお互い様。ましてや、それが子供なら大人として助けてあげるのは当然さ」

 

「??」

 

「どうかしたかい?」

 

 特におかしい事は何言っていない筈。

 

 事実、ケンゴは別に間違った事は何一つとして言ってはいない。

 

 このコロニーの常識で物を言えば、だが。

 

「あの、逆じゃないっすか? コドモがオトナを助けて、守るのが普通だと思うんですけど……」

 

 しかし、APEの常識で語ればそれは間違いだ。戦って守る側はコドモなのだ。フランクスに乗る才能を持つのはコドモしかおらず、オトナが乗ったところで動かすことなどできはしない。

 それがAPEにとってのオトナとコドモの関係であり、それ以外の形など有り得ない。

 

「……価値観なんて住む場所や時代とかでどうにもなっちゃうし、これが正しいって言うのは多分ないのかもしれないけど……」

 

 これはただの前置き。しかしその後に紡がれた言葉は……

 

「僕は、それは間違いだって思う」

 

 何故か。ゾロメの心に響く何かがあった。

 

「……どうして、ですか?」

 

 普通なら怒りの感情を覚える筈だった。

 

 ケンゴが言ったことは本人にその気がなくとも、コドモという存在の否定だからだ。

 しかし何故か、不快や怒りといった類の感情は湧き起こらなかった。湧き上がって来たのは、もっと別のモノ。

 

 上手く言葉として表現できない何かだった。

 

「だって、大人は力が子供よりずっとあるんだから。それだけ力があるなら、子供を守るのは当然のことだと思うんだ。子供はたくさんの可能性があるけれど、それを掴み取れるだけの力をまだ持ってない。だから、きちんと力を持つまで守る……って、僕はそう考えてる」

 

「そう、ですか……あの、ケンゴさんにとって、オトナってなんだと思いますか?」

 

 ゾロメは、そんな問いをケンゴに投げる。

 

「その、俺が知ってるオトナって、なんていうか……上手く説明できないんですけど、ケンゴさんやハルカさんとはだいぶ違うんです。俺が知ってるオトナは知りたいことがあっても答えてくれないし、コドモに名前をつけないで番号で呼ぶのが普通なんです」

 

「ちょっと待って。名前を呼ばないで、番号? でも君には……」

 

「このゾロメって名前、俺の仲間がつけてくれたあだ名なんです」

 

 正式な名前ではなく、あくまで渾名。

 

 それを知ったケンゴの顔に翳りが差す。心なしか表情が険しくも見える。

 

「ゾロメ君。人は番号で呼ぶもんじゃない。君の言っていることが真実なら断言しよう。APEの奴等は……大人どころか人じゃない」

 

 言葉の一つ一つに怒りを滲み出すようにケンゴはそう言い、ゾロメが何かを言う前に先言することで遮る。

 

「名前というのはね、単なる記号じゃないんだ。そこにはきちんと意味があって、思いがある筈なんだ。親が子に対する、ね。それをしないで番号だけで割り振って叫竜と戦わすというのが大人だと言うのなら、そんなもの僕は決して認めない」

 

 惜しむことなく、恥じることもなくハルの父はそう言う。

 オトナが聞けば妄言だと一笑に付すだろう言葉にゾロメは特に何も言わなかった。

 

 関心がない、とかではない。

 

 先にも言った表現できない感情の正体。それをハルの父の言葉をもって理解できたからだ。

 

 歓喜と尊敬と憧憬。

 

 溢れ出てくるこの感情を言葉や文字として当て嵌めるとするなら、これがゾロメの中で一番しっくり来るものだった。ゾロメはオトナに憧れ

、なりたいと思っている。だが、どういったオトナになりたいのか。

 

 そういった具体的な形がなかったのだ。

 

 "オトナは完全だからいい"

 

 "余計な感情に囚われず、他人との繋がりを必要とせず、歳を取ることもなく、食事による栄養摂取も必要とせず永遠に生きていける"

 

 そんな風に教えられたオトナという存在。永遠に生きられる。その一点に関して言えば、ゾロメは純粋に素晴らしいと思えた。

 当たり前だが、誰であれ程度は違えど死ぬのは怖いもの。それは生物としてこの世に生を受けた以上、当然の理だ。

 ゾロメもその一人であり、彼にとって死とは何もできなくなってしまうことと同義だ。

 美味しい食事を味わえないし、見ることも聞くこともできない。全ての感覚という感覚が無くなってしまい、大切な人にも会えなくなる。

 

 そうなりたくない。

 

 今のまま、生きているという感覚を在り続けたい。

 

 ゾロメはオトナになりたいのは、そういった生を求める本能によるものかもしれない。

 

 だが、それは『結果だけ』に過ぎない。

 

 永遠になって生きるのはいい。だが他者を必要とせず、食事も必要なくなるというのは口には出さずとも、ゾロメの中で抵抗があった。

 美味いものを食べ、気の合う仲間と他愛ない事を話したり、遊んだりする日々がゾロメにとっての幸福であり、願望。

 だからオトナになったとしても、その気持ちを。感情を失いたくなかった。

 ガーデンで自分達を育ててくれたオトナたちを見てきたゾロメは、その思いを常に抱いていた。

 情緒といったものが一切感じられず、コドモ達に接する際の対応に人らしい暖かさがない無機質さ。

 

 これがオトナ。自分がなるべき、未来の姿。

 

 その姿に幼少の頃から、人知れず不満を覚えていた。

 

 これじゃない。もっと違う筈なんだ。

 

 なら、どういった形が自分の中で正しいオトナなのか。今のままで在り続けることが? 背が高くなればいいのか? 誰もが認める人類にとって偉大な功績を残せばいいのか? 

 どれもしっくりこないし、最後の方は自分の力では無理だと実感している。

 

 かつて天才児だったヒロのようにはなれない。

 

 直接言われればムカつきを覚えると共に食ってかかるが、それについては本人が一番良く分かっている。

 

 オトナへの憧れは確かにある。

 

 しかし形が定まらず、今あるオトナの姿を否定するという矛盾をゾロメは抱えていた。

 故にハルの両親は己が知るオトナたちとは全く違っていた、求めていた答えに思えるものだった。

 

 暖かく、きちんと見て、心で思って言ってくれる。

 

 それだけでも、ゾロメにとっては嬉しかった。

 

 自分を正しく見て、共感してくれる目上の人間。これが自分にとって求めていたオトナの形。

 そう改めて感じたゾロメは、勢いよくイスから立ち上がると深く頭を下げた。

 

「こ、答えてくれてありがとうございます!」

 

「は、はは……そんな風に言われるようなこと、言ってないと思うんだけど……」

 

 ケンゴはゾロメの突然の行動に引き気味に苦笑すると共に困惑の言葉を零す。彼としては自分の思うままの価値観に基づく主観でアレコレと言っていただけのことで、綺麗な角度でドが付く程に真面目な謝辞の対応をされる覚えはないし、むしろゾロメに対して不快感や怒りを買ってしまったかもしれないと後悔した位だ。

 

 とは言え、稀有に終わったが。

 

「さて。じゃあ、そろそろ行こうか。結構時間が経ってるしね」

 

 食事を終え、時間を見て長く費やしてしまったと思い頃合だと判断したケンゴはゾロメを送ろうと立ち上がる。

 

 その時。

 

「ゾロメ〜!! どこにいんのよ〜〜!!」

 

 最も聞き慣れたパートナーの声が外から聞こえて来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんの、馬鹿ァァーーーーーッッッッ!!!!」

 

「あべしッ!」

 

 ミクの怒鳴り声と共に飛んできた彼女の拳は唐突な上に速く、回避できず、ゾロメの右頬へと一気に食い込む。鈍い痛みに耐えかね妙な叫び声を上げるが、それでもなんとか足腰に力を込めて、倒れかけた身体を元の態勢に戻した。

 

「痛ってぇぇよ! マジで殴ることないだろ普通?!」

 

「勝手に突っ走って迷子になったアンタが悪いんじゃない!」

 

「んだとぉ?! だからって手が出るか普通!!」

 

 もはや恒例行事とも言えるゾロメとミクの痴話喧嘩。初めてソレを見たケンゴとハルカは呆気に囚われていたが、娘のハルはその光景が面白いのか腹を抱えて笑っていた。

 

 一方でミクと共にゾロメ探しに協力していたイチゴ、ゴロー、ゼロツーにヒロの4人は反応がそれぞれ呆れと苦笑が半々に分かれていた。

 しかも4人だけでなく、ゾロメがいなくなったという報せを受けて花屋にいたココロとミツル。パン屋で試食を堪能していたフトシ。

 アクセサリーショップにいたイクノとナオミの5人もおり、似たような反応だった。

 

「つーかよ、どうやって俺のこと見つけられたんだよ?」

 

 殴られたことに関しては、とりあえず一旦怒りを抑えて、ゾロメは気になっていた事を質問する。逸れて行方が分からなくなった自分を探して当てるなど、ただ闇雲に探すだけでは到底無理だった筈。

 

 とは言え、あれから時間はそれなりに経っているので、闇雲に探した結果。偶然にも見つけたという可能性がふとゾロメの頭の中に浮かんで来たが質問に答えたヒロによって、それは訂正された。

 

「俺が匂いと気配を察知してここを見つけたんだよ。まぁ、いろんな匂いとか人も大勢いたし、すぐには特定できなかったんだけど……」

 

 アマゾンは、自分と他の細胞間による共鳴反応によって他のアマゾンの気配を察知することができるが、特殊な知覚機能で人の気配も察知することができ、その気配を特定することもできる。

 更に嗅覚も動物のソレと同じく有能で、イヌ科などの嗅覚が発達した生物の遺伝子を持つアマゾンは、数十kmの微弱な匂いでも嗅ぎ取れてしまうヒロはソレを利用して、ゾロメのいる場所を探し当てたと言うわけだ。

 

 もっとも、実際に人探しに使うのは今回が初めての為、時間はそれなりに食ったが。

 加えて、初めての土地ということもあってゾロメを除く13部隊集合に手間が掛かったのも理由である。

 

「ゾロメを保護してくれてありがとうございます!」

 

 イチゴが代表としてケンゴたち家族に礼を述べる。

 

「いやいや、気にしなくていいよ。友達と合流できてよかったね」

 

 謙遜的な対応でケンゴは笑いながら答える。

 

「あの、ゾロメが何かとんでもないことしたりとかは……」

 

「いや、どう言う意味だよソレェッ!」

 

 トラブルメーカーで突っ走る気質の彼が何か取り返しのつかない事をしていないか。そんな意味を孕んだミクの問いにケンゴは『とんでもない!』とすぐに否定した。

 

「ゾロメ君は色々と真摯に話してくれて、僕達も楽しかったよ。とても優しく聡明な子供だ。そんな子が何かするだなんて有り得ないよ」

 

 安心させるような声音でケンゴはそう言った。

 

「ねぇ、聡明って?」

 

「頭が良くて、心もいいって意味だよ」

 

「う〜ん……心はともかく、頭はなぁ〜」

 

 聡明の意味がよく分かっていなかったフトシは、すぐ目の前にいたイクノにその意味を教えてもらうが、『頭が良い』という部分に関しては納得がいかない様子だ。まぁ、当然と言えば当然だが。

 

「あの……ここって、どういった場所なんですか?」

 

 ふと、ここで"この場所について"気になったナオミ。

 

 よくよく思えば、ハルたち一家が住んでいるこの場所は、他と比べるとだいぶ寂れている。

 人の気配がかなり少ないばかりか、民家自体もボロく屋根が金属板という杜撰な形状。

 

 明らかに違いが見て取れるのだ。

 

「スラム街ってヤツだよ」

 

ケンゴでもハルカでも、ましてやハルでもなく。答えたのはゼロツーだった。

 

「色々な事情があって、お金が少ないか。あるいはもう全くない人達が暮らす所さ。前時代にも世界中いっぱいあったらしいよ」

 

 貧困とは、さして珍しいものではなく、かつて世界中に山ほどあった位にありふれたものだった。生活が苦しくて食べる物も資金もなく、生活面での苦しさは勿論、貧しさの具合が酷ければ年間多くの死者が出た例もある。

 

 APEには通貨という概念がなく、マグマ燃料によってありとあらゆる事柄が不便なく満たされるので貧困などとは無縁。

 

 だが、コロニーは違う。

 

 通貨が存在し、経済という概念がある。それらはAPEのオトナたちが旧時代の産物と称して捨て去ったものだが、コロニーにおいては社会を成すに必要なもの。

 

 すると必然的に生まれるのが貧富の差である。

 

 コロニーはかつて栄えた国々と比較すれば、あまりに小さい。

 

 狭い籠の中では物資が豊富というわけでもなく、だからこそプラントからの物資供給が必要不可欠なのだが、その多くがヒューマンズランドへと集中している。

 原因は、ヒューマンズランドの上層部による権威的圧力。元々物資の生産を目的としたコロニーを提唱したのは、財団の中でトップの二番手として君臨していた人物。

 『フィリップ・ハロルド』という名の男性科学者であり、彼無くしてはプラントの建造は不可能だった。

 故にその功績から現在におけるプラントの運営権限は、現ヒューマンランドの統括議長であるフィリップ・ハロルドの子孫。

 

 『ジョージ・ハロルド』が担っている。

 

 が、ヒューマンランドの統括議長であるだけに彼はアマゾンという存在を毛嫌いし、差別的な思想を持っていることで知られており、半ば独占に近い物資優先も『獣の巣に寄越すより、人の為に使うべき』という独善的な差別意識によるものだ。

 

 物資が少なければ、物の値は高くなる。

 

 物価高騰によりビーストメンの経済は、ヒューマンランドと比べると年々悪い方へと傾き、その速度は緩やかではあるが今も続いている。

 

「はは……恥ずかしながら、その通りなんだ」

 

 特に否定せず、ケンゴは苦笑しつつそう答えた。

 

「でも言うほど不便はしてないよ」

 

 しかし、ぞんざいに指摘されても彼は不機嫌に苛立つこともなく平然と。言葉を紡ぎ話を続ける。

 

「僕も含めて家族はこうして元気だし、食べ物もきちんと手に入ってる。こんな場所だけど、僕たちは幸せに暮らしてるんだ」

 

 何の後ろめたさもなく、側から見て酷いと思ってしまうような環境の中で暮らしているにも関わらず、それを己の不幸などと言って嘆かず、むしろ幸せだと言ってのけてしまうケンゴの姿は、やはりゾロメの目から見れば眩しく感じるものがあった。

 

「お兄ちゃんたち、いっちゃうの?」

 

 ふと、ハルがゾロメを見てそんなことを言う。顔には不満が見てとれる。子供ながらにゾロメに懐いてしまったのだろう。寂しさからもっと

お喋りや遊んで欲しいと思っているかもしれないが、残念ながら彼女の

要望に応えることはできない。

 

「ごめんね。あたしたち、観光の途中だったから……」

 

 そう言って、膝を屈んでハルと同じ視線に合わせる。残念そうに頭を撫でるイチゴの内心は申し訳ないという気持ちでいっぱいだった。

 

「じゃあよ、またここに来てやるよ」

 

 別れを惜しむハルに対し、ゾロメがそんな言葉を投げかける。

 

「時間が余ったら別れの挨拶を兼ねて、また来てやる。そん時は俺の得意なサッカーを教えてやるよ。約束だ」

 

 ゾロメは小指以外の4本をグーにする形で折り畳み、残った小指一本をハルに向ける。よく知られている『指切りげんまん』だ。

 約束を守る為に交わされる子供遊びの誓いの儀式。ソレをやるというゾロメの意思が伝わったのか、にぱぁと笑顔になり、同じように小指を差し出して来た。

 

「絶対だよお兄ちゃん!」

 

「おうよ! 男に二言はねぇ!!」

 

 ゾロメの指とハルの指が重なり、絡んでいく。

 

 一つの小さく、しかし大切な約束が生まれた。

 

「ケンゴさん」

 

 約束した次に視線をケンゴへと向ける。

 

「なんだいゾロメ君」

 

「色々ありがとうございました。俺、ケンゴさんたちに会えて、本当に良かったです」

 

 真摯な言葉と共にゾロメは手を差し出す。その意図を察し嬉しく思ったケンゴはしっかりと優しく、それでいて力強くゾロメの手を自身の手で握り締める。

 

「こちらこそ。ゾロメ君や13部隊のみんなに会えてよかったよ」

 

 ケンゴの言葉に底知れぬ嬉しさが込み上げて来る。ソレに応える為に

ゾロメもまたケンゴの手を握り締め、互いが気持ちのよい握手を交わした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回の話は一応、原作アニメでオトナの女性と出会う回をイメージして
書きました。と言ってもこちらはコロニーの大人で、プランテーションのオトナじゃないですけど。

個人的にはゾロメがオトナになりたいのは、生きていたいからだと思います。叫竜との戦いでいつ死んでしまうのか分からない環境の中で、側から見ると能天気でお調子者な彼でも、そこから脱却したいと思っている筈。だからオトナになりたい。

原作はまぁ違うだろうけど、ここでのゾロメはオトナになりたい理由がちゃんとあって、でも自分が見てきたオトナにはなりたくない。

そんな悩みを抱えた男の子な訳です。

青井さんは赤松さんと同じアマゾンで、カツオノエボシです。見た目はクラゲですけど、正式な分類ではクラゲじゃない、よくある"見た目は
すごい似てるけど、分類上は違う生き物"ですね。

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