ダーリン・イン・ザ・アマゾン   作:イビルジョーカー

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崩壊の前兆で、悪夢の始まり part2

 

 

 

 

 

 

 晴れ間が見える程度の薄い雲に覆われた曇天色の空模様。薄黒い色彩で空を覆い風に当てられているのか、僅かばかり蠢く様は不気味だ。

 

 そんな空を呑気に仰ぐ者がいた。

 

 ブラッドスタークだ。

 

「空は曇り……か。まぁ、関係ないけど」

 

 とあるビルの一室の窓。そこから空を見物してはそんな独り言を零すと空から視線を外す。

 

 一室のドアを開ける。開いた先には巨大な空間に繋がっており、その中央には巨大なある装置が鎮座している。

 

 形状は金属製の四角の土台。その上にある半円形のドームが重なり、幾つものパイプが備えられ、その内の何個かとドームの天辺の位置から伸びる太いパイプが天井と繋がっている。

 

「スターク様。起動の承認をお願い致します」

 

 いつの間にか、スタークの背後に佇むプロフェッサー。この装置の起動をスタークに求める彼は、深々と礼をとる。

 

 やはり、その姿は単なる協力者という立場の者に接するそれではなく、"自身にとって目上の者に対するもの"だ。

 

 そんな彼にスタークは手をひらひらと振って答える。

 

「いいよ。やっちゃって」

 

「御意。……拡散機を起動させよォォッ!!」

 

 覇気の篭る号令を合図に機械の中枢エンジンが稼働。それに伴い、この装置を動かす為のエネルギーが各部位に分配されていく。

 

 これにより、『拡散機』は完全起動。

 

 文字通り、コレはあるものを風に乗せ、その流れを利用して広範囲に散布する為の装置だ。

 

 散布するものは……溶原性アマゾン細胞。

 

 それを含んだ、例の培養液を肉眼では見えない粒子へと加工する機能を備えており、加工生成した溶原性アマゾン細胞を内包する『溶原性粒子』をコロニー内における広範囲へと撒き散らす。

 

 空気中に蔓延した溶原性粒子はアマゾンか人の体内へと入り込み、感染する。

 

 人に感染した場合は言わずもがな。

 

 アマゾンが感染した場合、その個体が低ランクであることを条件に、例え"抑制剤を投与されている個体"であろうと、理性が消失。

 

 凶暴性を剥き出しに血肉を求めて人に襲い来る、ただの獣に成り下がる。

 

 人に感染した溶原性アマゾン細胞がどこまでの被害を齎し、どれほどのアマゾネストを生み出すのか。

 

 コレらの答えを確固として立証する為の実験場こそ、この人間とアマゾンが共存するコロニー『ビーストメン』なのである。

 

 拡散機によって溶原性粒子が太いパイプを通り、この建物の屋上にある送風口へと吐き出されていく。

 

 送風口は、コロニーなら普通によく見るタイプの大型空調設備に外側を装っている為、変に目立つことはない。

 

「感染して起こるまでにどのくらいだっけ?」

 

「およそ、5分かと」

 

 スタークの問いに対し、プロフェッサーは簡潔に答える。

 

「個人の体質とか。そーゆーので起こらない可能性は?」

 

「あるにはあると思われます。おそらく、この実験によってアマゾネスト化する数は500〜800かと」

 

「少ないね……けど、感染して変異したアマゾネストから噛まれて二次感染した場合は?」

 

「数千〜数万は上りましょう」

 

 その答えにスタークは口端を吊り上げる。

 

「それだけ成ってくれれば上出来だよ」

 

 狂気。赤い蛇の少女を一言で表せと言うならば、この言葉を置いて他にない。

 

 その狂気を孕んだ笑みでスタークはそっと。

 

 拡散機に手を触れる。途端に、狂気という色彩に染まった笑みは消え失せた。

 

「……ごめんね」

 

 この場の誰でも、自分でも、ましてや拡散機そのものに当てた訳ではない一つの呟き。

 

 遠くで色々と作業しているアリアマゾンらには彼女の声は届いていない。

 

 届いているのは他でもないスターク本人と、傍に立つプロフェッサーのみだ。

 

 しかし彼は何一つ疑問に思うことも、仮に思ったとしてソレに問いを投げるような真似はしない。

 

 何故なら、彼女こそがプロフェッサーが真の意味で仕える……唯一の主だからだ。

 

 故に彼女の意に従い、実行するだけの存在である自分が主の心境に土足で踏み入れるなど、許される筈がない。

 

「そー言えば、プレディカが見当たらないけど、もしかしてゼロツーを狩りにでもいった?」

 

「はい。どうにも理性が効いてないようでしたが……連れ戻しますか?」

 

 プレディカという男の中に煮え滾る憎悪は計り知れない。

 

 一応は理性的に会話することができるか、一度それが爆発してしまうと、もはや自らの意思では止まらなくなる。

 

 その矛先がゼロツーなのは、過去に起きた叫竜殲滅作戦の際、ゼロツーの仲間を省みない単独行動が原因で彼のパートナーが命を落とした事に起因している。

 

 人を辞めてまで、アマゾンに成り果てようと仇を討つ。

 

 ゼロツーへの憎悪と復讐心から自らの意思で怪物となった彼に対し、機が出るまで待て、というのは酷な話だろう。

 

 ゼロツーがここにいる。

 

 なら殺せ。

 

 殺し尽くせ。

 

 死んでいようとズタズタに切り刻んで辱めろ。

 

 このように異常な行動原理で思考を支配されている為、言葉で制すことはできない。

 

「放っておいていいよ」

 

 だからこそ、スタークにとってそんなことは、論ずるまでもなく既に承知している。

 

「よろしいので? ゼロツーだけならばまだしも、13部隊に対し何かしら……」

 

「危害を及ぼす可能性は大。そんなことは言われるまでもない」

 

 そう言って、振り返る。

 

 バイザーの奥の瞳を光らせ、蛇は口調を変えて言葉を紡ぐ。

 

「オレの計画にアイツらは確かに必要だ。なにせ"新しい世界の統率者"たる"人間"だからな」

 

「では、尚更……」

 

「だが死ぬなら其れ迄だ。人間なら困難を乗り越えなければならない。この程度を乗り越えることができなければ、生かす価値は何もありはしない」

 

 冷酷に淡々とスタークはそう言う。

 

「んじゃ、ちょっと様子でも見て来るとするよ。"向こう"でも見てるけど、高みの見物ってのも悪くないからさ」

 

「……わかりました。全ては主の意のままに」

 

 スタークがそう言い、決めたのであれば、それでいいこと。

 

 プロフェッサーはそう判断し、軽く頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ〜楽しかった〜!」

 

 ゲームセンターを出て開口一番にそう言い放ったゾロメは、実に爽やかな笑顔で満足したとでも言わんばかりに溌剌としていた。

 

 何故なら……

 

「……」

 

「もう。いつまでも凌げてないで、シャキッと元気出しなさい」

 

 ズゥゥという擬音が聴こえて来そうなくらいに気分が暗く沈んでいるゴロー。そんな彼の背をポンポン、と叩いてはまるで姉のように励まそうとするも、いまいち効果はない様子。

 

 どうしてこんな様になっているのかと言うと、あれから格ゲーでの対決を三回行い、その全てにゴローは完全敗北を喫してしまったのだ。

 

 どうやらゲームという遊びにおいては、ゾロメが一枚上手だったらしい

 

 いや、ゲームに限らず、遊びに関してゾロメが負けた事は意外と少ない。得意と言えば得意な方なので、今回の場合、ゾロメにとって有利なジャンルの対決で臨んだのがゴローの敗因に繋がったと見るべきだろう

 

 ともあれ、負けは負け。

 

 イチゴに格好いいところを見せられず、三回とも無様に散り、こうして慰められる。

 

 男として恥ずかしいだろうが、結果が結果である以上、仕方ない。

 

「もう6時なんだ。早く戻らないとね」

 

 イチゴは端末に届いていた一通のメールを見ながら、時間の経過の早さをしみじみと感じつつ言った。

 

『そろそろ時間だから、4Cセンターの入り口前まで戻って来て。着いたら点呼確認と端末の返却をお願い。ハチがいる筈だから、彼の指示に従うこと。いいわね? 

 

 ──ナナより──』

 

 と、このような内容で全員に行き渡っていた。

 

「……だな。はぁぁ……せめて一回くら……??」

 

 気が落ち込んでいたゴローは、ようやくだが気を取り直し、やや愚痴を零しつつふと視線を前へ向けたのだが、彼の愚痴が最後まで続くことはなかった。

 

「な、なぁ……アレ……」

 

 おもむろにゴローは指を差す。どこか声は震えているが、指差す方向は丁度目の前。

 

 距離的に5mと幅がある先に誰かが蹲っていた。しかもそれだけでなく、薄黒い蒸気を放っていた。

 

 アレは、間違いなくアマゾンが人の姿から獣人となる前兆の現象。

 

 周囲の人々やアマゾンたちは、様々な反応を見せていた。心配する者や、何事かと疑問に思う者。

 

 あるいは、単なる興味本位で、といった野次馬精神で見に来る者など。

 

 周囲は騒然としていた。

 

「あれ、もしかして……」

 

「アマゾン?!」

 

 イチゴの呟きに先んじてゾロメが答える。

 

「でもここってアマゾンが普通に暮らしてるから、別に変じゃ……」

 

 確かにそうだ。ここでは人もアマゾンも市民として暮らしており、アマゾンの市民は普段人の姿で過ごしているが必要に応じてアマゾンの形態へ変異することもできる。

 

 なので、人の姿からアマゾンの姿になることに異論はないが、では何故苦しんでいるのか? 

 

 論点はそこだ。

 

 やがて、蒸気が収まる。

 

 そのアマゾンは、苦悶な様子で蹲っていたものの、人間の姿からアマゾンの形態へと変異した途端。それがピタリと収まり徐に立ち上がる。

 

「な、なぁ。あんた大丈夫かい?」

 

 近くにいた男性が声をかける。

 

 蒸気の熱さのせいで近寄れなかったが今は収まっている為、問題ないだろうと聞いてみた。

 

 しかし答えたのはアマゾンの方ではなく、ヒロだった。

 

「逃げて下さいッ!! 早くッ!!」

 

 ヒロはおろか、13部隊全員がそのアマゾンの姿を見た瞬間、一気に警戒度が跳ね上げた。

 

「へ? あ……」

 

 しかし、気づいたところで遅かった。

 

 "人間だった男"が変異した黒いアマゾン……4CからはUBAとも呼ばれる『アマゾネスト』は、無知とは言え安易に近付いて来た男の首に、その牙を容赦なく突き立てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

 

 何か起きているのか。

 

 それを正確に把握できるものなど、誰一人、その場にはいなかった。

 

 ただ、人が黒いアマゾンに喰われ、その光景を直に見ているという事実だけが、明確に分かるのみ。

 

 どうしてこうなったのか。

 

 何がいけなかったのか。

 

 理屈、過程、原理、そのどれを考えても答えが出る筈もなく。

 

 ただ人は、そしてアマゾンも。

 

 この悲劇を前に悲鳴を上げ、混乱と動揺。そして恐怖を形成するしかなかった。

 

「きゃああああああぁぁッッッッッ!!!!」

 

「うわあああああああ────ッッッ!!」

 

「お、おい! 誰か早く4Cに通報を!」

 

「どけ!」

 

「邪魔よッ?!」

 

 ある者は、恐怖に染まった悲鳴を叫び散らし。

 

 またある者は、何とか対応しようと声を上げて。

 

 中には他人を押し除けて、自分だけ逃げようとする者もいた。

 

 収拾がつかない混沌とした状況が構築されてしまい、ちょっとやそっとの事では収めること等できはしないだろう。

 

「やめろォォォォ──────ッッ!!!!」

 

 そんな中でヒロは叫ぶ。アマゾンズベルトは預けている為、今は持っていないが両腕をアマゾン化させ、生物的なフォルムになったアームカッターを武器として使用することができ、それを使って最初のアマゾネストとなった男性を背後から攻撃。

 

 その首を、アームカッターで無慈悲に切り落とした。

 

 息を荒く、肩を上下させるヒロは身体が溶ける形で崩壊していくアマゾネストを見据える。

 

「ハァッ! ハァッ! ハァッ! ハァッ!」

 

(なんで……どうしてだ……もうアマゾネストはいないんじゃなかったのか?!)

 

 門矢士の話では、アマゾネストはもういない筈だった。

 

 騙された、というのなら話は別だが、今はまだそうだと即決させるだけの判断材料がない。

 

 それに状況が状況である事を考慮すれば尚更だろう。

 

 そんな中、最悪なことが連続して二度も起きてしまう。

 

「がぁぁッ……ぁ……ァァァァァアアアアッッ!!!」

 

 一人、二人、三人と次々に人間がアマゾネストと化して周囲の人間を標的に襲い始めたのだ。

 

 襲われ、血みどろに染まり、事切れていく命。

 

 中には、親子もいた。

 

「マ゛マ゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ッッッ!!!!」

 

 濁音混じりに叫ぶ5歳程度の小さな男の子が、アマゾネストに喰らわれる母親を前に助ける事ができず、泣き喚いている。

 

 既に母親に息はない。

 

 一撃でアマゾネストに心臓を抉られたのだ。

 

 アマゾネストは子供に目もくれず、ただ自らが男の子の母親から奪った心臓を貪っていた。

 

 美味しそうに。まるで完熟した実を絶対に離さないと両手でしっかりと包み込み、じっくりと味わいたい為なのか。

 

 一気に食べるのではなく、少しずつ千切りながら、ゆっくりと。

 

 膝を地面に付いては心臓の血肉の味に溺れていた。

 

 やがて、"母親が立ち上がる"。

 

 胸に空いた血塗れの風穴などお構いなしに、自らの心臓を貪るアマゾネストも気にも留めず。

 

「ウェッ……うぅ……ま、まま?」

 

 泣き喚いていた男の子は、母親がなんてことのないように起き上がった事実に嬉しさよりも、混乱の方が上だった。

 

 5歳の男の子と言えど、母親が心臓を抉られて生きている訳がないと言うのは分かる。

 

 分かってしまう。確かに母親が死んだというのをあくまで感覚的にだが実感した。

 

 なら、なんで自分の母親は立っているのか? 

 

「■■■くん」

 

 だが、母親が自分の名を呼び、変わりない笑顔を見せてくれる。

 

 それが男の子の中に生じた疑念を拭い去ってしまった。

 

「ままぁぁッッ!!」

 

 また泣いて、母親に抱きつく。

 

 間違いなく母親である事を感じたが故の行動だった。突然、何の脈絡も道理もなく母親が死ぬ

 など、すぐ側で手を繋いで歩いていた実の息子にしてみれば恐怖と混乱以外になく、それも表現しようのないとてつもない恐怖だっだ筈。

 

 だから、この男の子のとったこの行動を愚かな行為と断ずることはできない。

 

「うぇッ……えぐッ…ああああああああ、あああああぁぁぁッッ!!」

 

 大泣きする男の子に対し、母親はそっと優しく、その小さな頭を撫でる。我が子をあやすように。本当に親としての慈悲が感じられるものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 母親が、アマゾネストと変異しながら男の子の首に喰らい付くまでは。

 

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、例の件に関してはその方針を取ることにしよう」

 

 APEの創立者たちにして、最高決定機関でもある七賢人が集い、意見交換や情報精査。

 

 また罪人を罰し裁判紛いな事をしたりと。

 

 色々な有事において利用される衛星要塞コスモスの内部、ラマルククラブと呼ばれる場所で行われる賢人会議。

 

 次々と挙げられる案件を合理的に、論理的に、一切の無駄なく消化していく様を見ると人間なのかどうか。

 

 そんな疑問が湧いてくる程、この七賢人たちは人間味というものが全くない。一欠片さえもだ。ただ……ある一件だけは違った。

 

「ブラッドスタークの件に関しての調査報告なのですが……」

 

 七賢人の中で一番背の低い賢人がブラッドスタークの名を出した途端、会議の場がピリッと張り詰める。

 

 報告データが詰め込まれた端末を片手に、会議の補佐として賢人会議に出席していた上層部の研究員は思わず、背中から冷や汗が吹き出す。

 

「やはり、ヤツは以前として掴めず。ヴィスト・ネクロの居場所も分からないという現状です」

 

「なんたることだ……あの大罪人を野放しにしておくのは、我等の沽券と誇り高き顔に泥を塗るに等しいぞ!」

 

 淡々と報告する低背の賢人の言葉に、対照的な怒りの感情を剥き出しに吠えたのは、賢人の中で大柄な体格を誇る、ゴリラを模したような仮面をつけた賢人。

 

 彼は己の内心から染み出して来る苛立たしさを抑えることができず、細長く無機質なアームによって高く固定された椅子の腕置きの部位を叩きつける。

 

「まぁ落ち着け。いかに獣共が何を企もうと暗躍したところで、既に対抗策はできた」

 

 七賢人の一人がそう言い、女性的で落ち着いた声音の賢人が同意の声を上げた。

 

「その通り。アマゾンを狩ることのできる通称『ベルセルク』。それが開発に成功したことを考慮すれば、今後アマゾンの脅威に晒されることは皆無と言っていいでしょう」

 

 ベルセルク。意味としては狂戦士を指し、北欧神話におけるオーディンに仕える、熊の毛皮を被ることで理性を無くし、果てなく戦い続けることができる戦神部隊。

 

 その名を冠した対抗策は、あまりに合い過ぎていた。

 

「アマゾンが持つという、ギガ。そのエネルギーの擬似的な代替物質として作用する『獣因子』で構成された強化プロテクトスーツを纏い、アマゾンと戦うことができる……だったか?」

 

 大柄の賢者は説明気味にそう言いつつ、ベルセルクにおける欠点を進言する。

 

「だが、アレには一時的に理性が喪失するという欠点がある。試行実験の際に敵味方区別なく襲いかかったとのデータもあるが」

 

「その点に関しては今後、"上手く利用する形"で改良していけばいい

 

「欠点そのものを無くさず、ですか?」

 

 小柄な賢人が主席の放った言葉の意味に疑問を持ち、問いを投げかける。

 

「理性の喪失は言うなれば、表面に出る自意識の喪失。それを正確にコントロールすることができれば痛覚の不能化。また精神的な不安や動揺といったマイナスな状態を沈静化させるのに役立つだろう。そうなればより完璧な兵器として役に立つ」

 

「なるほど。では、『精神脳科学』の技術を担う私どもの方でやってみましょう」

 

「ああ、頼む」

 

 彼等にしてみれば、これはどうと言うことのない会話でしかない。だがもし、この場にAPEではない人間がいれば、様々な歪が点々と見えることだろう。

 

 遠回しとは言え、人の脳内を平然と弄ると言ってのける倫理性の欠落

。ベルセルクという兵器を纏う人間の配慮を微塵も感じさせない無機質さ。

 

 他に例をいくつか挙げたとしても、この異常性はそれでは終わらないだろう。

 

 実際に彼等が行って来た非人道的な実験や研究など、数えることが億劫に思えるほどにやって来たのだから。

 

 彼らにとって、これが当然の理なのだ。

 

「では、今回はここまでとしよう」

 

 主席の口から告げれる閉幕宣言。七賢人たちの集いによる語り合いは、淡々と。遅延も、停滞もすることなくスムーズに終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

 

 悲鳴と絶叫。そこに含まれる感情は『恐怖』と『苦痛』。

 

 そして……『絶望』。

 

「ぎぃッ……痛ッィィィッ!!!!」

 

「こ、の! やめろって!! うわあああああッッ!!」

 

「おい! こっちも抑えるの手伝ってくれェェ!!」

 

「お父さん! ねぇ! 起きてよぉッ!!」

 

 つい先程まで人間だった筈なのに、それがアマゾン化し、アマゾネストとなって人の血肉を求めて喰らい付く。

 

 それも、地区一箇所に10人中1人という割合ではなく、10人中8人という割合でだ。

 

 しかも、人に襲いかかっているのはアマゾネストだけではなかった。

 

「グルゥッ! ガァァァァッッ!!!!」

 

 ヒヒ型のアマゾンや蛇型のアマゾン。ゾウムシ型のアマゾンなど。形状は様々で共通性はないが突如として理性を喪失させたかのように、獣染みた挙動でアマゾネストと同じように人間を襲い、その血肉を貪り食っている。

 

 もはや周囲は血の海。

 

 しかしそんな地獄の中でも抗う者達がいた。

 

「クソッ! オラァァッ!!」

 

 人間の恋人を守る為、民間市民の青年は本来の姿である『薔薇』の遺伝子を持つ『バラアマゾン』へと変身し、彼女の手を引きながら群がるアマゾンやアマゾネストを左右それぞれに備わる園芸バサミによく似た形状の部位で、的確にその首を落としていく。

 

 その手腕と実力から見るに、"Bランク"か、"Aランクに近い"戦闘能力を有しているようだ。

 

「おりゃああッ!」

 

「フンッ!」

 

「早く! みんな逃げて!」

 

 人とアマゾンのカップル二人が苦戦しつつも去っていく最中、カミツキガメ型のアマゾンと、ウミヘビ型。

 

 そして、サメ型とリス型の4体のアマゾンが人間の家族に襲い掛かろうとしていたアマゾネストとアマゾンに何とか応戦する形で守り、リス型アマゾン……声からして少女だろう。

 

 彼女が襲われそうになっていた人間の家族に逃げるよう促し、苦戦しつつも何とかアマゾネストを退けていく。

 

 13部隊もまた、この鮮血と混乱。恐怖。苦痛で彩られた地獄の中で抗う者達だった。

 

「みんなッ! 離れないで!!」

 

 リーダーのイチゴが全員に向けて叫ぶ。

 

「ど、どうなってるのよ! なんで……人が……血がッ!!」

 

「考えるのは後にしろ! 走れミク!」

 

 生々しく鉄臭い人間の鮮血。

 

 それに加え、ほんの数分、あるいは数秒前まで命があった筈の人々が何も言わないず、動きもしない物と化していく光景を見せつけられ、何も感じない筈がない。

 

 かつて、オトナの都市区画でオトナ達がアマゾンになって襲い来る恐怖を身をもって味わった13部隊だが、決して慣れるようなものではない。

 

 しかも今回は普通の人間が生きたままアマゾン化し、生きている人間を平然と喰らっている様を見せられているのだ。

 

 しかも、それだけではない。

 

 無機質に、容赦なく。喰われる形で奪われていく人々からは血が大量に流れるだけでなく、喰い荒された腕や足といった人体の一部。

 

 又、目視での判別が困難なほどにグチャグチャにされ、それでもかろうじて臓器の類である事だけは分かる肉片やら肉塊がそこかしこに無造作に転がり、散らばっている。

 

 凄惨過ぎる悍ましさで彩られた光景が、そこにはあった。

 

「ッ!」

 

「み、見ちゃダメだよ!」

 

 ココロが思わず、口を片手で押さえ、同時に走る速度が少しばかり遅くなる。

 

 このような凄惨な光景を目の当たりにすれば、大抵は誰でも吐き気が込み上げ、恐怖や嫌悪感などの悪感情に脳内が支配されてしまう。

 

 叶うなら……足を止めて胃の中のモノを吐き出して、気休めでも楽になりたい。

 

 そんな衝動に駆られるココロだが、今はアマゾンのみならず、アマゾネストの双方が蔓延り、絶え間なく人を襲っている。

 

 そんな状況で、ココロの無意識にとってしまった反応は『足を止める』という愚かな行為に繋がる。

 

 それを本能的に悟ったフトシは離すまいと、ココロの手を引きながら、彼女が足を止めないよう必死に声をかけることで、どうにかココロを立ち止まらせずに済んだ。

 

「腕輪のない人達は、人間の筈じゃなかったのか!!」

 

 無造作に転がるかつて人という形をしていた、一部分たちの数々。血に濡れて赤く、多少形が崩れているせいで遠目では分かりづらいが、近づいて見れば解りたくなくても、解ってしまうソレらを上手く避けつつ

、脚を必死に動かしながら、ゴローは疑問を声に出して叫ぶ。

 

「間違いないッ……人間が成ってるんだ! あの黒いアマゾンに!!」

 

 そんなゴローに答えたのは、ヒロだった。その隣ではゼロツーが自慢の身体能力をフルに発揮した蹴りで、アマゾンを退かせていた。

 

「門矢士が言ってた溶原性アマゾン細胞……奴ら、それを撒いたんだ!

この街にッ!!」

 

 アマゾネストは、人間が溶原性アマゾン細胞に感染されることで生まれる特殊なアマゾン。

 

 混乱の最中で、それも逃げるだけで必死な状況であっても、ヒロは"観察すること"を忘れなかった。

 

 そのおかげである事が分かった。

 

 アマゾネストになる人は皆、ヒロが見た限りにおいては、腕輪をしていないと言う一つの共通点を見出したのだ。

 

 それは、つまり。アマゾネストが人間が変異して生じる存在であるという事実であり、あの門矢士の言っていた言葉が紛れもなく真実だと立証されたことを意味していた。

 

 そしてもう一つ、気になる点があった。

 

 アマゾネストが次々と発生し、惨事を引き起こす中で13部隊への関心がないように見えるのだ。

 

 というのもアマゾネストは人間を喰らうべき獲物として認識し、合理的な行動として捕食行為をしているわけだが、人間が標的であるのなら13部隊が狙われない筈はないう。

 

 しかし、アマゾネストたちは13部隊へ襲いかかるといった行為をせず、それ以外の人間のみに捕食対象としての関心を示していた。

 

 故に走って逃走する中でその牙を向けて来たのはアマゾンだけ。

 

 一体なんだ。何なんだこの違いは。

 

 ヒロの中で疑問が湧き、不確定要素として頭から離れない。普通なら、この程度の些事は、目下生き残ることが最条件の過酷な状況の中では不要として切り捨てられるものだ。

 

 それが捨てられない。

 

 何かしらの意味があるのかもしれないが、仮にそうだとして、その意味の答えを考えれるだけの時間はヒロにはない。

 

 今は群がって来るアマゾンを対処しつつ、仲間と共に安全な場所への逃走に専念するしかないのだ。

 

「きゃッ!」

 

 ただ、運が悪い時というのは状況の良し悪し関係なく、唐突にやって来るものだ。

 

 本来の自分のペースではない走りに疲労が蓄積され、息が乱れていたココロは、偶々転がっていた瓦礫の破片に躓いてしまった。

 

「コ、ココロちゃぁぁんッ!!」

 

 フトシが叫ぶ。

 

 すぐに駆け寄ろうとするが、それを邪魔するように、二匹のクモ型アマゾンがフトシの身体に喰らいつこうと口部を大きく開け、飛び掛かかる。

 

「うわあぁぁッ!!」

 

 咄嗟に身体を大きく後ろへ仰け反らせ、下がった事でフトシは回避に成功。その剥き出しの牙に掛かることはなくなったが、派手にすっ転んでしまい軽い程度ではあるが、後頭部と腰を殴打してしまった。

 

 そして、二匹のクモアマゾンの後方にはまだココロがいる。

 

「ぐっ……うぅ……」

 

 小さく呻き、転んだ際の衝撃で右足の膝を強く打ってしまったらしく、その部位を抑え立ち上がろうとしているが中々困難らしい。

 

 一瞬ばかり立ち上がったものの、すぐに崩れてしまう。まるで生まれたばかりの小鹿の如く震わせて苦悶を滲み出した表情を見れば、具合の程度が容易に分かる。

 

 身動きが取れない状態に陥った獲物ほど、捕食者にとって得易い物はない。

 

 すぐに動けない彼女に狙いを定めたのは、クモアマゾン二体だった。

 

 彼等はゆっくりと振り返る。そして互いに口部から蜘蛛糸を吐き出し、ココロを拘束。

 

 手負いとは言え、念を押すようだ。ともかくこれで問題ないと判断したのか。

 

 クモアマゾンたちがゆっくりとココロに迫っていく。

 

「クソッ! どけぇぇッ!!」

 

 それを見たヒロは、両腕をアマゾン態へと変化させたアームカッターにより力を込め、取っ組み合っていたゾウムシ型と、カニ型アマゾンの二体を切り捨て袈裟斬りにすることで一気に戦闘不能に追いやる。

 

 だが、もう遅い。

 

 大きく開いた口部から唾液を垂れ流し、クモアマゾンは無慈悲に、本能のままに。その牙を突き立てる。

 

「!! ッ あああああああああッッ!!!!」

 

 但し、喰らいついたのはココロではなく、咄嗟に彼女の前に立ったミツルだった。

 

「ミツルくんッ!!」

 

 悲痛な叫びを上げるココロを尻目に、左肩に噛み付いたクモアマゾンを何とか引き剥がそうと試みるミツルだが、やはりそこは人とアマゾン。

 力比べでは人間側に敗色が挙がってしまう。

 

「ハァァッッ!!」

 

 ミツルに気を取られ背中を疎か且つ無防備に晒すクモアマゾンを背後からヒロが斬り付ける。

 

 中枢臓器に達していない為、死んでないだろうがそれでも活動不能の仮死状態にすることができたのだ。

 

 それを確認したヒロはアームカッターでココロを捕らえていた蜘蛛糸を切り捨て、開放。

 

「ミツルくん! そんな、どうして……」

 

「ハァ、ハァ、ハァ、……借りを返した、までです」

 

 ズキズキと痛む右膝を気にせず、尾行を引きずりながらミツルに近寄っていくココロ。

 

 対しミツルは、クモアマゾンに付けられた咬傷の激しい痛みに耐え、左肩をもう片方の手で押さえながら、ココロが抱いた疑問にそう答える。

 

 借り、とは。おそらく腕の傷を手当てしてもらった時のことだろう。

 

 ココロにとって、あの時のことなど『当たり前のことをした』までに過ぎない。

 

 そんな理由で、自分を傷けてまで守って欲しくなどない。

 

 納得のいかないミツルの言葉にカチンと来たココロだが、今は状況が状況である為に何も言わなかった。

 

「肩貸すよ、ミツル!」

 

 何とか立ち上がることはできるものの、傷に響くのか……少しでも走るといった行為ができないらしい。

 

 そんな彼にヒロが声をかける。

 

「ハァ……ハァ……誰がッ、お前の施しなんか……受けるかッ!」

 

 このような状況でも、尚変わらずヒロに向けられる感情は最悪なもので、どうにも手を取りだからない。

 

「なら俺が貸す。ほら、ミツル」

 

 そんな様子を見兼ねてか。ゴローが代わりにミツルを支えようと言って来た。

 

「この程度、なんでも……痛ッ」

 

 強がるが、どうにも隠すことはできなそうだ。

 

 そんな姿を見たゴローはミツルの拒否を却下し、自身の肩に彼の右腕を乗せ、脇腹を支える。

 

 結局。強がったところで無意味と潔く判断したのか。諦めを孕んだ溜息を一つ吐き、大人しくゴローの親切心を受け入れることにし、そのまま黙り込んでしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

 

「微かに鳴り響く〜♪ 君の寝息がルンバーラ♪ ルンバーラ♪

落とし子を探し〜て〜る」

 

 ぽつぽつと、硬いアスファルトで覆われた大地に雨粒の一つ一つが降り注ぐ。

 

 鉛色の空に向かって黒煙が立ち込め、耳を集中させれば遠くの方でありとあらゆる人の声が聞こえて来る。

 

 もっとも、それは『恐怖』と『絶望』と『悲哀』など。そういった負の要素をこれ以上なく詰め込んだ断末魔の慟哭。

 

 常人なら、まず耳を塞ぎたくなるだろう。

 

 そんな惨状を知らぬとばかりに。地獄を生み出した側の実行犯であるスタークは、ビルの屋上で呑気に歌っていた。

 

「さて。上手く増えてくれよぉ〜? 必要な量に達すれば……フフ、ハハハッ!!」

 

 一体どれほどの人命が失われていき、尊厳さえ踏み躙られ、哀れに獣の空腹を満たす肉塊と化すのか。

 

 それは到底人として考えたくもない死に方であるのは間違いない。

 

 しかし、毒蛇によって隠されたこの作戦の"もう一つの目的"を成し遂げる為にも、その過程はやらなければならない。

 

 他者に非難されようが構わない。他者に罵倒され怨嗟の声をあげられようが止まらない。

 

 毒蛇は、ただ狂気的に。面白おかしく自身の望む物を手に入れるだけだ。

 

 そんな彼女の意思に呼応するように、彼女の手に収められていた"金色の腕輪らしき何か"が薄っすらと妖しく輝いたように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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