ダーリン・イン・ザ・アマゾン   作:イビルジョーカー

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8月に3話投稿できました! 

今まで一月に一回ペース、又は一月空けての投稿でしたが、3話も投稿できたのは嬉しいです。







崩壊の前兆で、悪夢の始まり part3

 

 

 

 

 

 

 

 

 雨が降り始め、止む気配はない。

 

 暴走アマゾンやアマゾネストによる、暴動の禍で生じてしまった火災はこれで鎮圧できるとは言え、溶原性アマゾン細胞によって感染した人が変化したアマゾネストや、感染により暴走状態に陥ってしまったアマゾンの脅威が無くなった訳ではない。

 

 放っておけば、最悪な状況は確実に悪化の一途を辿り、このビーストメンが壊滅する危険性さえも孕んでいる。

 

 肩を負傷したミツルはゴローが肩を貸し、右脚を痛めてしまったココロはフトシが、その背中に背負う形で降り注ぐ雨の中をひたすら走っていく。

 

「なあ!」

 

 そんな中、ふとゾロメが声を上げる。

 

「どうしたのゾロメ? 早く行かないと……」

 

「先に行っててくれ。俺はこっちに行く」

 

 そう言って、指をある道へと指した。その道に気付いたのはヒロだった。

 

「この道……たしか、ハルちゃんの家の……」

 

「おいまさか……行くつもりか?!」

 

 ゾロメのやろうとしていることを察したゴローは、制止の声を上げた。

 

「今行くべきなのは4Cセンターだ!」

 

「そ、そうだよゾロメ!」

 

 ゴローに続き、フトシも反対意見だった。

 

「ココロちゃんとミツルを見てよ!二人とも怪我してて大変なんだ! それに、あの人達ならとっくに避難して無事かもしれないだろ?!」

 

「そりゃあ! そうだけど! でも……俺どうしても心配なんだよッ!!」

 

 言葉を一つ一つ吐くのが辛そうなほど、顔を歪ませ、必死に声を張り上げた。

 

「別に、ついてってくれとは言わねーよ」

 

 最初から、自身の考えに賛同してくれるとは微塵も思っていなかった

。こんな非常事態な状況の中で、この願望がどうしようもなく我儘でしかない事を自覚しているからこそ、ゾロメは一人で行く腹積りだっだのだ。

 

「こんなの、俺の勝手な我儘だから……けど、あの人達を見捨てるなんて、嫌なんだよ」

 

 ゾロメがこのコロニーで出会ったハルたち家族は、今日出会ったばかりで顔見知り程度の間柄でしかない。

 

 普通なら、自分たちの命が脅かされる危機に直面している最中で、知り合ったばかりの赤の他人を助けようとはしないだろう。

 

 いたとしても、ほんの僅かだろう。

 

 けど食事を振る舞ってくれて、暖かい料理を食べさせてくれただけでもゾロメにとっては恩に感じるだけでなく、ケンゴは"大人"というものを教えてくれた。

 

 コドモに守られ、何もしないオトナではなく、子供を守り導く大人という在り方。

 

 たった数時間言葉を交えただけでも、それを教えてくれて、家族というものに暖かいものに触れさせてくれたハルたち家族は、ゾロメの中で助けたいと思える程に大きくなってしまったのだ。

 

「じゃあ、もう行くぞ」

 

 ぶっきらぼうに言ってゾロメはハルの家族たちの家へと続く道を走ろうとした。

 

 その時。

 

「待ちなさいよ!」

 

 ミクが待ったの声をかけ、先へ歩こうとするゾロメの足を止めさせた。

 

「ミクも行く!」

 

「ハァァッ?!」

 

 その言葉にゾロメは堪らず、後ろを振り返り、素っ頓狂と言わんばかりに面食らった顔を晒してしまう。

 

 ミクの性格を考えれば、勝手な自分に愛想尽かしみんなと行くだろうと踏んでいたゾロメとしては、彼女の言葉は予想外だった。

 

「お、おま! みんなと一緒にいろよ!!」

 

「アンタはミクのパートナーなんだから、ミクがいなきゃダメでしょーが!!」

 

「いや、なんだよその理屈?!」

 

 意外にも退かずにミクは食いついて来た。これには、さすがのゾロメも手に負えない有り様だった。

 

「あ、あのなミク。ほんとにマジで危ないんだぞ。いや、今も危ないけど。けど俺なんかよりみんなと一緒にいた方が安全……」

 

「勝手なこと言わないで!!」

 

 それでも、なんとかミクを説得しようとするが、彼女はそれを跳ね除けんばかりに声を張り上げた。

 

「どんだけ心配してるのか分かる?! あんたにとってミクは、パートナーってだけかもしれないけど……けど、大事って思わない理由には…なんないでしょ!!」

 

 ミクは今にも泣きそうな表情で、訴える。

 

 本当のところを言えば、このコロニーに来てから最初にはぐれた時も、ミクはゾロメを心配していた。

 

 口では文句を言いつつ、けれど率先して探していたのは他ならぬミクだ。

 

 それだけ、ミクはゾロメを大事に思っている。

 

 小さい頃からよく一緒にいて、今と変わらずにケンカもしていたが、ゾロメは一度もミクに手を上げたことはなかった。

 

 たったの一度も、だ。

 

 ミクが泣されたと聞いてまず真っ先に駆けつけるのがゾロメで、泣かした相手に降参の二文字を言わせるまで、そしてミクに謝らせるまで拳で殴りまくる。

 

 そんな騒ぎを『お決まりのパターン』と言える位に何度も起こしては、その都度成績が悪くなることもあった。

 

 ゾロメ本人は別にどうってことはないと思っているらしいが。

 

 それでも、自分の為に必死になってくれるゾロメをミクが何も思わない筈がない。言葉に出すのはむず痒いし、好きではない。

 

 だが、それでも。自分にとってのパートナーはゾロメ以外にないと。ミクはそう確信と言ってもいい信頼を己のパートナーに寄せている。

 

「……だぁぁ〜ッ!! 分かったよ!」

 

 渋々といった様子で、ゾロメが折れる形で観念した。

 

「ちょ、ちょっと待って!! バラバラになるなんてダメよ! そんなことリーダーとしてッ…」

 

「"許さない"って言いたいんでしょ? そうじゃないなら、"認められない"」

 

 イチゴの言葉を遮り、代わりにゼロツーが代弁する。

 

「……」

 

 何のつもり、と。

 

 無言でもそう言いたいのが分かるほど、苛立ちを顔から滲み出したイチゴはゼロツーを睨む。

 

 力拳を握り締めているところを見ると、ゼロツーの返答次第では、文字通り『鉄拳制裁』ばりに殴りかかる気かもしれない。

 

 だが、それを意に介さず、ゼロツーは言う。

 

「リーダーなのは結構だけどさ、二人の意見を尊重してあげたら?」

 

「状況分かってるのッ?! 今がどれだけ危険なのか、分からないなんて言わせないよ!!」

 

「あ、あの!」

 

 やや険悪になりつつあるイチゴとゼロツーの二人の間に声を挟んで来たのは、フトシに背負われているココロだった。

 

「とりあえず、『行く人』と『行かない人』で分けて、行かない人はここで待ってみるっていうのはどうかな? 私は大丈夫だけど、ミツルくんの怪我のこともあるし、3分だけ時間を設ければ、いいかな……って思うんだけど、どうかな?」

 

 それは、一つの部隊を二つの班に分けて、ハルたちの家族を捜す組とこの場に留まる待機組に二分化させようという案なのだが、問題が生じる。

 

「分かれて行動すること自体がダメって言ってるの。今この中でアマゾンに上手く対処できるのはヒロだけ。あたしたちには、アマゾンと戦う為の武器がない」

 

 そう。今ヒロの存在は対アマゾン用の武装を何一つ持たない13部隊にとって、無くてはならない。

 

 変身できなくても両腕をアマゾン化することで身体能力を人間以上へと向上させ、ギガもそれなりに扱えるヒロだけが、この中でまともに戦える。

 この現状を考慮した場合、何が問題になるのかと言うと、"どちらの班にヒロが行くか"

 

 もし。どちら一つに行くのであれば、いない方にアマゾンが人の気配や匂いに誘発される形で襲って来るリスクが高まってしまう。

 

「いや、武器ならある」

 

 イチゴの懸念を取り払うかのように、ふと、そんな言葉が出て来た。

 

 全員の疑問の視線が、言い放った本人であるヒロへと、真っ直ぐに注がれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なぁ、ヒロ。本当に痛くねーんだよな?」

 

「うん。大丈夫だよゾロメ」

 

 ハル一家が住む民家への道のりを歩いていく中、ゾロメは"左手に持ったヒロのアームカッターの一部分"を改めて見ては、視線をヒロの腕へと移す。

 

 ヒロが言った武器とは、アームカッターの刃をナイフ代わりとして13部隊全員に持たせるというものだった。

 

 アームカッターの、羽根を硬質化させたような形状の刃は取ろうと思えば、取ることができる。

 

 投げナイフのように投擲する形での使用や、単に刃物としても利用することができる。

 

「……なら、いいんだけどよ……」

 

 どこか歯切れ悪く言うゾロメ。

 

 というのも、これを受け取る際。ヒロが自分の腕から生やしたアームカッターを、生々しい音を立て、黒い血のような液体が漏れ出しながら千切る形で取る場面を見たからだ。

 

 はっきり言って、ゼロツーを除く13部隊は軽くドン引きしていた。

 

 その時はイチゴも本気で心配したのだが、とうの本人は『捥ぎ取られる感覚はあるけど、痛み自体はほんの少し程度』と。

 

 なんて事のないように言うので、それ以上の言及はなかった。

 

 それぞれがヒロから貰い受けたアームカッターを手に、13部隊は結局のところ二手に分かれず、そのままゾロメの意向を飲んでハルと彼女の両親が住む家を目指していた。

 

 イチゴは徹底して『武器があるとしても、4Cセンターに向かった方がいい』という意見を崩さなかった。

 

 どういう訳か、端末を利用しても、電波が何らかの理由で乱れてしまっている為かナナとの連絡が取れず、メールも電話もできない。

 

 連絡手段が絶たれてしまった事も考慮し、いかなる理由であろうと寄り道せず、目的地に向かって真っ直ぐ行くのが最適な判断だと思っていたからだ。

 

 しかし意外にも肩を負傷しているミツルから、『ゾロメの意見に賛同する声』が上がり、結果的に13部隊は二手に分かれることはなかった。

 

 とは言え別段、ミツルはゾロメに気を使ったでも、同情したわけでもない。

 

 単純にあんな答えの決まらない論争を繰り広げるなら、さっさとみんなで行って、確認した上で目的地に行く方が早いと判断したに過ぎない

 

 とは言え、そうだとしても。

 

 普段のミツルを考えれば絶対に有り得ないと思える行為だったので、みんなからは面食らった表情に加え、何か別のものを見るような視線を向けられたが。

 

「ッ! ハル! ケンゴさん! ハルカさん!」

 

 ハルたちが住む民家を目に入れた途端、いても立ってもいられずにゾロメは駆け出した。

 

 家に誰もいないなら、それでもいい。多少なりとも不安は残るが、それでも避難した可能性が生じる以上死んでしまったと断定できないから

だ。

 

 最悪な結末など、見たくない。考えたくない。

 

 だが、扉を開けない限り、それは分からない。

 

 見たところ人の気配は感じれない。周りの民家もだ。ゾロメは早く早くと鼓動を鳴らし焦燥に駆られる一方で、握り締めた玄関のドアノブを回すことができなかった。

 

 もしも、三人が『死』という形で結末を迎えていたら? 

 

 何故だが……そんな嫌な『if』が頭を過ぎる。

 

 確証なんてないのに、どうして。ドアノブを回して扉を開けれないのか。

 

 だが、結局は焦燥感がゾロメを促し、開けさせた。

 

 まず、ノックや問いかけをすべきだと思うかもしれないが、生憎今のゾロメにその余裕はなく、不躾ながらも扉を開けたゾロメの視界に最初に飛び込んで来たのはケンゴの後ろ姿だった。

 

(よかった……無事だったんだ!)

 

 そう思い、安堵が心の中を満たす。

 

「ケンゴさ……」

 

「待って、ゾロメ!」

 

 ケンゴに近づこうと中に入りかけた時、それを止めるヒロの手がゾロメの肩を掴んだ。

 

いきなりのことに加え、早く彼と話したかった気持ちを阻害されたこともあり、振り返ってヒロの手を払い避けた。

 

「なにすんだよ! いきなりッ!」

 

 荒げた口調で問い詰めてしまったゾロメだが、そんな彼とは対照にヒロは冷静に。いや、実際のところはそうではないのだが、それでも冷静さを保とうと必死に堪えている様子だ。

 

 そんなヒロに違和感を覚えたのか、家の中へと視線を戻すゾロメは、ようやく気づいた。

 

 彼の足元に広がっている"大量の血液"を。

 

 そして。彼は何かを持っていた。

 

 黒く毛の塊のような何かを、両手に。

 

「ケ、ケンゴさん?」

 

 ゾロメの声は……いやに震えていた。

 

 広がる血の上に立つケンゴの後ろ姿は極めて、冷静さを保ち、動揺している様子はなく、ただそれが彼にとって当たり前のように静かに立っている。

 

 更によく見れば、足元には大量の血だけでなく、何かが転がっているのが確認できた。

 

 それは人型をして、ズタズタにされてはいるが衣服を纏っていた。しかもハルやハルカが着ていたものと全く同じものだ。

 

「やぁ、いらっしゃい」

 

 至って普通の穏やかな声。それは紛れもなくケンゴ自身の声音に間違いないのだが、どういう訳か会った時に比べて、妙な違和感をゾロメは感じていた。

 

 それはヒロも同じで、同時に彼から感じる気配に気付く。

 

「ゾロメッ……ケンゴさんはッ?!」

 

 振り返ったケンゴの姿を見た途端、ヒロはゾロメに言いかけていた言葉を喪失させてしまった。

 

 彼が両手に持っているもの……それは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハルとハルカの、生首だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それも表情が苦痛に歪み、顔の所々が喰い千切られ、血塗れに染まっているという。凄惨極まりないものと化した状態の、ケンゴが命に代えてでも守りたいと願っていた筈の母娘だった。

 

「……ッ?! ……ッ!!」

 

 ゾロメはろくに言葉が出ず、ただ言語として成立していない声を漏らし続ける。

 

「ゾロメ君、だね。あー、なんていうか、今すっごく気分がいいんだ僕は。どうしてだろう? ハルとハルカが美味しかったから、かな?」

 

 尋常ではない会話の羅列にヒロもゾロメも、まともに答えることなどできやしない。

 

 やがて、その身体から蒸気が吹き出していき、その姿をアマゾネストへと変異させた。

 

「食べたい。ねぇ。キミ、たち。食べたい……食ベタァァァァァァイィィィィィッッ!!!」

 

 ケンゴ……だったアマゾネストは、狂った叫びを上げて、両手に持っていた妻と娘の首を造作なく放り捨て、獣のような唸り声を上げてゾロメやヒロへとその牙を剥く。

 

 すぐさまヒロがゾロメを後ろへと押し除け、喰らいつこうと迫るアマゾネストの牙を、アームカッターで防いだ。

 

「グルルゥゥ、アァァァァッッッ!!!!」

 

「ケ、ケンゴさん……やめて下さい!」

 

 無駄なのは分かっている。しかし、それでも。

 

 困っていたゾロメを助けてくれて、暖かく、優しい表情を向けてくれた人だった。

 

 だから。できることなら正気に戻って欲しい。

 

 例え、それが絶対的に不可能なのだとしても。

 

「ガアァァッッッ!!!」

 

「うわぁッ!!」

 

 アマゾネストの押す力に負けて、ヒロはアマゾネストと共に、家の中から外へと飛び出す。

 

「ヒロッ!」

 

 イチゴが叫ぶ。

 

「こ、ここにもアマゾネストがッ?!」

 

 アマゾネストがここにまで発生している事実に、フトシが驚愕の声を上げる。

 

 13部隊やコロニーの市民には、知る由もないことだが。溶原性アマゾン細胞の拡散は、放出された建物を中心に、半径5kmにまで及んでいる。

 

 更に襲われ、噛まれた者が感染するのであれば、感染者の増加は計り知れない。前者か、後者か。どちらかは分からないが、ただ分かるのは

ケンゴという一人の人間が溶原性アマゾン細胞に感染した。

 

 ただ、その事実だけだ。

 

「ちげぇよ!! アレは……ケンゴさん、なんだ」

 

 フトシの言葉にゾロメは力なく反論した。この想像したくなく、現実に起こって欲しくもなかった結果を前に、ゾロメは泣き崩れた。

 

「食ってたんだよ……ハルや……ハルカさんをッ!! うまそうにッ!

アァァァッ! クソッ!! なんでッ! なんでなんだよッ!」

 

 一度溢れ出した涙と感情は、川のように堰き止めるものが無ければ、留まることも、止まることもない。降り注ぐ雨と交わっていく涙止められないゾロメは片手を強く握り締める。

 

 力加減が多すぎたらしく爪が皮膚に食い込み、裂けて血が滴るように出るが、今の彼にとってはそんなことは些事に等しい。

 

「ウッ、ウゥ……アァァァァァァァァァァッッッ!!!!!」

 

 彼がこれほど取り乱し、大泣きする事などあっただろうか。

 

 少なくともミクを含め、13部隊全員は記憶になかった。ゾロメは勝気故に負けず嫌いで、見栄を張るタイプのコドモだ。

 

 その彼が見栄も何もなく、ただ泣く。濡れた地面を拳で叩き、泥まみれになるのも構わず、泣いている。

 

 これがゾロメなのか。そんな疑問さえも生じるほど、今のゾロメは普段とは想像できない姿を晒していた。

 

「ゾロメ……うぅ……」

 

 顔を地に伏して膝をつき、蹲って泣き叫ぶパートナーの姿。

 

 それを前に何もできず、何も言えない。そんな自分をミクは怨みつつ

、ただゾロメを想い涙を流す以外に何もできなかった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

 

「アァァァァッッッ!!」

 

「グッ! や、やめて、下さいッ!!」

 

 必死に語りかけるヒロ。

 

 彼は……ケンゴは生きている。

 

 生きながらアマゾンになったのなら、死亡時に擬似的なアマゾンモドキと化したオトナとは違い、まだ助けられるかもしれない。

 

 前に鷹山は無理だと言っていたが、だからといって、易々と受け入れたくはない。

 

 アマゾンの本能に支配された意識の中から、自我を取り戻せるのかもしれない。

 

「ケンゴさん! 俺です! ゾロメです!」

 

 ヒロに続き、蹲って泣いていたゾロメも必死に声をかける。

 

 同じように一途のか細い希望を見出したのかもしれない。ならきちんと顔を上げ、この残酷な現実から目を逸らさない。そうやって立ち向かうと。

 

 ゾロメは、即決意したのだ。

 

「アマゾンの本能とか、凶暴性だとか。そんなもんに負けないで下さい

!! 目を覚まして下さい! ケンゴさんッ!!」

 

 それが功を為したのか。他に要因があったのかは分からないが、本能に支配されヒロに喰らいつこうとするケンゴの自我意識が表層へと出始めた。

 

「アァ……ア、ボ、ボク……ハ」

 

「!! ッ ケンゴさんッ!!」

 

 それはまさしく奇跡だった。

 

 アマゾネストと化した時点で、その自我意識は既に消失している。実質死んだのと何ら変わりはない。

 

 だが、それでも。例え薄っすらと曖昧な意識の断片でしかなくとも、ケンゴは何とか自己を保っていた。

 

「アア、ア、ァァァァァ……アタマ、イタイ。イタイ! イタイ! ハルッ……ハルカァァ……」

 

 激しい頭痛に苛まれる頭を両手で押さえて、愛する家族の名を叫ぶケンゴ。それに答える家族はもういない。

 

 ケンゴ自身の手で命を失い、生きていた暖かみが消え去った"モノ"と化したのだから。

 

「ボ、ボク、ガ……コロシタ。フタリ、ヲ! ハルヲ! ハルカヲォォォッッッ!!!」

 

 残酷なのは、正気ではないにも関わらず自覚があることだ。

 

 ケンゴは覚えている。自分の手で愛する家族を殺した事実を。その手に二人の血肉を切り裂いた感触を、鮮血の生温かさを

 

 その牙で喰らいつき、血を啜り、肉を千切って食べた味を。

 

 全部、全部覚えている。

 

 自覚しながら、それが許されないと分かっていながらも、ケンゴは娘のハルと妻のハルカを命を奪って舌の上で味わった。

 

 罪悪感はある。嫌悪感もあった。

 

 だが、それでも。

 

 途方もなく美味しかった。美味しくて、どうしても湧き起こる人食欲求を抑えることができなかった。

 

「ア、タ、タベ……ナン……デ、デ、エェェ」

 

 複眼から何かが溢れ、零れ落ちる。

 

 もう出せない筈の……『涙』だった。

 

「ケンゴ、さん」

 

 涙を流すケンゴの姿を前に、ゾロメはただその名を言うしかなかった。

 

 どうすることもできない。

 

 ヒロも、ゾロメも、13部隊の全員が。

 

 彼の身を引き裂かんばかりの苦痛と、どうしようもない後悔を無くす術を、誰一人として持ってはいない。

 

「ア、コ、コォ……ロ……」

 

 涙は止まらず、激しい頭痛も消えない中でふいに立ち上がるケンゴは、何かを言おうとしていた。

 

 最初はよく分からなかったが、すぐにそれは明確な言葉となって全員の耳朶へ届く。

 

「コロシテ、クレ……ボク、ヲ、コロシテ」

 

 間違いようもなく『死への懇願』だった。

 

「タ、エ、ラレ、ナイ……クルシイ……イタイ……イタイィッ! 

ガァァァァァッッッ!!」

 

 必死の懇願と共に唸り叫ぶ彼は、ゾロメに向けて、その手を伸ばして来る。

 

 途方もない苦痛に耐えるように震えて、助けてくれ、と。

 

 そう訴えかけているように見えたゾロメは、彼の下へ駆け寄ろうとした。

 

 その伸ばされた手を掴む為に。

 

 無論、手を掴んだところで意味などない。

 

 でも。そうだとしても。

 

 自分に向けて伸ばされた手を、振り払いたくはない。そんな思いに駆られたこそ、手を取ろうとしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし。

 

 

 

 

 

 

 

「そこまで、だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一匹のケモノと一人のコドモとの間に立った、少女……『ナオミ』のその言葉と共に両者の手が紡がれることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、ダメじゃないゾロメ。いつ人に喰らいつくかも分からない、猛獣なんかの側に近寄るなんて」

 

 至極、真っ当な意見ではあるが、あまりに状況に合わない台詞だった。

 

 突如二人の間に入って来たかと思えば、ケンゴに向けて自身の手を伸ばすナオミ。

 

 その掌から紫と赤と青。三色の交わることのないエネルギー波を放出し、その奔流を利用する形でケンゴを拘束したのだから。

 

 あまりに唐突で、それ故に理解の及ばない状況に正論の言葉も何もなかった。

 

「ア、ガ、ウゥゥ……◼️◼️◼️ッッッ!!」

 

「まったく。想定外だよ本当に。まぁ、どーせバラすつもりだったし、細かいことは仕方ないね」

 

 身体全てを余さず、エネルギー波の奔流によって動きを封じられたケンゴは、それでもと必死に唸り、何とかこの異様な拘束手段から逃れようと。

 

 必死にもがくが、どうにもならなず。

 

 そんな彼の姿をナオミは冷めた目で見据えていた。

 

「ナ、ナオミ……」

 

「な、なんだよ、それ……」

 

 困惑するように呟くイクノと、問いを投げかけるゾロメ。だが二人の言葉に意識を向けることなく、淡々とその口から独り言を零していく。

 

「うーん、どうにも変だな。なんでほんの僅かだとしても自我が? 突然変異を起こさないように調整はした筈なんだけどな〜」

 

 不思議そうにケンゴを観察していくナオミだが、飽きが来たのか。

 

 まるで何の価値もないゴミを見るかのような冷淡な無表情を作り、宣告を下した。

 

「じゃっ、ご苦労さま。あの世で娘と妻に再会して、仲睦まじく、楽しく過ごせるといいね」

 

 言葉とは裏腹に何の感情も篭ってない口調で、ナオミはそう言うと開いた掌を、そっと閉じた。

 

 何てことのない動作。その筈だが、それだけでエネルギー波はケンゴを球体状に包み込む。

 

 そして。そのままケンゴの肉体ごと光の粒子と軽い衝撃波を伴って、辺りに飛散した。

 

 さながら、花火のように。

 

「ゴミ掃除完了っと。お次はてっとり早く正体見せて、みんなに理解してもらうとするよ」

 

 冷淡で無感情な表情から一変し、楽しげな笑みを浮かべるナオミは懐から、ソレを取り出す。

 

 黒い硝子製と思わしきボトル。それをわざと掌から地面へ落とし、割れたボトルから現れた紫色の蒸気を全身に纏い、そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ブラッドスターク。それが私の、もう一つの名前よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナオミは……真紅の毒蛇と変じた。

 

 

 

 

 

 

 

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