真・恋姫†無双~程遠志伝~   作:はちない
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息抜き編
ちょっと休憩


 

 

 

 

 程遠志は昇進した。元黄巾賊の男がこうも早く昇進することに、さまざまなところから罵倒や文句が出て、これは一波乱あるか―――と思われるほどまでであったらしいが、彼は気にしていなかった。

 貰えるものは貰うし、他の人間からの評価などは気にならない。嘘偽り抜きでそう考えている男だった。

 それに。

 今現在の程遠志には、そんな悪評などよりも気にしなければならないことがあった―――

 

「……なあ、いったいどうしてよ、俺はお前と仲睦まじく街を練り歩いているんだ?」

「さて、な」夏侯淵はしれっとした顔で言う。「お前、なんて呼び方は好きじゃない」

「夏侯淵」

「おや。あの時みたいに夏侯淵様、と呼ばないのか?」

「その話はやめろ。やめてください」

 

 程遠志は引き攣った顔になる。あの時が、黄巾の城から脱出した時のことを指しているのは自明の理だった。

 途中までは完璧だったんだよ、と言い訳気味に呟く。はは、と夏侯淵は愉快気に笑った。

 

「お前は本当に両極端な男だな」

「知らねえよ。……てか、夏侯淵、普通に俺のことをお前って呼んでるじゃねえか」

「私の名を呼ばせて、揶揄って、楽しみたかっただけだ。他意はない」

「めっちゃ他意あるじゃねえか」

 

 程遠志がそう突っこむと、また夏侯淵は笑った。

 ひとしきり笑って、そこで、ようやく夏侯淵は程遠志に口を開いた。

 

「黄巾党を撃破し、秘密裏に張角たちを仲間にした祝賀会のようなものだ。その材料の買い出しを私とお前が担当する。今街を歩いている理由なんて、それだけの話だ」

「買い出しなんてもっと下々の奴がやることじゃねえの」

「祝賀会の料理は華琳さまも食べる。一つ一つの物事から手を抜くわけにはいかぬ」

 

 それなら毒見役でも作ればいいだけじゃねえのか―――なんて程遠志は思ったが、それでは興が削がれるということなのだろう。少しずつ、彼にも曹操という人間の人となりが理解できていた。

 

「その祝賀会ってのは、俺も出んのか?」

「当り前だろう。ある意味、お前が主役だと言ってもいい」

「はあ?」

 

 主役? と程遠志は首を傾げる。生まれてこの方、自分がそんな位置に立ったことなんてなかった。

 なんでわからないんだ、と夏侯淵は少し呆れた顔になった。

 

「黄巾を攻め滅ぼした勲功があるだろう」

「それはそうだけどよ、俺は、昔から主役なんて柄じゃねえんだよな。悪役だとか、敵役だとか。そっちに慣れちまってんだ」

「気に入らないのか?」

「そういうわけじゃないんだけどな」

「それなら気にせずどんと構えていればいい―――まあ、一部の人間からお前が嫉まれたり、嫌われたりしていることは、事実だが」

「そういう悲しいことをイイ顔で言うなよ……でも、やっぱそうだったのか。ほら、あれだよ。なんかでかい鉄球持ってるチビ。よく睨まれるんだよな。この前まで無視だったのに」

「季衣はな」夏侯淵は、初めてそこで表情を曇らせた。「あれは、また、特別な事情があるんだ。気になるなら私からも言っておくが」

「別によ、気にはならねえよ。鄧茂も仕方ねえことだって言ってたしな」

 

 程遠志はさらり、とそう流した。睨まれることに慣れているというのもあったし、どうだっていいことだとも思っていた。

 嫌われたものは、どうしようもない。放っておけば後々時間が解決してくれるかもしれない。そんな楽観的な考えが後々また面倒くさい事態を巻き起こすのだが―――まだ、今はその時ではない。

 

「で、今日振る舞われる料理ってなんだ?」

「麻婆豆腐、が主だったはずだ。何から何まで最高品質のものを取り揃えてきて、と頼まれている。肉や、豆腐から、唐辛子まで」

「お、いいね。俺、酒に合うから辛いの好きなんだよな」

「そうなのか」

「料理の辛みを楽しめねえ奴は、人生損してるぜ―――まあ、余程のお子ちゃま舌なら同情するけどよ」

 

 得意げにそう言った程遠志に、夏侯淵が「それを華琳さまに言ったら多分殺されるだろうな」と言うと、すぐさま怯えて顔を真っ青にした。

 

 

 

 夏侯淵は頼まれていたものをテキパキと注文し、さあ会計だ、という時になって唖然とした。店主から言われた金額は、寡黙で冷静な彼女の感情を震わす程度に衝撃的だった。

 あまりにも暴利だったのではなく、その逆で、驚くほど安価だった。想定していた値段の、三分の一ほど。

 最高級の品質で揃えたため、それでも普通の人間からすれば高い買い物なのだろうが、流石におかしいだろう。

 夏侯淵はそれに得したな、なんて能天気に思うような人間ではない。何か不備があるのか。ないならばなぜこんなに安いのか。問い詰めねばならぬ、と思い、顔が若干厳めしくなって。

 

「お、なんだ。思ったよりしねえな」程遠志が横から口を挟んだ。「まただよ」

「また?」

「『流れ』に乗ってる俺からしてみれば、よくあることだよ―――なあ、店主。当ててやろうか。俺たちが都合、千人目の客だからとかだろう」

「いいや。わしの娘がな、今日嫁いだのだ」

「ああそっちか。惜しいじゃねえか」

 

 ち、と舌打ちする程遠志を、夏侯淵は呆れ半分、感心半分といった表情で見る。

 

「それも、偶然だというのか」

「偶然っていうか、流れだな」

「それを言えば何でも解決すると思っていないか?」

 

 仕方ねえだろ、実際に解決してんだから。程遠志はそうボヤいた。

 

「流れに乗ってる最中はよ、何をしても成功するんだよ。間違いねえ」

「なら、どうして黄巾から逃げてくる時、私に泣き叫びながら助けを求めたんだ?」

「いや。あれはよ、特別だ」程遠志は苦々しげな顔になる。「そもそも、泣き叫んでねえし。特例だよあんなの」

「特例?」

「ああ。厳政ってお前も知ってるだろ。あそこまで不運な人間他にいねえよ」

 

 程遠志はふと、あの時のことを夢想する。あり得ないような出来事だった。夜に活発に飛び回るはずのない蜂が飛び、台車の中にある食糧を狙うならばまだしも、厳政の目を狙って動いた。

 そんなことが起きる確率はどれほどだろうか、と思うと、多少同情したくもなった。

 

「厳政自身は最近喜んでいるらしいがな」

「喜んでる? なんで?」

「曹操軍に来てから、不運が心なしか減りました、なんて言っている。張宝とも仲良くやれてるし、お前のおかげだとも言っていたぞ」

「ざけんな馬鹿。俺の幸運、絶対あいつに吸われてるっつーの」

 

 ひょっとしたら俺の天敵になるような人間を仲間にしちまったんじゃねえか―――なんて、程遠志は今更になって気がついた。特にだからどうしようとも思わなかったが。

 

「しかし、それなら困った。貰った金が思わず余ってしまった」

「山分けにしねえか?」

「馬鹿、公金だぞ。……まさか本気で言ったんじゃないだろうな?」

「あ、ああ。勿論だ。勿論冗談だぜ? わかってるに決まってんだろ!」

「……お前に金関係の仕事を任せるべきじゃない、ってことはわかった」

 

 はあ、と夏侯淵は一つ溜息を吐く。

 

「まあ、それなら追加で何か見繕うか。時間はまだまだ多くある」

「それならよ、適当な酒と、酒に合うものを追加しようぜ」

「それはお前の都合だろう―――と言いたいが、まあ、構わない。大酒飲みも我が陣営には多くいる」

 

 今回の戦の第一戦功なのだから、それくらいは聞いてやるか、という思いも夏侯淵にはあった。

 

 ―――程遠志が酒を飲むとどうなるのかをわからなかった故、である。

 

 

 

 

 そして、時間は流れ。

 祝賀会は始まった。曹操が堅い挨拶を終え、これからは無礼講だ、という言葉に多少場が沸き立ち、乾杯の音頭が取られる。

 各々酒を飲み、飲めぬものは広間の各所に置かれている取り分けられた料理に精を出し、各自で様々な行動をとっていた。その中には鄧茂もいるし、張曼成もいた。

 ―――そんな中、程遠志はといえば。

 

「よお、夏侯淵、酔ってるかぁ」

 

 夏侯淵はぐるり、と広間の中を微笑しながら回っていて、隅の方で固まった。

 あ、失敗したな。程遠志の姿を見てすぐに思う。一つくらい我儘を聞いてやるか、なんて思いで酒とつまみを買い与えたことに、後悔すら覚えた。

 程遠志は椅子に座り、食事に手を伸ばすことなく酒だけを飲んでいた。どこで捕まえたのかその右隣には名も知らぬ兵士が絡まれていたし、左隣には何故か楽進が目を白黒とさせて座っていた。

 

「……これは、一体全体どういうことだ? 程遠志」

「楽しく飲んでるだけだよ。お前も混ざるか、夏侯淵」

 

 なあ、と呼びかけ、あたかもさりげなくといった素振りで、左隣にいる楽進の肩へ手を伸ばした。明らかに焦った様子の彼女はその手をぱん、と払いのける。

 痛えな、と程遠志は悶絶しながらも、まったく懲りない様子だった。楽進は悲鳴にも似た声を上げる。

 

「秋蘭さま! 助けてください!!」

「どういう状況だ」

「私が黙々と食事をしていたら、唐突にこの男が現れて酒を飲みだしたのです。気を使って全力で殴ってもいいですか!」

「いや、流石にそれは」

 

 胸中で、少しだけ殴ってしまっても構わないか、と夏侯淵は過激的な思考になりかけた。どこまで酒癖が悪いのだ。

 この祝賀会全体に迷惑をかけているわけではなく、寧ろ殆どの人間には気づかれていないので、そう大した問題にはならないだろう。そんな打算的で小悪党な考えを程遠志は持っていた。言うまでもなく、彼の酒癖の悪さは演技のようなものである。

 これ幸い、とばかりに程遠志は誘いをかけた。右隣に座っている男を開放し、とんとん、と席を叩く。

 

「こいよ、夏侯淵。対決しようぜ」

「なんのだ」

「飲み比べの、だよ。負けた方が一つ言うことを聞くってのでどうだ?」

「…………」

 

 はあ、と一つ夏侯淵は溜息を吐く。戯言だ、と吐き捨ててどこかに行こう、とも思ったが、楽進がこちらに助けを求めていた。

 程遠志はもうほとんど酔いつぶれる寸前に見えた。潰してしまうか。夏侯淵は一瞬、そうしようか、と思いかけ―――

 

「おい、程遠志! なかなか調子に乗ってるじゃないか」

 

 夏侯惇が現れた。楽進を横に侍らせ、酒に溺れている(ように見える)彼が気に食わないらしい。

 説教をしてやろう、と歩いてくる夏侯惇。いつもならば程遠志は話でも逸らしてやり過ごすところだが、今は違う。気分のまま、軽く挑発してみせた。

 

「お、夏侯惇。お前でもいいや。俺と対決しねえか?」

「聞いていたぞ。飲み勝負だろう。そんな馬鹿らしいことを私が受けるわけ―――」

「んだよ、逃げんのか。臆病者がよ。いつもの気勢はどこいった?」

「―――やってやろうじゃないか!!」

 

 夏侯惇は酒も飲んでいないのに顔を真っ赤にし、誘われるまま程遠志の右に座った。

 程遠志の右腕が夏侯惇の肩に伸びる。彼女は拒まない。寧ろ、それよりも強い勢いで程遠志の左肩に左手を伸ばし、ばん、と組むのではなく平手で叩いた。

 それは楽進の一撃よりも遥かに強力なものだったらしく、程遠志は小さく悲鳴を上げて演技を忘れて痛がった。

 

「……飲み比べで、先に潰れた方が負けでいいのか?」

「おう。そうしようぜ。夏侯淵は審判でもしててくれ」

 

 夏侯淵は自分の姉を見た。顔は赤いが、酔っているわけではない。酒に驚くほど強いというわけでもないが、弱いということもない。勝てる。今の、潰れかけの程遠志にならば勝てる。

 ……この場において、程遠志の悪癖を知っている人間は鄧茂と張曼成だけだった。彼らは理解している。豪勢な料理が振る舞われるこの場で程遠志に絡まれれば、必ず満足のできない結果になると理解している。別行動をとっていた。

 

「――――――」

 

 

 結果。

 程遠志の酒を呷るペースは速く、それに夏侯惇はついていこうとして、潰れた。殆ど時間が経っていないというのに、である。

 

 

 

 夏侯淵は程遠志を見る。最初と様子は変わらない。机に突っ伏して寝ている夏侯惇を指でつついて馬鹿笑いをしている。明らかに酔った様子だ。だというのに、である。

 

「おう、次は誰だ」程遠志は左隣を見る。「お前も参加するか?」

「ひ、ひい」楽進は悲鳴を上げた。「秋蘭さま―――!」

「おう。夏侯淵。お前もやるかよ?」

 

 どういうことだ、と夏侯淵は混乱する。

 そこに、仕方ないなあ、といった様子の鄧茂が通りがかった。 

 

「付き合わないほうがいいですよ」

「……どういうことだ」

「女の子に悪戯するため演技をしてるんです。酒を飲むとあんなんになるんですよ、昔から」

「………………つまり、なんだ。酔ってないのか?」

「ちっっっとも酔ってません」

「…………………………」

 

 

 

 夏侯淵は、長い長い溜息を吐いた。程遠志はそれを聞きながら楽しそうに笑っている。

 

 

 

「凪」

「は、はい。秋蘭さま」

「全力で殴っていいぞ。ていうか殴れ。この場を収める唯一の方法だ」

「――――は!」

 

 

 ―――楽進は気を内包した拳で、死なない程度に程遠志を殴った。そこで、程遠志の記憶は途切れている。

 

 

 

 

 

 








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