真・恋姫†無双~程遠志伝~   作:はちない
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董卓包囲網編 第五話

 

 

 

「――――――」

「――――――」

 

 熱戦であった。

 酒を飲み、メンマを食べる。それをひたすら繰り返す。最初の頃は程遠志が肩や胸に手を伸ばし、趙雲がそれを払う、などという動きがあったものの、いつの間にかお互いに酒とメンマを食べ続ける機械になっていた。

 程遠志の動きはどんどん速くなっている。相手を潰す飲み方。攻めの酒である。鄧茂は彼の顔を見て、驚いた。いつも通りの上気した頬、酩酊した瞳ではあるが―――耳まで赤くなっている。それが彼が本当に酔っていることを表す様であるのかは定かでないが、いつも通りの程遠志でない、というのは確かだった。

 趙雲も程遠志についていっている。彼女も必死である。強い、と自称してきた男たちを何人も潰してきた趙雲でさえ、驚愕するような酒の強さだった。

 負けられない、という思いがお互いにある。同時に、余計な賭けなどしなければよかった、とお互いに思った。

 

「星ちゃん、凄い速さで飲んでるよ!」

「ど、どうなっているんだ……」

「はわわ……」

「あわわ……」

 

 劉備と関羽も、いつの間にか程遠志と趙雲の周りに来ていた。北郷も真剣勝負が始まったあたりから、彼女たちの元へ避難している。諸葛亮と龐統も、気がつけば集まっていた。

 

「そ―――そろそろ止めにするか?」

「逃げるのか、程遠志殿?」

「バーカ。俺はまだ十杯はいけるっつーの」

「ほう。それなら私は二十だ」

 

 趙雲は得意げに笑い、立ち上がろうとして―――ふらり、と身体を揺らした。

 

「おいおい」程遠志は安堵したような表情になった。「随分足にきてるじゃねえか」

 

 ぬかせ、と言って趙雲は酒を飲み干す。次はお前の番だ、と言わんばかりに、程遠志へ杯を渡した。程遠志の顔が少し変わり、口元が歪む。

 

「どうした、もう終わりかな?」

「……アホが、舐めんなよ」程遠志は悔しげな顔になり、その表情のまま頬から汗を垂らして言う。「でもよ、やっぱり賭けは止めねえかな。俺はまだいけるけどよ、お前もそろそろきついだろ」

「私はまだ余裕さ」

「言うじゃねえか。じゃあ俺もまだ余裕だよ」

 

 程遠志は強がっている。そして、それは趙雲も同じだろう。いつの間にか張曼成も、厳政も鄧茂と合流し、彼らの周りに集まっていた。

 

「程遠志さんって、あんなにお酒強かったんですね」

「なんだ、厳政。知らなかったのか」

「ぼくは昔からお酒が強くなかったので、あまり黄巾の中でも宴会に参加していなかったんですよ」

「でも、さ」鄧茂は小さく言う。「程遠志にあそこまでついてける人、初めて見た……」

 

 程遠志は演技もあるだろうが、趙雲はそうではない。最初の頃薄赤かった頬は朱が差したように真っ赤になって、目もとろんとしている。明らかに酔っていて、倒れる寸前なのだが―――それでも、杯を傾けるのを止めようとはしなかった。

 

「そろそろ、止めないとまずいかな」

 

 鄧茂は呟くように言う。経験上、程遠志がこういった場合で先に倒れるとは考えづらかったが、明日には戦が待っている。酒が後を引くとは思えないが、趙雲の方がどうなるかはわからない。

「ですよね」そこで、ひょっこりと劉備が会話に入ってきた。「星ちゃん無理してる感じだし、そろそろ止めるように言わないと……」そう言い、後ろの北郷をちらりと見るが、彼は顔を引き攣らせていた。程遠志がどういう人間かわかって、絡みづらい、なんて思っているのかもしれなかった。

 鄧茂と張曼成は唐突な劉備の登場に戸惑った。元来、程遠志たち三人は人見知りをしやすい性格である。厳政だけが平然と言葉を返していた。

 

「劉備さんは、止めないんですか?」

「お酒とメンマのことになると、星ちゃん目の色が変わっちゃうから、私の言葉が届くかどうか……」

 

 酒が入ると性格が変わる類の人間なのか、劉備は少しまごまごしていた。しかし、すぐに「よし」と自分に宣言するように言うと、頬を軽く自分で叩いて程遠志、趙雲の元へ歩いていく。

 

「星ちゃん、程遠志さん!」

「む」趙雲は唇を尖らせた。「桃香殿、止めないでください」

「でもこれ以上は危ないよ~」

 

 心配そうな顔で劉備が趙雲を見る。趙雲は少し迷いながらも、程遠志の顔をじっと見ていた。

 

「お」そこで、程遠志の目が光った。「劉備様じゃねえか。一緒に飲まねえか」

 

 それは、趙雲との勝負の時間稼ぎが目的だったのかもしれない。

 程遠志は自分の隣を掌で叩いて勧める。「え、い、いやぁ……」とまごつく劉備をさりげなく椅子に座らせて、どこからか取り出した杯に酒を注いで渡した。「ぐっといこうぜ、劉備様」

「あ、あれぇ?」と劉備は可愛らしい声を上げた。

 鄧茂はまずい、と思う。思うと同時に、近くにストッパーになる夏侯淵がいないことを確認して、走り出した。頬から汗が流れ出た。最初に危惧した状況になりつつあった。酒が入った程遠志は、酔ってもいないのに饒舌になり、悪口に寛容な代わりに口が汚くなる。手だって出るかもしれない。そして、今の彼がまったく酔っていないとは鄧茂にも断言できなかった。顔がちょっと、引き攣る。

 距離は遠くない。すぐさま辿りつく。はあ、と息を乱しながら現れた鄧茂に劉備は目を丸くした。

 

「今の程遠志は危ないから、離れてください」

「え、ええ?」劉備はさらに困惑する。「危ないって……?」

 

 それ以外に程遠志を表す言葉はない。危ない、危ないと鄧茂は連呼する。

 すると、劉備は何かを察した顔になった。ははん、と気を利かせるような仕草。絶対勘違いしてる、と鄧茂は確信したが、その勘違いを利用しようと決めた。「そういうことです」

 

「私、お邪魔?」劉備は呟くように言って、にっこり笑った。「お邪魔だね、了解! ほら、星ちゃん、そろそろ止めにしよう!」

「いやしかし―――」

「そこらへんで止めておけ、星」

「鈴々もそう思うぞー? 顔が真っ赤なのだ」

 

 関羽、張飛が畳みかけるように言うと、趙雲も少し唸った。唸って、まあそうか、と思った。ここらが言い切り上げ時なのかもしれない。

 

「どーしたどーした、降参か?」

「む」趙雲は眉をひそめた。「誰が降参など―――」

「程遠志!」鄧茂が怒ったように言う。「僕が回収してくんで、楽しんでてください。ほら行くよ―――あっちで張曼成とか厳政とかと飲もう」

 

 ずるずると引きずって、鄧茂は程遠志を連れて行った。そちらめがけて趙雲が叫ぶように言う。「この勝負は、また戦が終わってから、だな」

「望むところだよ」と程遠志も返す。

 

 

 

 

 

 

 朝になった。程遠志はまったく、昨日の酒など残っていない様子である。鄧茂や張曼成のように、翌日の戦に備えて酒を控えたわけでもないというのに。すごいですね、と酒を一滴も飲まなかった厳政が、どこか羨ましがるように言った。

 

「昔からよ、酒で困ったことがねえんだ」

「趙雲さんに負けそうだったのに?」

「馬鹿。負けそうになんてなってねえよ。あのままやってたらな、あの女は目を剥いて倒れてたぜ」

「よく言うよ」

 

 鄧茂は苦笑した。一時は賭けの中止を自分から申し出ていた癖に。

 

「まあな、厳政と同じように、俺も負けられない理由ができちまったよ」

「趙雲さんと飲む、って約束?」

「そうそう。俺も簡単に死ぬわけにはいかなくなったよ」

「死ぬ心配はそこまでしなくてもいいんじゃないの。物見からの報告通りなら、あの砦に籠ってるのは四、五万の兵士だけ。いくら先陣を切ると言っても僕たちだけが戦うわけじゃないし、さ」

「そうかもしれねえ」程遠志は、微妙な顔になっていた。「でもよ、嫌な予感がするんだよな。流れが悪い」

 

 唐突な言葉だった。嫌な予感。程遠志はぶるり、と身を震わせた。何かを感じているようだった。

 そこから、彼ら四人は黙り込み、道を急いだ。程遠志の率いる兵士千人と、元からいる劉備軍五千人。他の軍から融通してもらった兵士を合わせれば、全兵で一万を超えている。後ろには約二十万の大軍が控えていることもあり、一万の兵士たちは足音を響かせて大きく歩いていた。

 

「程遠志殿」横を見れば、関羽がいた。「もう敵城に到着します。これから城攻めに移りますが、攻城方法は伝わっているでしょうか」むっつりとした表情で、聞いてくる。

「勿論。土嚢を積む、だったか」

「ええ。上からの矢を耐えながら、堀に土嚢を流し込み、埋め立てをお願い致します。敵軍が開門し、妨害してこれば逃げていただいて構いません。私たちが一当てし、下がって後詰の軍と包囲します。もし、堀の埋め立てを敵軍が無視するならば―――」

「無視するなら?」

「こちらの攻城兵器を出します」

 

 関羽はそこでようやく表情を崩した。獰猛な笑み。戦場に慣れた、猛将がする笑みである。

 劉備軍には、袁紹から借り受けた衝車がある。孔明と龐統が頼み込み、田豊、審配も賛成したことで、袁紹も貸すことを止む無しと考えた。城門に取りつけることができれば、大きな効果が見込める。

 劉備軍は性急だった。それが劉備の思う洛陽の民草を救いたいからなのかは定かでないが、包囲して、長丁場の戦をする雰囲気ではない。天下に聞こえる関であるこの汜水関を、まるで数日で越えてやる、というような意気込みが見えた。

 

「それでは、健闘を祈ります」

「ああ。一つ、聞いてもいいか?」

「なんでしょうか」

「なんかさ、嫌な流れがしないかな」

 

 ぶるり、と程遠志は身体を揺らして見せた。冗談のようなそぶりである。

 鄧茂は関羽に呆れられるのではないか、と思った。「流れ」というものを普通の人間は信じない。それ故、馬鹿にされるのではないか―――と考えていたが、関羽は少し、無表情になった。

 

「同じようなことを、孫策殿もおっしゃっていました」

「嫌な流れだって?」

「嫌な予感がする、と」

「気が合うな。戦場では良い流れと悪い流れを感じることがあるが、間違いなく、今は悪い流れだ」

「ちなみに、根拠はおありですか」

「俺の経験則と、勘だ。こういう時の俺はよ、百発百中よ」

 

 何を調子に乗ってるんだ、と鄧茂は思った。しかし、関羽はそこまで気を悪くしてはいない。

 寧ろ、面白いことをいう、という表情になっていた。

 

「程遠志殿―――」関羽はふ、と笑いを零した。「面白いお方ですね」

「そうかな」

「酒癖が悪い様子を見なければ、印象がもっとよくなったかもしれません」

「それは残念だ」

「こちらの軍師の朱里とは正反対の考え方ですので、信じることはできませんが」

 

 そう、言葉を軽く言い捨て、関羽は帰陣していった。

 強い風が吹いてきた。戦乱の前触れがする。程遠志は、もう一度身震いした。

 

 

 

 

 

 








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