真・恋姫†無双~程遠志伝~   作:はちない
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これで黄巾党編は最後で、次からは黄巾討伐編になります!
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黄巾党編 最終話

 

 

 

 

  鄧茂は流れというものを信じている。いや、信じざるを得ない、というべきか。程遠志と共にいると、流れというものがまるで目に見えているように感じられるのだ。

  程遠志という男は、両極端だった。失敗が続くときは失敗し続け、意味のわからぬことをして、それが成功に転ずると、成功し続ける。まさに今回は良い例だと思った。

  程遠志が曹操軍と戦うと決めた途端、鄧茂の目には見えぬはずのものが見えた。空気、雰囲気、熱気。それらこそがつまり、流れなのだと思った。理屈ではない。程遠志の無茶苦茶な作戦は、必ず成功するのだ、と確信できた。

  それからは、説明するのも愚かしく、馬鹿馬鹿しい現実があった。

 曹操軍は黄巾党を打ち破ったため、何故か、混乱した。その混乱の渦に紛れ、曹操軍に擬態した程遠志ら二百人は本陣まで容易く辿り着いた。その道中に出会った伝令を捕まえ、服を奪う余裕もあった。これらのうち、どれだけが程遠志の「流れ」によって引き出されたものだろうか。

 そして、最も恐ろしいものはその「流れ」というものを盲信して、一度言ったことを翻すことなく、敵陣に突貫した程遠志という男だ。

 

「覚えてくれてありがたいぜ、夏侯淵」

 

  程遠志は弓を構える兵士を従え、くく、と声を上げて笑った。

 

「どういうこと、陣前の警護は!」

「案外緩いもんだな、警護なんて。ないに等しかったぜ」

「本陣まで、そんな兵士達が簡単に入れるはずはないわ!」

「現実に、入れてるだろ。それが答えだよ」

 

  荀彧はそこで唇を噛み、押し黙った。あり得ないことである。本陣前には数百人の警護が付いているはずだ。今、この陣の中にも兵士がいるが、二百人の敵兵が入ってきて、ようやく武器を取り出して構えていた。遅すぎる。それまで誰一人にも怪しまれなかったと言うのか。

  それに、仮にできる確率が存在していたとして、何故そのような行動に移れるのか。二百人で敵軍の真っ只中に飛び込むなど、正気の沙汰ではない。荀彧は戦慄する。

 

「程遠志、お前は黄巾党だったのか」

「そうだな。あんときは焦ったよ。殺されるかと思った」

「あのとき、捕らえておかなかった私の落ち度か」

「流石に無理だろ。俺が黄巾だって察するなんてさ」

「無理だとしても、せねばならなかった。華琳さまに従う以上、それは当然のことだ」

「難しい話だな。俺にはわからねえことだ」

 

  程遠志は少し笑いながら言った。

 

「で、これで勝ったつもりか?」

「なかなか悪くねえ指揮だったと自負してるぜ。もう詰めはかかってるだろ?」

「よくこれで勝ち誇れたものだな。ここにはまだ十分な兵士がいる。貴様らの脆弱な兵士などとは比べ物にならない戦力だ。それに、少しすれば伝令も帰ってくるし、怪しんだ警護の者たちが戻って来るやもしれん」

「その前に終わらせればいいんだろ」

「それだけならば、そうだな」

「まだあるってのか」

「私がいる。私が、黄巾賊なぞに負けるはずがない」

 

  屹立した夏侯淵から、曹操の僕である自分が負けるはずない、という強烈な自負心が発せられていた。

  程遠志は苦笑いを隠せない。見たことがあるのだ。鄧茂も、張曼成も見たことのない、夏侯淵の戦う様を。この二百の兵士では到底勝てないと、彼もまた理解している。

 

「そうかもしれないな。それでも、曹操にとって痛手になるのは間違いないだろう」

「どういうことだ」

「俺たちは今にでも弓を射かけれるんだぜ。俺の行動一つで、だ。夏侯淵、お前はそれを避けることができるかもしれないが、横の軍師はどうだ。他の兵士はどうだ。こんなとこで無駄な犠牲を払うことは、避けるべきことなんじゃないのか」

 

  夏侯淵からの返答はなかった。

  ちらり、と彼女は荀彧の方を見た。先ほどまで怒りを浮かべていた荀彧は、弓の狙いが自分であることを理解しても、怯まなかった。気強い目を、程遠志に向ける。

 

「やれるものなら、やってみなさいよ。私の命のために負けるくらいなら、死んだ方がマシよ。華琳さまに言い訳もできないわ」

「とのことだ。程遠志、人質でも取ったつもりだったか」

「随分と、威勢のいい女だな」

「こそこそと軍の隙間を掻い潜って来た臆病な男からしたら、そう見えるのかもしれないわね」

「そう言われると何も言い返せねえな」

 

 

  そこで、程遠志は言葉を切った。彼が喋るのをやめれば、自然と場は静まり返り、殺意に満ちた空間に変わる。

 

 

「よし」と呟くように程遠志が言った。彼の顔から、汗が一、二滴垂れ落ちた。もうここが限界だ、とも言った。それが、彼ら三人の間で取り決められた合言葉だった。

  これ以上夏侯淵や荀彧を刺激するのは、得策ではないと程遠志は思った。もう十分危ないのでは、という危惧もあったが、それは仕方のないことだ。言ってしまったことは返らないし、戻らない。

  程遠志は、弓を構えた時点である種の恐慌が起こると想定していた。それが夏侯淵の横にいる荀彧なのか、他の非戦闘員なのかはともかくとして、死の恐怖から多少の怯えが見えるはず。そんな予想を立てていた。

  そこから、優位を持って降伏する予定だった。

  だが、これまで全てが思い通りにいったというのに、最後の最後で思惑とは外れた。流れが切れた。ここが辞めどきだ、と程遠志は確信した。欲をかくべきではない。ここで戦いが始まったら、自分たちは全て死んでしまうのだ。

 

「弓を降ろせ」

 

  程遠志がそう言うと、重石を持たされた奴隷が、それから解放されるように兵士たちは弓を下げた。急になんだ、と夏侯淵は思考が止まる。立ち上がっていた程遠志たちは、たちまち膝をついて頭を下げた。

  驚くほどの早業だった。

 なんだ、と夏侯淵、荀彧が問いを投げかける前に、程遠志は叫んだ。

 

「降伏するから許してください!」

 

  はあ?  と声がした。もしかしたら、それは曹操軍の全員が言ったのかもしれなかった。

 

 

 

 

 

 

「程遠志、無抵抗で縛られちゃったけどこれからどうなるんだろうね」

「降伏して、縛られて、曹操のとこまで運ばれるのは俺の予想通りだったな」

「うるせえ。これでいいんだよ」

 

  程遠志はそっぽを向いて言った。彼ら三人は足と手を縛られ、広間に座らされていた。曹操が来て、どのような裁定を下すのかを待っている。そんな時間だった。

 

「もう少し、降伏まで時を遅らせても良かったのではなかったか」

「どういうことだよ、張曼成」

「あの猫耳軍師が殺されることは、明らかに向こうからしても損だ。降伏を認める確約を貰ってからでもよかったのではないか」

「あれ以上長引かせたら、ダメになる予感がしたんだよ」

「勘か?」

「勘だよ。悪いか」

「悪くない。お前の勘であそこまで行けたのだから、最後まで信じるさ」

 

  さっぱりと張曼成が言ったので、犬歯を見せて威嚇していた程遠志は逆に毒気を抜かれたようになった。なにも言えなくなって、変にむず痒い気持ちになって、舌打ちした。

 

「でも、程遠志、完璧だったじゃん」

「だろ。たぶん曹操も聞いてびっくりしてやがるんだろうな」

「程遠志ってそんなに戦の経験なかった気がしたのにな。僕とおんなじくらいでしょ?」

「頭のいいやつは、少ない説明でも十二分に理解できんだよ。戦もそれと同じだ」

「字も書けないのによく言うよ」

「地頭が良い、ってやつだ」

「そうだとは到底思えないけど、まあ、今日は信じざるを得ないかもね」

「中々格好良かっただろ?  惚れんなよ」

「うん。惚れちゃいそう」

「冗談にならねえな、マジで」

 

  程遠志は愉快そうに笑いながら、そんな軽口を叩き、すぐに真顔になった。「でもよ、ひょっとしたら殺されるんじゃねえか?」急に目を泳がせてそう言った。

  唐突に強面の顔を歪ませ、不安げな様子を見せるので鄧茂と張曼成は思わず笑ってしまった。さっきまでの威勢はどこへいったのか。

 

「曹操様も」いつのまにか程遠志は呼び捨てから様付けに変えていた。「あんま怒ってねえと嬉しいんだけどな」

「でも、僕たち結果的に見たら、僕たち誰も殺してないじゃん。それどころか二百人の兵士を持って来たわけだし」

「それで許してくれんのかな」

「大丈夫だよ、たぶん」

「鄧茂。お前なんでそんな余裕なんだ」

 

  怪訝な目で程遠志は鄧茂を見る。

 

「そりゃそうだよ。だって間違いないもん」

「なにが」

「程遠志が流れに乗って行動したんだから、全部上手くいくよ。僕はそう信じてる」

「……お前らはよ、なんだ、俺をむず痒くさせてなにがしてえんだ?」

 

  程遠志はまた、軽く舌打ちをした。それを見て鄧茂と張曼成は大笑する。いかつい顔をした彼が嫌そうな顔をして照れているのが、なんとも可笑しかった。

  そこで、こつりこつり、という音がした。

  ついにきたな、と程遠志が漏らすのと同時に、金髪の少女が入ってきた。夏侯淵と、それに似た黒髪の女を引き連れている。金髪が、曹操だ。程遠志はすぐさま確信した。漂う雰囲気が、常人とは明らかにかけ離れている。

 

「貴方が程遠志ね」

「はい。程遠志です」

 

  程遠志はすぐさま平伏した。くく、と鄧茂は誰にも気取られないように笑う。明らかに固くなっている。

  曹操もまた、程遠志が自分に気圧されていることに気がつき、薄く笑みを見せた。

 

「随分と怯えているじゃない。秋蘭、聞いていた様子とはだいぶ違うけれど?」

「私見ですが、平時はこういう人間なのだと思います。戦場に出れば何かが変わる類の人間かと」

「成る程。なかなか面白い話じゃない。それで程遠志、貴方は降伏すると言ったそうだけど、それはこの私に仕えるという意味で良いのかしら?」

「はい。そういうことです。身分は下の下からでよろしいので、どうか」

「そう。構わないわよ。降伏を認めるわ」

「え、本当ですか!」

 

  程遠志は思わず顔を上げて叫んだ。目を丸くして嬉しそうにする様子は、彼の容貌にひどく似合わず、滑稽に見えた。

 

「本当よ。何、私が嘘をついたとでも?」

「い、いえいえ。そんなことはないですとも。ただ、降伏は許さない、という矢文が飛んでいましたので」

「あれは黄巾の戦意を下げるための策だ」

 

  夏侯淵がぼそりと言った。雷に打たれたように程遠志は身体を震わせ、そこで彼女に対して怒りの眼を向ける……などということはなく、身体を震わせたまま「そうだったんですね」と呟くだけだった。

  徹底的に下手に出ているな、と夏侯淵は思った。保身に徹しているのだろう。つまらない、と彼女は思った。個人的に彼に対して恨みがあるわけではないが、飯屋と戦場で上手くしてやられた悔しみはある。軽くからかってやろう、と決めた。

 

「……華琳さま」

「なに、秋蘭?」

「実は、私、その男と少し因縁がございまして」

「因縁?」曹操の顔が少し変わる。「何かこの男が過去にしでかしたと?」

「いいえ、そのような大きい出来事ではないのですが、数日前に別件でこの男と会ったことがあります」

「夏侯淵、その話は言わなくてもいい……んじゃないですか」

 

  崩れかけた敬語で、頰から汗を流しながら程遠志は止める。鋭い目で夏侯淵を睨めつけるように見たが、彼女は意にも返さない。

  面白くなってきた、と夏侯淵が笑うと、何が言いたいのか察したのか、鄧茂も張曼成も共に笑っていた。その笑みを見て、曹操も先を促した。

 

「それで?」

「飯屋で偶然、こちらを見てくる野蛮で不審な男がいるな、と思い、怪しんで声をかけたのが、この程遠志でした」

「ふうん。何か抵抗したわけ」

「いえ。特に抵抗されることもなかったです。ただ、そこの男はとても驚くような行動に出ました」

「驚くような行動?」

「はい。私に告白してきました」

 

 は? と曹操は一瞬固まった。固まって、すぐに破顔した。「飯屋で、急に? 何の前触れもなく?」「はい」そう夏侯淵が答えると、愉快そうに大笑した。

 隣に座る黒髪の女は目を白黒させている。唐突な「告白」という単語に一瞬戸惑い、たちまち顔を真っ赤にして怒った。「貴様、どういうつもりだ……っ!」

 

「い、いや、その、それはですね。実際のところ、ただの冗だ―――」

「……冗談、などとは言わないだろうな、程遠志。私に告白し、やきもきさせ、それで実は冗談でした、と言うなど男のやることではないぞ」

「な、お前」程遠志は面食らった。「絶対やきもきなんて」

「確かにそうね。そんな男は雇う価値もないわ」

「曹操様―――!?」

 

 曹操も、夏侯淵も。いうまでもなく告白が嘘であったことなど既に察している。知っていて言っている。そういう性格なのである。

 鄧茂も張曼成も知っているので、知らぬのは黒髪の少女だけだった。「嘘だったら殺す」「本当でも殺す」そんな瞳で見つめてくる彼女を見、程遠志は背から脂汗を流した。

 

「本当なら、ここで正式に宣言してもらいたいわね」

「せ、宣言とは……」

「言葉のままよ。あなたの気持ちをそのまま率直に述べてくれればいいわ」

 

 意地の悪い笑みを浮かべて曹操は言う。

 針の筵。蛇に睨まれた蛙。そんな言葉が程遠志の頭の中に浮かんできた。言うしかないのか、と自問自答する。すぐに答えは出た。筵の上に座り続け、蛇に睨まれ続けることができるのか。それと同義だ。

 そこまで精神力が強かったら、俺はこんな無様な格好になってねえな。程遠志は苦笑いをしながらそう思った。

 それならば、堂々と宣言してやろう! 曹操を感心させ、黒髪の女に認められ、夏侯淵を恥ずかしがらせるほどに。程遠志はそう思い、背筋を伸ばし、胸を張って言った。

 

 

「俺は―――夏侯淵に一目惚れしました。大好きです!」

 

 

 

 ―――この言葉が果たして、曹操ら三人に響いたのかは、言うまでもないことである。

 このような感じで、程遠志たちは曹操軍に加入した。この後、荀彧に罵倒を受けたり、許褚から存在を無視されたりと散々なことがあるのだが、まあ、大体はこんな感じだ。

 

 

 

 

 








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