ここは極寒の地にあり、標高六千メートルの雪山の地下に作られた地下工房、カルデア。否、人理継続保障機関フィニス・カルデアと言い替えれば良いだろう。
そこには、建物内には多くの職員達がいるが皆、この前の事件で大きな打撃や哀しみに暮れていた。同時に多くの人間、否、人外もいるが皆、英霊、通称、サーヴァンと呼ばれている者達もいた。彼等彼女等も哀しみに暮れているが怒りも沸かせている。
その原因は、自分達のマスターとも呼ばれる一人の青年が起こした、愚かな行動にでだった。
「…………」
ここはカルデア内にある、とある部屋の前。そこには一人の十代後半の少女がいた。
黒い甲冑を身に纏っているが彼女の黒い感情を表しているようにも思えた。白人女性とも言えるが短い銀髪に黄色い瞳が特徴的な少女。が、見た目はそうだが幼さを残しているようにも思えた。
彼女は扉の前に佇んでいるが扉は何の変哲も無い。それでも彼女は辛い溜め息を吐くと、扉の中へと入る。扉は開いていた、鍵は掛かっていなかった。
不用心とも言えるが今はそれ何所とではないのだ。それでも彼女は足を踏み入れる。
「…………」
彼女は眉を顰める。その瞳には怒りや哀しみが入り混じっているが何方かと言えば哀しみだ。同時に彼には恩義もあり、想いも寄せているからだろうが彼の変わりように怒りしか無いのだ。
彼女は部屋の中を見渡す。部屋は暗かった。何かをするには目を悪くするのは目に見えているが整理整頓はされていた。しかし、扉は開けたまま、彼女が開けたせいでもあるが通路は明るかった為に、部屋の中が微かに判断出来るのだ。
机や本棚等の置かれている場所、それに、ベッドもあるが一日の疲れを取らせ、睡眠をとる役目をもしてくれる。が、そこにはある人物が
いた。
「……何時見ても、違和感でしかないわね……今の貴方のその姿形は……」
彼女は彼を、この部屋の主でもある彼を見て本音を漏らす。彼は俯きながらベッドに腰掛けていた。が、何時も見える彼の服装は違っていた。
白を基準とした服でもなく、戦闘服でもない。黒を基準とした禍々しい服。怒り、憎しみ、哀しみと言った負の感情を表しているが彼自身の葛藤をも表している。
髪の色も黒から白へと変わっており、肌も白くなっていた。瞳の色は俯いているがために判断出来ないが彼女は何時も見ている為に良く知っている。
否、彼の瞳は彼の脳裏に焼き付けた光景を思い出させている。彼自身がその目で見てきた幾つもの惨い場所を、多くの者達の死と殺されていく姿を間近で見てきたからだろう。同時に彼の周りには仲間達が居た。
デミ・サーヴァントの彼女を始めとし、次第に多くなっていった。彼等彼女等は彼の為に闘ってくれた。上司でもあり、主でもある彼の為に。
しかし、代償は大きい。彼等や彼女等は傷付いていった。戦場では当たり前の事だが見ている彼から見れば、心を哀しみに満たせ、無力感で支配させていた。
魔術師でもないのが原因でもあるが彼は一般人だからだ。その結果、彼は己に対し、力を欲した。仲間達を守り、自らも闘える力を。その結果、彼は変わってしまった。誰かを守りたい力を得る為に、ただ見ているだけの自分を、優し過ぎる自分を自ら変えてしまったのだ。
「……アンタのやった事は私達から見れば赦される事じゃないわよ……それであいつ等は、私は喜ぶ訳無いでしょ……!」
彼女は、ジャンヌ・オルタは彼、自身のマスターである藤丸立香を見て下唇を噛みながら項垂れる
。彼の変貌ぶり、否、見ているだけの自分に怒りと遣る瀬なさを感じているからだ。
彼は自分達のマスターとして、特異点を修復する為に幾多の修羅場をマシュと共に、否、それらを修復する意味とは違うが、その時代に召喚された、はぐれサーヴァント達と共に潜り抜けてきた。彼等は修復時には別れたが今は再会する意味で召喚された。
中には敵対したサーヴァント達もいるが仲間として迎え入れている。ジャンヌ・オルタもその一人であり例外ではない、記憶はあるかどうかも判らないが仲間として迎え入れてくれている。
彼には感謝しているが今はそれが虚しくも感じている。自分だって彼の為に闘っているのに今までの苦労が水の泡と化すようにも感じた。
ジャンヌ・オルタはその事で悩むが彼女は彼の部屋の、立香がいるベッドの方へと歩く。ツカ、ツカと足音を立てているが彼女は気にもしなかった。
「…………」
彼女は彼の前に立つが見下ろしている。眉間に皺を寄せているが彼女は彼の肩に手を置く。
「顔を上げなさいよ……莫迦」
ジャンヌ・オルタは彼に訊ねた。刹那、彼はゆっくりと顔を上げた。彼の顔形は何時もの彼である事に変わりは無い。が、違和感はあった。
彼の肌はとても白い、同時に彼の瞳はとても紅い、血のように紅い。が、何所か寂しそうであった。自分を見る為か、それとも自分の無力さを感じているのかは判らない。
ジャンヌ・オルタは彼を見て舌打ちするが彼と目を合わせるように、位置を合わせるように屈むと彼の胸に顔を埋める。
「莫迦……本当に莫迦よ、あんたは……!」
ジャンヌ・オルタはそう言いながら両手を彼の背中に回す。彼の温もりを感じる為か、それとも単に甘えたいだけなのかは彼女にしか判らない。
判るとすれば、彼の変わりようは自分達を守る為に自らを犠牲にした事だ。周りは怒りもあれば困惑しかなかった。が、彼は自ら力を得ようとした。
その結果、彼は姿形は愚か、力を得た。代償は大きいが彼は戦力としては申し分無かった。いつも通り、他の時代や世界にレイシフト出来るが勇猛果敢に敵に挑んでいる。
が、それを見た他のサーヴァント達は驚き、哀しいと感じている。特に彼に想いを寄せている者達は泣く者もいれば、恐れる者もいた。清姫はとても哀しんでおり、ジャック、サンタリリィ、ナーサリーの少女達は泣いているのだ。
誰もがそう思っているがジャンヌ・オルタも例外ではない。此処に居るのも、今は彼の所にいるのも彼の様子を知る為でもあった。彼女は彼を見て舌打ちする。
「アンタは……っ……莫迦よ……!」
ジャンヌ・オルタは彼に対してそう漏らす。本音でもあるが今はこうしたかった。復讐者として以前に、想いを寄せている者として彼に甘えたかった。
ジルが見たら歓喜、驚喜するだろうが今はどうだって良い。今は、彼に対して怒りと哀しみがあるがそれ以上の言葉は言えなかった。詰まらせていると言えば良いだろうが嫌われたくないと言う純粋な乙女心もあるからだった。
彼女は彼に対して、そのままでいる。彼女自身の我が儘でモアが行動で意味させていた。しかし、背中を引き寄せられる。彼女を彼は、立香……否、立香だった者が両手を彼女の背中に回したのだ。
これにはジャンヌ・オルタは瞠目するが直ぐに眉を顰める。が、瞳は哀しい。彼には微かな優しさが残っている……否、優しい彼ならばそうしたって可笑しくはなかったのだ。
ジャンヌ・オルタはそれに気づきながらも彼に抱き着く腕に力を入れていた。ああ、何故コイツは……否、この莫迦は何故優しいのだろうか、と。
それはジャンヌ・オルタには判らない訳ではない、が、今は彼に甘えたかった。彼を独り占めに出来る。他の者から嫉妬の眼差しを向けるが優越感にも近いだろう。
しかし、今はこうしていたい。一分一秒でも長くだ。ジャンヌ・オルタはそう思っているにも関わらず、彼は彼女の気持ちを理解しているかどうかも判らない。
が、甘えたい事だけは気づいているが微笑んでいた。彼は、否、彼女のマスターでもあり、此処に居る者の大半のマスターでもある藤丸立香……否、今はリツカ・オルタはそう思っていた。
彼は自ら起こしたある事件で人では無くなっていた。その代わり、ジャンヌ達と同じ、サーヴァントとなったのだ。マスターでありながらもサーヴァントとなってしまったのだった。