GM、大地に立つ   作:ロンゴミ星人

10 / 16
10話

 ある日の朝、クレマンティーヌに体を揺すられて目を覚ましたトールは、ベッド脇に座るジョンの姿を目にすることになった。

 ジョンが姿を消してから、ちょうど一週間目の朝だ。

 

「おはようございます主殿。ただいま戻りました」

 

「おん? ……おぉ! ジョン! すごく久しぶりに見た気がする!」

 

 寝ぼけ眼をこすりながら体を起こしたトールだったが、すぐに調子を取り戻して笑顔になった。

 一週間ぶりに会えて嬉しいというのももちろん笑顔の理由の一つだが、大部分は自分一人ではどうにもわからない問題を幾つか抱えているためである。

 しかし嬉しそうに笑うトールを見て、頼りにされているのだと感じたジョンもまた微笑んだ。

 

「お元気そうで何よりです。クレマンティーヌもいてちょうどいいですね。今までの報告をさせてもらっても?」

 

「おう。あ、でもその前に水飲んでからな。まだ眠いし」

 

「かしこまりました」

 

 トールはあくびをしながらベッドから降り、そのまま寝室を出て行った。

 ジョンもその後について移動しようとしたのだが、そこにさっきまではトールの横で黙り込んでいたクレマンティーヌから声がかかった。

 

「ねぇ、いったい何してきたわけ?」

 

「あなたの古巣と『お話』してきました。まぁ、あなたの事もお話しましたのでお楽しみに」

 

「ゲッ、それホント?」

 

「嘘は言いません」

 

 しれっと言い放ったジョンは寝室から出ていき、それを見送ったクレマンティーヌは深い溜息を吐いた。

 クレマンティーヌは法国から出る際に、国の最秘宝の一つである『叡者の額冠』を盗み出しているのだ。ジョンが報告と彼女の話をしたと言うのなら、ロクな事を言われているはずがない。

 いざとなれば覚悟を決めなければならない。そう思ったクレマンティーヌは悲痛な表情でベッドから降りるのだった。

 

 

 

 水を飲み、ズボンを穿いてソファーに腰かけたトールと、その横にきちんと着替えて座ったクレマンティーヌにジョンは話し始めた。

 おそらくNPCだろうモンスターを追い街を離れた事。

 彼らが仲間の合流して野盗の虐殺とアジト襲撃を行った事。

 そして漆黒聖典を名乗る人間と出会い、その場にいた吸血鬼を一度殺した後でスレイン法国に行き、交渉を行った事。

 法国では100年に一度ユグドラシルの『プレイヤー』がこの世界にやってくる事を教えてもらったり、自分と戦いたがるモノクロ調の女を加減して叩きのめしたり、クレマンティーヌに関する事も教えてもらったりした事。

 それを聞いて若干青い顔をし始めたクレマンティーヌの横で、トールはうんうんと頷きながら呑気に口を開いた。

 

「それ俺もクレムから聞いたぞ。六大神とか八欲王とか十三英雄とか。冒険者組合で勉強してた頃から気になってたんだけど、正体はプレイヤーだったんだな」

 

「そうみたいですね。法国は六大神に助けられた人間たちによって作られた国のようです。現在は人間の生活圏を守るために戦っているとか」

 

「ふーん」

 

 トールは興味なさそうに水を口にする。

 アインザックのおかげで周辺国家の事については知っていたが、人間そのものを脅かすような危機については知らなかったため、ピンとこなかったのだ。

 そんなトールの様子を見たジョンは、続きを話すことをあきらめて話題を変える事にした。

 

「ところでクレムとは?」

 

「なんかクレマンティーヌって名前で呼ばないで欲しいらしいからそう付けた。骸骨のお化けに狙われてるんだとさ。こうして部屋の中にいる間は大丈夫だと思うんだけどな」

 

「そうですか。まぁ少なくとも私が部屋にいる間は大丈夫でしょうし、私は名前で呼ばせていただきます。今後外に出る時は偽装としてその名を使うという事でよろしいですか?」

 

「あぁ、偽装か……なら今はむしろ普通に名前呼んだ方がいいな。なんか秘密の無い間柄みたいな感じで燃える」

 

 トールは何かの映画でも思い出したのか、どこかノリノリでそう決めつけた。

 その上更にどんな展開になったら面白いだのと語りだそうとした彼に、今まで黙り込んでいたクレマンティーヌが声をかけた。

 

「ね、ねぇ? 私の事で何か話があるって言ってなかった?」

 

「……そうだっけ? どうなんだジョン」

 

「えぇ。法国では色々と情報を得られたのですが、彼女の事は捜索中の裏切り者という事で話題に上がりました」

 

 それを聞いたクレマンティーヌは微かに顔を歪ませた。

 既に自分が元漆黒聖典である事はトールに話してはいるが、目の前のジョンがそれをどう捉えているのかは不明だ。

 むしろジョンの性格からして、自分たちに不利益なら容赦なく引き渡すという事もありえるとクレマンティーヌは考えたのだ。

 しかし、それは大きな間違いだった。

 

「結論から先に申しますと、条件付きで不問にするという事で話がつきました」

 

「嘘でしょ」

 

「いえ、本当です」

 

 クレマンティーヌにはその言葉が信じられなかった。

 今は紛失した最秘宝を盗んでしまった事ももちろんだが、外すと発狂するそれを奪ったために、法国の貴重な人材の一人である巫女姫の一人を使い物にならなくしてしまっている。

 それだけの事をやってしまった以上、どんな条件付きであろうと許されるはずがないと思ったのだ。

 

「スレイン法国は、クレマンティーヌの子供が欲しいそうです」

 

「は?」

 

 そしてそこに突き付けられたのは、更に突然すぎて理解不能な言葉だった。

 興味なさそうに聞いていたトールですら固まっている。

 

「詳細を申しますと、主殿とクレマンティーヌの子供を三年以内に欲しいとの事です。実際に渡すまでは執行猶予という形ですね」

 

 ジョンは言いたいことを言い切ったのか、そこで言葉を切った。

 呆然としていたクレマンティーヌも少し冷静になったのか、自分の記憶を探って何故法国がそんな条件を出してきたのかの理由に思い至っていた。

 要するに、法国はプレイヤーの血を引く子供、この世界では神人と呼ばれる存在を欲しているのだ。もちろんプレイヤーそのものを味方にできるのが一番だが、戦力を増やすに越したことはないという事なのだろう。

 しかしこうして当事者の一人となったトールは、そこまで深く考える事もせずに口を開いた。

 

「まぁいいんじゃないか? 聞いた話じゃお宝盗んで無くした上に、巫女姫とかいうの駄目にしちゃったんでしょ? それくらいで許してもらえるなら破格じゃん」

 

「私もそう思うよ? それよりなんで子供作る前提になってんの?」

 

「ヤったらできるのは当たり前だろ?」

 

 人間としてクズな発言をしておいて、まるで馬鹿を見るような目でクレマンティーヌを見るトール。

 思わず手を出しそうになったクレマンティーヌだが、意味がないと考え直して溜息を吐いた。

 

「そういう事じゃないんだけど……まぁいっか。逃がしてもらえそうにないし、法国と問題抱えたままってのもあれだしねー」

 

 そして結局、クレマンティーヌもその話に乗る事にした。

 元より人の道から外れた存在である彼女に、普通の人間としての情などあるはずがない。子供ができたとして、それを差し出して自分を見逃してもらえるのなら安いものだと思えたのだ。

 それにトールの傍にいれば、今までのものよりも優れたマジックアイテムを装備することもできるだろう。何気なく一緒に食べている果実や肉も、ただ食べるだけで妙に自分が強くなったように感じる物が多い。

 この男は漆黒聖典のあいつらより間違いなく強く、そしてクレマンティーヌ自身が強くなるためのカギを握っている。

 ならばこのまま男についていった方がいい。

 それに毎日娼館通いをしていたトールのテクニックはそれなりのものだし、自分より強い男に組み敷かれるのも悪くはないとクレマンティーヌは思い始めていたのだ。

 

「とりあえず、納得されたみたいなので話を進めます」

 

 次にジョンが話し始めたのは、トールに対しての法国からの提案だった。

 それは近いうちに一度訪ねてほしいというものだ。本当は他にも色々言葉がついているが、そこまで言うとトールの機嫌を損ねると思い省略したのだ。

 

「来てほしいねぇ……法国ってどんなとこなんだ?」

 

「六大神を信仰している宗教国家よ。ぶっちゃけつまんないと思うけど?」

 

「じゃあ別にいいかな。暇になったら行くことにしよう」

 

 法国からの提案を軽く却下して、トールは酒に手を付けた。

 もうまともに話を聞くつもりはないらしい。

 しかしジョンにとってもすぐにしなければならない話はもう終わっている。それでも少し気になる事があったので、ジョンは聞いてみる事にした。

 

「ところでこちらでも何かあったのですか? クレマンティーヌの姿が若干変わっていますが」

 

 ジョンが気になったのはクレマンティーヌの容姿についての事だった。

 最後に見た時は確かに金髪のショートボブだった髪が、白茶けた金髪のロングに変わっている。

 顔がそのままだったのであえて触れなかったのだが、自分の話が終わったので聞いておこうと思ったのだ。

 

「そうなんだよ! お前がいなくて大変だったんだぜ? ようやく容姿変えられるアイテム見つけたんだよ」

 

 要するに先ほどの名前の一件と同じように、トールに頼んで容姿を変えたとのことだった。

 しかしそれにしては変だと思ったジョンは続けて問いかける。

 

「それなら完全に別の姿にしてしまった方が良かったのでは?」

 

「私もそう言ったよ。でもトールが……」

 

「元の姿から変わりすぎるとなんか別人みたいになるからなんか嫌だ」

 

「だってさ」

 

「なるほど。しかしまぁ、一応誤魔化せる程度ではあるのでは? いざという時は仮面を被るなりすればよいでしょう」

 

 トールのアイテムを使っている以上、クレマンティーヌに拒否権はない。

 そしてジョンも非効率だと思いこそすれ、主の行動に文句を言うつもりなどない。

 結局、クレマンティーヌからは不本意なままその話は終わった。

 

「うっかり忘れてたんだが、それじゃあ俺からも一つ話があるぞ」

 

 次に口を開いたのはまさかのトールだった。

 隣からクレマンティーヌが胡散臭いものを見る目を向けるが、それを無視して彼は大きな声で話し出した。

 

「クレマンティーヌもこっちいづらいって言うし、俺も美人と評判の王女を見てみたくなってたからなぁ。ジョンも戻ってきたしタイミング的にはバッチリだろ」

 

「と、言いますと?」

 

「王都に行こう。明日だ」

 

 

 

 そして翌日の朝。

 トールたちはエ・ランテルの城門でアインザックに引き留められていた。

 ちなみに彼らは馬車に乗り込んでいる。

  昨晩の内に疲れないゴーレムの馬と御者、壊れない乗り心地のいい馬車というアイテムを取り出して準備しておいたのだ。

 『転移門(ゲート)』の魔法を使わずに馬車を用いるのは、一応の商人っぽさを出すためと、馬車での旅がしてみたかったからである。

 

「やはり考え直してくれないかね? 昨日の今日じゃないか」

 

「悪いな。もう決めたんだ。まぁ言ってくれればまたアイテムこっちに送るからさ」

 

 アインザックとは昨日の内に話がついていた。

 帝国ならともかく、王都に向かうのならば大丈夫だと思ったのだろう。王都の冒険者組合宛ての紹介状まで書いてくれる厚遇っぷりだったが、今朝になってまた心配になったらしい。

 それでもトールがもう決めていると知り、アインザックは温かく送り出すことにした。

 

「朝からなら大丈夫だと思うが、野盗に出くわさない事を祈っているよ」

 

「大丈夫大丈夫。頼もしいのが二人も、じゃなくて一人と一匹もいるからな」

 

 そう言って馬車の中を指差すトールに、アインザックは少し首を伸ばして馬車の中に目をやった。

 そこにいるのは一匹の犬と一人の美女だった。犬の方はよくわからないが、女性の方は確かに戦えそうな恰好をしている。

 

「う、む? まぁよくわからないが、彼女の事かね? しかし女性を傍に置いているのなら、あまり女遊びはしない方がいいぞ」

 

「余計なお世話だよアインザック。じゃあな」

 

 トールは今まで自分に対して色々な便宜を図ってくれた恩人にそう言うと、馬車に飛び乗って御者に出発するよう命令した。

 行先は王国の首都リ・エスティーゼ。

 貴族の陰謀と八本指を名乗る犯罪組織に混乱をもたらす一石が今、投じられたのである。




クレマンティーヌさんイメチェン。
しかしまぁ姿を隠すには本来足りないくらいですね。

そして一章終了。
次は第二章王都編です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。