GM、大地に立つ   作:ロンゴミ星人

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13話

王国の誇るアダマンタイト冒険者チーム『蒼の薔薇』の五人は、つい最近王都内にできたというマジックアイテム専門店を訪れていた。

 

「ここが?」

 

「あぁ。組合でちょっと噂になってた『ザ・マジック』だ。俺も一度来てみたが、確かに評判通りの店だったぜ?」

 

「へぇ。それじゃあ入ってみましょうか」

 

 メンバーの一人、筋骨隆々の女戦士ガガーランに促され、リーダーのラキュースはなかなか立派な外見をした店の扉を開ける事にした。

 そうして扉を開くと、まず目に入ってきたのは山と積まれたポーションが乗った大きな荷台だった。

 

「……なんなの? これ」

 

「『在庫過多に付き治癒ポーション大安売り』だって」

 

「店員が全員女性だし、警備の人間も誰もいない。そのうち襲われるね」

 

 唖然とするラキュースに対し、彼女のすぐ後ろにいた二人は冷静に周囲を見回しながら意見を述べた。彼女たち、黒色のぴったりした衣装を着たティアとティナも蒼の薔薇のメンバーである。

 こんな意見が出たのも、二人が普段からチームの索敵を担っているからだろう。

 

「それも気になるけど……なんというか、変わったお店ね」

 

「俺は気に入ってるぜ? あんな陰気臭いとこよりずっとマシだろ?」

 

「まぁ、それは……」

 

 ガガーランが引き合いに出したのは、王都にある魔術師組合本部の事だ。

 マジックアイテムの販売も行ってはいるが、魔力系魔法詠唱者(マジックキャスター)の育成や新たな魔法の開発の方がメインであるためか、全体的に薄暗く店としての活気はゼロに等しいのだ。

 対してこの店はといえば、まるで真昼間のような、しかし暑さを感じさせない光を放つランタンのようなアイテムが天井から吊り下げられている。更には見える範囲にいる店員は全員が綺麗な服を着た女性であり、そもそも店の中には結構な人数の客がいてかなり賑わっていた。

 

「でも確かに、働いている子達もみんな笑顔で気持ちがいいわね」

 

「だろ?」

 

「確かに。だが、重要なのは雰囲気より品物だろう。使えんアイテムばかりでは来た意味など……」

 

「ん? どうしたイビルアイ」

 

 ガガーランは流暢に話していたのに突然黙り込んだイビルアイに目を向けた。

 イビルアイは、頭からローブをすっぽり被り、顔を仮面で隠した姿をしている背の低い女性だ。

 そして蒼の薔薇の誇る魔力系魔法詠唱者(マジックキャスター)でもある。

 何か気になる事でもあったのか、と他のメンバーの視線が集まる中で、イビルアイは再び口を開いた。

 

「いや、ここで売っているアイテムに見覚えがある気がしてな。それだけだ」

 

「そりゃ当たり前の事なんじゃないか? 今までにお前が見てきたアイテムを売ってても不思議じゃないだろ」

 

「それはそうなんだが……」

 

 煮え切らない態度のイビルアイは、きょろきょろと視線を動かして何かを思い出そうとしていた。

 とはいえいつまでもそんな彼女に構っていても仕方ないので、ラキュースはイビルアイをガガーランに任せて店内を見て回ってみる事にした。

 

 

 

 明るい店内には多くの陳列棚が並び、基本的に同種類のアイテムは同じ棚で販売を行っている。特に人気が高いのはポーションと巻物(スクロール)の棚で、今も店員が若干寂しくなった棚の横で、売れたアイテムの数を数えて手元の紙に記入を行っていた。

 その棚の他にも、指輪(リング)腕輪(ブレスレット)首飾り(ネックレス)などの装飾品の形をしたマジックアイテムや、杖や剣、鎧や外套などの冒険者向けのマジックアイテム、更には水差し(ピッチャー)や鏡などの日用品のようなものまでもが陳列棚には並べられていた。

 

「本当に何でもあるわね。こんなお店初めてだわ」

 

「でも商品が盗まれそう」

 

「盗難を防止するマジックアイテムを置いているかもしれない」

 

「そうね。これだけの数のアイテムを揃えられるなら、そんなアイテムがあってもおかしくないかも……俄然、ここの店主に興味が出てきたわね」

 

 今までラキュースは蒼の薔薇のリーダーとして多くのマジックアイテムを見てきたが、それでもこの店には大きな衝撃を受けていた。

 そもそもこれだけ大量のマジックアイテムを、客が手に取れる棚に置いていること自体が常識外れなのだ。

 それこそ盗難を防止するアイテムでも無い限り、犯罪行為が起きるのはそう遠い事ではないだろう。

 

「鬼ボス、あの店員」

 

「どうしたの?」

 

 しばらく店内を見て回った時、ティナが店の奥から出てきた一人の店員を指差した。

 ラキュースには見覚えのない、短い金髪の活発そうな女性だ。

 

「前は金級(ゴールド)の冒険者だった」

 

「私も組合で一度見た事がある」

 

「本当? 冒険者をやめたって事かしら……ちょっと聞いてみましょうか」

 

 ティナの言葉に対してティアもそれを肯定したため、ラキュースはその店員に話しかけて見る事にした。

 金級の冒険者ともなれば、自分の腕に自信を持っているだろうし、その階級に至るまでには並々ならぬ努力と苦労をしてきたはずだ。もちろん年を取ればやめる事もあるだろうが、彼女の年はラキュースより少し上程度のものだ。

 若さも実力もあっただろう冒険者が、何故冒険者をやめて店員をやっているのか。

 

「店員さん、少しいいかしら」

 

「あ、はい! 何かご用でしょうか」

 

「もしかしたらなんだけど、前に冒険者をしていなかった? あなたを組合で見た事があるの」

 

「えっ? はい。確かに私は以前冒険者でしたけど……ア、アダマンタイトのプレート!? じゃ、じゃあもしかして蒼の薔薇の方ですか!?」

 

「えぇ。ラキュースよ。あなたは?」

 

「キャ、キャロルといいます! 前は金級の冒険者でしたっ!」

 

 元気よく返事をしたキャロルと名乗る店員との会話を続けながら、ラキュースは目の前に立つ店員の事を何気なく観察する。

 すると、確かにキャロルの体は冒険者として鍛えられたものである事が見て取れた。日に焼けた肌とよく通る声も、おそらくは冒険者としての名残なのだろう。

 ラキュースは続けて彼女に聞いてみる事にした。

 

「何故冒険者をやめたの? 私が言うのもなんだけど、金級の冒険者になれたのだから、更に上を目指そうとは思わなかったの?」

 

「……仲間が死んで、冒険者を続けられるか不安に思っていたんです。その時に店長に声をかけてもらって、ここのお店で働くことになったんです」

 

 先ほどまでとは一転、悲しそうな表情でそう言うキャロルを見て、ラキュースも慌てて頭を下げる。

 

「ごめんなさい。嫌な事を思い出させてしまったわね」

 

「いえ、大丈夫です! それに理由はそれだけじゃありませんから!」

 

 そこまで言って、キャロルは声の大きさを落としてラキュースに顔を近づけた。

 それにラキュースも応え、耳を差し出すように顔を横へと傾ける。

 

「ここだけの話、給料がすごく良くてですね。もう危険な冒険者生活に戻りたくなくなってしまったんです」

 

「それは金級が受けられる依頼の報酬よりもずっといい、という事よね?」

 

「はい。内緒ですよ? ……一日に金貨一枚いただけるんです。あ、私の場合は副店長を任されているので二枚ですけれど」

 

「きっ、金貨!? いえ、それより……店員全員がそんなにもらってるの!?」

 

 一枚と聞くと少なく思えるが、それは正に破格の給料だと言えた。

 何故なら、王国の一般人が一ヶ月働いて得られる給料の平均は、金貨一枚に満たないのだ。

 しかもラキュースが見ただけでも10人はいる店員たち全員がそれを貰っているのだと言う。

 給料の前借りを許してしまう点も含め、驚愕してしまうのも当然だった。

 そして同時に、それだけのお金を持っていて、これだけのマジックアイテムも用意できる店長に対する興味も更に高まった。

 

「それで、店長はどんな人なの? 口ぶりから随分感謝しているようだけど」

 

「もちろん、すっごくいい人ですよ! お金の事もそうなんですけど、家の無い子にお金を上げて宿を用意してあげたり、借金を肩代わりして返済を待ってあげたり、それにこの服も私たちが傷つかないようにするためのマジックアイテムで――」

 

「ちょ、ちょっと待って! それは本当なの? なんというか、あまりにも、その……」

 

 常識を疑うようなありえない言葉が続き、流石におかしいと思ったラキュースは手を振ってキャロルの言葉を遮った。

 何かの裏があるにしたって、いくらなんでもやりすぎだ。

 仮に店を経営する人間がこんな事をやる理由を挙げるとするなら、ラキュースにも想像できない裏があるのか、それとも店長が何も考えていない馬鹿であるかのどちらかだろう。

 ただどちらにしても、大量のマジックアイテムを売りだす人間としてはあまりにも矛盾している。

 

「嘘なんてつきません! 店長はすっごく優しい、いい人ですよ! まぁ、ちょっと変わってますけど」

 

 しかしラキュースには目の前のキャロルが嘘をついているようには見えなかった。

 そこで更に詳しく質問をしようとしたところで、店の奥にいた他の店員の声が聞こえてきた。

 

「キャロルさーん、店長が呼んでますー!」

 

「はーい! ……すいません。どうやら私、呼ばれているみたいなので」

 

「え、えぇ。お話ありがとう。がんばってね」

 

 そしてラキュースに大きな混乱を残し、キャロルは店の奥にある階段を上っていってしまった。

 結局謎が更に大きくなるだけの会話だった。わかったことと言えば、店員の女の子たちが本気で店長に感謝していることくらいだろう。

 ラキュースは近づいてきたティアとティナ、そしてイビルアイを連れて様子を伺っていたガガーランにも会話の内容を教えた。

 

「とりあえず、八本指は関係なさそう」

 

「そうね。マジックアイテムの出所と資金源が気になるけど……それはまた今度、時間がある時に調べてみましょう。少なくともここの店員の子達は喜んでいるみたいだし」

 

「そりゃそんだけ金を貰えるならな。ま、無理して笑顔作ってるわけじゃねぇのはわかってたけどよ」

 

「それはただの勘だろう。それにしても、あれが全てマジックアイテムだったとはな……何かあるとは思っていたが」

 

「警備が薄いのは全員がそれを身につけているからだね」

 

「そういうことだな」

 

 ラキュースからの話を聞いた四人の反応は様々だった。特にイビルアイは最初から何かを疑っていたようで、常識外れな話の内容にも納得したように頷いている。

 しかしそれを皆に話すつもりはないようで、再び何か考え込むようにして黙り込んでしまった。

 そこでラキュースは軽く咳払いをして注目を集め、脱線してしまっていた本来の目的に触れる事にした。

 

「そろそろ普通に買い物をしましょう。見つけてくれたガガーランに悪いわ」

 

「俺は気にしてないぜ? 確かにこの店にゃ謎が多いからな」

 

「私が気にするのよ。それじゃ、一度解散して、各自店を回ってみる事にしましょう。このお店ならイビルアイも満足いくものが見つかるんじゃない?」

 

「そう言う鬼ボスも何か変なものを買うつもり?」

 

「そ、そんな事はないわよ?」

 

 しかしティナの危惧した通り、ラキュースは既にお目当てのアイテムを見つけていた。

 ちょっとした理由で特に効果のないアーマーリングを指につけている彼女だが、それと同じくらい強烈に心を揺さぶられたアイテムがあったのだ。

 自分がそれを身につけた時の姿を想像しながら、ラキュースは鼻歌交じりに首飾りの販売コーナーへと向かうのだった。

 

 

 

 そして買い物を終えたラキュースたちがカウンターから離れようとした時、店の奥に見えていた階段から非常に目を引く一人の男が姿を現した。

 目を引くわけは店内に女性店員しかいなかったためもあるが、それ以前に男の恰好がとても派手だったからだろう。

 赤い服に赤いマントというド派手な恰好で、それでもその服が素晴らしいのと男の容姿が相まって、まるで劇の主役のような人物だとラキュースには感じられたのだ。

 

「失礼。もしかして冒険者の方だったりしませんか?」

 

「えぇ。私、蒼の薔薇のラキュースと申します」

 

「蒼の薔薇……あ、あぁ! なるほど! そうなんですか! 俺はこの店の店長で、トールと言います」

 

 うんうんと頷きながら大仰に驚き、そして手を差し出してきたトールとラキュースは笑顔で握手を交わした。

 やはり店長だったかと思っていると、後ろで童貞じゃなさそうだと呟く声や、胡散臭そうと話し合う双子の声が聞こえてきて、ラキュースは咳をしてそれを誤魔化した。

 見慣れない色のポーションも、その他のマジックアイテムも非常に効果が高いと鑑定できたため、ラキュースは蒼の薔薇としてこれからもこの店を利用するつもりなのだ。あまり失礼な真似をして機嫌を損ねるわけにもいかない。

 せっかくなので少し話しておこうとラキュースは思ったが、それよりも早くトールに話しかけたものがいた。

 

「少々聞きたいことがある。時間を貰えないか?」

 

「別にいいけど、先に名前を教えてくれるか?」

 

「イビルアイ。蒼の薔薇の魔法詠唱者(マジックキャスター)だ」

 

 先ほどから少し様子のおかしいイビルアイが、ラキュースの前に割り込んでそう言っていたのだ。

 仮面を付けているので表情はわからないが、仲間であるラキュースたちにはイビルアイの声色が真剣である事は伝わった。

 それを僅かにでも感じ取ったのか、トールも快く頷いてみせる。

 

「わかった。じゃあ俺の部屋でいいかな。二階にあるんだけど」

 

「いいだろう」

 

 会話が途切れるなりすぐに階段を上り始めたトールを追って、蒼の薔薇もその後へと続いた。

 その途中、ラキュースはイビルアイに耳打ちを行う。

 

「ちょっとイビルアイ。一体何を聞くつもり?」

 

「どうしても確認しなければならない事がある。私の勘違いでも特に問題なく終わる話だ」

 

「ならいいけど、ちょっとくらい相談してくれてもいいじゃない」

 

「すまない。まだ私も半信半疑なんだ」

 

「まったくもう」

 

 階段を上りきった先にある階段の突き当りの部屋、応接室と書かれたそこに蒼の薔薇は案内された。

 内装は意外とシンプルで、冒険者組合にある応接室とよく似た造りになっていた。十人以上が同時に掛けられるテーブルと椅子が置いてあり、ラキュースたちは一番手前側のそれに座るように促された。

 そうして腰かけた彼女たちの前で、トールは空中から水差し(ピッチャー)とティーポットを取り出して見せた。

 

「水とお茶どっちがいい? 水は冷えてるし、お茶はそこそこ美味いと思うけど」

 

「お、おいおい。今のはなんだ? マジックアイテムか何かか?」

 

「え? そうだけど……」

 

 ガガーランが愕然としながら問いかけてしまったのも当然だろう。

 アイテムボックスを開けてアイテムを取り出す行為は今まで適当に誤魔化してきたことであるとはいえ、ある程度の知識を持っている者にとっては異常過ぎるものなのだ。

 ティアとティナ、そしてラキュースまでもが目の前で起きた現象を説明できず、ガガーランと同じように驚いているのがその証拠だ。

 ただしただ一人だけは、その現象を見てむしろ納得がいったとばかりに頷いていたが。

 

「イビルアイ?」

 

「何か心当たりが?」

 

「あぁ。私は知っている。やはりな。そういう事だったか」

 

 双子からの問いかけにも一人納得した様子で呟くイビルアイ。

 とある事情から様々な知識を持つイビルアイのその様子を見て、ラキュースたちは軽く安堵の息を吐き、次の彼女の言葉を待つことにした。説明してもらえない事は少し寂しいが、それを気にしない程の信頼をしているのだ。

 そしてイビルアイは、僅かに震える声でトールへと話しかけた。

 

「お前は……『ぷれいやー』なのか?」

 

「そうだよ。というかその言葉デジャヴだわー。案外ぷれいやーって珍しくないのか?」

 

「は?」

 

 隠すようなら色々と証拠を突きつけようと思っていただけに、トールから返ってきた言葉があまりにも軽すぎて、というかあっさりと認める発言だったせいで、イビルアイはしばらく停止することになった。

 トラブルに巻き込まれないために正体を隠しているイビルアイに対して、トールにはそもそも隠す気がまるでないという事を察しろというのは土台無理な話である。

 

(何故隠さない? いや、隠す必要などない……か? だが、この王都で店を開く以上、いずれは戦争に巻き込まれる。何も考えてない? 馬鹿な! 今の所悪い人間ではないようにも思える。八欲王や魔神のような存在だとは思えないが……)

 

(俺にはわかる。この子は美少女だ。ロリっぽい美少女に違いない。興味を持ってくれているようだからなんとかいい感じに持ち込めないだろうか。普通に金髪美人な後ろのラキュースも、双子ちゃんも捨てがたい……)

 

 イビルアイは『ぷれいやー』という先入観から色々勝手に妄想しているが、実際は笑いながらこんな阿呆な事を考える奴である。

 もしクレマンティーヌがこの場にいて、イビルアイの考えを知ったら、過大評価もいいところだと腹を抱えて大笑いするだろう。

 しかし残念なことにイビルアイは、すさまじい過大評価を起こしていることにも気づかないまま、何百年振りに会った『ぷれいやー』へと更に問いを投げかけるのだった。

 




 こいつ誤魔化す気ないな……な13話です。

 なんかいつの間にかお気に入りが増えまくっててちょっとビビッてます。
 別に誰かが推薦を書いてくれたわけでもないのに何故増えたし。
 ところでラナーとレメディオスならレメディオスの方が好きです。

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