GM、大地に立つ   作:ロンゴミ星人

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2話

 

 太陽が西に傾きかけた頃に目が覚めたトールは、二日酔い特有の症状と、ゲーム開始時間から逆算すればもう一日近く経っているはずなのに現実と連動して腹が減っていない事から、ここがゲームの中ではないという事に気付きはじめていた。

 しかしだからと言ってどうする事も思いつかず、彼はジョンに周りの様子を探らせることにした。

 いくらでもアイテムが取り出せるからここで暮らしていくのも容易だが、いくらなんでも草原のど真ん中に居続ける気にはならなかったのだ。

 しばらく酒を飲んで待っていると、そこにジョンが帰ってきた。

 

「どうだった?」

 

「近くに街がありました。人も大勢います。移動されますか?」

 

「あぁ、さっさと行こう」

 

 布団ではなく草原の上で寝たトールとしては、ちゃんとしたベッドの上で寝たくてたまらなかった。二日酔いもあいまって、体の調子が悪い事この上ないのだ。

 それに、昨晩から酒しか飲んでいないこともあって、まともな飯を食べたいというのもあった。

 他にも、身分証明できるものや買い物で使う金など、とにかく欲しいものはたくさんある。

 

「街まで歩くのは面倒だな。何かないか?」

 

「『転移門(ゲート)』という魔法がありますので、それを使いましょう」

 

 言うなりその魔法を発動させたジョンの前に、半球体の扉が現れた。

 トールはそれを見て感心しながら、その扉をくぐったのだった。

 

 

 

 エ・ランテルはリ・エスティーゼ王国に属する、他国との要衝でもある城塞都市である。

 その周囲は三重の城壁に囲まれ、当然その門には検問所が置かれた上で厳重な警備が行われている。

 そんな場所に、何の荷物も持っていない一人の男が一匹の犬を連れて現れた。

 剣すら持っていない、どう考えても旅をしている服装でもないその男は、衛兵たちにとってかなり不審であり、不気味だった。

 それでも彼らがしっかりと仕事を行えたのは、男が見るからに酔っぱらっており、何か事を起こそうという人間には見えなかったからに違いない。酒に酔って外に迷い出ただけなのかもしれないとも思い始めていた。

 

「通行料?」

 

「あぁ。銅貨二枚だ。犬は……荷物扱いだな」

 

 男に近寄った二人の衛兵のうち一人が通行料を告げると、トールと名乗ったその男は困ったように頭に手をやった。

 どうやら通行料が必要である事を忘れていたらしい。

 それでも銅貨二枚すら持っていない事があるのか……と衛兵は思ったが、何も持っていないこの男ならあり得るのかもしれないと思い直した。

 そして案の定、トールは酒臭い息を吐きながら頭を下げてきた。

 

「悪い。金持ってないんだ。なんか別のものでどうにかならないか」

 

「駄目だ。そんなのを認めるわけには――」

 

 いかない、と衛兵が言い切る前に、トールはどこからか取り出した金色の何かを差し出してきた。

 棒状のそれを受け取った衛兵はその重さに体をよろけさせ、そしてそれが何なのかに見当がついた。

 

 まさかこれは、金塊ではないか、と。

 

 隣にいるもう一人の衛兵も、呆然とした顔で口を開けている。

 衛兵にはそれを実際に手にした経験はないが、金の重さやその価値は知っていた。もしも純金であるならば、しばらくの間は遊んで暮らせるだけの金が手に入るだろう。

 二人が思わず生唾を飲み込むと、目の前の男が話しかけてきた。

 

「俺はこれをあんたらに銅貨二枚で売る。あんたらは銅貨二枚でこれを買う。それでどうだ?」

 

 そんな、馬鹿みたいな事をトールは言った。

 そもそもこんだけの金があれば同じだけの量の金貨が手に入るだろうに、いったい何を考えているのか。

 それともこれは金ではない何かなのか。だが、どちらにしてもこの大きさの金属なら銅貨二枚以上の値が付くに違いない。

 さっぱり意図が読めない衛兵二人だが、確かなことが一つある。

 もしこれが本当に金塊なら、これだけの金を手に入れる機会にはもう二度と恵まれることはないだろうという事だ。

 

「………」

 

「どう?」

 

「……わかった。私は銅貨二枚でそれを買おう」

 

「オッケー。じゃあ俺はその銅貨二枚を通行料として払おう」

 

「わかった。通るがいい」

 

 結局、衛兵たちは男を通すことにした。

 買収されたような形ではあるが、問題はないと衛兵は自分に言い聞かせる。

 自分が金を受け取ったのは商売の結果であり、相手はその商売で受け取った金を通行料として差し出しただけだ。そして危険なものなど何一つもっていない事は、先に行った調査によって判明している。

 問題などあるはずがない。

 

「……よかったんですか?」

 

「大丈夫だろう。問題を起こす前にあんな目立つ事をする奴はいない」

 

「まぁ、そりゃそうですね」

 

 それは確かな理由の一つでもあった。問題を起こそうと企んでいる奴ほど、巧妙にその目的を隠そうとするものだ。

 金に目が眩んだわけではない。

 金の塊を懐にしまいこみながら、衛兵はそう自分に言い聞かせるのだった。

 

 

 

『案外ちょろかったな』

 

『えぇ。しかし衛兵なんてあんなものです。人間は欲望を前にすると勝てない生き物ですから』

 

『まぁ、俺だってそうするわな。他の奴らの安全より自分の金だろ』

 

 トールはエ・ランテルの街中を、ジョンを連れながら歩いていた。

 当然、どうどうと犬と喋るのは憚られたため、会話には『伝言(メッセージ)』という魔法を使っている。

 これは頭の中で語りかけるだけで会話を行える便利な魔法だ。

 

『結構いい街だなぁ』

 

『私にはわかりませんが……主殿がそう言われるのなら、そうなのでしょうね』

 

 厳重な警戒と三重の城壁を見てトールが想像していた町並みは、どこもかしこも兵隊だらけの殺伐としたものだった。

 だが、実際はまるで違う。

 多くの人々が行き交い、商売や世間話で賑わう声もそこら中から聞こえてくる、トールの認識からすると正しく『良い街』だったのだ。

 

『とりあえずは金だな。マジックアイテムは何が高いかわからんから、ああいうわかりやすく価値のある物を売れる場所を探そう』

 

『わかりました。でしたら少々お待ちください。私が探してきますので』

 

 そう言い切って歩き出そうとするジョンを見て、トールは溜息を吐きながら待ったをかけた。

 

『いや待った待った。俺はそこらへん歩きながらショップ探すから、お前はできるだけ快適に寝れる宿屋を探してくれ。今日はその分の金だけ稼いで、さっさとベッドで寝たいんだよ』

 

『なるほど。確かに主殿はお疲れのご様子。急いで宿屋を探します』

 

『おう、頼んだぞ』

 

 トールは軽く手を振ってジョンを送り出した。

 その小さな姿が人混みの中に消えていくのを見計らって、彼は腰に手を当てて伸びをし、大きく深呼吸をした。

 

「あ~~~! 空気がうめぇ。もうあっち戻れねぇなぁこりゃ」

 

 トールは元の世界では、所謂富裕層と呼ばれる類の人間であり、完全に趣味で始めた仕事も途中で投げ出すような人間だった。

 そんな彼でも、天然モノの綺麗な空気というものは初めての体験であり、思うところがあったのだ。

 最初にいた草原の中でも感じてられたものが、こうした人混みの中ですら変わらず感じられるのは、エコロジーについてなど一度も考えた事のない彼にとっても感動的に思えてしまったのだ。

 

「……よし! いっちょ気合い入れてアイテム売るか!」

 

 そしてできれば、娼館とかないか探してみよう。

 己の頬をはたいて気合いを入れたトールは、少々の邪な野望も抱きつつ、アイテムショップを探すために歩き出すのだった。

 

 

 

 二時間後、トールはエ・ランテルにある最高級の宿『黄金の輝き亭』の一室で、ふかふかのベッドの上に体を投げ出していた。

 ジョンと別れてすぐに聞き込みを開始したトールは、訳知り顔のおっさんからインゴットの買い取りなら鍛冶屋の組合に持っていけばいいという情報を得た。

 そしてそこに、門で渡した金の塊だけでなく、ミスリルやアダマンタイトといった現実には存在しない金属の塊も試しに持ち込んでみたのだ。

 そして査定のために何十分も待たされる羽目にはなったものの、袋いっぱいの金貨を手に入れることに成功していた。

 

「こんなベッド初めてだ……最高。下で食った飯も美味かったし、幸せすぎる」

 

「ご満足いただけたようで何よりです」

 

 ジョンはベッドの隣に座り、犬の顔でニッコリ笑ってそう言った。

 どうやらトールの役に立てたことが本当に嬉しいらしく、尻尾もぶんぶんと揺れている。

 それを見たトールは、今後の事について相談しようと口を開いた。

 

「こうしてそれなりの金と宿は用意できたわけだが、次はどうすりゃいいと思う? できれば綺麗な女とまとまった金が欲しいんだが」

 

 全てがうまくいっている現在、トールはものすごく調子に乗っていた。元から欲張りな所はあるが、それが前面に出てきているのだ

 それに加えてジョンがあまりにも自分の希望を叶えてくれるものだから、また何かいい助言をくれるのではないかと思ったのだ。

 そしてその予測は大当たりだった。

 

「そうですね……まず女ですが、この街には娼館があるとの情報を得ました。そちらにいけば満足いただけるかと」

 

「おぉっ! やっぱあるのか!」

 

 思わずベッドから起き上がってトールは喜びの声をあげた。鍛冶屋で時間を潰してしまったせいで、彼には娼館を探す暇がなかった。

 トールは無類の女好きなのだ。

 ゲーム開始時にキャラクターを自分好みの……理想のイケメンにしたのも、もしかしたら女性プレイヤーに会うかもしれないという理由が大きかった。

 もちろん、誰にも会わなかったのだが。

 

「金につきましても、うまくいけば定期的に大金を手に入れられる場所を見つけておきました」

 

「へぇ。そりゃ面倒がなくていいな」

 

「ただ、ちょっとした交渉を主殿にしてもらう必要がありますが」

 

「……まぁ、それくらいはな。後からストレス解消できる手段もあるみたいだしな!」

 

 金さえあれば女を抱けることがわかったトールはだいぶ機嫌がよくなっており、後にご褒美が控えているのならちょっとくらいは頑張ろうという気分になっていた。

 欲を言えば今夜から娼館に行きたかったのだが、流石に疲労感もあり、どのくらいの金がかかるのかもわからなかったため、自重することにした。

 

「では明日は冒険者組合に行きましょう」

 

「なんとなーくどんな組織か想像できるんだが、そこにアイテムを売り込むのか?」

 

「はい。この世界にも魔法のかかった装備は存在するらしく、先ほど組合を見てきた限りではそういう装備をしている人間も少数ですが確認できました。ここで商人として売り込むことさえできれば――」

 

「なるほど。元手がタダのアイテムを渡し続けるだけでいくらでも金が手に入ると」

「それに、そういう組織の長と契約を結べれば、その事実が身分の証明にもなります」

 

 金の事だけ考えていたトールはジョンにそう言われて確かにと思い直した。

 彼はあんまり褒められたものではない方法で街に入ったのだ。後から問題が発生する可能性もある以上、できるだけ早く街の有力者を味方につける必要があるだろう。

 

「ジョンお前頭いいなぁ。俺さっぱり気付かなかったわ」

 

「いえ、それほどでも。私は主殿のアドバイザーですので」

 

「まぁとにかく、そういう事なら明日の予定は決定だな。冒険者組合行って、とにかく大量のアイテムで押し切って交渉成立させて、夜は娼館でハッスルだ!」

 

 ものすごく頭の悪そうな宣言を行い、トールは襲ってきた眠気に逆らわずに目を閉じた。

 酒を飲んだ酩酊感と草の上で寝た疲労感、食事を終えた後の満腹感が襲ってきているのだ。

 女のために頑張って起きていたトールだが、もはや限界だった。

 

「それでは私は街を調査してまいります」

 

「………」

 

「流石は主殿、寝つきがいい。それでは失礼します」

 

 ありえない速度で熟睡に入ったトールを部屋に残し、ジョンは『転移(テレポーテーション)』の魔法を使ってどこかに消えた。

 ドアの音を立てないように配慮するペットのおかげで、トールはそのままぐっすりと眠り続けるのだった。

 

 




トール:自分の欲求が満たされればそれでいいクズ
ジョン:今のところ一番まともな犬
衛兵:膝に矢を受けるべきクズ

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