GM、大地に立つ   作:ロンゴミ星人

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7話

 

 

 

 いつも通りの時間に冒険者組合を出たトールは、珍しく娼館や酒場に寄らず、広場の出店で酒や果実などの食料を買ってすぐに宿屋へと向かった。

 しかしそうして帰ったトールを待っていたのは、扉を開けると同時に飛んできた皿だった。

 

「うおっあぶねっ!?」

 

「チッ!」

 

「ストップストップ! なんだオイいきなりすぎるぞ」

 

 眼前に迫ったそれを普通にキャッチしたトールは、続いて舌打ちしながら殴りかかってきたクレマンティーヌの両腕を掴み、部屋の中に連れ戻した。その際に買ってきた酒瓶が床に落ちたりして僅かに眉を顰めるが、それもクレマンティーヌの姿を見るまでの事だった。

 彼女の服装はトールが事前に用意したものだったからだ。

 露骨に笑顔を浮かべはじめたトールを見て、クレマンティーヌは顔をひきつらせながら腕を振り払おうとする。

 

「さっさと離せ気持ちわりーんだよ!」

 

「別にいきなり変な事しないから落ち着けよ」

 

「信用できるか!」

 

「いやでも昨日のは襲ってきたそっちが悪いだろ。俺は襲い返しただけだ」

 

「ぐっ」

 

 言葉に詰まったクレマンティーヌを見て、トールは彼女の腕を解放した。

 そして床に落ちた酒瓶などを回収し、ソファーへと腰かける。

 

「とりあえず飲みながら話そう。喧嘩は嫌いなんだ」

 

「よくんな事言えるよねー。昨日の事をもう忘れたの?」

 

「普通に話す分ならお互い笑顔で楽しくやれた方がいいだろ?」

 

 クレマンティーヌが未だに身構えているのにも構わず、トールは酒瓶にそのまま口をつけて飲み始める。

 瓶ごと蹴ってやろうと一瞬思ったクレマンティーヌだったが、ジョンにじっと見つめられているのに気付いて仕方なくトールの対面に腰かけた。

 そして、トールによって持ち込まれた果実に手を伸ばす。

 

「それで? 聞きたいことあるんでしょ?」

 

「まぁ、別に聞いても聞かなくてもいい事なんだけど、なんで俺に声かけてきたのかと思ってな」

 

 トールが聞きたいことはそれだけだった。

 よくよく考えたら自分の名前を知っていて、その上で攻撃してきたため、なんとなく気になったのだ。

 それを聞いたクレマンティーヌは、呆気にとられた顔で語り始めた。

 

「それだけ? そんなもん、突然現れたあんたがここエ・ランテルの防衛体制に協力したからに決まってるじゃん」

 

「……そんなに目立つことしてたっけか?」

 

「まぁ、結果的にはしていますね」

 

「そうだったのか。今初めて知ったわ」

 

 自覚がないトールはジョンに確認して驚愕しているが、これはある意味しょうがない面もある。

 彼は確かにアインザックに言われて、戦闘や索敵に役立ちそうなマジックアイテムを売ったりはしたが、それを渡して金をもらってからは完全にノータッチだったのだ。

 故に、マジックアイテムが何に使われるかはなんとなくわかってはいたが、まさかそのせいで自分が注目されるとは思っていなかった。

 

「私は詳しい事知らないけど、カジッちゃんはだいぶ警戒してたわ。あ、カジッちゃんってのは私の同僚で、随分前からこの街を狙ってた奴なんだけど……ていうかあんた、商人なんだから目をつけられる理由くらいだいたいわかってたでしょ?」

 

「ん? あぁ! そういえば商人って設定だったな」

 

「はぁ?」

 

「いいんだ。気にしないでくれ」

 

 軽く手を振って誤魔化すトールに首を傾げつつも、クレマンティーヌは次の会話を促す。

 まさか本当にそれだけで質問を終わらせはしないだろうと思ったのだ。

 

「俺からは何もないぞ。ジョンは何かあるか?」

 

 本当に一つだけ聞いて質問を終わらせたトールに呆気にとられたクレマンティーヌだが、話を振られたジョンが目を光らせたのを見て気を引き締めた。

 どうやらトールとは違い、こちらは適当に済ませてはくれそうにない。

 

「それでは主殿の許しが出たので聞かせていただきましょう。まずそのカジットとかいう男の目的から……」

 

 それからクレマンティーヌはジョンの質問に全て答えていった。

 カジットの目的、どんな人物か、所属しているズーラーノーンとはどんな組織か。

 クレマンティーヌがかつていた漆黒聖典の事も、法国の事も、そして自分がこの後何をする予定なのかも。

 しかしそれを聞き終わった後に言われたのは、まさかの言葉だった。

 

「色々と聞くことができましたね。協力感謝しますよ。それで主殿、クレマンティーヌはどうしますか?」

 

「え? うーん、もう聞きたいこととかないから別に帰ってもいいけど」

 

 そう言って空中からクレマンティーヌが元々身に着けていた装備を取り出し、テーブルの上に置くトール。

 何もない場所からいきなり物が現れた事もそうだが、目の前の人物が本気で自分を解放する気だという事がわかったクレマンティーヌは驚愕の表情を浮かべた。

 あまりにも自分にとって都合が良すぎると思ったのだ。

 

「ねぇ。そこ普通は街の衛兵に突き出したりしないわけ? 一応この後も人攫いの予定とかあるし、カジッちゃんの事も教えちゃったりしたわけだけど」

 

 クレマンティーヌはこの後、街に住む特殊な才能(タレント)持ちの人間を攫い、その人間を使ったカジットの企みに手を貸す予定なのだ。

 仮にそれが実行されればアンデッドの大群に街は襲われ、少なくない被害が出るはずであり、クレマンティーヌを逃がすという事はそれを看過するという事だ。

 しかし、そう言われたトールはジョンと顔を見合わせた。

 一人と一匹の顔に浮かぶのは、なんでそんな事を言うのかわからないという純粋な疑問だ。

 

「雑魚アンデッドがいくら群れようと、どうせ私と主殿には無害ですし?」

 

「お気に入りの店には防御ゴーレム設置済みだし、ジョンの言うとおりどうとでもなるから心配しなくていいぞ?」

 

「心配なんかしてるわけねぇだろ! ふざけんな!」

 

 自分の常識から外れた答えを聞かされた上に嫌な勘違いをされて、クレマンティーヌは怒鳴り声をあげて顔を背けた。

 要するに、トールたちのスタンスは自分たちに害を及ぼさないのなら放っておくというものらしい。

 しかしそれはクレマンティーヌにとってラッキーな事でもあった。

 もしクレマンティーヌが宿を去ってカジットの計画に参加したとしても、目の前の二人と争う必要はないという事だ。

 絶対マトモに戦いたくないと思い始めていた彼女にとって、それは何よりの吉報だった。

 クレマンティーヌは未だに抜けた漆黒聖典から追われる身であり、ここでズーラーノーンの仲間を裏切って余計な揉め事が発生するのは避けたかった。そして仮にカジットの計画が失敗に終わろうとも、そこまでは知ったことではないのだ。

 

「あーもう! とにかく、行っていいならもう行くから。じゃーねー」

 

 行動を決めたクレマンティーヌの動きは速かった。

 素早く自分の装備を抱え込み、着替えるのはとりあえず後回しにして外へと向かう。

 酒を飲んだトールの視線がだんだんと嫌なものに変わっていくのに気付いたからこその行動だったが、それはあまりにも遅すぎた。

 クレマンティーヌが扉に手を掛ける前に、彼女の腕をトールが掴む方が早かった。

 

「……なんで腕掴んでるの?」

 

「いや、なんかムラッと来たから。今夜も付き合ってくれ。明日の朝には帰っていいからさ」

 

「はぁ!? ふざけんじゃむぐっ!?」

 

 話の途中で唇を奪われ、そのまま抱き上げられるようにして奥の寝室へと連れ込まれたクレマンティーヌ。

 そんな彼女を屠殺場へ送られる豚を見るかのような目で見送ったジョンは、彼女の言葉の裏を取るべくその場を後にするのだった。

 

 

 

「それで、行かせてよかったのですか? 言われた通り止めませんでしたが」

 

「まぁな。別にずっと一緒にいてもいいんだけど、あのままじゃ好感度上がらなそうな感じがしてな」

 

「手遅れだと思いますが……」

 

 翌日、トールが少し遅めに目を覚ました時、既にクレマンティーヌは姿を消していた。

 何故前日には昼まで目覚めなかったクレマンティーヌがトールよりも早く起きることができたのかと言えば、それは彼女が身に着けている首輪のためだ。

 そしてその首輪はクレマンティーヌ自身では外せないものだとわかっているからこそ、トールはジョンに出ていく彼女を黙って見送るように言ったのだ。

 

「でも墓場で一騒動起こす気なんだろ? そんでそれを解決しようとした誰かがクレマンティーヌを倒したら、あの『首輪』が効果を発揮するはずだ」

 

「まぁ、そうなるでしょうね」

 

「そしたら俺は命の恩人だし、割とチョロそうだから惚れてくれそうじゃね?」

 

「流石にそこまで簡単にはいかないと思いますが」

 

 トールはクレマンティーヌを気に入って自分に好意を持ってほしいようだったが、ジョンとしてはそこまで上手くいかないと考えていた。

 好意云々はともかく、そこまで都合が良く事が運ぶとは思えなかったのだ。

 

「そもそもクレマンティーヌはそれなりに強いので、解決しようとした人間を返り討ちにする可能性が高いのでは?」

 

「……ま、まぁそんときゃそん時だ。アイテムの居所がわかってる限り追跡できるし、うん」

 

「それに、人攫いだけやってさっさと逃げ出す可能性もありますが」

 

「……逃げるような性格じゃないし、大丈夫だろう。たぶん」

 

 ジョンに言われるたびに顔を背け、しまいには口笛を吹いて現実逃避し始めたトール。

 しかし実際はそこまで心配はしていない。

 アイテム探知で居所を察知できる事もそうだが、クレマンティーヌが寝ている間に彼女の復帰地点(ホームポイント)を設定した事、そして首輪に備わった効果が発揮すれば確実にピンチを救える事がわかっているためだ。

 つまりどうあってもトールの目的は叶うのである。

 

「それにあんまり仕事の邪魔しちゃ悪いだろ?」

 

「………」

 

 冗談だか本気だかよくわからないトールの言葉を受け流し、ジョンはそれよりもと話を変えた。

 クレマンティーヌよりもずっと危険度の高い存在についての事だ。

 

「そういえば監視していたプレイヤーとNPCの事ですが」

 

「一応こっちでも名前だけ確認したぞ。新しい登録者で名前は確か……モモンとナーベだったか」

 

 トールはジョンに頼まれ、一応ナーベというNPCを目撃したこともあって、冒険者組合に新しく登録した二名の名前をチェックしていた。

 本来ならそう見れるものではないのだが、冒険者組合にとって現在最高の出資者であるおかげで、苦も無く冒険者のリストを手に入れることができたのだ。

 

「その二名、昨日の内に街の外に出たみたいですが、どうしますか? 今からでも追えますが」

 

「ほっとけ」

 

「よろしいのですか?」

 

「あぁ。そっちはお前の好きにやってくれ。俺は興味ないからな」

 

 既にトールにはその二名に対する興味はなくなっている。

 何か企んでるなら勝手に企んでいればいいし、それが自分に飛び火するという所で対処すればいいと考えていた。

 何より今のトールはプレイヤーとNPCの事よりも、クレマンティーヌが自分の手元に戻ってくるかどうかの方にしか興味がないのだ。

 

「うまい事騒動を起こして、ついでに倒されてくれればいいんだけど」

 

 そんな事を呟きながら冒険者組合に出勤するトールを見送って、ジョンは言われたとおり好きに対処を行う事を決めた。

 





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今後も頑張っていきたいと思います。

しかしこいつヒドい奴だな・・・

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