GM、大地に立つ   作:ロンゴミ星人

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9話

 トールから自由行動の許可をもらったと判断したジョンは、トールが冒険者組合に出勤してすぐに行動を始めていた。

 それというのも、エ・ランテルにまた新たなNPCらしき者たちが入ってきたのを昨晩の内に発見していたからだ。

 執事服を着た男と貴族服を着た女、に扮したモンスターたち。

 その二体を自分たちが泊まっている黄金の輝き亭で発見してしまったのだ。

 当然、その優先度は街の外に出て行った二人よりも上である。

 

(すぐ倒すべきか。しばらく泳がせるべきか)

 

 許可をもらった以上、報告に移るまでもなく対処してもよいだろう。きっと、全てが解決した後に結果だけ教えた方が喜ばれるはずだ。

 ジョンはそう判断し、主の為を思って今は泳がせることに決めた。

 

 その後もジョンは完全な隠密状態で監視を続けた。

 しかし彼らは何も起こさなかった。したことと言えば、街をうろついていた小汚い男に話しかけ、行動を共にし始めた事くらいだ。

 ジョンにはその理由がすぐにはわからなかったのだが、夕方になって女型が黄金の輝き亭にて騒ぎを起こした事で完全に理解した。

 その場に居合わせた小汚い男はこっそりと宿を離れて貧民街に向かい、そこでまた数人の男たちと合流したのだ。

 男たちの標的は間違いなく金持ちのフリをした二匹だろう。逆に考えれば、これはモンスター側の仕組んだ『釣り』であると考えられた。

 

「……しかし、主殿があの二人と食堂で鉢合わせなくてよかった。今頃はまた酒場でしょうか?」

 

 もしその場にいたら、NPCが自分贔屓の料理人の作った食べ物を粗末にする光景を見てキレたかもしれない。そうなれば間違いなく戦闘が発生して面倒な事になったはずだ。

 そうならなかった事にジョンが安堵する間に、監視対象は馬車に乗り込み、既に馬車の中にいた三匹のモンスターと合流した。

 貧民街にいた男たちは街からそれなりに離れた場所で待機中で、おそらくはそこで馬車を止めさせて襲いかかり、返り討ちにあうのだろう。

 

 ジョンは何もしない。あくまで監視に徹する。

 彼はモンスターたちの目的や今後の予定、他の仲間について知りたいのだ。

 故にそれ以上の利益が見込めるような場面でないかぎりは、主のお気に入りの人間でもない限りは泳がせると決めていた。

 

 野盗である男たちの襲撃は速やかな虐殺という結果に終わった。

 そしてモンスターたちは二手に分かれる。

 そのまま馬車に乗って別の街へ向かう二匹と、吸血鬼化させた男に案内させて森に向かう三匹の吸血鬼。

 それを見て少し考えたジョンは、森に向かった吸血鬼たちを追う事に決めた。

 理由は単純だ。

 街に向かったのなら取れる行動は限られる。それに道を辿ればどの街にいるのかもわかるのだから、後から追いかけて調べる事も可能だからだ。

 ならばこれから何かをするつもりであろう森に向かった連中を追い、そこから僅かでも情報を得た方が良い。

 そう思って後を追ったジョンは、吸血鬼による野盗のアジト襲撃を目撃することになった。

 

(ただ殺すだけ……? さっきやたらと一人を弄んでいたのはなんだったのでしょう)

 

 しかしそこではジョンが思っていたほど情報を得ることはできなかった。

 捕えて情報を吐かせるかと思えばそんな事はなく、ただただ皆殺しにしていくだけだったし、一人の戦士らしき男を弄んだかと思えば、その男が逃げ出しても後を追わなかったり。

 何をしようとしているのか、いまいちよくわからない。

 戦闘力に関しても、戦いと呼ぶのもおこがましい蹂躙では測る事などできるわけがない。

 判断を間違えたか……そうジョンが思った時、事態は急変した。

 

 野党のアジトの近くに来ていた冒険者を殺した吸血鬼たちの中でも、一番強い一匹が森の中に放った眷属モンスターを追って走り出して、現地人だろう人間の集団に遭遇したのだ。

 ジョンはもちろん、その吸血鬼にすら及ばないにしろ、今まで見てきたこの世界の人間たちとは大きくかけ離れた強さを持つ十二人の人間達。

 おまけに彼らの装備は、ユグドラシルにおいて見る事ができた物。すなわち、間違いなくユグドラシルと何らかの関係がある事を示していた。

 

 この瞬間、ジョンの中の優先順位はNPCから彼らへと入れ替わる。

 

 情報という面で、間違いなく彼らが自分が吸血鬼たちから得ようとしていたもの以上のものを与えてくれると確信したからだ。

 しかしすぐに行動に移る事はない。

 彼らの内一人が『世界級(ワールド)アイテム』を持っていたこともあるが、ある程度危機に陥ってから助けた方が恩を売れると判断したのだ。

 出ていくとしたら、世界級(ワールド)アイテムの所持者が戦闘不能になるタイミング。世界級(ワールド)エネミーの力を持つジョンならば世界級(ワールド)アイテムの効力を防ぐこともできるが、異世界である以上は万が一の可能性もある。

 

「今ですね」

 

 ジョンは世界級(ワールド)アイテムの効果を受け、それでいて尚も暴れてアイテム所持者に槍を放ち、遂に動きを停止した吸血鬼の後ろに降り立った。

 味方が深手を負ってざわめいていた集団の視線が、驚愕と共にジョンに集中する。

 本来なら味方の治療か、動きを停止した吸血鬼の処置に動きたいのだろう彼らに対し、ジョンはなるべく優しい声色で話しかける。

 

「安心してください。私は味方です」

 

「犬が話し……いや! そんな事は信用できない。このモンスターの仲間か!?」

 

 集団のリーダーだろう、黒く長い髪を持つ中性的な顔立ちの男が、その手に持つみすぼらしい槍を構えて問いかける。

 動きを止めた吸血鬼が再び動き出しても、目の前の得体のしれない犬が突然襲いかかってきても、すぐ動けるように警戒した立ち姿だった。

 

「仲間ではありません。私はある方の命でそこの吸血鬼を追っていました。あなた方とであったのは全くの偶然ですね」

 

「それをどう証明する!」

 

 言葉だけでは絶対に証明できない。

 こんな状況で相手がそう言ってくる事は当然であり、もちろんジョンにとっても予想の範疇だった。

 だからこそジョンは、自分を彼らの味方であると証明する手段を用意しておいたのだ。

 

「「シャルティア様っ!」」

 

「っ新手か!」

 

 その場に二匹の吸血鬼が、先ほどの一匹が現れた方向からやってきた。

 長髪の男はそれを見て仲間を叱咤し、二人が死に、一人が重傷を負って動揺する集団を立ち上がらせる。

 しかし彼らは何もできなかった。

 二匹の吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)は、ジョンが彼らの信用を得るための道具として、わざわざこの場に誘き寄せた存在だったのだ。モンスターを退治する姿を見せるための餌を渡すわけがない。

 

「『強欲の魔手(ロスト・グリード)』」

 

 悲鳴を上げる隙すら与えずに、ジョンは発動した固有スキルによって足元の影から大量の腕を発生させ、その腕で抑え込んだ二匹の吸血鬼からHPとMPを奪い去った。

 あまりにも一瞬の出来事だったために集団の誰もがぽかんとしていたが、やはり一番復帰が早いのはリーダーの男だった。

 

「今のは……」

 

「私のスキルです。とりあえず、私の立ち位置だけでも理解してもらおうと思いまして」

 

「……このモンスターたちの仲間ではない、と?」

 

「証明にはなったと思いますが」

 

 これは同時に脅しでもある。

 既にワールドアイテム所持者が動けない以上、彼らはジョンに対抗する手段などもっていないはずなのだ。

 モンスター二匹を一瞬で倒す力を持ち、自分たちに敵対するつもりではない相手に、わざわざ槍を向ける判断をするほど男は愚かではなかった。

 

「隊長……」

 

「わかっている。カイレ様が意識を戻さない以上、一時撤退する他ないだろう。この方も敵ではないようだからな」

 

「この、未知のアンデッドはどうしますか」

 

「できれば捕獲したかったが、この状況では無理だろう」

 

 仲間内で会話する集団を見た後、ジョンは動きを止めたままの吸血鬼に目をやった。

 洗脳を行う世界級(ワールド)アイテムの効力を受けたはいいが、命令を受ける前にアイテム所持者が意識を失ったため、制御が宙ぶらりんになっているのだ。

 その身に纏う装備はそれなりだが、武器だけは非常に価値のあるものだ。プレイヤーによるオーダーメイドの武装は、どんなアイテムでも持っているトールのアイテムボックスにも入っていない。

 もしもそれを奪えるのならば、ジョンが長髪の男との交渉をする上で役に立つ事は間違いないだろう。

 そしてこの吸血鬼を倒す事は、あんな雑魚ではなくこれほどの大物相手でも圧倒できるという姿を見せる事にも繋がる。

 

「決まりだな……我々漆黒聖典はこれより撤退します。申し訳ありませんが我々についてきて頂けますか? その……お犬、殿?」

 

 何かの話し合いが終わったらしく、漆黒聖典と名乗る男たちは仲間の死体をかついで立ち上がっていた。

 律儀に自分たちの名前まで開示した上で同行を求めるのは、既にジョンが友好的な姿を見せ、知性のある姿を見せていたからだろう。

 できるだけ無礼に感じられる態度は取らないようにしているように見えて、ジョンとしてもかなり好感を持てる者達だと感じられた。

 それでも彼の取る行動が変わる事はなかったが。

 

「私はジョンです。ところで……ちょっと試してみたい事があるのですが、よろしいですか?」

 

 漆黒聖典に対してそう告げたジョンは、ゆっくりとその前脚で吸血鬼――シャルティア・ブラッドフォールンに触れた。

 

 

 

 

 

 エ・ランテル近郊に現れた吸血鬼。

 何人もの冒険者が犠牲になったというその吸血鬼がモモンという冒険者によって打倒されたのは、ほんの数日前の事だ。

 その時トールがした協力といえば、アンデッドを倒せそうなアイテムを試しに作ってアインザックに渡した事くらい。

 そのアイテムは今では誰か別の冒険者の手に渡ったらしいが、トールにとってはどうでもいい事だ。彼にとっては、いつになっても戻ってこないジョンの方がよっぽど重要な事である。

 

「いったい今頃どこで何やってんだ? まぁ、どうせやる事もないんだけどさ」

 

「何? 独り言?」

 

 おまけにトールはしばらく使っていなかったために、『伝言(メッセージ)』の魔法で連絡を取れるという事をすっかり忘れていた。

 その為ここ数日は頑なに宿屋の外に出たがらないクレマンティーヌと一緒に、ベッドでハッスルしながら現状を愚痴りあうという夜を送っていた。

 このままではいけない。そう思いながらも何をするべきかさっぱりわからない、というのがトールの現状だった。

 

「そういうわけで引きこもりはよくないと思うんだ。だからデートに行こう」

 

「ふざけんな。私絶対外出ないからね? ていうか、私の正体が絶対にバレないようになるマジックアイテムとか持ってないの?」

 

「あるとは思うから探してるんだけど、アイテム数多すぎて全然見つからないんだよなぁ。ジョンがいれば一発なんだけどさ」

 

 クレマンティーヌが外に出たくないのは、彼女が会ったという恐ろしいアンデッドに会わないようにするためと、この街で誘拐した人間が助けられた事で顔がバレてしまっているためだ。

 だからトールはクレマンティーヌを連れ歩くために自分のアイテムボックスの中を探しているのだが、これが全く捗っていなかった。

 アイテム名さえわかっていればすぐにアイテムボックスから引き出せるのだが、それがわからない為にアイテムを一個ずつ取り出して鑑定魔法を使うしかなかったのだ。

 おまけにトールのアイテムボックスの中はユグドラシルに存在するアイテムが全て入っているため、いくらやってもキリがない。

 おかげで作業は難航し、取り出したアイテムをクレマンティーヌが珍しげに弄繰り回すのを眺める時間が増えるようになっていた。

 

「もうアインザックに協力依頼した方が早い気がしてきた。改心したんで大丈夫ですって事にならねぇかなぁ」

 

「なるわけないでしょ? それよりあんた、こんだけのマジックアイテム空中から取り出すとか、もしかして『ぷれいやー』だったりするの?」

 

「なんだそれ? 俺はGMだけど?」

 

「『じーえむ』って何……?」

 

 二人は互いに首を傾げたが、その意味合いは全く違う。

 トールは、この世界の人間が知るはずのない、若干イントネーションの違う単語の意味を測りかね、アイテムを出せる理由ならGMだからだろうと思ったため。

 クレマンティーヌは、確実だと思った自分の予想が外れた上に、全く知らない単語を聞かされたためだ。

 かつて法国の特殊部隊である漆黒聖典に属していたクレマンティーヌ。

 彼女によってトールはこの世界の事情についてまた一つ詳しくなるのだが、それをちゃんと生かせるかどうかはまた別の話である。

 

 

 

 

 ナザリック大墳墓の主、アインズは一人で自室の椅子に座り、今回の事件の事について思い返していた。

 シャルティア・ブラッドフォールンの反逆事件は、それだけアインズたちに大きな影響を与えた事件だったのだ。

 特に大きな事としては、精神に作用する効果を無効にするアンデッドにすら効果のある世界級(ワールド)アイテムを、ナザリックに敵対する何者かが持っているという事がわかった事だろう。

 おかげで主だったものには世界級(ワールド)アイテムの所有を義務付ける事になり、更にはアインズ自身もNPCたちにギルドリーダーとしての自らの価値を示すため、シャルティアと単騎で戦うという選択をする事になった。

 しかしそれに関しては問題ない。アインズ自身、事件を通して得たものは大きいと感じていたからだ。

 

「問題は、シャルティアの『スポイトランス』が無くなり、蘇生アイテムを持っていなかった事だ」

 

 アインズがシャルティアと戦った時、彼女は自身が唯一持つ神器級(ゴッズ)アイテムであるスポイトランスを既に失っていた。

 それだけではない。

 アインズの当初の読みでは、シャルティアは創造主であるペロロンチーノから蘇生アイテムを持たせられているはずだった。

 だからこそアインズは百時間に一度しか使用できない、アンデッドにすら効果のある即死スキルを放った後も戦闘を継続できるよう、綿密に計画を立てていたのだ。

 しかしシャルティアは、アインズの放った即死を一度喰らっただけで消滅した。

 それは即ち、スポイトランスと同じように何かの理由で紛失したか、アインズが彼女を発見する前に何者かに一度殺されているという事になる。

 

「シャルティアに精神支配をかけられるのなら、なんで最初からそれをしなかった? シャルティアを殺せる実力があったとしても、それは明らかにおかしいだろう」

 

 明らかに無駄が多いそのやり方にアインズは違和感を覚えていた。

 しかし五日分の記憶を失っていたシャルティアからは何の情報も得られなかったため、その違和感の正体を暴くのには全く情報が足りなかった。

 それでもなんとか知恵を絞って考えた結果、色々な説も生まれていた。

 世界級(ワールド)アイテム所持者が遅れてやってきた説、精神支配後に間違えて触れて戦闘になった説、全くの第三者が精神支配後のシャルティアを倒した説など、どう考えてもあり得ないものまで浮かんでいたが、結局はどれも妄想の域を出ないものばかりだった。

 それにアインズには、それよりも先に解決しなければならない問題もあるのだ。

 

「それよりもシャルティアに何か武器をあげないといけないな。宝物庫を探してみないと」

 

 精神支配を受けてナザリックに反旗を翻し、更には自分の創造主によって作られた武器を失ってしまい、シャルティアは見ていて可哀想なほどに落ち込んでいた。

 それこそ、普段は罵り合う事の多い階層守護者統括のアルベドでさえ、その姿を見て慰めの言葉を掛けるほどに。

 アインズもギルドメンバー手製の武器が奪われたのだと発覚した時は本気で怒ったものだが、それ以上に悲しむシャルティアの姿を見た後は怒るどころではなくなっていた。

 

「いや、いっそこの前の十字剣をあげてみるのもいいかもしれないな」

 

 アインズが思い浮かべたのは、シャルティア退治の際に冒険者組合長のアインザックから渡された十字剣。

 それはユグドラシルではありえない、神器級(ゴッズ)アイテムの限界すら超えて聖属性を強化する効果が詰め込まれたかのような武器だった。

 その場で鑑定できなかったそれの性能を後から知った時、アインズはこの世界特有の武器だと思って心から喜んだ。

 シャルティアは信仰系魔法詠唱者であるため武器としての相性も悪くはない事だし、それだけ貴重なものをプレゼントすれば悲しみも幾らかは和らぐのではないだろうか。

 

「よし。そうと決まればシャルティアの所にでも向かうか」

 

 周りにすら影響を与えるほどに悲しんでいるシャルティアを、できるだけ元気づけてやろう。

 そう考えたアインズは足早にシャルティアの住居がある第二階層へと向かった。

 ――その後しばらく、ところ構わず剣を持って歩くシャルティアの姿が目撃されるようになったのだそうな。




第一章はあと一話で終わりです。
第一章のテーマは序章的な感じで。

オリジナルアイテム・魔法・スキルに関しては後でまとめる予定です。
一応性能に関してはユグドラシルならありえそう、的な範囲で抑えるつもりなのでご意見ありましたらお願いします。

主人公空気すぎるけど、もう少ししたら活躍するんだ・・・たぶんきっと・・・

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