確かに魔の王と言うだけの事はあった。
魔王の命に届く刃を持っていながらも、その強大な魔力の前に阻まれ勇者とその仲間はその身を地に伏せる。
それでも勇者は──彼の目は死んでいない。
寧ろ、その中にある熱情はおおきくなるばかりだ。それもそうだろう。何故なら、彼が一番望んでいた状況がここに、奇跡に整ってしまった。
敵は強大。
惜しくも、後一歩の所で届かない。
増援も来ない。
苦楽を共にした頼れる仲間も動けずにいる。
しかし、その後ろには守るべき
ここに召喚されてから右も左も分からない自分を贔屓してくれた宿屋の主人。
強面で多くは語らないが、誰よりも装備の大切さを教えてくれた加治屋のおっちゃん。
いつも、エールをおまけしてくれる酒場の女将さんや、その娘さんの笑顔に癒され、馬鹿笑いをしながらも楽しげに話す
色んな人が支えてくれた。こんな若造が世界を救ってくれると信じて尽くしてくれた。助けてくれた。
なら、それに応えないといけない。
それに、見合う働きをしないといけない。
その重みを背負って立ち向かわなくてはいけない。
こんな情けない姿をみせるわけにはいかない。
皆に明日を生きる勇気を与えないといけない。
「──それが、
聖剣を杖代わりに立ち上がる。膝が震え今にも倒れそうになる。誰が見ても満身創痍だ。
それでも、その背中はとても大きく、そしてやり遂げてくれると信じられる力強いものだった。
「まだ足掻くか、下等生物ごときが......無駄なことを」
魔王が手を振るう。それだけで竜巻が起き全て吹き飛ばす災害が勇者の身を吹き飛ばす。
「ッ!?
その吹き飛ばされた勇者の......アーラシュを屈強な身体を持つ仲間、ガロウがボロボロの身体で受け止め──きれず一緒に地面に転がってしまう。
「──ッ、大丈夫か?」
二人して地面に仰向けに転がりながらもガロウは首だけでも持ち上げてアーラシュの方を見た。
鎧なんてとっくの前にボロボロになって、先ほどの攻撃によってアーラシュの命を守っていた鎧は遠くの方に転がっていた。
「ッッ!?」
その鎧の下に着込んでいた薄い革鎧もボロボロで至るところから血が滲んでいた。
こんなにもボロボロで......。
ガロウはふと自分の身体を見る。確かに普通なら重症だ。だが、アーラシュはどうだ? これより更に重症でありながらも立ち上がり魔王に立ち向かった。
それに対して自分はどうだ? まだまだ動く身体を勝てないとの理由で動けなくした。
立ち向かうの諦めた。
何が勇者の右腕だ。
何が剣聖だ。
何が戦士だ。
戦うことを放棄したヤツが剣を持つ資格は無い。
剣を離したヤツが身を守る鎧なんて着る必要は無い。
ガロウは悔しさに奥歯を噛み締める。そして、慣れた手つきで防具を外し放り投げる。
「俺は臆病者だ! 勝てねェと分かった瞬間、身体が動かなくなった! 俺がこんなの着けてても意味がねェ!! 少しでもお前を守れるってんなら......少しでも役に立つなら俺がお前の鎧になってやるッ!! 一撃、いやお前がヤツを倒すまで耐えてやるッ! .......すまねェ、俺に出来ることはこれしかねぇんだ」
腕で顔を多いアーラシュに見えないように隠す。だが、アーラシュは気がついているだろう。自分が情けなく涙を流しているのを。
それでも、ガロウは隠さずにいられなかった。
しかし、一向にアーラシュは返事が無い。黙っているだけだった。その沈黙にガロウが手を震わせながら拳を握る。
何も言わないアーラシュに対して、ガロウは失望されたと感じ取った。
それもそうだ。 臆病風に吹かれたヤツなんて鎧の代わりにも、それこそ、盾のにすら役に立たないだろう。
が、しかし、聞こえてきたのは押し殺した笑い声だった。
「......何が面白いんだよ」
「いや、最初とは逆だなって」
ガロウはそこで思い出す。まだ、二人でしか旅をしてなく、お互い弱かった時の話だ。
『クソッ! このままじゃあ二人してヤロウの腹の中だ!』
ある依頼で魔獣の討伐を受けたのはいいが、思ったより魔獣が強く、追い詰められた時だった。二人して泥だらけで木の幹を背に腰を下ろす。少なくない血を流しており、そう長くは移動出来ない。
それにきっと匂いで嗅ぎ付けられるだらう。
『......ガロウ、あの魔獣の隙を作る。そのお前の剣で痛手を負わせれるか?』
『隙を作るったって......どうするつもりだよ?』
魔獣は決して小さくない。寧ろ、人を丸のみ出来るぐらいの大きさを誇ってるくらいだ。
しかも、その図体に似合わず中々素早いのだ。故に、二人は翻弄され決定的な一撃を与えれずにこの状況まで追い詰められいる。
そこでアーラシュはならば、と提案した。
『俺がアイツの攻撃を受け止める。多分、一度しか成功しないから......後は頼むぜ?
『アーラシュ、お前......折れた剣でどうするつもりかは知らねぇが、信じていいんだな?』
それに対してアーラシュは愚問だ、というように近くまで来ていた魔獣の前に飛び出したのだった。
「......バカいってんじゃねぇよ。状況が違い過ぎるだろうが......俺がヤツの攻撃を反らす。ヤロウの魔法の速度にも慣れてきた所だ──行けるよな?
斯くしてあの時は逆。そのことにアーラシュは立ち上がって聖剣を構えることで、答えてを示して見せた。
「アラーシュ! ガロウ!」
「アラーシュ様!」
そこに二人の仲間が駆け寄って来た。
炎を思わせるような紅い髪をサイドに纏めて、真紅の槍を携える少女。
少し幼さを残しながらも女性としての魅力が垣間見え始めている彼女──ミランダが肩を上下させながらもアラーシュに近寄り、目尻に涙を溜めながらアラーシュを睨み付ける。
「もうっ! バカラーシュ!! 心配したんだから!」
そして、その首に腕を回しアラーシュを抱き締めた。それはもう離れたくないと言っているように強く優しい抱擁だった。
その後ろに、急いで来たにも関わらず息切れしていない鬼──聖女リリエルが満面の笑みでアラーシュを見ていた。
ウェーブのかかった美しいプラチナブロンドの髪が心なしか逆立っているようにも見える。いや、きっと見間違いだろう。
しかし、何故か悪寒を感じるのでそっとミランダの抱擁をほどいて──
「──ちょっ、ミランダ、痛ッ! き、傷にさ、触ってる.......ッ!」
「あっ、え、ご、ごめんなさい」
少し頬を染め名残惜しいそうに離れるミランダ。それを見ていたリリエルの笑みが更に深くなり悪寒も強くなったような気がする。
「何やってんだよ、世界の命運を分ける大事な戦いの最中だって言うのによ......敵さんは準備万全のようだぜ」
ガロウが睨む方向を見れば、魔王が悠然とした態度でこちらに歩いてくる。周りに数十もの火球を浮かせながら。
「随分と余裕だな、勇者よ......いや、
「ッッ!? 何故、魔王アナタがそれを!?」
それに反応したのはアーラシュでは無く、聖女リリエルだった。それも、そうだろう。
彼女はアーラシュを──■■■■を呼んだ本人であり、守るべき王都の第一王女でもあるのだから。
しかし、その言葉は他の二人には衝撃的過ぎた。故に、言葉もでらず固まる。
「フンッ、勇者と魔王は一対にして唯一無二の存在だ。何故、聖剣を握れているのかは知らんが......それが本来の力を──貴様らが扱う聖術が使えているのならこの身は切り裂かれていただろう。忌々しいことにな」
その言葉が本当ならアーラシュは勇者では無いということになる。なら本当の勇者はどこにいるというのだろうか?
いや、そんな事はどうでもいい。否定もしないリリエルとアーラシュにミランダは突っ掛かる。
「どいうことよ......? アーラシュ、貴方は勇者じゃなかったってこと?」
それに対して当の本人は苦笑い浮かべるだけだった。
「悪い、黙ってるつもりはなかったんだが......まぁ、結局黙ってたことになるか。だが、ちゃんと勇者はいるから安心してくれ」
違う、そうじゃない。そんな事を聞きたいんじゃない。
「──なら、何で勇者でも無いアンタが勇者なんてしてるのよッ!!」
こんなボロボロになって、幾度も死にかけて、時には心無い罵声を浴びせられ、それでも何故、自分が傷つくことに何も抵抗が無いのか。
その答えはただ一つ。
涙を流すミランダの頭を撫でながら彼は言う。
──
「ごめんなさい、私のせいで貴方には辛い重みを背負わせてしまって......それでも、私は貴方を
──『勇者アーラシュ』と」
リリエルは胸の前で手を握る。その顔には強い罪悪感が出ていたがそれ以上にアーラシュを信じていた。彼なら、......おとぎ話のように現れた
「そう.....そうね。私なにいってるんだろう。アーラシュは勇者よ、紛れもなく勇者様よ! みんなに勇気を与えて、今もこうしてみんなを救おうとしている! アンタを勇者と呼ばない人なんてこの世界にはいないわ!」
涙を拭いいつも通り勇ましい笑顔を、花のように可愛らしく、そして、皆を明るくさせる太陽のような笑顔を浮かべるミランダ。
「ハッ! この際、勇者だろうが、勇者じゃなかろうがどうだっていいぜ! 皆を救うんだろ? 目の前のヤロウをブッ倒して、さっさと帰ろうぜ!」
前を向き、口元を吊り上げて剣を構える様は正に剣聖、いや、剣鬼。その目にはもう怯えは無い。今のガロウなら全てを切り裂く気迫が感じられる。
そんな彼らを見て、この後のやろうとしている事を思うととても悲しくなった。
しかし、それでも勇者でも無い自分が魔王に一矢報いるなら正しくこの
身はボロボロでも心は死なず。
魔王は悟る。確かに勇者では無い彼らが自分の身を脅かす存在では無いことは分かっている。
しかし、この言い様の無い不気味な感じは何だろうか。
頭を振る。何を自分は恐れているのだろう。
この火球を打ち出せば奴らは耐えれる筈がない。例え、耐えたとしてもただ切れ味の良い剣と成り下がった聖剣の何が出来るというのだ。
そう、恐れる必要は全く無い。寧ろ、防御に回している魔力も攻撃に回してしまおう。
それに伴い、肥大化する火球。まさに、絶対絶命の状況だった。
「終わりだ」
魔王が手を振り下ろす。そして、四人を中心にして無数の火球、否、小さな太陽と化した魔力の塊が四人に襲いかかった。
耳を思わず塞ぐような爆発音に、王都にも届かんばかりの圧縮された熱風が起きる。
その光景を見た魔王は勝利を確信させる。これで背後に忍ばせていた軍は必要無いだろうと思っていた。
王都も静まり返っていた。リアルタイムで映し出されていた映像で勇者達が死んだのだ。
寧ろ、パニックが起きなかっただけでも奇跡とも言えた。
そう、人々にとって奇跡が起きた。王都から歓声が上がる──
──ことは無かった。
煙が晴れた所から現れたのは五体満足な勇者一行。しかし、その肝心の勇者は身体中から血を吹き出して、今にも死にそうであった。
他の三人も至るに火傷を負っており膝をくっしていた。
これじゃあ、勝てるわけが無い。誰もがそう思っていた。
だが、違う。
彼だけは、
「この、時を......待ってたぜ、アンタがその防御を解くその時を、な」
「......そうか、確かに今の私なら切れるかもしれんが──
──この軍勢を相手にしてなお、生き残れたならの話だがな」
パチン、と魔王が指を鳴らせば背後から大きな黒い渦が現れ、そこからあらゆる種族の魔族たちが行軍してきた。
正に絶望という言葉しかない状況でも三人は立ち上がろうとした。
勇者が立っているのだ、自分達が立たなくてどうするのだ、と己を奮い立たせる......が、それを止めたの他でもないアーラシュだった。
「おい?」
「え?」
「な、何をなさるつもりなのですか......?」
──もう、いい。
──そして、ゴメンな。
そう、言ったのを最後に金色の風がアーラシュを中心に舞い上がる。
そして、地面に聖剣を突き立てて一歩前と踏み込んだ。
「バ、バカな!? 何故、何故、貴様がこれほどの魔力をッ!?」
それは人では持つことがあり得ない魔力の渦であり、それがアーラシュを中心に高まっているのだ。
「ああ、お前の言う通り俺は道化なんだろうぜ......だがな、道化は道化でも
──『英雄アーラシュ』の名を!」
彼が願ったのは勇者何かじゃない。
願ったのは一人英雄の姿。
自分もあの英雄のようになりたいと。
だからこそ、この状況に、この奇跡に感謝した。
これで皆守ることが出来る。
これで皆を助けることが出来る。
そして、何よりこの世界に来てよかったと思えた。
「──
あらゆる
さあ、
この
───
金色の魔力の暴風はアーラシュの腕に収束され希望の一矢になる。その輝きは人々に祝福をもたらす光──
「──
希望の光がこの世界に落ちた瞬間だった。
スッキリした。