「きみに、私の後継者になってもらうためさっ!」
自身の個性である"ワン・フォー・オール"――その次なる後継者になってほしいというオールマイトのことばは、14歳にして歴戦の戦士となってしまった出久をして一瞬呆けさせてしまうものだった。
「それで、継承方法なんだけどね――」
「ちょちょちょッ、ちょっ、ま、待ってください!」
ぼうっとしていると勝手に話を進められてしまいそうだったので、出久は慌てて引き止めた。
「いきなり何言ってんですか!?僕はそんな、あなたの後継者だなんて……」
「何言ってんだって……きみ、約束してくれたじゃないか。"私のようなヒーローになる"って」
「確かに、お約束しましたけど……」
それはそのままオールマイトの個性や立場を引き継ぐことと同義ではない。そもそも個性の継承なんて想定外だったし、何より――
「オールマイト……あなたは僕を"創世王"にしたいんですか……?」
「……どういう意味だい?」
出久はオールマイト、そして塚内に語った。以前の共闘の中では伝えきれなかったゴルゴム、そしてその支配者たる創世王の真実。
「なんと……」
「まさか、そんな事態になるところだったとはな……」
目の前の大人ふたりが唖然としている。自分たちが関知できていなかったところで、薄氷はまさしく粉々に割れようとしていたのだ。あるいは目の前の少年が、次なる創世王になることによって。
「これは前にもお話しましたけど……僕は人間の姿をしていても、中身はもうゴルゴムの怪人バッタ男で、世紀王ブラックサンなんです。百年や二百年じゃ死ねない……おそらくは五万年、生き続けることになります」
「五万、年……」
予めオールマイトから聞いていたのだろう、塚内も驚愕は表さなかったが、あまりに現実離れした単位の大きさを受け止めきれていない様子だ。
「そして僕の力の源であるキングストーンは、僕が危機に陥ったときほぼ必ず奇跡を起こします。BLACKからRXに進化したのもそれが理由ですし……今後も何かあれば、同じことが起きるかもしれない」
五万年の間、危機に陥る度に進化していく。現実にそうなったとしたら、到達点は結局、宇宙すら支配する"創世王"かもしれない。
そしてそれは、一歩間違えれば誰にも止めることのできないプロビデンスたる存在となることと同義なのだ。優しい世界をつくり守っていくのだという志を一生持ち続けられるのならいい、だがそんな保証はどこにもない。
「……僕の中には、闇があります。夢と表裏一体の、呪いのような闇が――」
「だから、力を僕ひとりに集中させるべきじゃない。"超・世紀王"と"平和の象徴"――そのふたつが車の両輪となって、世界を守り変えていく……そのほうがいいと思う。そのほうが、僕も気が楽ですしね」
「緑谷少年……」
どこか寂しげなその微笑は、「独りぼっちはいやだ」という想いを精一杯表したものなのだろう。オールマイトにだってその気持ちは痛いほどによくわかる。
それに――何かの拍子に自分の力が脅威となるかもしれない、その不安。それもまた、オールマイトが彼を同志と認めながら秘密を秘密のままとしていた最大の理由だった。彼が仮面ライダーだからこそ、ワン・フォー・オールのことを託すわけにはいかないと。
でも、
「……きみの話はわかる。――それでも私は、きみにこの力を継いでほしいんだ」
「!、なんで、ですか……?」
「覚えているかな、きみが昨日、あのヘドロのヴィランに向かって言ったこと」
『――僕の友達を傷つけたこと、後悔させてやる』
「……それが、なんなんですか?正直"平和の象徴"としてはらしくないことばだったと思うんですけど………」
平和の象徴が表すべき怒りは、無辜の民が苦しめられ、傷つけられることに対する義憤であるべきだ。友人だから、親しい人だから……そういう個人的な感情が入るのはあまりふさわしくない。
そもそも出久の戦いは、その"個人的な感情"から始まった。信彦を取り戻す、それこそが折れそうな心の支えになっていた時期もあったのだ。
しかしオールマイトは、「そんなことはない」と出久の考えを穏やかに否定した。
「どんな悪が相手で、誰が救けを求めていようが揺らがない、差をつけない。それは確かに理想的で完全無欠のヒーロー像のように思えるかもしれない。実際、力ある者にはそういう姿勢が求められることもある……」
「………」
「だが、それだけではいけないと思うんだ。完璧であることに囚われれば、やがて完全でないものが理解できなくなる。人の気持ちにも寄り添えなくなる。……特別に守るものなどない、それは数字や確率を揃えているだけと同じ、冷たい背中になるとは思わないかい?」
「友のために傷つき怒り、慰めあい、その果てに手を取り合える……そういう人間にこそ、次代の平和の象徴の座はふさわしいと私は思う。そのうえで失う怖さも、裏切られる悲哀も……幼くして全部味わって、それでも闇に引きずり込まれなかったきみにだからこそ、私のあとを継いでほしいんだ。――緑谷少年」
呼ぶ声は、海の彼方にいる父を一瞬想起させた。それに浸りたい、言われるままに従いたいと思う子供の心が呼び覚まされそうになる。
それを懸命に押さえつけながら、出久は慎重に応える。
「……ありがとうございます、オールマイト。嬉しいです、僕をそこまで買ってくれて」
「それじゃあ……」
「でも……やっぱり僕は、あなたの後継者にはなれません」
「なっ……!?」
「どう考えても継いでくれる流れだったじゃないか!?」――思わず素に戻ってそう叫んでしまうほど、目の前のNo.1ヒーローは狼狽している。
申し訳なく思いつつも、出久は自分の意志を曲げるつもりはなかった。
「そういう人間はまさか僕ひとりじゃないでしょう、探せばいくらでも見つかるはずです。……僕みたいに手垢のついてる、人間ですらない化け物より、これからヒーローとしてまっすぐに育っていける人に託すべきです」
「~~ッ、化け物だなどと……!どうしてキミはそう、自分を卑下するんだ!?」
「卑下なんてしてません、客観的に評価してるだけです!あなたこそ、どうしてそう僕にこだわるんですか!?あなたが昨日僕に言ったこと、忘れてしまったんですか!?」
――光がその輝きを増せば、影もまた濃くなる。
――そして影は、やがて光をも呑みこんでしまうかもしれない。
「忘れるわけないだろうッ、身体はこんなだが頭は鈍っちゃいない!」色をなして反論する。「キミの輝きはそんな枠に収まるもんじゃないと私は思ったんだ!そうとまで思わせてくれる人間、そうそう見つかるものか!」
「見つかりますよ絶対に!」
「い~や見つからないね!キミしかいないもんね!」
「絶対いる!」
「いない!!」
「いる!!」
「いないもん!!」
「いる」「いない」という、水掛け論でしかない論争。一方は憧れのヒーローに対する態度とは思えないし、もう一方は単純にいい歳の大人とは思えない。
不毛なぶつかりあいに終止符を打ったのは、オールマイトの付き添いとして隣に座っていた警察官で。
「あーもうっ、やめやめ!――そんなことここで言い争ったってなんにもならんだろ。緑谷くんも、俊典も」
「………」
憮然と黙り込むふたりの英雄。とりわけ少年のほうに気を遣いつつも、塚内は友人の肩を持った。
「緑谷くん、きみの言いたいことはわからないでもない。でも俊典が焦る気持ちもわかってやってくれないか。……時間がないんだよ、この男には」
「……お身体の、ことですか?」
「そう。ただでさえボロボロなのに相も変わらず無茶するから、彼はどんどん磨り減ってる。あと何年ヒーローとして活動できるかわからないし……何年、命がもつかもわからない。ワン・フォー・オールを継ぐにふさわしい後継者を見つけて、育てあげてなんて時間は、もう残されていないかもしれないんだ」
「……!」
今日はきっちり着込んだスーツの下、その痩身には痛々しい傷痕が刻み込まれているのだと、出久は改めて思い出した。表面上だけでなく、その傷が臓器にまで及んでいることも。
「……もし誰かに譲る前に私に何かあったら、この力は永遠に失われてしまう。つまりこの世界から、平和の象徴は消え去ってしまうんだ」
「……ッ!」
平和の象徴が……消える。それは出久を動揺させるに十分すぎることばだった。脅しなどではなく、それは現実に……今日にだって、ありうることなのだ。
まだ丸みの残る頬から血の気が引いていく。そんな様子を認めて、塚内が助け舟を出した。
「こういうのはどうだろう、緑谷くん」
「ワン・フォー・オールは、宿主が望んだ相手にのみ継承させることができる。――もしもきみがこの場で宿主になれば、次の平和の象徴を選ぶ権利はきみのものだ」
「!」
「万が一にもワン・フォー・オールが失われないよう、力を預かる。その代わりきみの好きな時期に、好きな相手を後継者に選ぶ……その権利を得られるとしても、嫌かい?」
「それ、は……――オールマイトはいいんですか?そんな、僕が勝手に……」
躊躇うことなく、うなずく。
「私だってこの力を託された身だ、それでもきみに決めたのはほかでもない、私自身の意志だ。私の師もそうだったのだと思う。だから当然、その権利はきみにもある」
「だから頼む、――仮面ライダー」
「私に……私にきみを、選ばせてくれ……!」
立ち上がり、痩身を折って懇願するオールマイト。ずっと憧れ、そして手を差し伸べてくれた恩人が、弱った身体でそこまでしている。……それでも揺らがずにいられるほど、出久の心は凝り固まってはいなかった。
「……ずるいなぁ、オールマイトは。あなたにそこまでされて、僕が断れるわけないじゃないか……」
「!、少年……」
頭を上げるよう促してから、少年はどこか寂しそうに微笑んだ。
「――わかりました。その話、お受けします」
「本当かい!?」
「はい。……でも、あくまで僕は中継ぎだと思ってください。可能な限り早く、よりふさわしい後継者を見つけます。できれば……雄英にいる三年間のうちに。ただ――」
「ただ?」
「僕の独断で選ぶつもりはありません。オールマイト、あなたと一緒に決めたい。だから……」
「……それまで絶対、あなたのことは死なせません。――生きて、ください。オールマイト」
「!、………」
自分の身体がとっくに限界を超えていることをわかっていながら、それでも"救ける"ことをやめられない。そんなオールマイト……八木俊典の性質を理解していればこそ、出久はそう言うのだ。恩人であり、
「……大丈夫さ」
応える英雄は、にかりと笑った。
「なんと言っても、きみという心強い同志がそばにいてくれるんだからな!」
そう――ワン・フォー・オールを出久に譲ろうと決心したのは、彼にそばで自分を支えてほしいと思ったためでもあった。どんな苛酷な目に遭っても英雄であり続け、暗黒結社ゴルゴムにクライシス帝国――ふたつの巨悪を壊滅させたこの少年と、残り少ない人生をともに歩んでいきたい。そんなふうに考えてしまった。
(駄目だな、私は……。相手は息子でもおかしくない歳の少年だというのに)
自嘲し、また自戒しながら……それでもオールマイトは出久を恃むことを選んだ。無論ただ寄りかかるつもりはない。彼の秘める"強さ"が、さらに確固たるものとなるよう導いていく――そんな決意をともにして。
「そういえば、継承ってどんな方法で行われるんですか?」
「!、ああ、そうそう、それを伝えたかったんだよ。まあ、と言っても、実にシンプルな方法だから説明するまでもないと思うけどね!」
言うが早いか、自身の頭髪を一本、ぷちりと引き抜くオールマイト。同年代の人間の一部は「勿体ない」と叫ぶかもしれないが、彼の頭部だけは衰える気配はないのだった。
「さて、緑谷少年――」抜いた毛を出久の前に突き出し、「――喰え」
「………」
「……へぁ?」
この男は何度、自分を
わずかに残った頭の冷静な部分で、出久は強く強くそう思うのだった。
*
「……悪いことしちゃったかなぁ?」
帰りの車中、助手席にて。オールマイトこと八木俊典はぽつりとつぶやいた。
「まあ、しょうがないだろう」運転しながら、塚内。「現時点できみの代わりを務めて余りあるのは彼くらいしかいない。学生だから制約があるにしてもだ」
「いやそれもあるけど、そうじゃなくて……。おじさんの髪の毛食べさせられて、さぞかし気分が悪かろうと」
「あ、そっち?……それこそしょうがないんじゃないか?」
「そうなんだけども」
「大丈夫だよきっと。彼、驚いてはいたけどそこまで抵抗はなさそうだったし。そんなことより――」
――果たして緑谷出久は、ワン・フォー・オールを使いこなせるか。
「彼、ああ見えて常人より遥かに頑丈だからね。変身していなくとも」
「そりゃそうだろうけど……。何かイヤな予感がするんだよ、とんでもないことが起きそうな」
「やめてよ塚内くん……刑事のきみが言うとマジっぽいよ……」
「まあ、杞憂に終わればいいんだけどね」
青ざめる友人を横目で見て、塚内は小さく笑った。外見の相違以前に、あの平和の象徴とは思えない。実は結構小心者なのだ。
それはまあ、いいとしても。
「ところで、俊典」
「ん?」
「――いい歳したおっさんが"いないもん!!"はないと思うぞ」
何を置いてもそれだけは言わなければ。折寺中学を辞したときからそう心に決めていた塚内直正なのだった。
迷いの末に、ワン・フォー・オールを預かることを決心した出久。平和の象徴たるその力を彼が振るったそのとき、とんでもないコトが巻き起こる!?
かっちゃん「何やってんだミ……デクゥウウウウウウ!!!」
次回 超・世紀王デク
ヤベーイ!?ハザードボーイ!!
――さよなら、僕のメモリープレイス。
ぶっちぎるぜぇ!!