シーン的には飯田&麗日との会話→デスガロン(ジョー)との会話だけなんであまり話は進んでません。もう少し地の文簡潔にすべきか……日々反省。
RXに変身するという不本意を呑みながらも、やりたい放題のうちに入学試験を終えた出久。
しかしそれが祟って、試験開始前に話をしていたふたりの受験生に正体を悟られてしまったのだった――
「きみは、」
「もしかして、」
「「仮面ライダー……なの(か)?」」
(……まいったなぁ)
出久は思わず頭を掻いた。ふたりはほとんど確信のこもった目でこちらを見つめている。しらを切るのは難しいかもしれない。この場だけの関係なら無理矢理にでも押し通せばいい話だが、彼らはこの試験に合格し、
しばし押し黙ったあとで、出久は小さく溜息をついた。
「……ここじゃあれだから、ついてきて」
「………」
その答えは、事実上肯定したに等しいもの。
ふたりは顔を見合わせつつ、伝説の英雄の肩書きには似つかわしくない大きな黄色いリュックのあとをついていくのだった。
少しして。
三人が訪れたのは、ビルとビルの谷間に挟まれてひっそりと息づく小さな喫茶店だった。といっても、営業している気配はまったくない。掃除こそ行き届いてはいるが、長らく時が止まってしまったかのような、ひんやりとした空気に占められた空間だった。
「ここは……?」
「なんか、寂しい雰囲気のとこやね……」
少女の感想は正直すぎると思ったが、同時に鋭い指摘であるとも出久には感じられた。ここは三年前、自分が小学生と中学生の狭間にいながらにしてヒトならざる英雄として独りぼっちで戦っていた頃、失った親友の家族とともにその寂しさを共有してきた場所でもある。彼女たちは元気にしているだろうか――そんな当たり前の心配をしながら、出久は自分を嘲った。心配などする資格はない。自分は結局、彼女らの大切な息子(弟)を救け出すという約束を守れず、この手で殺めたのだから。二度も。
仄暗い思いを押し殺して、出久は笑顔でふたりに着席を勧めた。一応用意だけはしてあるインスタントのコーヒーを淹れつつ、笑顔をつくる。
「まずは自己紹介からしたほうがいいかな。――緑谷出久です、よろしく」
「!、あ、う、麗日……お茶子です」
「もうご存知だろうが、飯田天哉です……よろしく、緑谷くん」
ふたりの名前を心中で復唱しつつ――飯田天哉の名前はする必要もなかったが――、同年代の相手とこうして自己紹介しあうのはなんだか新鮮だと出久は思った。
「コーヒーどうぞ。インスタントでごめんね、こここんな状態だから」
「いや、それは構わないが……あの」
「わかってる。――僕が仮面ライダーかどうか、だよね」
ここまで勿体ぶっておいて、「違う」なんて答えが許されるはずがない。彼らの期待もこれから実際に口にする答えも、間違いなく一致していた。
「――きみたちの考えてるとおりだよ」
「……!」
思わず椅子を蹴るようにして、飯田天哉が立ち上がる。暫しことばもなく、口をぱくぱくと動かしている。
「きみが……きみのような子供が、仮面ライダー……」
呆然とつぶやく姿は、立派な風貌をしていてもやはり兄よりはずいぶん幼く感じられた。兄であるインゲニウムは、あらかじめ情報を得ていたということもあったろうが、仮面ライダーがこんな子供であることを既に受け容れていたようだったから。
「やっぱりイメージとは違いすぎるよね。普段はこんなだけど、変身すると見るからにヤバそうな感じになっちゃうし」
「いや、それもあるが……それよりもだな………」
やや躊躇があったあと、飯田は覚悟を決めたかのように口を開いた。
「なぜ、きみが戦わねばならなかったんだ?」
「………」
やはり、そうくるか――出久にとり、予想はできていた問いだった。仮面ライダーが誕生した当時弱冠12歳、小学六年生の子供だったことは、同い年の彼らになら容易く思い至れるだろう。
既に己の秘密を知る者は大多数いる。オールマイトやジョー始め仲間たちはもちろん、幼なじみではあれあの戦いには無関係だった爆豪勝己にもすべてを話した。彼が傲慢ではあれ秘密を吹聴するような愚者ではないこと、「騙された」とあれほどまでに取り乱していたこと――理由はいくらでもつけようがあるが、それだけでは片付けられない"何か"があのときは湧きたってきたのだ。それがなんなのか……この十ヶ月折にふれて考えてはきたが、未だ答えは出ていない。
いずれにせよ、現時点ではこのふたりにまで語れることではないと思った。可能性は高いとはいえ彼らが合格している確証はない、現時点では友人・仲間になりうる他人というだけだ。この世紀王の真実は、あまりに重すぎる。
だから静かに、かぶりを振った。
「……ごめん。いまのきみたちにはまだ、詳しくは話せない」
「………」
ふたりが忸怩たる表情で俯くのも、想像どおり。ただ文句のひとつも出ないのは、彼らの賢明さの証左というべきか。
「ひとつ言えるのは……僕がゴルゴムやクライシスと戦うことになったのは成り行きなんかじゃない、そういう運命だった――って、ことかな」
そう、運命だった。自分と信彦が同じ日食の日に生まれたことも、個性がなんら宿らなかったことも。――すべては彼らふたりが、世紀王として生まれながらに選ばれていたがため。
「僕はあいつらと戦わなきゃならなかった。僕が、僕である以上は………」
「緑谷くん……」
ことばを失う少年少女を前に、出久はへらりと笑った。その笑みは幼さを色濃く残している、仮面ライダーとしての死闘が彼のものだったなどといまからでも疑いたくなるくらいに。
「ほんとごめんね、それだけなんだ。こんなところまで連れてきといてナンだけど……」
「……いや、こちらこそすまない。色々と複雑な事情がある様子なのは理解した。そこは兄にも話していないんだろう?」
「うん」
「ならむしろ当然だな」と、飯田はしきりに頷いている。クライシスとの決戦時、同志としてともに戦場に立ったインゲニウムにすら明かしていないことなら、自分にだけ話すのはむしろ筋が通らない。
「麗日くん……だったな。きみもそれで納得してくれるか?」
「!、あ、う、うん!ってか私はその、確かめたかっただけで……あと……」
「――救けてくれて、ありがとう」
「!」
大きな瞳を丸くする出久の前で、お茶子もまた大きな瞳を細めてはにかんだ。
「それだけはどうしても、言っておきたかったんだ。……また会えるか、わかんないし」
「……会えるよ、きっと」
僕もきみたちもきっと、あの場所でまた会える――確信のこもった出久のことばには、どんな理論よりも説得力があると、ふたりは思った。
*
「さて、と……」
飯田と麗日お茶子を帰したのち、出久もかの喫茶店をあとにした。それほど長い時間居座っていたわけではないのだが、すっかり空も暗くなってしまった。途中で電話で一報を入れなければ母に心配をかけてしまっていたかもしれない。仮面ライダーでありいまではオールマイトの個性を受け継いでもいる自分が夜道を歩いたところで危険など何ひとつないのだが――外見のせいで絡まれることがあったとして、危険なのはむしろ相手のほうである――、そうした理屈で割り切れるものではないらしい。息子がヒトならざるものとなれども抱きしめ支えてくれた母の想いは、何より尊重したかった。
ともあれ。
「ただいまー……」
かつて秋月一家、次いで佐原一家が暮らした屋敷に帰り着いた出久は、玄関先で"家族"たちの熱烈な歓迎を受けることとなった。
「おかえり出久くん!」
「試験、どうだった!?」
「受かった、受かったよね!?」
相も変わらず遊びに来ていた白鳥玲子に、いまでは名実ともに出久の義弟妹である佐原茂と一水。クライシスとの戦いにおいて苦楽をともにした仲間でもある三者が興奮ぎみに迫ってくる。出久は苦笑しながら後ずさるほかなかった。
「アハハ……せめて靴くらいは脱がせてくれると嬉しいんだけどな?」
「あ、ごめんごめん!でも、実際どうなのよっ?」
玲子につんつんと肩のあたりをつつかれる。こそばゆい。
「合格は……したんじゃないかな?トップを目指したつもりだから、あとはそこがどうなったか……かな」
「おー、流石の発言……」
「ま、出久兄ちゃんなら余裕だよね!」
茂が瞳をきらきらさせている。それ自体悪い気はしなかったが……試験全体としては"余裕"とまでは言い難いものだった。予想だにせず現れた、怪魔ロボットのために。
――そう。その怪魔ロボットの件で、どうしても確かめなければならないことがあった。
「ところでなんだけど、今日ってジョーさんは来てる?」
「うん。たぶん出久兄ちゃんの部屋でパソコンいじってるよ」
「……なぜ彼はいつも勝手に」
一応は思春期の少年の根城を荒らすのは勘弁してほしい。これで人の機微をまったくわかっていないなら仕方ないと割り切れるのだが、仲間入りして久しいジョーは怪魔ロボットながらそれなりに学習していて、下世話なことでからかってきたりもするのである――麗日お茶子とのあれこれに関して「知ってるけど教えな~い」などとのたまったことからも容易に想像できるだろう――。
「ジョーがどうかしたの?確か今日、入試の前に会ってるはずでしょう?」
「うん。ただちょっと、確認したいことができちゃってさ」
微笑とともにそう濁すと、出久はさっさか玄関を上がって自室に向かった。途中、キッチンに立っているであろう母と響子の「おかえり」という声および夕食の香ばしい匂いが飛んできたが、前者にのみ応えて後者はひとまず無視した。唾液という名の生理現象は止まらないのだが――たとえ世紀王の肉体であっても。
ともあれノックもしないで自室の戸を開けると、そこには聞いていたとおりジョー……というかデスガロンの姿があった。まったく取り繕うことのない怪魔ロボットの姿で、人のベッドにうつぶせに寝そべり、ノートパソコンを開いている。
そんな状態で首だけギギギと動かしてこちらを見たかと思えば、「帰ったかアニキ。おかえり」と悪びれることなくのたまうのだからたちが悪い。
「ただいま……僕の部屋で僕のベッドを占拠して僕のノーパソ無断使用とは、さすが最強の怪魔ロボット」
「……それはもしや皮肉というヤツか?」
わかっているなら勘弁してほしい、と改めて思いつつ、出久は椅子に座った。一応は身を起こしてベッドの縁に腰掛ける姿勢になったデスガロンと向かい合う形になる。
「………」
「あれ、訊かないの?試験どうだった、とか」
「あ、ああ。……どうだった?」
「うまく行ったよ、概ね。ひとつ想定外があって、変身する羽目にはなっちゃったけど」
「想定、外」
「うん。ふつうのロボット敵に紛れて出てきたんだよね……怪魔ロボットが」
わざとねっとりとした口調で紡ぐと、デスガロンの逞しい肩があからさまに跳ねた。もとより濃厚だった疑念がいよいよ確信へと変わる。
「その怪魔ロボットって言うのがさ、なんとキューブリカンなんだ。僕を暗殺するために最初に派遣されてきた奴。街で暴れたりもしてないから認知もされてない。それに怪魔ロボットのパーツは怪魔界の物質から精製されてるはずだから、いくら技術力のある雄英といえども簡単に造れるとは思えないし」
「……な、何が言いたい?」
その台詞は、負けを認めたも同然だった。
「アレを雄英に提供したの――きみだよね?」
「……!」
刹那、現実逃避とばかりにデスガロンはベッドに潜り込み、布団をかぶろうとする。しかし出久がそれを許すはずがなかった。
「きみだよね?」
「………」
沈黙は金、と世の人々は言うらしいが、この少年の前でだけはそうもいかないらしい。暫しののち、デスガロンは白旗を挙げることを選んだ。
「……頼まれたんだ、オールマイトに」
「オールマイトに?今春から雄英に教師として赴任するって話は聞いてたけど……なんで?」
「ゴルゴム怪人やクライシスの怪魔怪人との戦闘をほぼ単独でこなしてきたアニキにとって、正直高校の入学試験などヌルい……ましてオールマイトの個性を継承してさらに強くなっているわけだからな。早い話が試験で無双……やりたい放題、やろうと思えばできるだろう?」
「まあ、それは否定できないけど………」
実際、誰よりもポイントを稼げたと自負できるところにまでたどり着くのは容易だった。余裕があったればこそ0P敵にまで手をつけようとしたのだ。キューブリカンの出現さえなければ、それも数秒のうちに成し遂げられていたはずだ。これをやりたい放題と言わずなんとするのか。
それをあらかじめ見越され、見事に阻まれてしまった。ポイント獲得の邪魔はなかったあたり、自分に対しても公正・公平であってはくれたようだが。
悔しくないといえば嘘になるが、それは仕方ない。相手は雄英高校だ。ヒーローを志す者にとって最高の登竜門である以上、むしろそうでなくては困る。
だからまあ、それはいい。ただそのために怪魔ロボットが提供されたとなると、気がかりもある。
「残骸を分析されて製造技術を盗まれたりとか……そういう心配はしなくていいの?」
低めた声で尋ねる出久。不慣れな者が聞けば竦みあがってしまうような迫力だ。
「……アニキならそう言うと思って、解析されないようシステムにロックをかけた状態で渡したし、試験終わってすぐスクラップは回収してきた。バラせば俺の予備パーツに再利用もできるしな」
「そう……」
「しかしアニキは用心深いな。学校挙げてアニキを支援してくれていたというのに。それに、子供の頃から憧れだったんじゃないのか?」
「……もちろん支援には感謝してるし、いまでも憧れではある。でもそれとこれとは別だよ。あれだけ大きな学校だ、末端まで見渡したとき、獅子身中の虫がいないって保証はどこにもない」
苦虫を噛み潰したような表情で、出久はそう断言した。そうせねばならないほどの裏切りを彼は見てきたし、自らが遭ってもきた。ただそれは彼がまだ"仮面ライダーBLACK"を名乗っていた頃の話であり、デスガロンはその様を直接見聞きしたわけではない。――ただ幾度となく憧れに裏切られた当時12歳の少年の心がいかに傷ついたか、想像を絶するものであろうことはわかる。
だからそれ以上は追及もできず、「なるほどな」とうなずくほかなかった。
「ゴルゴムもクライシスも滅びたとはいえ、各地できな臭い動きはあるからな。確かに警戒するに越したことはない、か」
「うん。僕は学生って身分上そうあちこちは嗅ぎ回れないし……外のことは頼むよ、ジョーさん」
「ああ、任せておけ」
この舎弟と話がついたところで、キッチンのほうから「ごはんよー!!」と元気な母親の声が響いてきた。
「あ……僕まだ学ランのままだ」
「そのままで食えばいいじゃないか」
「こぼしたらやだし。着替えるから、先行っててよ」
「了解した」
首肯し立ち上がったデスガロンの身体が光に包まれ、次の瞬間には鋼のジョーを名乗る人間のそれへと変身していた。どこかうきうきした動作で部屋を出て行こうとする。というか実際にうきうきしているのだろう、いつも食卓で「やっぱり引子ママのメシは最高だぜ!」なんてのたまっているくらいだから。
そこでふと、出久の中に疑問が湧いた。
「そういえばさジョーさん」
「ん、どしたアニキ?」
「ジョーさんって人間に擬態してても中身はロボットなわけだよね?ご飯食べる必要あるの?……ってか、そもそも消化できるの?」
「……それは聞かないお約束だぜ、アニキ」