戦闘訓練は次投稿から、今回は初日夜~コスチュームお披露目までがメインです。
夜の緑谷家は、わいわいと実に賑やかである。緑谷引子・出久の母子に的場響子、佐原茂・一水の兄妹。そして常住しているわけではないが、半ば一家の一員と化している白鳥玲子に、鋼のジョーことデスガロン。一緒に食卓を囲んでいるわけではないが、ガレージではアクロバッター、ライドロン、ロードセクターの乗り物トリオが楽しく過ごしている。彼らも含めればそれはもう大所帯である。秋月家、佐原家と受け継がれてきたこの邸宅は、彼らとの哀しい別れを経てもなお賑々しく使用されているのだった。
――閑話休題。
さて、家長というべき引子の息子でありながら、仮面ライダーであるがゆえに実質リーダーである出久はというと、夕食のあとは早々にガレージに逃げ込んでいた。
「ハァ……学校でも家でも質問攻め……しんどい………」
ライドロンに寄りかかり、深々とため息をつく。主の精神的な疲労を車体越しに感じて、宿ったクジラ怪人の魂が心配そうな声をあげた。
『雄英高校とやらは、しんどい所だったのか?ライダー……』
「あ、いや、そんなことはないよ。すごく楽しかったけど、緑谷出久として注目されるのはね……やっぱり、慣れないというか」
そう、慣れないだけで、嫌なわけでは決してない。崇め奉られるのを望んでいるわけではないが、敬遠されるよりはずっといい――そういうクラスメイトもいるようではあるが――。
ただ、
「かっちゃんのことは、気になるんだよな……」
『かっちゃん?……ああ、あの傍若無人な幼なじみか』
「傍若無人って……否定はできませんけども」
伝聞でしか彼の人となりを知らないために、「ことあるごとに出久をいじめていた」というどうしようもない事実が印象として強いのだろう、心なしか忌々しげな声を発するライドロン。なんでそんな奴のことをいちいち気にするんだという、出久への非難めいた感情もにじんでいて。
出久が苦笑していると、アクロバッターが口を挟んだ。
『浅イナ、ライドロン。アノ子供ハ確カニ鼻ニツクガ、ソレダケジャナイゾ』
『何?』
目配せするアクロバッター。それを受けた出久もふふ、と微笑む。後追いで仲間になったライドロンたちは知らない、彼らふたりだけが共有する思い出。その中身については、いずれ語る日も来よう。
ともかく、
「いい人とか、イヤな人とか……それだけで他人を括れたなら、きっととても簡単なんだろうね。この世界は」
そうつぶやいて、出久は寂しそうに微笑む。それは童顔からは想像もつかないほど、大人びた表情だった。
*
雄英高校ヒーロー科は、二日目にして早くも通常授業に移行していた。
ヒーロー科といえどあくまで学校、数学や英語といったごく一般的な教科についてもカリキュラムに組み込まれている。特殊な点を挙げるとすれば、担当教員もことごとくプロヒーローであること――英語担当はプレゼントマイクだった――、そして学力においてもトップクラスであるだけに、初回から高度な内容の授業が展開されることか。
一部の生徒はへろへろになっているようだったが、少なくとも緑谷出久にとっては難儀するようなものではなかった。地頭の良さもあるが、何よりキングストーンの影響が大きい。
(ずるいよなぁ)
我ながら、そんなことを思う。さまざまな知識を極めて効率的に吸収できるのだからこれほどいいことはないのだろうが……それも創世王として世界、果ては全宇宙を支配するために与えられた能力なのだと思うと、忌むべきものでしかなくなってしまう。
ともあれ、座学に追われる午前中はあっという間に終了し、昼休み。超超マンモス校である雄英の食堂は、それこそショッピングモールのワンフロアぶんほどの広さを誇る。
いや、真に誇るべきは広さなどではない。安価な値段に不釣り合いにもほどがある、食事の美味なこと。それらを提供するのがクックヒーロー・ランチラッシュだと知って、出久は合点が行った。食堂にまでヒーローとはさすが雄英高校、とことん徹底している。
「いやしかし、きみは頭脳も明晰なのだな!」
習慣のごとく同席することになった飯田天哉が声をあげる。がやがやと騒がしい食堂内とはいえ彼の淀みない声はよく響く。出久は身を縮こまらせた。
「天哉くん……声が大きい」
「ムッ、これはすまない!だがきみへの敬意と、わずかばかり羨望の感情がどうしても湧きたってしまって……」
「――わずかどころじゃないよう!」
飯田に負けず劣らず大きな声をあげたのは、やはりすっかり良い友人関係を確立している麗日お茶子だった。
「こちとら初回から内容難しすぎて四苦八苦しとったのに……。きみ指名されてもすらすら答えてて、超余裕って感じだったんだもん!どうしたらそんな頭よくなれるん……?」
「い、いやぁ……アハハ」
出久は曖昧に笑って誤魔化すほかなかった。まさか「キングストーン埋め込まれて改造されるといいよ」とは口が裂けても言えまい。
「その"個性"といい……驕らない性格といい、完全無欠だなきみは。まさしくヒーローになるために生まれてきたと言っても過言ではないな!」
「いや……そんなことは――」
「ふざけたことぬかすな!!」
にわかに、怒声が響き渡った。先ほどまでの飯田の角張った声など比較にならない、爆弾が爆ぜたかのような大声。ざわめきは今度こそ容易く打ち破られ、水を打ったような静けさが広がっていく。
その同心円の中心に立ち尽くす男は……真っ赤な瞳に殺意すら滲ませて、出久たちを睨みつけていた。
「かっ、ちゃん……」
出久の困ったような表情を目の当たりにして、爆豪勝己の苛立ちはさらにまざまざと露になっていく。
彼らが少し複雑な関係の幼なじみだと察しているお茶子はまだしも、面識があることすら知らない飯田はなおさら当惑したのだが、勝己の次なる暴言によってそれは容易く怒りへと塗り変わった。
「そいつはなァ!グズでノロマで、ひとりじゃなんもできねー木偶の坊なんだ!!それがヒーローになるために生まれてきた?ざけんな、こんな奴は天地がひっくり返ってもヒーローになっちゃいけねえんだよ!!何も知らねえくせに、わかったような口きくんじゃねえッ!!」
「ッ!」
まなじりを吊り上げた飯田が、椅子を蹴るようにして立ち上がった。
「貴様……!今すぐ床に手をついて、彼に謝れ!!」
「ちょっ……飯田くん!」
まだ戸惑いのほうが強いお茶子の声は、飯田には届かない。拳を血がにじむほどに握りしめ、勝己を射殺さんばかりに睨みつけている。
そのような、戦場にも等しい一触即発の状況の中で、当事者も当事者たる緑谷出久はというと――
(こ、これはまずいぞ……)
切実にそう思った。自分がどうこうではなく、目の前で睨みあっているふたりの少年を慮って。
このまま言い争いを続けているだけでもまずいが、万が一実力行使ともなれば大変だ。あの担任ヒーローの逆鱗に触れ、揃って除籍にされかねない。
一計を案じた出久は、お茶子以上に張り上げた声で、飯田の名を呼んだ。
「待って!――僕に、話をさせてほしい」
「緑谷くん……!いや、しかし……」
「お願いだ、天哉くん」
「……ッ、」
出久の冷静な振る舞いを前に、飯田の頭も急速に冷えた。いかに義憤といえど、公衆の面前で感情のままに激昂するのは正しい行為ではない。
己を恥じて引き下がった飯田と入れ替わるように、出久は幼なじみの面前に進み出た。自分よりわずかに高い位置にある顔を、まっすぐに見上げる。
「……かっちゃん、きみに対して嘘や誤魔化しはもうやめるって決めたんだ。だから正直に言うけど……」
「――ごめん。いまのきみが何を考えているのか……僕には、わからない」
「……ッ、」
勝己の眉間の皺がますます色濃くなり、表情そのものがぐしゃりと歪む。それは怒りというより、むしろ――
「だからかっちゃん、僕は……僕は、きみと――」
きみの気持ちを理解できるまで、ちゃんと話がしたい――そんな思いを率直にぶつけようとしたのだけれど、まるでそれを拒絶するかのごとく勝己は背を向けた。
「あ……かっちゃん、待って!」
「うるせえッ、ついて来んな!!」
振り向くこともしないまま怒鳴り散らして、唖然と立ち尽くす生徒たちを突き飛ばすようにして去っていく。出久はそれ以上……あとを、追えなかった。
「ッ、なんなんだあの男は!!」飯田がたまらず吐き捨てる。「まさかあそこまで性根がねじ曲がっているとは……!あのような男が学友だなどと、許しがたい……!」
「……そうなん、かな。爆豪くん、緑谷くんの幼なじみらしいけど……」
「なにっ?――だったら、なおさら許しがたいじゃないか!!」
飯田の言いたいことはわかる。その正義感の強さも。――ただ、彼の血を吐くような、悲鳴のような怒声はなんなのだろう。
幼なじみなのに、彼が仮面ライダーであることすら知らなかった……そこに、答があるのではないかとお茶子は思った。
「大体、あれだけ強力な個性をもった緑谷くんが木偶の坊だなどと……性根以前に意味がわからないぞ」
「……それはね、僕が12歳まで、個性がないと思われてたからだと思う」
「なに?」
「え、そうなん?」
驚くふたりに、慎重にことばを選びながら、出久は打ち明けた。
「それまでは実質的に無個性で、彼の言うとおりどんくさくて弱っちい子供だったからね。でもヒーローにはなりたいなんて言ってんだから、なんでもできたかっちゃんからしたら苛つくのは無理もなかったかもしれない。もちろん客観的に見れば、褒められたことじゃないだろうけど」
「小さい頃からの積み重ねは、そう簡単には崩せない」――そんなどうしようもない現実は、出久にだってわかっている。
「それにさ……僕も、あきらめてたから」
「あきらめていた……?」
呆気にとられる友人たちに対して、仮面ライダーたる少年は笑顔を浮かべてみせた。
「さ、早く食べないと昼休みが終わっちゃうよ」
それはおよそ、世界を二度も救った英雄らしからぬものだった。
*
昼休みが終われば、午後に待っているのはいよいよと言うべき"ヒーロー基礎学"。ヒーローのなんたるかについて実践を交え、徹底的に学ぶ――そんな授業らしいが、今日具体的に何をするかについては未だ知らされていない。
教室に揃った20名のうち、ほとんどは緊張と高揚を露にしている。その中にあって緑谷出久は、静かな面持ちで授業開始を待っていた。
経験を積むために授業を受ける――それが本来の趣旨なのだが――クラスメイトたちとは異なり、既に培ってきた並みのプロヒーローを凌ぐ経験をどれだけ活かせるか、そしていち生徒の立場であって、学友となった彼らに何をどこまで伝えられるか……圧倒的な力を手にしているだけ、自分には多くのものが求められている。
拳を握りつつ……ふと、前方の背姿が目に入った。自分がいま、彼に対してどう接することが正しいのか……そこまで思考が追いつかない。彼にこれまでにないほど拒絶されている以上は、尚更。
(いまはただ、未来のためにできることをするしかない)
――と、なんの前触れもなく、教室前方のドアが勢いよく開かれた。
「わーたーしーがー!!」
「普通にドアから来たァ!!」
オールマイトの登場に、教室中から感嘆の声が漏れる。唯一彼と共闘経験のある出久も、そのコスチューム姿には内心の高揚を抑えられないくらいだ。
(やっぱり、かっこいいなぁ……)
個性を受け継いだにせよ、自分にはもう目指せない姿。しかしそれでも、その志は継いでみせる――
頭脳が強化されている弊害か、出久はどうしても先走って物事を考えてしまう悪癖があった。唯一対等な同志と言ってもいい生徒が、唯一まともに話を聞いてくれていない……内心しょんぼりしながら、オールマイトはヒーロー基礎学について、ならびに今回は戦闘訓練を行うこと、各自が予め申請したヒーローコスチュームの着用を許可することなどを説明した。その辺りは流石に出久も耳に入れていたが。
「着替えたら順次グラウンドβに集まるんだ!」
「それではな!」と、入室と変わらぬ威勢の良さで堂々退室していくNo.1ヒーロー。彼の視線が一瞬出久を捉える。それを受け止め、力強くうなずく。オールマイトと自分の理想――その第一歩をともに築いてみせる、必ず。
そして、
(僕の、コスチューム……)
――以前は、必要ないと思っていた。どんな恰好をしていようが、変身してしまえばバッタ男の肉体の上からネオ・リプラスフォームを纏った異形の姿になるのだ。最低限の動きやすさが担保された服装ならなんでもいい、ただひとつ、
だが仲間たちが、口を揃えて言うのだ。コスチュームは必要だ。緑谷出久がヒーローとして歩み出す――そのために。
(けれど今さら、どんなコスチュームを着れば"緑谷出久"がヒーローになれるのか……僕にはわからなかった)
幼い頃からあれこれと考案してきたのは、どれもオールマイトを意識したものばかり。かつての自分はオールマイトそのものを志向していたけれど、"平和の象徴"と"仮面ライダー"――目指すものが違う以上は……。
そんな思いから出久が四六時中懊悩に懊悩を重ねていた折、母がどこからか買ってきたのは――
*
10分後。A組の面々は、オールマイトの指示どおりそれぞれの申請したコスチュームを纏い、グラウンドβに集っていた。平服に近いものから、鎧のように全身を覆い尽くしたものまで、デザインは千差万別。
――緑谷出久もまた、その輪に一歩を踏み出した。
「さぁ始めようか、有精卵ども!」
オールマイトの挑戦的な声が高らかに響く。応えて出久は、童顔に似合わぬ不敵な笑みを浮かべていた。
纏う戦闘服は――漆黒のライダースーツ。仮面ライダーとしての戦いを間近で支えてくれた母が、選んでくれたもの。
そして指先の露になったレザーグローブは平時から愛用しているものであり……何より、親友の形見だった。
(見ていて、信彦くん)
(僕は負けない。この
だから、全力で勝ちに行く。
――たとえ相対する敵が、紅い瞳を伏せたままの幼なじみであるとしても。
デクのコスチュームについてはアンケートで結構割れていましたが、ヒーロー大戦GPで光太郎が着ていた黒のライダースをイメージしたものになりました。「グローブが信彦の形見」設定は感想からいただきました、ありがとうございます。
次回、いよいよvsかっちゃん!