超・世紀王デク   作:たあたん

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空我完結まで全然手が付けられてませんでしたが、ぼちぼち再開したいと思います。

相変わらず亀更新になるかと思われますが……。


爆豪勝己:ロストオリジン(前)

 恵まれた容姿。すぐれた頭脳に身体能力。そして、強力な個性。

 

 爆豪勝己の人生は、順風満帆と言ってもいいものだった。──たったひとつ、幼なじみのことがなければ。

 そいつは何をやらせてもどんくさくて不器用で、勝己とはおよそ対照的な子供だった。挙げ句の果てに、"無個性"。自尊心の高い勝己の中で"いっちゃんすごくないヤツ"として認識されるのは残念ながら当然の帰結であったし、そこから"デク"の渾名を考え出すのも必然だった。

 

 ただ最初は、見下してはいてもあくまで一般的な幼児のそれから逸脱したものではなかった。侮蔑、まして憎悪などという尋常ならざる感情が生まれたのは、そんな最底辺の木偶の坊が自分と競うようなことを言い続けたからだ。

 

──ぼくも、ヒーローになりたい。

 

 

 なんで……なんでよりによってテメェが、

 

 デク、

 

 俺は……俺が、テメェを──

 

 

 *

 

 

 

 気を失った爆豪勝己は、状況終了と同時に保健室へ搬送された。それでも授業は滞りなく進んでいく。

 

 今回の授業では、一戦ごとに講評も行われる。オールマイトが解説するだけではなく、生徒にも積極的に参加を求める形式だ。他人の戦いぶりを客観的に見て批評することは、自分自身が戦うのと同等以上の糧となる。

 

 ただ初戦に関しては、生徒のほとんどがRXの圧倒的すぎる戦いぶりに目を奪われていたようだった。迫力がヤバいだとか、爆豪が可哀想だとか、そんな意見ばかりが漏れ聞こえる。

 

(やっぱりこうなるよなぁ……)

 

 オールマイトは内心嘆息したが、表には出さなかった。いくらヒーロー志望といえども、つい先日まで中学生だった子供たちだ。そういう感想が先立ってしまうのも無理はない。

 

──ただ、RXの強さに惑わされず、冷静に戦況を分析していた者もいて。

 

「麗日さんと飯田さんのことも評価してさしあげるべきだと、私は思いますわ」

「!」

 

 臆することなく堂々と発言したのは、比較的露出の多いコスチュームを身につけたポニーテールの少女。彼女は続いて「失礼いたしました、八百万百と申します」と名乗った。機敏な動作とは裏腹の丁寧な口調が、育ちのよさをうかがわせる。

 

「おふたりは仮面ライダー……緑谷さんの存在に気後れすることなく、ご自分の役割を果たしていらっしゃいました。特に、麗日さん──」

 

 先ほどの戦いを思い返す。仮面ライダーと爆豪勝己の相剋、その裏側という印象になってしまった核兵器をめぐる攻防。

 生真面目ゆえかしっかりヴィランになりきっていた飯田天哉に対して、麗日は個性を活かして撹乱を仕掛けた。しかしながら、総合的な身体能力・知力ともに圧倒的に飯田に分がある状況。時間切れを狙われれば打開策はないし、仮面ライダーの襲撃を恐れて自暴自棄の起爆をされたら──演習なのでありえないのだが、実戦だったと仮定して──一巻の終わりだ。

 だから無理には攻めず、刺激もせず、粘り強く"そのとき"を待った。足下で()()()()()()()()()()と戦っている仮面ライダーこと緑谷出久、彼の援護が入るのを。

 

 八百万はじめここにいる面々にはわからないことだが、あの度肝を抜くような拳の一撃自体は事前に打ち合わせがなされたもの。だからそれ自体にお茶子が面食らうことはなかったが、放つタイミングは出久次第ということになっていた。敵に疑念をもたれぬようある程度積極性を見せつつ、"そのとき"を待つ。それは戦友に対する絶対的な信頼がなければできないこと。

 

 お茶子は為したのだ。出会って間もない出久への揺るぎない信頼を行動に表し、勝負へと結びつけた。──無論それは、出久の側も同じこと。

 

「ただ仮面ライダー……緑谷さんの力が圧倒的だから、勝利したというわけではない。仲間への信頼が勝敗を分けたのだと……私は考えますわ」

 

 八百万のそれは、オールマイトにとって満点以上の回答だった。

 

 

 *

 

 

 

 出久とお茶子、そして慚愧を露にした飯田が帰ってきてのち、流れるように模擬戦闘が進められていった。彼らのぶんを除けば、計4試合。皆の期待に反して、あえて出久は己を抑制して多くは語らなかった。八百万の影響を受けてか、誰もが自分たちなりに考え、積極的に意見を述べるようになっている。それを聴くのもまた、面白い。

 

 ──無論、それぞれの戦闘を観察するのはもっと面白いのだが。

 とりわけ凄まじかったのは最終試合、そこでヒーローチームの片割れを引き当てた"アイスマン"──轟焦凍だった。

 

 彼は自身の個性でビル全体を凍結させ、ヴィランチームの動きをほとんど封じてあっさりと勝利を収めた。あまりに華麗な手際。そこだけ切り取れば、仮面ライダーである自分以上に見事なものだと出久は思った。

 ただ、

 

「あの子、炎も使えるのか……」

 

 ヴィラン役として核を守っていた尾白猿夫の足ごと凍結させるというかなり無茶なことをやった轟だったが、戦闘終了後即座に灼熱を発生させて氷を融かしていた。どうも右手で氷、左手で炎を扱う個性のようだ。

 と、すると。出久はわずかばかり釈然としない思いに駆られた。──戦闘中に炎を使わなかったのはどうしてなのだろう。

 

 無論、状況を鑑みて使う必要がないと判断したとも考えられる。あるいは氷に比べて、武器とできるほど強力でないのかもしれない。

 それでも引っ掛かったのは、彼のコスチュームデザインのせいか。左半身を氷で覆い尽くしたような姿──炎を、隠している?

 

「轟、焦凍くん……か」

 

 いますぐどうこうできることでもないので、今後注視していくことにしようと出久は決めた。──彼が戦闘において炎を使わない理由、そこに壮絶な過去が秘められていることを知る日は、そう遠くはない。

 

 

 *

 

 

 

 爆豪勝己が目を覚ましたとき、最初に感じたのは鉛が重くのしかかるような倦怠感だった。

 身体は真白いベッドに横たえられ、あちこちに包帯が巻かれている。──記憶が、甦る。

 

「……ッ、」

 

 思わず拳を握りしめていると、傍らから声がかかった。

 

「目が覚めたかい」

「!」

 

 目をやればそこには、小柄な老婆の姿。白衣に身を包んでいることを鑑みれば、この高校の学校医であろうことは容易に想像がつく。日本有数のヒーロー科を抱える雄英にしては随分と心許ない体制だと思ったが、そんな悪態をつくことすらいまは億劫だった。

 勝己の心中に構うことなく、老婆は己を"リカバリーガール"と名乗った。無論、本名ではないだろうが。

 

「ずいぶん手酷くやられたもんだね。おかげで治療にも骨が折れたよ。あんたも文字どおり精根尽き果ててるだろ」

「………」

 

 口ぶりからして、全力疾走のあとのように身体が重いのはこの老婆の"治療"とやらの副作用なのだろう。便利な個性にはそれ相応のデメリットがある場合も多い。勝己の個性も考えようによってはそうなのだ──性格上、まったくもってそう捉えていないだけで。

 疲れきった勝己は、暫しぼうっと天井を見上げていたのだが、

 

「……なァ、」

「なんだい?」

 

「紙とペン、貸してくれ」

 

 

 *

 

 

 

「くぅううう……ッ、緑谷くん、悔しいがやはりきみは何枚も上手だった!完敗だ……ッ!」

 

 授業終了後、着替えも済ませて廊下を歩きながらのとある少年の発言。……伏せるまでもない、犯人は飯田天哉である。

 

「まだ言うてるし……まあ気持ちはわかるけど」ぼやくお茶子。

「ハハ……そんなこともないと思うんだけど……」

 

 今回の模擬戦闘での自身の行動を省みれば、敵の片割れを痛めつけたことと直感的なタイミングで天井を殴ったことくらいしか出てこない。計画通りではあるのだが、"何枚も上手"と言われるとやや釈然としないものがあった。

 

 苦笑していると、不意にお茶子がこちらを向いた。

 

「そういえば緑谷くん。爆豪くんに"クソデク"なんて呼ばれとったけど……あれってあだ名?」

「えっ?」それ訊く?と内心では思いつつ、「まあ……うん。僕の名前、"出る"に"久しい"って書くから"デク"って読めるでしょ?小さい頃からそう呼ばれてて……」

「……こんなことを訊くのは忍びないんだが、それはもしかして"木偶の坊"と引っ掛けているのか?」

「う、うん」

 

 うなずくと、案の定飯田は頭から湯気を噴いた。

 

「まったくなんという男だ……!幼児の頃からそのような!ねじ曲がっているにも程がある!!」

「……どうかな」

 

 彼がそう捉えるのも無理はないけれど。ブランクがあるとはいえ一応は長く爆豪勝己という男を見てきている──ゆえにまた、出久はそのように断言したくはなかった。

 

「──でも、」考え込んでいたお茶子がぽつりとつぶやく。「……悪くないかも」

「へっ?」

「何!?」

 

 完全に心の声のつもりだったのだろう、「えっ!?」と自分まで素っ頓狂な声をあげるお茶子。このままでは誤解を受けかねないと危惧してか、慌てた様子で弁解を始めた。

 

「いっ、いやぁ、響きだけならそんな悪くないんじゃないかな"デク"って!なんていうかこう……"頑張れ"って感じで、好きだ私!」

「!、デクで結構!」

「結構なのか!!?」

 

 「落ち着いて考えたまえ!」と飯田に窘められる。しかしお茶子の物言いはとても純粋で、前向きなのだ。それは出久があの戦いの中で失ってしまった考え方でもある。

 

「……まあその是非は置いておくとして、そんな一瞬のことをよく覚えていたな麗日くん。気づけたとして、彼の悪鬼羅刹ぶりに消されてしまいそうなものだが」

「あー……うん、完全に初見やったらそうかもしれないけど」前置きしつつ、「昨日の体力測定でちょっとだけ話したんよ、爆豪くんと。そのときの様子が、なんとなく頭に残っててね……」

 

 出久が仮面ライダーであることを以前から知っていたのか──その問いに対して、最近まで知らなかったのだと答えたその表情。その裏で渦を巻く感情が、どれほど烈しいものであったか。まだ出会って1日だけれども、その断片だけはお茶子にも感じ取ることができたのだ。

 

「だいぶアレな人なのは間違いないと思うけど……それだけなんかな、って思うんよ」

「………」

「あ、ご、ごめんね勝手なこと言って!あくまで第一印象としてそう思ったってだけであって……幼なじみだもんね、きみたち!」

 

 そう、確かに幼なじみだ。しかし世間一般のそれとは隔絶していることは既に彼女らの知るところでもあるし……何より、ふたりの間には大いなる空白が横たわっている。いまこの瞬間に限れば、お茶子のほうが余程彼の核心に迫っているのではなかろうか。

 

 それを認めてしまえば、かえって己のとるべき針路が見えてくる。

 

「……そうだよね。幼なじみとして、負けてられないよね」

「え?」

「ありがとう麗日さん、僕ちょっと行ってくるよ!」

 

 言うが早いか、出久は踵を返した。唐突な行動に、友人ふたりは面食らう。

 

「お、おい緑谷くん!?いきなりどうしたんだ……というかホームルームがあるんだぞ!?」

「ごめん、先生にはうまく言っておいて!」

「うまくとは!!?」

 

 走る出久。「廊下を走るのはやめたまえ~!!」という飯田の叫びもむなしく、彼はひらりと身を翻して階段を駆け下りていった。

 

「……僕には彼がまだよく理解できない」

「ま、まあ……まだまだこれからだよ!」

 

 出久のことも──勝己のことも。

 彼らについて知るということは一生ものの覚悟が必要なのだけれども、現時点ではそんなこと、知る由もないのだった。

 

 

 *

 

 

 

 思えば自分は、彼について何も知ろうとしなさすぎた……長きに渡って。

 そのくせ、自身についてはすべて吐露してしまった。勝己もまた、大いなる秘密を独り抱え込むことになったのだ。

 

 である以上は、このまま捨て置くなんて無責任なことはできない。ただ義務感しかないかといえば、そういうわけでもない。……嫌いになれないのだ、彼のことは。

 

 

 そうしていよいよ保健室が見えてきたとき──不意に開いた扉から、見慣れた浅黄色が覗いた。

 

「!、かっちゃん……」

「!、………」

 

 一瞬見たこともないような表情を浮かべた勝己は、しかし即座に目を伏せた。そのまま出久に背を向け、立ち去ろうとする。

 

「待って!……話があるんだ」

「……話?」

 

 足を止めた勝己は──次の瞬間、くつくつと嘲るような声を発した。その酷薄さに、心臓がどくりと嫌な音をたてる。

 

「……今さら、何を話すってんだよ。テメェとはもう、なんの関係もなくなるっつーのに」

「何……言ってるんだよ……?」

 

 ふと、勝己の手元に目がいく。握りしめられ、ぐしゃぐしゃになった白い紙。

 

 まさかと思う間もなく、勝己は捨て鉢に言い放った。

 

 

「──もう……いいわ」

 

 "退学届"──書きなぐられた三文字が、掌の中でゆがんでいた。

 

 

 

 

 

 


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