超・世紀王デク   作:たあたん

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サブタイからわかるように、元々こんなシリアスにする予定はなかった……。

なんか微妙にタイムリーになっちゃった気がしますが、たまたまです。たまたま。


ダメだやめとけライドロン(後)

 

 学級委員長に選ばれたからといって、日常生活が大きく変容するわけではない。

 既に恒例となっている麗日お茶子・飯田天哉との昼食時、出久はふたりに対して気になっていたことを尋ねた。

 

「そういえば、ふたりは誰に投票したの?」

 

 お茶子は立候補していなかったし、飯田はなんと0票だった──つまり、彼自身も別の人物に投票したということ。

 

「そりゃもちろんキミだよ~、デクくん!」

「あはは……ありがとう」

 

 取るに足らないことだが、昨日「デクで結構」と言ってしまったせいか彼女の自分に対する呼称は上記に固まったようだ。蔑称がもとになっているにもかかわらず、彼女の口から紡がれる響きはいっそのことかわいらしくすらある。

 

 既に親しい彼女の選択には納得できた。では、彼は?

 

「天哉くんも、もしかして……」

「……うむ、きみの考えている通りだ」

 

 頷く飯田。やはり彼の一票もまた、出久に託されていたのだ。

 

「ありがとう……でも、どうして?」

 

 やはり、僕が仮面ライダーだからか。──「それもある」と飯田は応じた。

 

「ゴルゴムやクライシス帝国から我々を守ってくれた……その実績からすれば、きみが学級委員長を務めるべきなのは自明の理だろう」

「………」

 

「だが、それだけではない」

 

「きみの穏やかな人柄、一方でいざというときに発揮される胆力や判断力……短い間ではあるが友人という立場で見てきた緑谷出久という男に、一票を投じたんだ」

「天哉くん……」

 

 まさしく自分の求めていた答が返ってきて、出久は胸が詰まるのを感じた。"無個性"と"仮面ライダー"──両極端なレッテルを背負って生きてきた出久にとって、人格そのものを認めてくれる友人の存在は希少だった。信彦のまぶしい笑顔が脳裏をよぎり、思わず涙がこぼれそうになる。

 そんなこととはつゆ知らず、お茶子が無邪気に口を開く。

 

「私だって!元々仮面ライダーには憧れてたけど、デクくんと出会ってもっと好きになっ……あ、い、いや語弊があるわ好きってそういう好きじゃなくてなんというかその、」慌てて取り繕いつつ、「そそそそれより飯田くんさっ、自分はよかったん?やりたそうにしてたし、メガネだし!」

 

 メガネ。

 

(意外とざっくりいくよなぁ、麗日さん……)

 

 今まで親しく付き合ってきた女性の顔を思い浮かべる──白鳥玲子、的場響子……そして、秋月杏子。この中だとやはり、玲子が性格的には近いか。

 出久が苦笑いを浮かべる一方で、飯田は渋い表情で瞑目している。

 

「……意欲があるのと、実際に適任かは別の話だからな。僕は僕の正しいと思う判断をしたまでだ」

「……ん?」

 

──僕?

 

「そういえば飯田くん、昨日も"僕"って言ってたよね。"俺"とどっちが素なん?」

「!、………」

 

 恥ずかしげに頬を赤らめているのを見るに、完全に無意識だったらしい。

 

「前から思ってたんだけど……飯田くんって、坊っちゃん!?」

(だからざっくりすぎだって麗日さん!)心中で突っ込みつつ、「ま、まあ……インゲニウムの弟さんだもんね?」

「……そうだ。兄のことは尊敬しているしかくありたいと思っているが……無菌室育ちだと周囲に思われるのは遺憾なのでな」

「なるほど……なんとなくわかるよ。新喜劇なんかだとあほぼんって言われちゃうポジションだもん」

「麗日さん!?」

 

 悪意はないよね!?と確認したくなる失言である。とはいえ、言われた当人はさほど気にしていないようであるが。

 

「その新喜劇のあほぼんというのがどんなものかはわからないが……いずれにせよ僕には、人を導く立場は時期尚早なのだと思う。まずは実力と人柄を兼ね備えた緑谷くんを支えることで、勉強させてもらいたいんだ……どうだろうか?」

「天哉くん……」

 

 かつての自分が──いや今でも尊敬しているが──オールマイトを範としていたように、飯田もまた兄という理想を追って走り続けてきたのだろう。しかし常に目一杯で走ればいいものではないのだと、彼は既に理解っている。

 

(きみは、そう言うけれど)

 

 決して時期尚早などではない、今のきみにだって十分にその資格はある。むしろ本当は、自分こそ柄ではないのだ。ずっと勝己の背中を遠巻きに見つめ、信彦の背中に守られていた自分などには。

 

 仮面ライダーとなる以前の緑谷出久。その表出を妨げるかのように、突如けたたましいアラームが鳴った。

 

「な、何!?」

「これは……警報、か?」

 

『セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんは速やかに屋外へ避難してください』

「……!」

 

 セキュリティ3──つまり、校舎内への侵入者ありということ。

 プロヒーローもヒーローの卵も擁する雄英高校は、当然その辺の学校とは比較にならないほど厳重な警備がなされている。たとえ野良猫の一匹であれ、侵入者など許さないはずなのだ。それを──

 

「……ッ、」

 

 少年たちの瞳に、焦燥が浮かんだ。

 

 

 *

 

 

 

「──!」

 

 同時刻。緑谷邸のガレージで暇をもて余していたライドロンの脳裏に、突如として稲妻が奔った。

 

『こ、これは……!』

『オマエモ感ジタカ、ライドロン』

『ああ……!』

 

 ライドロン、アクロバッターともに感じとることのできる、出久の体内にあるキングストーンの信号。──出久が、危ない。

 唯一完全機械製のロードセクターだけは頭上にクエスチョンマークを発しているが、火急の事態であることに変わりはない。しかし皆、閉じたガレージにいる身。誰かが開けてくれない限り──

 

 と、狙い澄ましたかのようにシャッターが開いていく。

 

『!!』

「よう、マシン諸君!こんな天気の良い日に引きこもってちゃ健康に悪いぜ」

 

 覗いた姿は、出久の舎弟第一号である鋼のジョーだった。またの名をクライシスの怪魔ロボット・デスガロンでもあり、そういう意味ではライドロンとも共通点の多い男であった。

 

「つーわけでどうだ?一緒にいつもの採石場にでも──」

『恩に着るぞジョー!』

「え?」

 

 ジョーがぽかんとしている間に、ライドロンは動いていた。自力でエンジンをかけたかと思うと、いきなりフルスロットルで飛び出していく。通行人がいたらどうすると言いたいところだが、仮にそう詰めれば、周囲の熱源をサーチし確認したうえで発進したのだという言い訳が返ってきたことだろう。

 

「な、何?何事ぉ!?」

 

 突然のことに対応できず、ジョーはシャウトするほかなかった。

 

 

 *

 

 

 

 雄英高校の校舎内は、パニック状態に陥っていた。

 廊下には避難しようとする生徒たちがごった返し、まともに進むことができない。

 

 それを見越してか、出久は単身食堂にとどまっていた。侵入者の正体は判然としないが、朝から校門前を張っているマスコミと無関係ではないだろう。だがそれにしては、嫌な気配がする。

 

(もしも、僕が標的なんだとしたら)

 

 あの人混みに巻かれて身動きできなくなるよりは、独りでも迎え撃つべきだ。──自分には、それだけの力があるのだから。

 

 そう思って拳を握りしめていると、不意に背後から気配が迫るのを感じた。ほとんど反射的に振り向いた瞬間、視界の端に細やかな茶髪がちらついた。

 

「……!?」

「麗日……さん?」

 

 他の生徒たちとともに逃がしたはずの、麗日お茶子の姿がそこにはあった。戻ってきたのか。しかし、なぜ?

 

「デクくん独り置いてくなんて……あ、いや、デクくんいるならかえってここのほうが安全かな~って……」

「……そう。天哉くんは?」

「あ~、うん……うまくやってくれてるよ!」

「?」

 

 うまくとは?頭上に疑問符が浮かぶが、詳しい話を聞くには状況が切迫していた。

 思考を切り替え、再び周囲を窺いはじめる出久。その背中を見つめつつ……お茶子は、密かに身を震わせた。

 

 振り向いた瞬間の出久の表情は……優しい顔立ちからは想像もつかないほど、鋭く烈しいものだった。昨日の戦闘訓練でだって、あんな顔はしていなかった。

 

──あんな顔をしなければならないような戦いを、この同い年の少年は強いられてきたのだ。

 

(でも、どうして……)

 

 なぜ強力な個性が目覚めたというだけの少年が、そんなふうになってまでゴルゴムやクライシスと戦うことになったのか。「そういう運命だった」「僕が僕である以上は」──詳しく話せないという出久はそう語っていたけれど、やはり気にかかる。

 

「デクく──」

「来る……!」

 

 声をかけようとした途端、出久がそう声をあげた。身構える彼の背後で、お茶子は守られているほかない。

 

 そして、数秒後。

 

「いたぁッ、仮面ライダーだ!!」

 

 感極まるあまり、正気を失ったかのような叫び。それと同時に、食堂に雪崩れ込んでくるマイクや大型カメラを持った人々。侵入者はやはり、マスコミだったのか。

 

 出久のもとに殺到するマスコミ。お茶子を守りながらも、彼の心のうちに宿っていた警戒は辟易へと塗り替えられつつあった。然るべき場所でインタビューを受ける代わりに、学校へは来ないでくれ──せっかくそういう取り決めを結んだというのに、これでは意味がないではないか。

 しかしいずれにせよ、彼らを相手に暴力は振るえない。いっそのこと彼らの希望を全面的に叶えてやることで場を収めるしかないか。

 

 目の前のマスコミ対策に思考を──ブツブツと半ば漏れだす形で──集中させていたために、出久はマスコミに紛れる"異質なるもの"に対する感覚が鈍ってしまっていた。相手が戦闘員ですらないただの人であるということで、わずかながら油断もあったのだ。

 

「仮面ライダー……」

 

 唸るような声でつぶやく男。彼の手にはマイクもカメラもなく、

 

 

「──死ね……!」

 

 一本のナイフが、握られていた。

 

 

 *

 

 

 

 その頃1-Aの担任である相澤消太は、同僚であるプレゼント・マイクとともにマスコミ対応にあたっていた。

 押し寄せるマスコミを校舎内に入れまいと表向き事務的に、内心では苛立ちを抱えながら留めていた彼らだが、既に別方向から侵入した者がいると知ってそれはもう深いため息をついていた。

 

「なんてザマだ……まったく。天下の雄英が聞いて呆れる」

「敷地がクソデカいのが仇になってんなァ、こりゃシヴィーだぜ……」

 

 そうなると気にかかるのが、生徒──とりわけ緑谷出久の身の安全だ。"敵"のもうひとりのターゲットであるオールマイトは今日は非番で押し通せる──事実そうなのだ──が、出久は生徒だからそれも難しい。彼がうまく対処してくれれば……などと思ってしまうのは、明らかに教師失格だろう。

 

「マイク、俺は食堂に行く。緑谷のことだ、避難せず囮として自ら残っているかもしれん」

「そうだな……よ~しッ、ここは任せろ!」

「ああ……」

 

 相澤が校舎内へ向け踵を返したときだった。

 

『うおおおおおおッ!!』

 

 咆哮と、エンジンの唸り。そのふたつを同時に響かせながら、相澤らの頭上を通りすぎた深紅の影があった。

 

「……は?」

 

(車……?)

 

 海洋生物を模したようなデザイン──相澤とマイクにはすぐに、それが"ライドロン"であるとわかった。

 そのライドロンが──内と外を隔てる壁に、躊躇なく突っ込んでいくではないか。

 

「お、おい──」

 

 我に返って制止しようとしたときには、もう遅かった。強固な外壁を粉々に粉砕し、ライドロンもまた校内へと侵入したのだ。

 

(イズク、イズク……!)

 

 今日こそは彼の役に立つ。彼の助けになってみせる──

 

──そんな願いも虚しく、

 

 

『………!』

 

 食堂に突入したライドロンが目の当たりにしたのは、マスコミの群れから飛び出したひとりの男が、出久の腹部に刃物を突き刺している姿だった。

 

 刹那、ライドロンの脳裏に閃光のごとく浮かんだ光景があった。横たわる仮面ライダーBLACK、その腹部を剣で刺し貫く……シャドームーン。

 直接目撃したわけではない、しかし現実に起こった出来事。それを想起させるような今この瞬間に、ライドロンの心はどす黒く染まった。

 

『貴様ぁあああああッ、よくも!!!』

「!?」

 

 突如現れた真っ赤な車が発する叫びに、一同はぎょっとした。──無論、出久も。

 

(ライドロン……どうしてここに!?)

 

 結論から言えば、彼は無事だった。強いて言うなら制服は裂けたが、たとえ人間の皮を被っていようとその中身は超・世紀王と呼ぶべき存在。ナイフ一本で傷をつけられるはずもない。

 

 だが、瞋恚に染まったライドロンの頭脳──クジラ怪人の魂からはその事実が抜け落ちていた。愛する仮面ライダーを害した男。

 

『許さん……絶対に許さん!!』

 

 凄まじい気迫は、そのままエンジンを空ぶかしする音へと変わる。ライドロンが一体何をするつもりなのか……本能的に悟った男は「ひぃ」と情けない声をあげて身をすくませている。

 出久もまた、「まさか」と思った。ライドロンがそんなことをするはずがない。そう信じたいけれど、ライドロンの放つ怒気はまるで、ゴルゴム怪人の──

 

「駄目だっ、ライドロン!」

 

 

──声は、届かない。

 

 慄く男の視界を、真っ赤な車体が覆っていく。仮面ライダーの命を奪ったつもりが、己の命が風前の灯と化している──その現実を拒絶するかのように、瞼を閉じきった。

 

 しかし、避けられないと思っていた"死"の瞬間は、いつまで経ってもやってこない。

 

 

 恐る恐る目を開けた男が見たのは──ライドロンを両手で押さえ込む、無骨な背中だった。

 黒と黄に彩られた鋼の身体、やや垂れた真紅の瞳から、血の涙を流しているかのようにあしらわれた流線が物悲しい。

 

『ライ、ダー……?』

「やめるんだ……ライドロン……!」

 

 呆気にとられた様子のライドロンに対し、絞り出したかのような声でそう命じる、RX──"ロボライダー"。別名、悲しみの王子。

 

「僕は……大丈夫だから」

『……!』

 

 その瞬間、ライドロンは我に返った。同時に己が取り返しのつかないことをしようとしたことを自覚し、恐怖した。車体がぶるりと震え、エンジンが落ちる。

 

「………」

 

 そんなライドロンのボンネットをそっと撫でつつ、沈黙するロボライダー。英雄の名に見合った華々しさは微塵もなく、ただ寂寥感ばかりを際立たせるその姿。お茶子も、あれほど勢いのあったマスコミたちまでも、しんと静まり返っている。

 相澤が駆けつけるまで、その静寂はやむことがないのだった。

 

 

 *

 

 

 

 ほどなくして警察が到着し、敷地に侵入したマスコミと出久を害した男は共々連行されていった。

 

 被害者である出久はというと、相澤に伴われて保健室へ直行となった。当然救急車を呼ぼうとしたのだが、出久自身がそれを断ったのだ。本音を言えば、保健室へ行く必要もなかったのだが。

 

──そもそも、怪我などしていないのだから。

 

「本当に傷ひとつないようだね」

 

 腹部を診察していた校医・リカバリーガールが、事実に見合わぬ淡々とした口調で告げる。背後に立つ相澤がは、と詰めた息を吐き出すのがわかった。

 

「ええ。仮面ライダーは──頑丈なのが取り柄ですから」

 

 半ば冗談のつもりでそう言ったのだが、ふたり揃ってくすりともしない。流石に空気が読めていなかったかと出久は反省した。

 ややあって、

 

「……ともかく、無事で何よりだ。だがわからないことがふたつある」

「なんでしょう?」

「おまえほどの男が、いくら不意打ちといってもあんな暴漢に遅れをとるとは思えない」

 

 避けられなかったのではなく、あえて避けなかったのではないか──相澤は半ば確信をもって、そう言っている。であれば、認めざるをえない。

 

「……あの場には麗日さんがいましたから。下手にかわして、彼女に害が及ぶリスクは万が一にも避けたかった。僕なら受け止められると思ったし、万が一もっと危険な代物でも防ぐ方法はありましたしね」

 

 たとえば、瞬時にバイオライダーに変身して液状化するとか──全身はもちろんのこと、心臓のみ一瞬変化させてクライシスを欺くという芸当もこなした経験が彼にはあった。

 

「………」

 

 合理主義者の担任に付け入る隙を与えない、極めて合理的な判断。それでも相澤が賛意を示さず沈黙を選んだのは、たった15歳の少年が自分の身を盾にすることになんの躊躇もないという事実が、そら恐ろしかったから。

 

(こいつのブレーキは、壊れてしまったのか)

 

 あの激しい戦いで。その強さと引き換えに──

 

 しかし前述の事実から、それを戒める方策を相澤はもたない。それに、雄英高校の職員としてはもうひとつ、訊かなければならないことがある。

 

「では……あのライドロンという車の行動は、おまえの差し金か?」

「!、………」

 

 暫し沈黙を続けたあと……出久は、小さくかぶりを振った。

 

「多分……僕の危機を察知して、駆けつけてくれたんだと思います」

「そうか。それだけなら、頼もしいと言えるんだがな」

 

 施設の一部を破壊したこと──何より、人を殺そうとしたこと。正直、常軌を逸している。その魂がゴルゴム怪人だったことを、相澤は思い返した。

 

「彼はきっと、僕を守ろうと必死だったんだ。……だから、責任は僕にある」

「……責任というからには、処分を受ける覚悟はできているんだろうな?」

 

 瞳を揺らしつつも、出久ははっきりと頷いた。無論、公的な処分となれば校長以下教師陣に諮る必要がある。何より、そのライドロンを身を挺して止めたのも出久自身だ。

 ならば、

 

「じゃあ……辞めてもらおうかな」

「……!」

 

 宣告が、冷たく響き渡った──

 

 

 *

 

 

 

 騒ぎの大きさを鑑み、午後の授業──ヒーロー基礎学は中止となってしまった。

 やや白けたムードが漂うホームルーム。その始まりに、出久が躊躇いがちに挙手をした。

 

「どうぞ、委員長」

 

 名前でなく、称号で呼ぶのはわざとか。相澤には、これで呼び納めとわかっているから。

 

 教卓の傍らに立った出久は、皆をぐるりと見回してから、口を開いた。

 

「さっきのことで、皆さんに謝らせてください」

「へ?」

 

 誰かが間抜けな声を発するのがわかる。皆、マスコミの目的の半分がこの少年であることは理解している。しかし命まで狙われた出久が謝罪するというのは、クラスの過半数が得心行かないようであった。

 

「それだけじゃないんだ。……僕の仲間(ライドロン)が暴走して、取り返しのつかないことをしようとした」

「取り返しの、つかないこと……?」

「………」

 

 唯一その一部始終を目撃していたお茶子が、悲しそうに目を伏せる。それに気づく者は誰もいなかったが。

 

「僕を守ろうとしてやったこととはいえ、許されることじゃない。けど僕は、彼を仲間から外すことなんてできない。──だから、」

 

 

「学級委員長を辞めるという形で、責任を取りたいと考えています」

「……!」

 

 教室内のざわめきが、にわかに大きくなる。流石に核心はぼかしているので、そのほとんどは当惑の声ばかりだが。

 

「三日天下ぁ……」

「ってかこの場合どうなんの?再選挙?」

「副委員長の昇格とか?」

 

 しかし、本来誰よりもリーダーの器たるべき男が降りたあとの舞台だ。後任が、十全な求心力を保てるか。

 出久にだってそんなことはわかっている。自分に投票してくれたクラスメイトの期待、一方的に投げ棄てては終われない。

 

「あ、あのっ!……もし皆に許してもらえるなら、できれば、僕に指名させてほしい」

 

 指名──そう、出久には意中の後継者がいた。彼ならばきっと、自分以上に、委員長の職にふさわしい──

 

「飯田、天哉くん。お願いしてもいいかな?」

「!!」

 

 最も驚いたのは、他ならぬ飯田本人だった。

 

「ぼ、俺か!?いや確かに、光栄な話ではあるが……どうして……?」

 

 確かに自分は意欲を強調していたし、出久にとっては最も親しい人間ではあるが……それだけで選ぶほど、彼が甘いとは思えない。

 

「わたくしも是非、理由が知りたいですわ」

 

 副委員長である八百万も声をあげる。彼女からすれば、自分を素通りしての指名なのだ。納得のいく理由があってほしいと思うのも当然か。

 無論、出久はその理由を持ち合わせていた。

 

「さっきの騒動の裏で、天哉くんがしてくれたことだよ」

 

──出久が食堂に独り残っていた頃、彼はパニックを起こした生徒たちを鎮めることに成功していたのだ。お茶子の個性と己の個性の連携で、非常口の案内の上に登りあがり。

 

「皆さん……大丈~夫!!」

 

 

「僕は正直、自分ひとりでこの騒動を収めることしか考えていなかった。でも天哉くんは、あんなにかっこよく皆をまとめることができる人なんだ。だから、きみがやるのが正しいと僕は思う!」

「緑谷、くん……」

 

 飯田が呆気にとられていると、

 

「俺ぁいいと思うぜ!飯田、超活躍してたもんな」

「飯田、非常口の標識みたいになってたよなぁ」

 

 賛意を示すクラスメイトの声。さらに、

 

「……納得が行きましたわ。わたくしも、飯田さんが委員長を務めることに賛成いたします」

「八百万さん……」

 

 

「──時間が勿体ない」

 

 唐突に、室内の気温を何度も押し下げるような担任の声が響く──当の本人は寝袋に入っているが。

 

「何でもいい、早く決めろ」

「あ、あぁはい……。──天哉くん、」

「……わかった」やおら立ち上がる。「委員長の指名ならば仕方がない。以後はこの飯田天哉、全力をもって委員長の責務を果たすことをここに誓います!」

 

「任せたぜ非常口!」「非常口飯田!」「しっかりやれよ!」──仲間たちのエールが次々に響く。同時に"非常口"のあだ名は今後しばらく、彼の代名詞として定着することとなる。

 

 一方で、非常口を後継指名した前・委員長。彼は微笑みながら惜しみない拍手を行っていたのだが。

 

(ライドロン……)

 

 駆けつけてくれた鋼のジョーが先に乗って帰った──代わりにロードセクターを置いていった──、かの真紅の車。彼とも、きちんと話をしなくては。いま心のうちにあるのは、それだけだった。

 

 

 つづく

 

 

 





己の所業に心を痛め、鬱ぎ込むライドロン。一方で仮面ライダー・緑谷出久は、彼と"再会"を果たした二年前のことを思い起こす。

次回 超・世紀王デク

flashback-光の車ライドロン-

デク「きみは、僕の仲間だ!」
ライドロン「俺に、仲間でいる資格はない……!」



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