超・世紀王デク   作:たあたん

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flashback-光の車ライドロン-(前)

 

 ざざん、ざざんと波の寄せては返す、遥かに続く大海原。未だ美しい姿を保っていながら、人々の営みによって着実に汚されつつある。

 

──久しく訪れていなかった生まれ故郷の姿を、ライドロンはぼうっと見つめ続けていた。

 

「ライドロン、」

 

 ここまで運転手を務めた鋼のジョーが、気遣わしげに彼の名を呼ぶ。

 

「アニキ……心配するぜ?」

『………』

 

 心配──確かに、心配はするだろう。ゴルゴム怪人の邪悪な心が再び頭をもたげ、この海を汚した人々を裁こうとするのではないか、と。そう疑われても文句は言えないようなことを、自分はしでかしてしまった……。

 

『……俺は結局、骨の髄までゴルゴムの化け物だったんだ』

「ライドロン……」

 

(俺に、イズクの仲間でいる資格はない……)

 

 ライドロンの深海のごとき孤独に、ジョーはただ傍に寄り添ってやることしかできなかった。ライダーを守って一度は斃れた気高き怪人の魂に、かねてより抱いていた密かな敬意を打ち明けるように。

 

 

 *

 

 

 

「ライドロンが……家出?」

 

 仮面ライダーこと緑谷出久は帰宅早々、母の口からその事実を告げられていた。

 

「ええ。お母さん、詳しいことはわからないけど……学校でやってしまったことを気に病んでいたみたい。ジョーくんが一緒だから、大丈夫だとは思うけど」

「………」

 

 拳に力がこもる。幼なじみのときと同じ──話がしたいと思ったときには、いつもこれだ。

 

「出久、」

「!」

 

 白い手が不意に両頬を包んできて、出久は思わず目を見開いた。

 

「顔、強張ってる」

「あ……うん」

 

 母の愛情をこんなにも直接的に感じたのは、久しぶりのことだった。ゴルゴムを滅ぼすのと引き換えに一度すべてを失ったときも、このひとだけはずっと支えてくれた。彼女が泣いて謝っていた"無個性"などより余程想像を絶する苦難に、それでも。

 

「僕、迎えに行ってくるよ。……あのときお母さんが、そうしてくれたみたいに」

「!、……そうね。そうしてあげたほうがいいわ、きっと」

 

 「お母さん、晩ごはん作って待ってるから」──その言葉だけで、出久には十分だった。

 

 

『──シカシ、宛ハアルノカ?』

 

 グリップを握る手に力を込めようとした瞬間、アクロバッターがそう尋ねてくる。口調は落ち着いているが、彼もまたライドロンのことを心配しているのだろう。目的地をはっきりさせておかなければ気が済まないという調子だ。

 無論、出久は答を持ち合わせていた。

 

「うん。……多分、そんなに遠くへは行ってないと思う」

 

 本当は、ジョーに連絡すれば一発なのだが。誰にも頼らず見つけることができなければ、ライドロンを連れて帰る資格はないように感じた。

 大丈夫、自分の勘はきっと、正しい。

 

『アイツハ本当ニ、手ガカカル』

「どうしたの、急に?」

『イヤ。アイツガ()()()キタトキモ、ソウダッタト思ッテナ』

「………」

 

(帰ってきた……か)

 

 "ライドロン"を迎え入れたときには、まさかそんなことになるとは思いも寄らなかったけれど。

 

 

 アクロバッターとともに走り出す。──と同時に、出久の脳裏に降り積もる白銀の記憶が甦る。あれはクライシス帝国の侵攻が始まって間もない、寒い冬の日の記憶だった。

 

 

 *

 

 

 

 "ライドロン"との出逢いの発端は、"風の騎士"の異名をもつ怪魔獣人ガイナギスカンによって、怪魔界──風の砂漠に連れ去られたことだった。

 そこで邂逅した、クライシスを追放された老人──ワールド博士。彼の信頼を得、託された一枚の紙。それこそがライドロンの設計図だったのだ。

 

 ガイナギスカンを打倒し、無事怪魔界から帰還した13歳の出久。当時はまだアクロバッターの他に仲間と呼べる存在のいなかった彼は、独力でライドロンの材料を集め、製作を開始した。キングストーンの影響で飛躍的に向上した知力をもってしても骨の折れる作業だったが、つらいとは思わなかった。何せ、新たな仲間を迎えるための苦労なのだ──失うばかりだった、ゴルゴムとの戦いに比べれば。

 

 自宅近くの倉庫街の一角に存在する秘密のガレージにて、組み立てに没頭すること一ヶ月。

 

「やった……! 完成だ!」

 

 まろい頬を紅潮させながら、出久は幼子のごとき歓喜の声をあげた。彼の視線の先には、完成形となった真紅のライドロンが鎮座している。

 

「よーし、じゃあ早速……っと」

 

 運転席に乗り込み、エンジンを起動せんとする。いよいよライドロンが産声をあげるとき──と、思いきや。

 

「……あ、あれ?」

 

 ……つかない。訝しげな表情を浮かべつつ、出久はああだこうだと試行錯誤してみるのだが。

 

「ダメだぁ……」

 

 結局、ライドロンはうんともすんとも言わないままだった。

 

「おかしいな……設計図通りのはずなんだけど。やっぱり地球産の材料なのがよくないのかそれとも手順に何か問題が……」

 

 暫しブツブツと独り言を続けていた出久だったが、自分ひとりでは答が出ないと知って"彼"を頼ることにした。

 

「……アクロバッター。思い当たることってない?」

『アル』

「えっ、本当!?」

『……ケド、教エナ~イ』

「ええっ!?」

 

 バトルホッパー時代にはありえなかった意地悪を吹っ掛けられ、思わず出久は目を剥いた。そもそも当時の彼が言葉を発したのはたった一度きりだったのだが。

 

「バッターさん……もしかしてやきもちですか?」

『ソウイウワケデハナイ……本当ハ私ニモワカラナイノダ』

「そっか……」

 

 やはり自分で考えるしかないのか。しかしキングストーンで知力も強化されているとはいえ、出久はまだ中学生相当の少年でしかない。こういうとき、分野に長けた仲間がいればと切に思う。戦う以外のことは、自分独りでは限界があるのだ。

 

 少年でしかない、といえば。一応はまだ保護されるべき存在でもあるわけで。

 

「出久!」

「!」

 

 聞き親しんだ女性の呼び声に、出久は反射的に立ち上がった。どうしてかアクロバッターまで居住まいを正している。秘密のガレージに臆することなく入り込んでくる、出久と瓜二つの──体型は対照的だが──女性の姿。

 

「あ……お、お母さん。そっか……もうそんな時間か」

「そうよ、今日はもうおしまい! 帰ってご飯食べて、お風呂入って、ゆっくり寝るの。学校行けないのはしょうがないけど、生活習慣は崩しちゃだめよ」

 

 母──緑谷引子。夢中になると帰宅どころか寝食も忘れる息子を案じて、夕刻となると毎日迎えに来るのである。決して気丈なひとではなく、出久の無個性が判明したときには泣いて謝られたこともあったが……ゴルゴムの世紀王となってしまった息子を恐れることなく、こうして愛情深い母であり続けてくれる。ゴルゴムとの戦いですべてを失った自分を迎えに来てくれたのもまた、彼女だった。

 

「わかったよ。じゃあね、アクロバッター」

『ウン。引子ママ、オヤスミ』

「おやすみ、バッターちゃん」

 

 それぞれが世紀王に連なるものであったとは思えない牧歌的な会話ののち、ガレージを出て母とともに歩く。外は雪が積もっていた。

 

「うわぁ……今日って雪だったんだね」

「お昼過ぎから降ってきたの。今日はあったかくして寝ないとだめよ?」

 

「晩ごはんはお鍋にしたから」と、引子。そういう母の気遣いに心から感謝できる出久は、世界一幸福で不幸な思春期の少年だ。

 何より彼はもうただの子供ではなく、仮面ライダーと呼ばれる唯一無二の英雄だった。ゆえにささやかな平穏は、相対する悪の蠢動により容易く破られる。

 

──クライシス帝国の尖兵たる怪魔ロボット"ガンガディン"が、街に侵攻を開始したのだ。

 

 

 *

 

 

 

「俺は怪魔ロボット・ガンガディン! 緑谷出久、俺に課せられた任務は貴様と貴様の造り出したライドロンを破壊することだ……!」

 

 母を逃がし自らと対峙する出久に、ガンガディンはそう告げた。

 当然、自らがやられるわけにも、ライドロンを破壊させるわけにもいかない。出久は果敢に立ち向かったが、その圧倒的な火力の前になすすべなく吹き飛ばされてしまう。

 

「ッ、変……身──!!」

 

 人間の姿では太刀打ちできない──ゆえに出久は、"変身"を遂げる。世紀王ブラックサンが太陽光を受けて進化した姿──仮面ライダーBLACK RX。

 今では無敵の代名詞のように世間から扱われている彼だが、強力な怪魔怪人相手には常勝というわけにはいかなかった。

 

 とりわけガンガディンは強力な怪魔ロボットだった。タンク型に設計された下半身の機動力、両腕に装備されたミサイルとビーム砲が発揮する火力。それらをくぐり抜けて組み付いてきた敵を容易く投げ飛ばす腕力。彼の主であるガテゾーンが"最強"と称するにふさわしい脅威だったのだ。

 

 そう──雄英の同級生となった面々は信じられないかもしれないが、RXはこのガンガディンに一度敗北を喫したのだ。その火力と機動力に翻弄され、最後は腕力でもって冷たい川に投げ込まれた。

 傷も負わされた出久だったが、一度折れながら立ち直った精神はそう簡単には堪えない。兵士チャップによる捜索をどうにかかいくぐり、川から上がった彼は雪の中をガレージへ走った。ガンガディンの標的は自分だけではない、未だ生命をもたぬライドロンもまた狙われているのだ。

 

(大丈夫、対策はしている。けど……)

 

 先にガレージを発見されてしまっては終わりだ。何より、それは万が一のための防御策でしかない。──ライドロンが動かなければ……奴には、勝てない。

 

「!? 、痛……!」

 

 焦る心を嘲るかのように、雪に埋もれた段差に足を取られて出久は派手に転んでしまった。柔らかい雪のおかげで痛みはほとんどなかったが、代わりに身を切るような冷たさが服越しにも襲ってくる。宵闇に広がる白銀は、少年の心に孤独を味わわせた。

 

(ッ、この程度でへこたれてなんかいられない……! 考えろ、考えるんだ緑谷出久、ライドロンを動かす……生命を吹き込む方法を……!)

 

──そのとき、出久の脳裏に稲光が奔った。

 

「生命を……そうか! それなら、もしかしたら……!」

 

 着想を得た出久は、素早く立ち上がって再び走り出した。ガレージに滑り込む。積もる雪に足跡が残ってしまっているから、自ずからここも捕捉されてしまう。急がなければ──

 

「アクロバッター!」

『……!』

 

 果たしてそこには、今にも出撃しようと逸っていたアクロバッターの姿があった。元々世紀王のためのマシンである彼は、キングストーンを通じて出久の危機を察知することができる。召喚がなかったとはいえ、よく耐えたほうだろう。

 

『ライダー……! ナゼ私ヲ呼バナカッタ!?』

「ッ、ごめん……。でも、ここからはきみに頼ることになるから」

『何?』

 

 アクロバッターに、文字通り孤軍奮闘をさせることになる。およそ半年前、まだバトルホッパーと呼ばれていた彼の最期を思い出すと今でも涙が出かかるが……今は、彼の力が必要だった。

 出久から作戦を聞いたアクロバッターは、二つ返事で己の役割を了承した。

 

『分カッタ、任セロ』

「ありがとう……。本当に、無理はしなくていいからね。一秒でも時間が稼げればいいんだから」

『ウン』

 

 うなずいたアクロバッターの頭をひと撫でして、出久は奥へと消えていった。彼どころか、未だぴくりとも動かないライドロンまでも置き去りにして。

 

 

 *

 

 

 

 出久の読んだ通り、四半刻もしないうちにガレージはガンガディンに発見されてしまった。

 その侵入を阻むべく、単身出撃したアクロバッター。騎手たるべき仮面ライダーがいない中、懸命にガンガディンに立ち向かっていく。絶対的な体格差とは裏腹に、彼は互角の戦いを繰り広げていたのだが。

 

「ガンガディン、アクロバッターは俺に任せな!」

 

 愛馬ストームダガーを駆り、戦場に乱入したのは機甲隊長ガテゾーンだった。横から攻撃を受け、撥ね飛ばされるアクロバッター。

 主の進化に応じて、彼もまたバトルホッパーであった頃より遥かに頑丈になっている。ストームダガーの体当たりを喰らった程度では致命傷にはならない……が、多勢に無勢なのは間違いなかった。

 

(モウ、十分カ)

 

 役目は果たしたと判断したアクロバッターは、踵を返してその場から逃げ出した。ライドロンの破壊を目的とするクライシスの面々は、彼を深追いはしない。

 

「さあ、もう邪魔者はいない。──ガンガディン、やっちまえ!!」

「了解!」

 

 ガンガディンによる一斉掃射が、ガレージめがけて襲いかかる。空き倉庫を改造しただけの建物はひと溜まりもなく崩壊する。その内部に置き去りにされたライドロンもまた、同じ運命を辿ることとなった──

 

 

 *

 

 

 

 ライドロンは、ただの一度も地上を走ることなく破壊されてしまったのか。

 

──そうだとしたら、二年以上が経った現在、彼が出久の仲間として健在であるはずがない。

 

「アクロバッターは無事に撤退できたみたいだ。……うまくいってよかったよ──ライドロン」

 

 ほのかな笑みを浮かべ、その真っ赤な車体を見下ろす出久。果たしてライドロンは、ここに健在だった。

 

 ここ──シャドームーンによって命を落とした仮面ライダーをクジラ怪人が甦らせた、聖なる海の洞窟に。

 

 

 

 

 

 

 

 


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